第30話 鑑定するには眼鏡が必要


「いやはや、お見苦しいところをお見せしました……」


 冷や汗をかいているシュテルさんと、しれっとした態度の護衛二人を、俺たちのコテージへと案内する。最初の一癖ありそうな印象と違って、随分と単純で面白い人のようだ。まぁ、そう見せているのかもしれないけど。

 会話の端々に気になるワードがあったが、今はそんなことは些末なことである。

 だって俺は鑑定用虫眼鏡を手に入れたのだ!何でも鑑定する代物ではないが、昆虫の魔物のデータがこのただの虫メガネに入っているという、不思議アイテムである。これはもう、何かを視て見るしかないのでは?

 

 ディエゴ曰く、一般的な鑑定魔道具は眼鏡タイプとしてダンジョンでドロップする利用価値の高いアイテムなんだとか。(訳の判らんおまじないアイテムとは違って)しかしその鑑定眼鏡にもマジックバック同様、性能によって値段は変動する。

 特に希少性の高い鑑定眼鏡は薬草や魔物の素材、鉱石や宝石、そして魔晶石を見分け、本物と偽物は勿論、価値や価格まで判別できるというものだ。所謂レアアイテムってやつだね。

 そんなの自力で査定できないのかって?できる人もいるにはいるそうだけど、この世界のダンジョン産のドロップ品の貴金属類は、偽装魔法を纏っている物がある。

 金に見えて実はパイライト――黄鉄鉱だったとか、ダイヤモンドかと思えばジルコン、トパーズ、水晶だったりと、やたらと偽装しているらしい。

 これも妖精の悪戯の一種で、喜ばせておいてガッカリさせたり、ガッカリさせたかと思えば喜ばせたりと、(疑ってかかればそのままだったりもある)見る目があっても惑わせる。それを正確に判定したり、査定するために存在するのが、ダンジョン産の鑑定眼鏡なのだ。

 要するに、人間には作れないオーパーツだね。または、オーバーテクノロジーかな。

 因みにファンタジーな設定でよくある【鑑定眼】という便利なスキルはない。努力の末鑑定する能力が身についても、ダンジョン産のドロップ品は見たままでは判断が出来ない仕掛けが施されているからね。仕方ないね。

 そして偽装魔法の掛かった素材は、偽物だと正しく見分けられると解除される。だから妖精の悪戯と言われているそうだ。


 ルンペル商会の会長であるシュテルさんも、鑑定眼鏡をかけている。だから魔道具等のアイテムについては詳しく、行商人の頃より地道に情報を集め、その眼鏡には様々なデータが蓄積されているそうだ。

 駆け出しの商人だった頃に、安物のデータの全く入ってない眼鏡を購入し、行商をしながら様々なアイテムを見て触れて、正しく情報を集めていったのだそう。こうした努力によってデータが蓄積され、価値あるアイテムにしてきた。もし売るとなれば、とんでもない値が付けられそうだなと思ったら、帰属アイテムなので、他人がこの眼鏡をかけてもただの眼鏡なんだそうな。基本的にこれらの鑑定眼鏡は、使用者に帰属する魔法が掛かっている。

 どうやら持ち主の脳内データを眼鏡が読み込んでレンズに映す仕組みらしく、ぶっちゃければアホにはアホな説明しか映し出されないし、賢ければ理路整然とした情報がレンズに映し出されるのだ。


 しかし本人の努力によって蓄積された鑑定眼鏡以外に、最初から本物を見分ける審美眼能力があり、特定のデータが入っている鑑定眼鏡は、サルでも詳しく判別できるといったものである。

 俺のこの鑑定虫メガネも、魔物の昆虫限定だが、知識がなくともレンズに情報が映し出されるのである。(ただし、本人の理解できる説明で表示される)だが目の前に魔物の昆虫はおらず、今はただの虫メガネでしかないから確認できないのだ。ぐぬぬ。


 そんな鑑定眼鏡だけど、登録できる種類と、データ容量は決まっている。コモンやアコモンが比較的手に入りやすいお値段だそうで、何でもかんでも鑑定できたり、データ容量が無限にあるアイテムはエピックに分類される。これが目が飛び出るほど高く、王族などの貴族しか持ってないんだって。お金持ちの商人ですら、レアまでらしい。

 シュテルさんが掛けているのは、ダンジョン産ドロップアイテム限定登録専用眼鏡だ。(だからやたらと妙なおまじない効果のあるアイテムを持っていると思った)でもこれ一つじゃなくて、薬草類等の食物系、魔物素材などの専門鑑定眼鏡もあるそうだ。数種類の眼鏡を持っていれば、レアを買わなくても事足りるからだって。気分によって眼鏡をかけ替えるみたいなものかな。

 そういえば、町の中の店主の殆どが眼鏡をかけていたなと思い出す。

 眼鏡ブームなのか、みんな目が悪いのかな?と思ったが、あれらも鑑定眼鏡なのだそう。肉限定だったり、果物限定だったりなんだってさ。(食べ頃とかを教えてくれるサービス用)


 ただ少し気になったというか、素朴な疑問なんだけど。

 例えば自分の目で見て触れた物をデータとして記録させても、それが間違っていた場合だ。

 水平思考クイズで有名な【ウミガメのスープ】みたいに、ウミガメの肉のスープだと思い込まされていたものが、実は違う肉のスープだったと知ってしまったらどうなるのか―――答えとしては単純に情報が上書きされるってだけなんだけどね。

 

 そう言ったことを、夕食を食べながら話してくれた。

 話し上手で話題も豊富なシュテルさんに乗せられて、気が付けば夕食を作って一緒に食べることになったのは仕方がないよね。

 だってすごくお腹がへってますって顔をされたんだもの。大したおもてなしは出来ませんが、ご一緒します?って社交辞令で口にしてしまうのは日本人ならでは。それを真に受けられるなんて考えてはいない。当然一度は遠慮して断ると思い込むのも日本人あるあるである。海外では通用しないんだけどさ。


「私の鑑定では、その虫メガネにはもう一つ登録できると出ております。コモンのように肉等の限定ではなく、アンコモンのように食べ物全般か、素材全般といった感じでしょう」

「虫メガネなので使い勝手が悪いということはお忘れなく」


 シュテルさんのポジティブな説明に、ギルベルトさんがネガティブを差し込んでくる。それがランドルさんのパターンもあって、この会話の流れは既に様式美のようだ。仲が良いねあなたたち。


「リオン、登録する場合はよく考えるようにな?」

「うん」

「普通の虫を登録するのだけは勧めないぞ?」

「うん?」

「いや、そんな予感がしただけだ」

「……」


 訝しそうな眼差しでディエゴに見詰められる。悔しいが否定できなかった。

 この世界の普通の昆虫類も、地球産の昆虫とちょっと違うみたいで興味があったんだけどね。流石に虫メガネだからって、そんなことはしないよ。うん、いやほんと。ちゃんと考えてから登録しますって。止めてそんな目で見ないで!

 

「どうやら弟さんは、かなり昆虫類がお好きなようですね?」

「そうでなければ興味すら持たないでしょう」

「アントネスト限定虫メガネの需要が、こんなところにあるとは……」


 駄目だ完全に俺は虫好きの子供になっている。なんとかしないと。なんともならないけど。

 ギルマスにもそう思われてるし。

 だがさっきから何度か引っ掛かるキーワードが出るので、俺は思わず聞き返した。


「アントネスト?」


 直訳すれば【蟻の巣】なんだけど、それって何だろうか?ダンジョンらしいことだけは判るのだが。

 

「ウェールランド領に行く途中にある、ブリステン領にあるダンジョンですよ」

「とても人気のないダンジョンです」

「アントネストはその名の通り、蟻の巣穴のように複雑な構造をしているのですが、主な魔物は昆虫ですからね。特に女性の冒険者には嫌悪すらされているダンジョンですよ?」

「―――そういうことだ」

「えー……」


 容赦ない評価に俺はガッカリする。


「で、ですが、昆虫の他に両生類系や爬虫類系の魔物が生息しておりまして、それなりに需要のある素材も多く、私共もこちらと同様、素材を仕入れるために数ヶ月に一度は伺っておりますよ?」

「そうなの?」


 両生類や爬虫類もいいよね。カエルとかイモリとか、蛇も結構好きなんだよ。ひんやりした触感が気持ちイイし、見た目も可愛いのだ。

 そうだ。もう一つ鑑定虫メガネに登録する種類は、爬虫類系の魔物にするのはどうだろうか?


「アマンダと、チェリッシュは、嫌がるだろうな」

「うっ」


 お兄ちゃん連れてって~っと、訴えてみようとしたら、先に牽制されてしまった。

 だが俺は諦めたくないっ!昆虫や爬虫類(両生類)は男の浪漫なのだ!見ると妙にテンションが上がるし。

 でっかいウシガエルを小学生の頃にキャンプ場で発見して、捕まえたのはいい思い出だ。周りにいた女の子たちは、悲鳴を上げて逃げてたけど。しかも一晩中ブオーブオー鳴くもんだから、女子からのキャンプ体験は最低最悪の評価だった。

 何故かウシガエルには毒があると思われていて、掴みまくっていた俺は、毒のせいで死ぬかもしれないと心配されたし。「カエルを掴んで嫌われずに心配されるのはお前だけだ」と周りの男子に恨めしそうに言われたんだけど、毒を分泌するのはヒキガエル(ガマガエル)であってウシガエルは食用なので毒はないぞ。


「爬虫類系の皮は艶もさることながら強度も優れておりまして、女性も好んで購入されますからね。魔獣の皮革素材にはない様々な柄や光沢は、何とも魅力的なのです」

「確かに爬虫類系の魔物の皮素材は人気ですが、苦労して倒してもドロップするのは肉が多いのですよ。高級革素材のドロップ率が低すぎるのが難点と言えば難点です」

「それに最近は、両生類や爬虫類の肉は需要が少なく、好んで食さなくなっておりますからね」


 シュテルさんが肯定的に言えば、ギルベルトさんとランドルさんが必ず否定的な意見を差し込む。どういうプレゼンの仕方なんだ。

 というか、ダンジョンの魔物素材は基本的にドロップなんだって。一々解体して素材を剥ぎ取る必要はなく、その手の知識も必要ない。倒す際に素材に沢山傷がついたから価格が下がるという心配がないらしい。

 でもその分、大物を仕留めても全部手に入れることはできない。しかも素材もランダムとなっていて、お金になる素材程ドロップ率は低くなっていた。当然外れもあって、何も手に入らないことの方が多いのだとか。

 ゲームのガチャシステムみたいだな。だからこそのレアだなんだのと言われるんだろうけど。


「ダンジョンには実力がなければ挑めませんが、運も大きく作用する場所ですからなぁ。ランクの高い実力を持つ冒険者であっても、運を味方に出来なければ稼げない。何ともシビアなものです」


 最後にそう締め括ってこの場はお開きになった。

 う~ん、俺の知っているダンジョンの知識となんか違うなぁと、曖昧ながらもこの世界の常識に触れた気がした。

 運の良し悪しが大きく関係するガチャシステムのようなダンジョンかぁ。

 だからなのか、やたらとおまじないアイテムが溢れている。殆どがゴミらしいけど。(そのゴミを買うシュテルさんみたいな人もいる)

 運気を上げるアイテムが出たら、冒険者は余程のことでもない限り売らないので出回らないそうだ。

 偽物のおまじないアイテムもあるので、詐欺に遭わないよう気を付けるのも大切だってさ。本物だけどゴミだと判って購入しちゃうシュテルさんを止めるのも、護衛二人の仕事らしい。苦労しているからこそ、あんなにもシュテルさんに対して慇懃だけど辛辣なんだね。わかりみがすぎる。


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