第31話 作戦実行中
「アマンダたちも、オーナー夫妻と一緒に戻ってくるそうだ」
翌朝、スプリガンのメンバーへ朝食を届けて戻って来たノワルからの伝言によると、彼らも漸く諦めて帰ってくることにしたようだ。
一番の理由は、フライングエイプによるうんこ爆撃被害みたいだけど。女性には辛いよねぇ。お風呂に入りたいに違いない。
俺たちが一緒について行かなかったのも、うんこ爆撃の被害が増えた原因だってさ。
シルバのような強い従魔がいると、それだけで他の獣や魔物は近寄ってこない。
今まで楽した分、苦労することになったんだろうね。
「途中からキャリュフを諦めて、薬草採取へと切り替えたようだし。ある程度はテオたちの良い経験となったに違いない」
「よかったねー?」
「それから、どうしてもアントネストに行きたいのなら、アマンダとチェリッシュを説得しなければならないぞ?」
「それねー。むずかしいよねー」
ディエゴとはこの数日間で兄と弟という設定の下、交流をして信頼関係的なものを築けたけれど(そもそもエンゲージメントをしているから、信頼と安心は誰よりも高い)あの二人は女性なだけに接触し辛いんだよなぁ。
だって女の子の扱いが判んないんだもん。彼女たちの興味のある物や、好みなんて男の俺にしてみれば奇妙でしかないので。
タピオカミルクティなんてバカみたいにカロリーの高い飲み物を好みながら、カエルの卵は嫌がるんだもんな。ダイエットしなきゃと言いながら、オンスタ映えするからと高カロリーなスイーツを食べる矛盾した思考回路を持つ生き物。それが俺の知る女性である。(そうでない女性も多いことは知ってる)
この世界の女性はどうだろうか?見た感じきゃぴってないし、パリピな陽キャ独特の厚かましさはないんだけどねぇ?(チェリッシュはちょっとその気がある)
今のところ、俺が外を出歩いていないので、そういった人種に出会っていないだけとも言える。それと田舎町なので、住民は皆素朴な人柄なのだ。
「食事内容で説得できる可能性はあるが、エサとしては弱いかもしれん」
「……かんがえとく」
食べ物で釣るにしても、嫌悪感のある昆虫だらけのダンジョンに連れ込むには難しいと言われた。
その他の俺の得意分野は女性受けしないからね。キレイな宝石類より面白い形や柄をした石ころの方が好きだしさ。キラキラしたものなら、玉虫の方がキレイだと思う俺の感性である。どうしたもんかなぁ。
昼頃にやっとアマンダ姉さんたちは帰って来た。
なんか凄いやつれてるし、まるで何者かに襲われたような有様だ。(実際に襲われている)
似たような姿だが表情の明るいオーナー夫妻は、俺たちから事情を聞いて、慌ててシュテルさんたちの宿泊対応に向かった。
「急いでおりませんので、まずは落ち着かれてからで結構ですよ」
「申し訳ございません!ディエゴさんたちも、宿泊先のご提供ありがとうございました。お礼は後程させていただきますので!」
「大変ご迷惑をおかけいたしました。では身なりを整えてまいりますので、直ぐにお部屋へとご案内させていただきますね」
まったりとお茶をしながら、待合所のソファに腰を落ち着け、オーナー夫妻の労をねぎらうシュテルさん。
気が付けば興味深くも面白い話のお礼に、三食の食事を提供してしまった俺である。
「いえいえ。森での成果もお聞きしたいので、一息ついてからにしましょう」
「ありがとうございますっ!」
「それでは!」
そんなやり取りを眺めつつ、スプリガンのメンバーも口々に疲労と愚痴を零す。
「ほんっと、酷い目に遭ったわっ!」
「洗っても臭いが落ちてない気がするよ~っ!」
「腹が減ったっす~っ!」
「悪いが、早速シャワーを浴びさせてくれっ!」
バタバタと急いでコテージに向かう。その背を追いながら、俺は何とか彼らを取り込もうと作戦を立てていた。
まずは、リラックスしてもらうことが大事だよね。
てなことで。
「どうぞー」
「え?これ、使っちゃっていいの!?」
「やだ、なにこれ。ふわっふわの浴布……?」
「この瓶の中にあるのは、洗髪剤っすか?」
「顔や全身も洗えるのか?」
ディエゴが大量に所持している瓶を人数分借りて、愛用の馬油シャンプー(詰め替え用)を入れて手渡す。
その際、これまた愛用の今治の高級バスタオルまで付ける。これを一度でも使うと、他のタオルでは満足できなくなる魔性のタオルなのだ。安物でもいい気がするけど、ここでケチっては駄目だと断腸の思いで差し出す。
攻略すべきは女性二人だが、交渉をスムーズにするためにも、テオとギガンも味方にしなければならない。なので公平にサービスを提供する。
「おつかれー」
「シャワーを浴びている間に、食事の準備も整う。汚れを落としてこい」
「リ、リオっち!」
「リオンっ!!」
「リオーン!あなたってば、なんていい子なのっ!」
「リオンさーんっ!」
「一々飛び掛かろうとするな。リオンが怯える」
それぞれ感動しながら、シャンプーとタオルを受け取る。
その際俺に飛びつこうとするのをディエゴが阻止してくれて、汚れまくった連中から護ってくれた。
このさり気ない気遣いが、ディエゴの男前度を上げてるんだろうなぁ。お兄ちゃんカッコイイ!
というのは置いといて。俺は食事の準備に取り掛かることにしよう。
準備といっても既に作っておいたモノを出すだけなんだけどねー。
母屋のキッチンにある魔道具オーブンで、大量に作ったピタパン(奥さんのレシピ参照)を取り出す。ピタパンって意外と簡単に作れるし、サンドイッチよりも具材を詰め込めてとても楽しい。
昨日は調子に乗って、ディエゴにも手伝って貰って大量に作り置きしてしまった。時間停止機能付きの俺のリュックだからこそ、保存方法に悩まなくて済んでとても助かる。
そんなピタパンに、グリルチキンと野菜を詰めた物と、ひよこ豆と玉ねぎと牛ひき肉をカレー粉で炒めて詰めた物。ヨーグルトに姫林檎のコンポートを絡めた甘いデザート風にした物を用意する。(俺たちは既に同じ物を食べ終えている)
奥さんのレシピによると、カレー粉は珍しいけどなくはない調味料だった。元々18世紀のイギリスで生まれたものだしね。その時代に近い文明の世界だから存在しているのかもしれない。
もしかしたら、鉄道や蒸気船に似た乗り物なんかもあるのかも。この町は田舎なので、馬や馬車が主流のようだけど。
主食のピタパンサンド各種と、フレッシュトマトのスープにデザート。それらを人数分テーブルに並べる。
待っている間にちょっと考えて、ディエゴに氷を出せるか聞いたら、出せるとのこと。お願いしてこぶし大の氷の塊をいくつか作ってもらう。
残り物の姫林檎を煮て作り置いていたものに、紅茶(コーヒー派だけど紅茶も持っている)を加えて、砕いた氷を入れたら冷たいアップルティの完成だ。紅茶は贅沢品らしいから、喜んでくれるかな?フヒヒ。
昼食だからまだ本気を出してはいけない。夕食はこれよりも豪華にするからまずは前哨戦だ。
「おーいしーいっ!!リオっちったら、どうしてこんなに料理が上手なの!?」
「このピタパン、ほのかな酸味に甘さが加わって、疲れが一気に吹き飛ぶわぁ~。あの浴布もふわふわで気持ち良かったし、生き返るわぁ~」
「液体の石鹸なんてアタシ初めて使ったんだけど、すごくない?髪も肌もツルスベになったんだけど!」
「しかもいい香りなのよねぇ。まるで貴族になったみたいよ」
よしよし。どうやら馬油シャンプーは女性に好評のようだ。合成シャンプーと違って、天然シャンプーだから全身に使えるし、保湿効果もあって、これ一つでリンスも他の石鹸もいらない優れ物である。
この世界の人というか、そもそも日本人以外は毎日風呂に入る習慣がないんだよね。ディエゴに聞いたら洗髪自体月に数回程度らしいし。湿度が低いから、頻繁に身体を洗わないでもいいんだろうけど。たまに据えた臭いがするんだよな。獣臭に近いっていうか。だから近寄りたくない。
今回を切っ掛けに、お風呂の気持ち良さを知って、気になる体臭も減るといいな……。(ディエゴは既に俺の指導の元、馬油シャンプーを愛用し始めていて臭くないのだ。肌も髪もツルスベだよ)
「カレー風味の挽肉の入ったやつ、すげぇ美味いな!差し入れの飯も全部美味かったが、あんときゃ落ち着いて食えなかったからなぁ。このスパイシーさ、たまんねぇ。エールが飲みてぇっ!」
「落ち着いて食べられるのって、マジ贅沢なんだって、俺やっと理解できたっす。しかもこれ、紅茶っすよね?こんな贅沢品に、俺のアプルまで使ってくれて、感激っすっ!」
その紅茶だけどね。茶葉でもティーバックでもないんだ。業務用100袋入りスティックタイプで、案件でキャンプでも気軽に飲めるという宣伝のために、企業から大量に貰ってしまったものだ。俺は動画内で一本飲んだきり、持て余していた。その処分だから安心して飲んでね。
「今更だけど、いいのかしら?石鹸もそうだけど、こんなに高級な紅茶まで……」
「もしかしてこれ全部、リオンさんのなんすか?」
「えっ!?ディエゴさんのじゃないの?」
「だってこの瓶って、ディエゴさんのじゃ?」
「俺が持っている訳ないだろ。瓶は貸しただけだ」
「だよなぁ?―――って、マジすまんリオン!」
とても貴重な妖精の持ちモノなのに、分けてくれてすまないと詫びる。
貰って当然と考えないだけ、彼らはとても真っ当な人間だ。
親しき仲にも礼儀あり。こういった美徳が身についているので、彼らはやはり人間が出来ている。(保護して貰えてよかった)
「いいよー」
物の価値を理解してくれるだけで。
それにこれから俺は、アントネストに行くべく、彼らを上手く操作しなければならないのだ。心理的に負い目を感じるように仕向けているのは、お願い事をすんなり聞いてもらうためなのだから。うはははは。
「はぁ……。でもリオンのお陰で、すっかり落ち着いたわ」
「悪夢の四日間でしたね……」
「なんであんなに躍起になっちまったんだか」
「他のパーティに釣られた気がしないでもないわね」
「みんな死に物狂いでしたもん」
「特にギルド職員のあの気迫がねぇ。キャリュフが見つかるたびに、羨ましがるっていうより、褒め称えられるんですもの」
「気が付いたら、周り中が変な宗教の信者みたくなってたよね?!」
「ありゃぁ、別の意味で煽ってたよな。明日はもっと採れるから、頑張りましょう!つって」
「落ち着いて考えると、私たちはそこまで必死にならなくても良かったのよねぇ。今更だけど……」
だから帰るに帰れなくなっていたんだとか。
しかも森ではシルバがいなかったせいもあって、食事中に食べ物を狙うフライングエイプの襲撃に絶えず脅かされていた。
それは他の冒険者たちも同じで、キャリュフを掘り出そうとすれば出産期の攻撃的なボアやルーンベアが襲ってくるし、食事中はフライングエイプに襲われるし、夜は魔狼が虎視眈々と狙ってくるしで、想像よりも過酷な環境下になっていたみたい。
そんな命の危険と悲惨な状況に晒されながらも、俺が数時間で掘り出した量の半分以下のキャリュフを、数日かけてやっと掘り出したのだそうだ。
「おつかれー」
「ご苦労だったな」
ノワルの短い端的な伝言で何となく知っていたけど、こうして改めて苦労話を聞かされて、俺とディエゴは彼らを労う言葉を投げかける。半分は心からの労いと、半分は自業自得の気持ちを込めて。
「くっそ。俺らがこんなに苦労したのも、ディエゴが付いてこなかったからなのにっ!」
「お前らがギルマスの口車に乗せられただけだろうが。それに、ウェールランドに行く予定を変えて、欲をかいたのは誰だ?」
「それを言われると、ぐうの音も出ないわ……」
「もっと簡単に掘り出せると思ってたんだもん!」
「リオンだからこそだろうが。所詮お前らには無理だったってことだ」
「それでも、何とか掘り出せたっす!」
「四日もかけてな」
ディエゴが手厳しく仲間を窘める。このパーティのリーダーは、アマンダさんじゃなかったっけ?決定権自体はアマンダさんだろうけど、お小言担当の引き締め役がディエゴなんだろうか。(女性に逆らわないのが賢い男だと爺さんも言ってた)
普段物静かなだけに、淡々とした口調なのが怖い。俺もやらかした(熟成庫露出事件)時に、淡々と説教を食らったから知ってるけど。
ディエゴには逆らわないでおこう。俺は言うことをよく聞く、素直な弟をしっかり演じるのだ。
~閑話・コロポックルの森の悪夢~
「全員警戒態勢を取れぃっ!」
「食い物を隠せっ!奴らが来たぞーっ!!」
昼休憩を取っていたところ、腰を落ち着けた矢先に冒険者の誰かが叫ぶ。
「ウキャキャキャッ!」
「キーッキッキッキッ!」
木から木へと飛び移り、物を投げつけてくるフライングエイプに襲われる恐怖に、その場は騒然となった。
しかもその手に持っている物が、汚物とあってはたまらない。
「いやぁ~~っ!なんか投げて来たーっ!?くっさーいっ!!」
「ちょっとギガンっ!アイツらの飛び移ってる木をその斧で倒してよっ!」
「バカ言うなっ!できるかそんなこと!第一ブラナの木は、キャリュフが共生するのに必要じゃねぇか!」
「アマンダ姉さぁ~ん!せめて、魔法でアイツら追っ払ってくださいよぉ~!!」
「それこそ無理を言わないでよっ!火力が強すぎて森が燃えるわよ!?」
「風魔法があんだろうが!」
「同じことよっ!木がへし折れるわっ!チェリッシュ、その弓矢で追っ払って!」
「無理ですぅ~!走りながら矢は放てないですもん!」
「だったらテオはっ!?」
「範囲外すっ!木の上に居るし、剣が届きませんっ!」
「どいつもこいつも役に立たねぇな!」
「その台詞、そっくりそのままあんたに返すわっ!!」
スプリガンのメンバーは、夫々相手を非難しながら逃げ惑う。
数日前にこの森で薬草採取をしていた時とは様子が違い、連携も取れなければ冷静にもなれていなかった。
しかも周りの冒険者も同様、白い悪魔(体毛が白いことから名づけられた)ことフライングエイプによって応戦しつつも大混乱中であった。
幾人かは食べ物を奪われ、そして幾人かはフンを投げつけられている。
「それもこれも、ディエゴがいないからよぉっ!」
「アイツなら、魔力操作うめぇしなぁっ!」
お前と違ってと暗に含めながら、ギガンはアマンダを揶揄った。
「そんなことより、シルバっすよ!シルバさえいたら、フライングエイプだってここまで図々しく襲い掛かってこなかったっすっ!!」
「もしかしてアタシたち、舐められてるっ!?」
「もしかしなくても、十分舐められてるわっ!!」
キャッキャッキャッキャとはやし立て、フンを投げつけながら人間たちを襲うフライングエイプ。その姿は正に白い悪魔であった。
日に日にその数は増している。彼らは賢い。人間が食べ物持参で常になく多くやってくるのを知り、それを楽に奪えると徒党を組むようになったのだ。しかも食べ物を取り出す休憩の時に、油断した隙を狙って。
この森の迷信の一つとして、白い獣は精霊の使いとされ、無暗に殺すと災いを招くと伝えられている。それに人間を襲うとしても食べ物を奪って糞を投げつけてくるだけ。しかも魔物ではなくただの獣であるフライングエイプは、これらの理由によって今やこの森で一番の厄介者と化していた。
「キャリュフを掘ろうとすれば、ボアやルーンベアが何処からともなく現れてくるしっ!!」
「落ち着いて採取も出来ないっすっ!」
「うわぁ~ん、リオっちがいれば!ここにリオっちがいればーっ!!」
「泣くなっ!三食きっちり食事を届けてくれるだけで感謝しろっ!」
何気なく掘り出していたリオンの、あの運の良さと鋭い勘が羨ましく、その存在が恋しかった。
「どうしてアタシたちだけで来ちゃったのっ!?」
「全部ギルマスのせいだぜっ!」
「あ~ん、まさかこんなに大変だとは、あの時は思わなかったのにぃ~!」
「大見得切って引き受けただけに、今更尻尾撒いて帰れねぇんだよっ!」
「まだちょっとしか、キャリュフも取れてないっすっ!」
こうして。
ある程度人間から食べ物を奪い終えるまで、フライングエイプの襲撃は続いた。
被害に遭った冒険者は腹を空かせ、ある者は食べ物を奪われはしなかったものの悪臭の中で食事をする羽目になり、誰もが惨憺たる有様だった。
それで終わるかと思いきや、野営時は魔狼に狙われ続け気の休まる暇もない。
休む前にはキャンプ地で必ず、ギルド職員からの明日への意気込みとして、決起集会のように気持ちを高め一致団結を誓わせられる。
「明日こそは―――いいえ、明日も皆さんと共に、沢山のキャリュフを掴み取りましょう!」
「コロポックルの森は、我々の明るい未来を、きっと約束してくれます!」
「みんなーっ!キャリュフを掴み取りたいかーっ?!」
「「「うおぉぉぉーっ!!」」」
「高級食材の、貴族の独占を許すなぁー!!」
「「「うおぉぉぉーっ!!」」」
「正義は必ず、我々にあるっ!!」
「「「うおぉぉぉーっ!!」」」
こんな感じで。
そうして今後。
キャリュフという黒い宝石(白い宝石は物凄く運が良くないと取れない)の埋まるコロポックルの森は、一攫千金を狙う冒険者たちを戒めるように、悪夢の森たらしめることになる。それでも踏み込む者は絶えないのだろうけれど。
何事も労せず手に入る物はない。だからこそ、キャリュフの価値は下がることなく、やがてはこの田舎町の名産品として有名になるのだが―――その道のりは厳しくも臭かった。
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