第33話 爽快メントールが目に染みる
虫が嫌いな人に、虫を好きになってもらうことは不可能に近い。いや、不可能だろう。
俺だって食べられない物ぐらいあるしね。アレルギーじゃなくて、単純に好き嫌いだけど。
例えば納豆である。どうしても食べられない。でも食べなくても死なない。だから食べなくても済んでいる。好き嫌いとはそういうことだ。
日本人なのに、納豆が食べられないなんておかしいって?
粒がダメならひきわりなら大丈夫だろうって?
俺は、あの臭いがダメなんだよ!!風邪ひいて鼻が詰まっていたらギリ食べられるだろうけど、そこまでして食べたくはない。
よって食べてる人には近寄らない。臭いがダメだからだ。食べるなとは言わない。臭いが消えるまで近寄らないだけだから。
そうなると、虫が嫌いな人には、虫が近寄ってこないようにすればいいのでは?!と、俺は考えた。
これは中々に良い案なのではないだろうか?
「リオっち~、何してるのぉ?」
良い香りの馬油シャンプーでリフレッシュさせ、連日手の込んだ食事でもてなしたことにより、俺からの警戒心が解除されたと思っているチェリッシュが、ディエゴから幾つかもらい受けた小瓶をリビングのテーブルに並べている俺の傍へとやって来た。
うむむ。まだ君に対して苦手意識があるのだが、攻略作戦遂行中によりビビッて人見知りをするわけにはいかない。
何せ寝室ではなく、わざわざコテージのリビングで作業しているのは、見せつける為でもある。
「むしよけ、つくる」
「虫よけ?」
「そう」
「もしかして、この前言ってたやつ?それで、虫よけを作ってくれるの?」
「うん」
「やだっ!うれしぃーふごっ!?」
俺にハグろうとしたチェリッシュに、ノワルの羽が視界を塞ぎ、シルバが俺を囲むようにガードした。
素晴らしい連係プレイである。後でお礼にジャーキーをあげよう。
「相変わらず、ガードが堅いわっ!でも嬉しいっ!リオっちの作る虫よけなら、絶対凄い威力だもん!」
そこはまだ判んないけど、今のところ俺は虫に刺されてないからイケルんじゃないかな?
予想では彼女たちの嫌っている黒いアイツは、この臭いが嫌いだ。人間には害はなく、寧ろ爽やかですらあるだろう。
「ん~?これって、ミント?」
「ハッカ」
ミントもハッカもどちらも同じハッカ属だが、最大の違いは含まれるメントールの量である。ミントは爽やかな清涼感で、ハッカは強い清涼感といった感じだろうか。ハッカのメントール含有量は、ミントの凡そ1.5倍以上だからね。
特に日本ハッカの主成分には【消化・強壮・消毒】の効果がある。毒素もあって、神経毒性や血圧上昇、冷却作用によって冷えすぎる可能性もあるし、妊婦さんにも大変危険なのだ。猫にとっては猛毒ですらある。俺がペットを飼えない理由はここにあった。(自分の世話だけで精一杯なので飼う気はない)
なんせゴキブリ対策で、部屋の隅やあらゆる暗所にハッカ結晶(長持ちする)を設置しているからだ。ゴキブリ以外にもハチやアブにカメムシ、ムカデやアリなどの害虫にも効果がある。ただ忌避効果はあっても殺虫効果はないんだけどね。
自然豊かな田舎に住んでいると、どうしても害虫の侵入に困らせられるから、虫好きといっても室内への侵入だけは赦せない。寝ている間に俺の足の上を這って刺して行ったムカデはゼツユルである。なのでハッカ油&結晶は俺にとっては常備すべき必須アイテムだった。
この世界でもハーブ系の防虫剤は古くから使われているらしく、効果がないわけではないと思う。でもこの【ハッカ】については、ディエゴもシルバも知らないんだって。だからこの世界ではどれだけの効果があるのかは判らない。
「それって、霧吹き?」
「そー。かってもらった」
「ディエゴさんに?そう言えば昨日、冒険者ギルドに一緒に行かないで、雑貨屋さんで買い物してたよね?その時に買って貰ったんだ」
「うん」
「めちゃくちゃ高かったでしょ?」
「………しらない」
俺はすっとぼけた。
この世界にも霧吹きなる物はあった。すんごい高かったけど。霧吹きごときに、何でうん万円もかかるのか。小銀貨が数枚とんでったわ。
もしやガラス製だからか?とすれば、このディエゴが大量に所有しているガラス瓶も、かなりのお値段なのではなかろうか?(真鍮製もあったが、中身が見える方が良いと思ってガラス製にした)
しかも雑貨屋の店主は、金払いの良さそうなディエゴに(弟のおねだりにホイホイ金を使いそうなブラコンに見られていた)、更にお高い香水瓶を勧めてきおったのだ。液体を霧状に噴霧するから似てるけどね。だが中身抜きで、大銀貨数枚もする瓶を勧めるんじゃない!そんな繊細な硝子加工は必要ないんだって。こんな田舎に何故こんな高価な瓶があるんだ。しかも誰が買うんだ。ディエゴをイイカモ見つけた!っていう目で見るな!
元の世界じゃ100円均一という名ばかりの最早何百円なんだっていう商品を売っている店にて安価で手に入れられるから、深く考えたことがなかっただけに、ちょっとだけディエゴに申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
でもガラス瓶や霧吹きにかかった費用については、ちょっとしたことで解決したからよしとする。今はそんな話をしている場合ではない。
俺は今からこの世界でいうところの錬金術を始めるのだ。
「あ、リオリオがなんかしてるっす~!」
お前もかテオ。チェリッシュと同じく、勝手に変な呼び方をするな。しかしここはぐっと我慢である。俺は目的達成の為ならば、どんな試練も乗り越えられる強い男なのだ。
「そういえば、まだアマンダ姉さんたちって、シュテルさんたちと話し合ってるの?」
「大人の話だって言って、俺ものけ者にされたっす」
「難しい話をしてるところに、アタシたちが混じってもわけわかんないもんねぇ~」
「っすよね~」
それは俺の初めての錬金術という名の、不労所得についてですね。だから詳細については君らは知らなくていいんだよ。俺は知ってるけど。
しかもシュテルさんだけでなく、オーナー夫妻や冒険者ギルドのギルドマスター、そこに商業ギルドのお偉いさんやこの町唯一の鍛冶工房の親方なんかも集まっている。
全部俺絡みらしいけど、そこはディエゴお兄ちゃんに丸投げだ。アマンダ姉さんやギガンも同じスプリガンの大人組メンバーとして、ディエゴお兄ちゃんに有利に話が運ぶよう協力してね。
おれこどもだからわかんないんだ。(本当は立派な成人男性だけど)
さて、虫よけスプレーこと、ハッカ水を作ろう。
無水エタノール10mlに、ハッカ油を3~4滴。それに精製水(なければただの水でもOK)を90ml加えれば出来上がりだ。(フェイクの為、空きビンにそれらの液体が入っている)
この霧吹きのボトルの容量が約300mlほどなので、夫々三倍の分量で良いかな。
俺の手持ちのプラボトルだと、オーパーツ過ぎて見せられないしあげられないので、高価なガラス製の霧吹きに入れてプレゼントにするのだ。
「できたー」
「え?何が??」
「虫よけなんだって~」
「虫よけ?」
数日前に、嫌いな虫の話をしたでしょ?と、チェリッシュがテオに話す。
「ああ~あれっすかぁ~!だったら森に行く前に欲しかったっすね」
「それは言わないでよっ!せっかくリオっちが作ってくれたんだから!ねだったりしちゃダメって言われてるじゃん!!」
「あ、ご、ごめんっす……」
「妖精の好意を素直に受け取り、不相応に欲をかくのは身を亡ぼすっ!」
「そうっした!すんませんっしたー!」
「いいよー」
よかろう。赦す。ただし、俺のお願いを叶えてくれるならばだが。
「でも今更森にはもう行かないっしょ?」
「結構稼いだもんね。流石に何度も行きたくないし」
「―――アントネスト」
「ん?」
「アントネスト……いく」
「へぇぁ!?」
「アントネストって?」
「むしよけ、つかう」
「いや、いやいやいやいやっ!それはっ、むりっ!!」
腕を交差させて拒否の姿勢を示すチェリッシュ。意味が判らなくて、クエスチョンを浮かべるテオ。
「だって、アントネストって、あれでしょ?噂に聞いたことあるもん!」
「なんでしたっけ?俺も聞いたことがあるような、ないような?」
「バカでっかい、魔物の昆虫や爬虫類ばっかり出るダンジョンよ!」
想像しただけで嫌ッ!と、チェリッシュが鳥肌を立てて叫ぶ。
ちくしょう。やっぱ虫よけスプレーじゃ、説得するには弱かったか。
だが俺は、諦めないっ!
ハッカ油のついた指で、目元をそっと撫でる。やべ。すっごい染みる。みんなはマネしちゃダメだぞ。
「あんとねすと……いきたい」
「あっ、あっ、リオリオ、泣かないでっ!チェリッシュ!リオリオが泣いてるっすよ?どうするんっすか!?」
「だって、だって、そんなこと、言われてもっ!」
「ぐすっ……ふっ……ぅ」
強烈なメントールが目に染みるんだぜ。爽快メントールの目薬なんて比じゃない。
マジで痛くて泣いちゃった。めっちゃ涙がボロボロと零れ落ちていく。あ、鼻水まで出そう……。
いい歳こいてほぼ号泣である。だが俺は、己のプライドを捨てても、このミッションを成功させるのだ!
「な~かした、な~かしたぁ!チェリッシュがリオリオなぁかしたぁ~!」
「もうやめてよぉ~!そんなつもりないんだってぇ~!リオっち泣かないでぇ~!えっと、あの、そうだ!アマンダ姉さんが良いって言ったら良いよ!アタシは嫌だけど、リーダーの決定には逆らわないから!」
本当だな?アマンダ姉さんの了承を得たら、絶対に従うんだな?言質とったぞ!!
残る攻略者はアマンダ姉さんただ一人!テオは訳判ってないけど、アントネストの昆虫に対する嫌悪感はなさそう。実物を見てないからだろうけど。
因みにギガンは既にディエゴが昨夜の内に話を付けている。
女性二人が快諾したら、別に否はないんだってさ。男前である。
同室のテオに話していないところを見ると、テオは強制参加で拒否権は元からないってことなんだろうね。可哀想に。(だが同情はしない)
でも、どうしたらアマンダ姉さんから許可が貰えるのかな……?
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