第32話 ホットサンドメーカー


 おはようございます、リオンです!

 神隠しからの異世界生活も気が付けば一週間以上になりますが、夢だけど夢じゃなかった状態に多少は慣れてきました。

 でもまだ快適な文明社会が恋しいので、引き続き色んな情報を集めたいと思っております。


 現代社会に疲れて、スローライフを送りたいって思う人って多いじゃん?

 とはいえ文明社会に慣れた人が、いきなり不便な自給自足生活なんて余程の覚悟がないと出来ないんだよね。

 俺の住んでた田舎にも、憧れのスローライフとか言って、移住してくる人も多かったんだけど、なんだかんだで挫折する人は後を絶たなかったんだよな。都会に比べて求人だって少ないし。職業選択の自由より、まず自分が働ける仕事が見つかるのかってところだ。

 俺みたいに爺さんの所有する資源の豊富な山とか、稼業が農家で畑を持っている自営業とか、そういう一握りの人しかまともに稼げないしさ。役所関係もほぼ身内で纏まってるし。

 爺さんは副業で陶芸やってたし、それなりに稼いでいた。いや、本業が陶芸家だったかな?多趣味な人だったから、何が本業で副業か判んないんだけど。(子供の頃は爺さんを猟師だと思い込んでいた)

 俺が一人になると心配だからって、ちょっとした贅沢はしてたけど、浪費せずにめっちゃ貯金をしてくれて、本来なら働かなくても済むだけの財産を残してくれたのは感謝しかない。

 それに甘えながらも、自立しようと半分ニートのような動画配信者になっちゃったのは、非常に申し訳ないのだけれど。田舎暮らしだけど現代っ子だからね。仕方がないね。

 それがどういう訳か、私有地の山で神隠し(?)に遭って、気が付けば言葉も文化も違う妙な世界に迷い込んでいた。


 想像よりも過酷な異世界のスローライフである。時間に囚われないという本来の意味に近く、自らペース配分を決め、それに従って生活をしていくスタイルだ。(多くの人がそのスローライフを、まったりとした優雅さと勘違いしてるっぽいけど)

 冒険者などその最たる職業だろう。ただし命の危険が伴う、サバイバル要素を含む。

 しかし常に命の危険があるという現実に、俺はまだ直面していない。アマンダ姉さんたちは、コロポックルの森で嫌というほど実感したみたいだけど、俺は初日のみで早々にこの町に引き籠っちゃったし。

 キャリュフフィーバーで沸いているけど、今のところケガ人は続出しても、死人が出ていないのが不幸中の幸いだ。薬草の需要も高まり、正に地産地消である。


 死体自体はまぁ、私有地の山でたまに見かける(腐乱してると流石にキツイ)から、ちょっとだけ見慣れている。人様所有の山を富士の樹海みたく利用する、追い詰められた人が毎年何人かいるんだよね……。『私有地に付き立ち入り禁止』という看板が目に入らないのだろうか?

 不法侵入者を発見したら、通報して警察を呼ぶのもこなれたもんだよ。(狩猟小屋の中で首を吊っているのを発見した時は、流石に命を悼む前に怒りが湧いたのは仕方がないよね。不謹慎と非難するなかれ。狩猟小屋だって人様の家と同じで、不法侵入だからな)

 猪や熊の被害もあるし、俺自身も猟銃で殺処分しなきゃならなかったし。死生観は同年代の若者の中でも割としっかりしている方だと思う。生き物を殺してはいけませんとか、自分だけは大丈夫とか、そんな甘い考えなんて持ってないしね。自分を殺しにかかってくる存在に対する慈悲はないのだ。

 人間はどんな過酷な状況に陥っても、生き抜くだけの知識と覚悟が必要なのである。

 自ら危険に飛び込むなんて愚の骨頂。

 よって身の安全を確保すべく、俺はこの世界でスプリガンのメンバーに保護を求めたんだけど。


 やっぱアントネストだけはどうしても行きたいっ!

 鑑定虫メガネを使ってみたい!

 それには強力な盾と矛が必要なのだ!

 俺自身には戦闘能力がないので。猟銃があるだろうって?罠を仕掛けて潜んで狙って撃つという過程でやっと仕留められる技術なんだぞ!簡単にできるかそんなもん!

 熊に遭遇したらまずは静かに去るのを待つか、向かって来たら香辛料爆撃で退避を促すのが基本である。それも慌てず冷静さを保ち、走って逃げたりしてはいけない。奴は逃げる獲物を追う習性があるだけに。だがそんなことはともかくとして。

 冒険者だから色んなダンジョンに潜ることはあるし、物凄い無茶を言っているのではないと、ディエゴも俺の我儘を了承済みである。

 問題は他のスプリガンのメンバーだ。

 ギガンとテオは何とか攻略可能だと思う。昆虫類にそこまでの苦手意識はなさそうだし。多分だけど。

 中には虫がどうしても苦手という男子諸君も多いけどさ。学生時代に、蛾が飛んできたのに悲鳴を上げて、目の前の女子生徒に助けを求める男子生徒を見かけたので。(その男子生徒は女を盾に逃げるなんて情けないとボロカスに批難されていた。可哀そうに。女は良くて男は駄目だなんて、女尊男卑だよ)

 森に入って薬草を採るということは、それなりに虫に対する苦手意識はないと思う。希望的観測だけど。

 問題は、ダンジョンに生息する昆虫の魔物が異常にデカいってことである。


 昨夜は(俺にしてはめっちゃ頑張った)豪華な夕食を提供し、それとなく虫に対する対策や嫌悪感について誘導してみた。

 予想に違わず、人類の敵として認識されている黒いアイツは、名前を出すのも嫌だってことが判明した。

 二億五千年前より存在する、最古の有翅昆虫なのに。色んな生き物の餌になったり、植物や動物の死体を食べて土に返す、生態系を支える自然のガーディアンなのになぁ。(ちょっとイイ感じで表現してみた)

 何のために生きているのか判らないって言うけど、自然の中のアイツは優秀なのだ。

 人間の生活を脅かしているのは、不衛生な環境下に住み着くからであって、そこは見つけ次第処すべきではあるけどね。病原体の運び屋だから。


 でもでもアントネストのゴッキーは、自然環境下にいるじゃん?病原体を持ってない魔物じゃん!?そんなに嫌悪しなくたっていいじゃん!きっと何かとても有益な存在なんだよ。それを俺は解明したいのだ!

 これは使命である!不当な扱いをされている黒いアイツを、俺の手によって成り上がらせたい!―――っていうのはまぁ、半分冗談だけどね。

 他の巨大昆虫類を見たいだけだから。ただの言い訳だよ。


「どうしよー」


 この世界の言葉で呟いてみる。舌ったらずなので、どうしても口調が幼くなるのは仕方ない。流暢に話せるようになるのは一体いつになる事やら。子供が喋るレベル以下だよこれじゃ。


「はぁ……」


 快適なスローライフのための、ルーティーンである早朝からの食事の支度中である。

 スプリガンのメンバーに誤解されているブラウニーじゃないので、真夜中に仕事はしない。俺は早寝早起きなのだ。夜遅く起きてまで時間を潰せるネット環境がないからなんだけどね。時間泥棒な動画も見れないのが辛い。(都市伝説系や歴史考察系の動画を見てると気が付けば朝になっている)

 あくせく動画を配信しなくても生活ができるので、俺自身は配信者としては怠け者の部類に入る。それに突然配信を止める人も多いから、理由なく失踪したとしても問題はないんだよな。

 来客もほぼ配達員さんしかいないし、それも全部宅配ボックスに入れて貰うようにお願いしている。公共料金の支払いも全部引き落としだし。

 人と顔を合わせる場なんて、本当に動画内だけなんだよね。たまに遠くのスーパーに行くこともあるけど、ご近所付き合いなんてほとんどしていない。近所の民家まで歩いて20~30分だしな。

 そんなボッチで静かな生活環境が、功を奏しているのかいないのか。まだ暫くは俺の不在に気付く者など居ないだろう。


「おやおや、リオン君、お早いですねぇ。もしかして、朝食の支度中ですかな?」

「うん。おはよう?」

「おはようございます」


 俺たち以外にこのコテージに宿泊している貴重なお客さんであるシュテルさんが、のんびりとした歩調で俺に話しかけてきた。

 この人のすごいところは、気配を消さず穏やかな空気を纏って近づいて来るところだと思う。さり気なくするっと入り込んでくるし。

 しかもちゃんと一定の距離を保ってくれる。グイグイ来ないから、逃げ出すタイミングすら奪うのだ。商談の時は物凄いプレゼンしてくるけどね。(それをフォローという名で邪魔する護衛はいるが)


「何かお悩みですか?溜息を吐いてらしたようですが?」

「う~ん……」


 クルクルとコンロに並べている数個のホットサンドメーカーを裏返しながら、シュテルさんの問いかけの返答に悩む。問われても返答できない俺を問い詰めるでもなく、すぐさまシュテルさんは話題を変えた。


「おや?この調理器具は、どういった仕組みでしょうねぇ?両面共フライパン仕様ですか。……ふむ。とても興味深い。特注品のように見受けられますが、どこの鍛冶工房で作られたのでしょう?」

「えっとね~、しらない」


 この世界にはないメーカー品だからね。しかも数種類あって、全て違うメーカーである。

 ホットサンドメーカーってさ、ちょっとした焼き目の違いだとか、がま口財布型になる折り畳み式だとか、見てると欲しくなってしまう魅惑の調理器具だよね。

 おすすめ商品で表示されると、ついつい購入ボタンを押してしまうトラップに引っ掛かってしまうのだ。

 でもパンに具を挟んで焼くだけじゃなくて、野菜や肉などの色んな食材だってこんがり綺麗に両面が焼けるから便利だし、いくつあっても困らないからいいんだよ。

 今はソーセージやベーコン、野菜や目玉焼きを挟んで、複数枚使用しながら焼いているところだ。

 オーナー夫妻が留守をしている間、俺の料理を食べていたシュテルさんたちだけど、あの時はキッチンで作ってたからね。ここの炊事場で直に調理をしているのは見ていない。

 そうしてパカッとフタ開けて中身の焼け具合を確かめて、またフタを閉めてくるっと回して火にかける。それを珍しそうに見ながら、シュテルさんがぽつりと呟いた。


「これは少し、欲しくなってしまいますね……」

「たべる?」

「ああっ、いいえっ!今はこちらのコテージで食事の予約しておりますので、食べ物をたかるつもりはございません!そうではなくて、こちらの道具に興味がありまして、そういう意味での欲しいなのです。ああでも、構造さえ解れば良いので、拝見させて頂くだけでも宜しいですか?」

「そうなの?みる?」


 沢山あるからね。あげるつもりはないけど、見るだけならタダだよ。


「宜しいのですか?」

「うん、いいよー」


 綺麗に焼けた中身を皿へと盛り付け、役目を終えたホットサンドメーカーを一つ渡す。フライパン毎もっていくつもりだったけど(洗い物を増やしたくない)見たがっているからね。一つだけならいいだろう。

 そうして渡されたホットサンドメーカーを矯めつ眇めつ、シュテルさんが慎重に確認する。

 キラリと光る眼鏡。鑑定しても何も情報は出ませんよ?


「なんと、素晴らしい……。これは、フライパンの革命ともいえるべき調理器具ですね!」

「そう?」


 ホットサンドメーカー自体、歴史が浅いからね。両面焼きのトースターが原型だし、最初はただパンを焼くだけの道具だった。

 それが日本でのパンブームの影響からか、メディアで紹介されて一気に認知度が上がり、更にキャンプブームもあって、様々な調理方法が広まったんだよね。


「旅の必需品としても、素晴らしいアイデアですよ!」

「そうだねー」

「コンパクトで、嵩張らない。しかも両面が綺麗に焼ける。フタがあることで、蒸し焼きのようになる。なぜこのような便利な道具を、私は今まで見たことがなかったのでしょうか?」

「う~んとね、うってない、から?」

「売っていない……ですと?」


 それはどういうことですかと、シュテルさんに詰め寄られかけた時。


「シュテルさん、申し訳ないが、リオンから離れて頂けないだろうか?」

「あ、これは、ディエゴさん!すみません、興奮のあまり弟さんに無体な真似をしてしまったようでっ!」

「弟は少し、言葉が不自由でな。代わりに俺が対応しよう」


 背後にノワルを従えて、ディエゴがこちらへとやって来た。 

 あ、なるほど。シュテルさんが現れた時点で、他人と接触するのを苦手とする俺に、気を利かせたノワルが、ディエゴを呼びに行ってきてくれたのか。「ジャーキークレ」って嬉しそうに鳴いている。

 わかったわかった。あげるからこっちにおいで~。


「これは申し訳ない。いえね、この調理器具に興味がありまして、余りにも便利なのに、どこにも売っていないとお聞きして、うっかり興奮してしまいました」


 シュテルさんの言い訳めいた理由を聞いて、何かを察したディエゴ。俺を見て、こくりと頷く。俺もアイコンタクトでこくりと頷いた。

 適当に誤魔化してお兄ちゃん!!


「それは、リオンの祖父の作品なんだ」

「お爺様の……、ですか。もしや有名な鍛冶師なのでしょうか?」


 どっちかっていうと、陶芸家なんだけど。年収1000万ぐらいの。


「そういう訳ではなく、料理の才能のある弟に、子供でも危なく無く使え、安心して調理できる道具を作ってあげた――というだけの話だ」


 それでいいよな?と、ディエゴが目線で俺に頷けと語る。

 うんうんと俺も必死に頷く。ナイスフォローだよお兄ちゃん!シュテルさんの護衛と違って、立派な理由があっというまに作り上げられて素晴らしいったらないね。


「なるほどなるほど。そういった理由でしたか。それでこんなにも多彩な種類があると。お二人のお爺様は、素晴らしい腕の持ち主なのですねぇ」


 ディエゴがそれらしい理由をでっちあげて、素直に納得するシュテルさん。護衛の二人がいないと、この人簡単に騙されそうで心配だな。おまじないアイテムに対しては、かなりポンコツだし。


「それでしたら、この道具を是非とも商品化――――」

「会長!こんなところで何をしているのですかっ!?」

「調理の邪魔をするだなんて、失礼でしょう?」

「もしかしてたかっておりますか?なんと意地汚いっ!」


 朝早くから居なくなっていたシュテルさんを探し回っていたのだろう、護衛であるギルベルトさんとランドルさんが、声を張り上げながら炊事場に走り込んできた。


「べべ別に、邪魔をしているわけでは―――」

「オーナー夫人が朝食の用意をして下さっているのですよ?」

「食後に冒険者ギルドに向かうのなら、早く食べて下さいっ!」

「それも大事な要件ですが、今はそんな場合では―――」

「はいはい、言い訳は後にして、さっさと行きますよ」

「どうも会長がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」

「ちょっと待って!ちょっと、お前たち、引っ張るんじゃありませんって!ディエゴさぁ~ん!後ほど、後ほど詳しいお話しを~~っ!」


 強引に護衛の二人に引きずられ、シュテルさんは叫びながら連行されていった。


「なんだったんだ……?」

「さぁ?」


 何か言いかけていたけど、面倒だから放っておこう。

 それよりもまずは、スプリガンのメンバーに食事を与えなければ。昨夜はたらふく食べさせたけど、まだ攻略には至っていないのだ。

 考え事をするには煩すぎる環境に、俺はちょっと参っていた。


 ディエゴとシルバ、そして何故かまだ居座っているノワルと共に、俺は出来上がった朝食をコテージへ運ぶべく、何かいいアイデアはないかなぁ~?と頭を悩ませながら向かった。



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