第96話 自己研鑽と一つ上のステージ

「フルーツカクテルを一つ下さいな」

「いらっしゃいませ!」

「あたいはワッフルてのがいいな!」

「トッピングは如何なさいますか?」

「う~ん、ハチミツは外せないんだよねぇ」

「だよね! それと、バナーナね!」


 向こう隣りでは、女性が楽しそうにフルーツを一口サイズにカットしたカクテルと、ワッフルを注文していた。

 俺たち子供の飲み物屋台の隣には、保護者である彼らの親御さんたちが交代で販売しているトルティーヤ&ワッフル屋台と、サラダバーの様に野菜や果物などをチョイスする屋台が並んでいる。

 お肉屋台とは別のモノを販売している一風変わった屋台なのだけれど。これも俺のアイデアなんだが、甘いモノを売ると女性が食い付きやすいので、やってみたらどうかという軽い提案だった。

 トルティーヤもワッフルも、ホットサンドメーカーの亜種の型で作ってあるので、技術という技術はいらない。焼き過ぎに注意すればいいからね。

 これもダンジョンでハチミツを手に入れられるようになったからこそ、可能になったことではある。甘いものはやっぱり高いので、砂糖は希少ではないけれどちょっとお高いので安易に使えない。そしてハチミツはもっと高い甘味料だ。

 それらを使った甘い食べ物が屋台で安価で買えるのは、このアントネストならではの売りになるだろう。

 その中でもカラフルな果物をトッピングできる、フルーツカクテルが人気だ。

 これも安価な樹脂食器が作れたことで、販売可能になったデザート屋台である。

 クレープもどきも作れるし、女性には嬉しい屋台の並びなんだよね。


 客層に女性がいないから、少し前までは甘味系の屋台は必要ではないとされていたし、この世界にはそういった屋台は存在していなかった。

 だがしかーし! アントネストで美容関係の商品の制作と販売が始まって、その噂を聞き付けた女性冒険者が増え始めたのである。

 最初は単なる観光目的だったけれど。それでもいいのだ。女性の口コミ程、光の速さで広がるのだから。願ってもないチャンスが到来したと、俺は内心ほくそ笑んだ。


 女性に忌避されがちな魔昆虫の多く生息するダンジョンとはいえ、それを上回る魅力があれば人はやってくる。

 そこに虫よけスプレーを振りかければ、虫が寄ってこないというオプションがあればどうだろう? 爬虫類系の魔物だけを相手にすればいいのであれば、そこまで毛嫌いせずとも良いのではなかろうか? (俺にとって爬虫類と昆虫はどちらも同じ扱いなんだけどね)

 といった理由で、ダンジョンにアタックする女性冒険者が増えた。

 これもカメムシが、己を犠牲にしてドロップしてくれるハッカ結晶のお陰だ。

 自らを寄せ付けないハッカ水を作るアイテムを落としてくれるなんて、自己犠牲の塊のような存在である。(そんな訳はない)


 それにジェリーさんのタリスマンのお陰で、ダンジョンのドロップ品も良いモノが手に入るようになった。(みんなでタリスマンの効果を実証した時の話は割愛する)

 それは元々アントネストで活動していた古参冒険者ならばより実感していることだろう。肉と皮革素材のドロップ率が、ほぼ半々になるような効果があるからね。 

 現状ジェリーさんにしか作れないタリスマンなので量産できないのもあり、タリスマンの価格は安く見積もっていない。

 しかも手に入るトンボ玉の関係上、中吉以上のタリスマンは予約制になっている。どうしても欲しい人は自力でドロップして、ジェリーさんに作ってもらうようになっているのだ。(制作料はかかるけどね)

 商人さんは冒険者ギルドに依頼を出せばいいのだけど、冒険者はまず自分のタリスマンが欲しいから依頼を中々受けてもらえないんだよね。残念!

 なので最近は草原エリアでトンボ狩りが流行っている。あんなに過疎っていたエリアなのに、冒険者がまるで子供の様にトンボやバッタを追いかけまわしているのが面白いよね~。本人たちは必死なのだろうけど。


 そんな感じで。ここで働いて頑張って稼いだら、ちょっと欲張って願いを叶えられるタリスマンを手に入れて、更に上を目指すといった感じになる。

 強い魔物を斃すことで徐々にランクが上がれば、もっと頑張ろうっていう気になるでしょ?

 誰もが努力せずに安易に稼げるようになると、堕落する未来しか見えなくなるからね。効果を発揮し尽くせば壊れてしまうモノだけど、お高く設定するのは仕方がないんだよ。


 それに持続可能なモノほど人をダメにすると俺は思う。限りがあるからこそ大切にするだろうし、なくなると判っているからこそ大事だと気付けるからだ。

 命に限りがあるのと同じなんだよ。

 誰もが楽して生きたいと願うのは仕方がない。俺だってそうだ。でも、その結果に待っているのは破滅しかないことも知っている。

 楽園で暮らすネズミが、やがて絶滅するように。(※ユニバース25)

 タリスマンは安易に楽して生きたいと願う人ではなく、頑張って努力した人にだけちょっとした手助けをするために存在しているのだから。ダンジョンがそう言っている気がするんだ。より良い人生を送りたいのなら、それなりの努力をしなければならないんだよって。

 努力は必ずしも報われるものではないけれど。切実に願って行動した人にだけ、その願いを叶えるモノだと思うのだ。

 冒険者の腰のベルトや胸元に揺れるタリスマンを見ながら、俺は彼らがより良い人生を送れるよう、常に自己研鑽をしていけばいいなと願った。



「そう言えばリオン君。ちょっと小耳に挟んだのですが」

「ん?」


 俺がぼーっとしていると、シュテルさんがウキウキした表情で話しかけてきた。

 この人っていつも楽しそうなんだけどね。


「アントネストのダンジョンにある、六ツ星ランクの海域エリアに、今度挑戦すると聞いたのですが」

「あー」


 それは俺じゃなくて、ギガンやアマンダ姉さん、それとGGGさんやオネーサンとロベルタさんたちである。

 他の五ツ星の人たちで、ランクアップの打診のあった冒険者を集めて、海域エリアにアタックしないかって提案があったんだよね。

 俺やディエゴはそもそも除外なので見学だけすることになっている。

 因みにテオやチェリッシュは、既に四ツ星にランクアップした。

 気付けばアントネストに来て既に二月以上経ってたし、周りの化け物じみた強者に鍛えられて、五ツ星エリアの魔物を協力しながら斃せるまでになっていたからな。

 四ツ星エリアの魔物なら単独討伐できるまでに強くなっていたのである。

 環境って大事だよね。脚の速い人と走ると、つられて速くなるのに似ている。とはいえそこには才能や努力も関係してくるけれど。

 二人ともヒーヒー言いながら付いて行ったけど、挫折せずに頑張ってたもん。だから当然の結果でもある。

 そして俺は様々な功績(?)により、一足先に五ツ星にされていた。

 意味が判らないけど、ギルマスが感謝の気持ちだから受け取って欲しいと、俺に五ツ星になったドックタグを渡してきたのはついこの前のことである。


「我々一般人も、見学だけなら可能だそうで、今から楽しみなんですよ!」

「あくまでも見学だけに留めて欲しいものです」

「魔素耐性がないのに、ダンジョン見学をするとは命知らずですよね」

「魔素耐性のバングルがあるから、見学だけなら可能ですよ!」

「余計なことはしないで頂きたいものです」

「しませんよ! 見るだけなんですから!!」


 本当に見るだけにして欲しいよ。以前は大食い大会に出たいって駄々こねて、商人仲間に止めろと説得されたばっかりなんだから。


「ですが私も最近筋トレなるモノを始めたんですよ!」

「年寄りの冷や水ですか?」

「歳も弁えず若い者の真似をすると碌なことが無いので、是非とも止めて頂きたいのですがね」

「誰が年寄りですか! 私はまだまだ現役です!」

「暫く筋肉痛でのたうち回っていたのは誰ですかね……」

「ぐぬぬっ」


 もしかしてシュテルさんもアブローラーを購入したのだろうか?

 それは別にいいんだけどね。お買い上げありがとうございますだし。


「それにしても、アントネストでは最近筋トレブームなんですかね?」

「冒険者の方々を見ると、他では見ない程の素晴らしい肉体美をお持ちの方が増えたような気がします」

「そうだねー」


 ランドルさんとギルベルトさんが、小首を傾げながら屋台広場を見渡した。

 そこにはムッキムキした、やたらと姿勢の良いマッチョマンが闊歩していた。


「元々屈強な方が多いイメージでしたが、バランスが良い筋肉ですよね」

「そうだね~」

「女性も心なしか、スレンダーでありながら程よく引き締まって見えますね」

「ギルベルトもそういう目で女性を見てるんですねぇ~。いやはや、遅い春でも来ましたかな?」

「会長、首を捻られたくなかったら、その口を閉じてください」

「照れなくてもいいじゃないですか!」


 相変わらずどうでもいい会話をしているなと思いつつ。アントネストの冒険者は、みんな良い感じに筋肉が鍛えられた人が増えたことは否定しない。

 それもこれもGGGさんたちのせいなんだけどね。あの人らが俺からのプレゼントのアブローラーの魅力に取りつかれちゃって、筋トレジムみたいなことを始めちゃったんだよな~。他にも何かいい筋トレ器具はないかって聞いて来たから、ディエゴと一緒に適当に図案を書いて渡しておいたのが悪かったのか……?

 気が付けば鍛冶工房でそれら筋トレ器具を注文していたのである。

 そして何時の間にか特許申請をして、ライセンス料が俺の懐に転がり込んでいた。

 どういうことなんだってばよ。


 冒険者稼業の傍ら、「強く逞しくそして美しくなって一つ上のステージへ」というスローガンの下、ランクアップできずに悩んでいる冒険者を相手に、効率的な筋トレ指導を始めたのもある。

 壁にぶつかって悩んでいる若者を中心に筋トレ指導をした結果。三ツ星でくすぶっていた人たちを四ツ星にランクアップさせちゃったもんだから、その評判を聞いて筋トレ希望の沢山の弟子が出来たらしい。

 しかも女性の筋トレ希望者も増えているんだけど、ダイエットに効果的だって聞きつけて、そっちはロベルタさんとオネーサンが指導に当たっているそうだ。

 何やってんだよあの人たち。 

 そのうちボディビル大会とか開きそうな勢いなんだけど。


 その前に自分たちが本当の化け物の領域である、六ツ星にランクアップしなきゃなのにね。(七ツ星ランクは人外だってさ、ディエゴお兄ちゃん!)

 近々行われる、六ツ星ランクである海域エリアへのアタックがどうなるんだか。

 でも化け物を増産しつつあるアントネストの未来に俺は関与してないからな。

 勝手にあの人らがやらかしてるだけなんだからね!

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