第29話 鑑定虫メガネを手に入れた
肉だけでなく野菜やら果物やら、本命の米とパンも手に入れて。
あちこちで景気良く浮かれている町の住民や店主らに話しかけられるのを振り切り、やっとのことでコテージへと戻った。
するとそこには護衛らしき人を従えた、一見しただけで裕福そうな商人と判る人物がフロントで待っている姿を目にすることとなった。
「もしや、ここの宿の従業員さんですかな?」
おっとりとした感じで、人当たりが良さそうな人物に話しかけられた。
「いや、留守を任されているだけで、俺たちはコテージの客だ」
「そうなんですか。いやぁ、この従魔はとても賢いですなぁ。色艶もよく、気品がございますね。貴方様の従魔でございますかな?」
お澄まし顔(?)でフロントのカウンターに止まっているノワルを眺めながら、ディエゴへと話しかけてくる。まさか客ではあるまいな?と、俺もディエゴも一瞬身構えた。
留守は任されているけど、受付自体が出来る訳ではないのだ。
「申し訳ないが、オーナー夫妻は森へ行っている。用事があるなら、伝言を承ろう」
「左様でございましたか。出来ればこちらに泊まりたいと思っておりまして、連絡が取れるようでしたら、お願いできますか?」
「了承した。ノワル、オーナー夫妻に、客が来たと伝えてくれるか?」
「ワカッタ。オキャクサン、サンメイ、キタ。ツタエル。ジャーキークレ」
「……はいはい」
ちゃっかりしてんなノワルの奴。伝言を頼むたびに、ご褒美を要求してくるとは。可愛いんだから。
「宿泊の案内は出来ないが、連絡があるまで暫し待っていて頂けるだろうか?」
「それはもう、構いません。それとお時間がございましたら、私共のお話し相手をして下さると助かるのですが?」
「……それは」
ディエゴが俺に視線を向ける。大丈夫か?と。
いいんじゃないかな?この商人風のおじさん、なんかいい人っぽいし。俺のセンサーが、ちょっと厄介そうだけど人柄は悪くないと云っている。
それにせっかくのお客さんだ。この人たちを逃したら、オーナー夫妻に申し訳が立たない。
是非とも丁重にお迎えしよう。
「のみもの、よういする?」
「頼めるか?」
「うん。いいよー」
ではこちらへと、フロントのある母屋には待合のソファーとテーブルがあるので、そこへと案内する。俺はコーヒーの用意をするべく、キッチンへ向かうとその場を離れた。
「――といった理由で、こちらへは数ヶ月に一度、薬草の買い付けに寄らせて頂いておりましてね。普段は使いの者に頼んでおりましたところ、久しぶりに私自身各地へと仕入れに出向きたくなりまして。しかもこちらの領地へやってきて早々、運が良いのでしょうね。なんとあの高級キノコと名高い、キャリュフが採れると耳にしたのですよ」
コーヒーと、おやつに作っておいた奥さん直伝のパウンドケーキを手に戻ったところ、商人風のおじさんがウキウキした様子でディエゴに話しかけていた。
キャリュフが採れると判明してまだ三日くらいなのに、耳が早いのか本人の言う通り運がいいのか、買い付けが出来るかどうかの確認のために、暫く滞在することにしたのだと語る。
「では改めて自己紹介をさせて頂きますね。私、ルンペル商会の会長シュテルと申します。どうかよろしくお願い致します」
俺がコーヒーとケーキをテーブルに置き、ディエゴの横に座ると、シュテルさんが待っていたとばかりに丁寧に自己紹介をしてくれた。
なのでディエゴも俺も夫々名乗って、自己紹介を交わす。シュテルさんに従っているお付きの人は、商会の専属で雇っている護衛の方だそうだ。こちらも冒険者風情(?)に対して、礼儀正しくお辞儀をする。
「ギルベルトと申します」
「ランドルと申します」
「二人ともとても優秀な護衛でしてね。私が安心して仕入れの旅が出来るのも、この者たちのおかげなのですよ」
にこりと笑って、シュテルさんを挟んで座る護衛の二人を褒める。
後ろで長い銀髪を括っているのがギルベルトさんで、ゆるくふわっとした金髪がランドルさん。どちらも凛々しい顔立ちである。威圧感のない細マッチョだけど、身のこなしから隙がなさそうだ。
出会いがしらにも感じたことだけど、シュテルさんは嫌味なく相手を褒めるのがとても上手い。ノワルにしてもそうだけど、俺やディエゴにも仲の良いご兄弟で大変羨ましいとか、お二人とも良い顔立ちですなとか、べた褒めしてくる。会話の糸口というか、切っ掛け作りの一環なんだろうけど。
ディエゴはともかく、見かけは子供な俺まで侮らず褒めるんだから凄い人だよこのおじさん。物腰柔らかいし、警戒させることなく、するっと他人の懐に潜り込んでくるんだもん。
でも俺は褒められても恥ずかしいだけだし、どうせ社交辞令だろうと思って、どう反応したものか困ってしまう。お座りしているシルバに駆け寄ってその毛皮に埋もれて顔を隠した。
「おやおや、とてもシャイなのですね。大変可愛らしい」
「申し訳ないが、そこまでにしてくれ。貴殿に対して失礼だとは思うが、人見知りなんだ」
「いえいえ、こちらとしても申し訳ございません。これだけお可愛らしいと、警戒しなければ攫われてしまいますからな。逆に良いことですよ」
「そう言って頂けるとありがたい。俺もそう思って、余り一人にしたくはないのだ」
何を言っているんだろうかこの人たちは。
聞いているこっちは意味が解らないのに、二人とも解り合ったような会話を繰り広げている。
護衛の二人もほっこりしてんじゃない。
「そう言えば、ディエゴさんのお仲間の方も森へ行かれているそうですが、成果の方は如何なものでしょうか?出来れば現物を拝見したく、先に宿の方を決めてから冒険者ギルドへ伺おうと考えているのですが……」
ぶどうの樹は、ルンペル商会の使いの人が宿泊先に利用しているらしく、貴重な品物も安心しておいておける宿として贔屓にしているとのこと。コテージなので、人の出入りも激しくなく、騒がしくもないので護衛もし易いらしいのだ。それでここへ向かったはいいけど、肝心のオーナーは不在だった。
シュテルさんに返答をしようと口を開きかけた時、開いた窓からノワルが入って来た。
「アスマデニハカエル。キャリュフタクサン。カンシャ、カンシャ。スキナヘヤヘドウゾ」
「―――と、いうことらしい」
「それはようございました。では、ここで待っていれば、キャリュフの現物が拝見できると考えてよさそうですね」
「だが部屋の案内は―――」
オーナー夫妻が俺たちに留守を頼んだのはいいんだけど、部屋のカギの場所とか全然教えてくれてないんだよね。キッチンの使い方とか、食材の場所は丁寧に教えてくれてたんだけど。
客が来ないから忘れていたのかも知れないけれど。俺たちを信用してくれているのか、田舎の民家のように、鍵を掛けずに近所の人が自由に出入する感覚なのか、そのどちらでもあるのか。不用心すぎる。それに好きな部屋へどうぞと伝えられても困るんですが。(実際は開け放たれて不用心かと思いきや、オーナーのおじさんの結界魔法が施されていて、任意した者以外は立ち入れない仕掛けになっている)
「それなのですが……。どうしましょう?」
俺たちだってどうしようもないんだけど。一緒になって困ったねって首を傾げることしかできない。
そこで良いことを思いついたとばかりに、シュテルさんは手を打った。
「あの、もしご迷惑でなければ、あなた方の宿泊しているコテージに、一時的に滞在させて頂けないでしょうか?もちろん、宿泊料はこちらが全額お支払いしますし、お仲間が戻ってこられるまでで結構ですので」
「いや、それは……女性が使用している部屋もあるので、空いているとしても、部屋は一つしかないんだ」
ギガンとテオの使っている部屋を明け渡すにしても、男性三人を押し込むことになる。それで宿泊料全額払ってもらうのは申し訳ないと、ディエゴは断ろうとした。
本音としては、俺に赤の他人と接触させるのを懸念してのことだ。
普通の宿に泊まらなかったのも、俺に配慮してのことなので。
「決してご迷惑をおかけすることはないと、お約束いたします。今から他の宿を取るにしても、我々が宿泊できる場所は限られておりまして。何分田舎町なので、ここ以上に安全な宿となると難しいのです」
そう言われると確かにと頷かざるを得ない理由だ。
だが初対面の相手と同じコテージ内に宿泊するのは、俺にはハードルが高すぎる。
「もしお引き受け頂ければ、私の仕入れた商品でお気に召す物ございましたら、格安でお譲りしますよ!あぁいえ、お代は結構でございます!如何でしょうか?!」
物で釣ろう作戦かな?でもなぁ、俺にとっては、この世界の商品なんてそんなに真新しい物でもないんだよね。アンティークな感じで、どれも使い勝手が悪いし。現代の便利で安い商品に慣れているだけに、どうということもない古めかしいだけの物には心が惹かれなかった。
「例えば―――そうそう。このような商品はいかですか?」
諦めの悪いシュテルさんは、乗り気でない俺たちの興味を引こうと必死だ。
仕入れた商品の入ったマジックバックから、何やら取り出し始めた。
「アンデルのダンジョンでのドロップ品なのですが、【人魚の涙】と申しまして、身に着けると辛い恋を忘れさせてくれるそうなのです。こちらは着れば【真実が見えるマント】でして、思う相手の気持ちがほのかに察することができる効果があるのですよ。おっと、こちらは【欲望を灯すマッチ】というものでして、好きな相手の欲しい品が、マッチの炎に映るといったもので、プレゼントにお悩みであれば、一本擦って頂ければたちまち悩みが解消されるアイテムでございます!」
どっかで聞いた名前と、怪しげなおまじない効果のあるアイテムである。しかもどれも恋愛関係ばかりだ。俺たちにそんな物が必要だと思っているのかな?こういうのは女性にこそ勧めるべきアイテムだろう。
そんな感じで、何を見せられてもスンとした表情の俺とディエゴ。全然興味が惹かれないアイテムの数々に、ちょっと飽きてきた。
「えぇい、では、このとっておきのアイテムは如何でしょう!なんと、鑑定機能付き【虫メガネ】でございます!数多の鑑定眼鏡の中でもご本人様の鑑定知識に加え、ドロップ当初から様々な記録がされているという優れ物なのですが、い、如何でしょうか?!」
ん?なんかちょっとだけ興味を惹かれるような、そうでないような、おまじないアイテムとは違って、実用的な鑑定虫眼鏡に俺の好奇心が疼いた。
なのでディエゴの腕を突いて問い掛けた。
これちょっと気になるんだけど、お兄ちゃん詳しく聞いて~!
「既に記録が入っているというが、どういったものだ?」
「おお、やはり興味がございますか!いえね、こちらの鑑定虫メガネなのですが、まぁ、その名の通り、昆虫類特化型なのです。ただしダンジョン産なので、ダンジョンに生息している昆虫類の情報ばかりという、偏ったものなので……。ええと、ですが私は面白いと思って購入したのですけどね……」
「冒険者相手にしか売れないのに、その冒険者から必要ないと格安で売りに出された曰く付きです」
「ラ、ランドルっ!なんてことを!?」
「たまに会長はこういった面白アイテムを、考えなしに購入してしまう悪癖がございます」
「ギルベルトまで!酷いっ!!」
このおじさん、いやシュテルさん。なんだか俺と同じ悪癖をお持ちのようだ。
あるよねたまに。必要のない物なのに、ノリと勢いで面白がって買っちゃうことが。後で冷静になって考えると後悔するんだけど、その時は必要な気がしちゃうのだ。
でもこれ、魔物の昆虫類の情報が既に入っているのか。鑑定眼鏡というのがどういう代物なのかよく判んないんだけど、ググルレンズアプリみたく対象を映すと詳細な情報が解る感じなのかな?
なんとなくの予想をディエゴに映像で伝えると、当たっていたらしく頷いた。
くっそ、無駄にハイテク!でも携帯アプリみたいで面白い。ただし魔物の昆虫類限定でしか判らないみたいだけど!
「……欲しいのか?」
「………うん」
うぅっ、俺、この面白虫眼鏡がとっても欲しい。お兄ちゃん、一生に一度のお願いを聞いてくれますか?(何度生まれ変わっているのか判らんおねだりはやめろという爺さんの声が空耳した)
「……わかった。こちらで手を打とう。いいか、リオン?」
「うんっ!」
わーい、お兄ちゃんありがとう!今夜はワインだけでなく、ウイスキーも奮発しちゃう!(響と山崎のどっちがいいかな?)
「本当に宜しいのでしょうか?流石にこのアイテムは、詐欺のような気がするのですが」
「ギルベルトっ、お前は余計なことを!せっかくこちらのアイテムに興味を持って頂けたというのに、水を差すんじゃありませんっ!」
「アントネストでしか活躍しそうもないですよね?何せ他の情報は、自分の知識でしか鑑定できませんし。情報の蓄積をするには、虫メガネという形は少々不便なのでは?」
「こらっ、ランドル!何故お前たちは私の邪魔をするのです!?」
「「我々は正直なだけです」」
「私だって正直ですよっ!」
嘘は言っていないし、正直に機能内容も説明したと、シュテルさんは護衛の二人に訴えた。
「大丈夫だ、こちらも騙されている訳ではないし。鑑定眼鏡と同じ性能であるなら、他の情報も取り込むことが出来るのだろう?」
「ええ、勿論でございます!ダンジョンの昆虫類しか情報はございませんが、使っている内に様々な情報が蓄積されるのは間違いございません!」
「ならば悪い取引ではなさそうだ。しかしタダというのも申し訳ない。虫眼鏡であっても、鑑定機能があるのならば、それ相応の値段ではないだろうか?」
「会長がガラクタ市で購入致しましたので、投げ売り価格です。お聞かせするのも申し訳ないので、ご遠慮させてください」
「他のガラクタと一緒に購入されましたので、この品の単価は口にするのも憚られます」
「お、お前たちーっ!!」
コントかトリオ漫才かな?護衛の二人に、シュテルさんが遊ばれているような気がしなくもない。それだけ気安い間柄なんだろうけど。ちょっと慇懃無礼な護衛の態度だけど、信頼関係はありそうだ。
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