第97話 海も割るけど腹筋も割る

 冒険者のランクアップには、ギルドへの貢献度が重要になる。

 もしどこかで依頼されていない魔物を討伐したり、ダンジョンでのドロップ品を冒険者ギルドではなく、個別で誰かに売り捌いた場合はカウントされない。だから殆どの冒険者はちゃんとギルドへ査定に出すんだって。

 依頼されていない魔物を討伐しても何故カウントされないかって? そりゃ、誰かの物を奪ってきたり、虚偽の報告の可能性があるからだよ。

 偶然大物を仕留めたので査定して下さいと言われても、ランクアップの貢献度にはカウントされないのは、そういった虚偽報告詐欺が多いからだって。

 意外にもこの世界の冒険者ギルドは厳しいようだ。

 抜け道が多そうで、ザルっぽいイメージだったんだけどさ。


 とはいえ。貢献度と言っても様々で、俺のような技術的な貢献度を含めると、ほぼギルドの独断と偏見ではないかと思うんだけどね。

 俺なんか戦闘職じゃないのにこんなに早くランクアップするなんて、ありえないんだけど。しかも魔物を一匹たりとも斃してもいないのにだ。

 年齢的に五ツ星というのはかなり珍しい部類だそうで。(実年齢は成人だけどね)

 だが基本的に兄(と言う設定)であるディエゴが俺の保護者なので、その庇護下にあることで俺自身が目立つことはない。手続きとか全部ディエゴに任せているので、俺は気楽なもんである。忘れがちだけど、俺ってこれでも一応ディエゴの従魔(謎)なので。主人(兄)が面倒を見るのは当然なんだってさ。

 俺のお兄ちゃん(という設定)はランクが人外扱いなので、深く突っ込まれることはない。触るな危険人物だからな!

 一部の人は知っていても、それ以外では俺はただの見習い冒険者で子供のような扱いだった。

 だがそれは置いとく。目立って良いことなどないからな。


 今回のランクアップ条件は、アントネストにある六ツ星ランクの海域エリアに生息する魔物を討伐する事だった。

 討伐といっても、別に被害が出ている訳ではない。

 誰もアタックしないので、本当に斃せるのかどうかを調べたいという、冒険者ギルドからの正式依頼だった。

 断っても良いって言われてたので、強制依頼ではないんだけれども。GGGさんやオネーサンたちが打診を受けて、ノリノリで承諾したついでに、ギガンとアマンダ姉さんも誘われたのである。

 そこに五ツ星ランクに留まっている他の冒険者さんたちも便乗した。


 彼らは現在、ランクアップチャンスとなる海域エリアへ挑むべく、筋トレに勤しんでいるという。筋トレしたからって強くなるものなのだろうか? という疑問はあるけれど。テオは確実に強くなってるんだよなぁ。つられてチェリッシュも筋トレしてるし。(筋力がアップしたことで狙いが定めやすくなったそうだ)

 アブローラーが売れまくっている理由もそこにあった。

 お買い上げありがとうございます。

 俺の懐が益々温まっているようで何よりです。


 因みにアルケミストである俺の指導という名の宣伝により、爬虫類のお肉が良質な筋肉を育てるのに適した栄養素が豊富(美容やダイエットにも効果的)であるというのを知って、益々爬虫類のお肉の需要が増えていた。

 魔獣肉の屋台のいくつかが、それによって爬虫類系の肉屋台へと切り替えている。

 なんとも現金なものであるがしかし、安価で取引されたり、捨てられていたお肉が日の目を見ることになったのでよしとしよう。

 最初に俺と交友のあった屋台のおじさんたちは、空き店舗を購入して既に屋台広場から撤退し、夫々の店舗にて食堂を構えていた。

 念願の自分のお店を持てて凄く喜んでいたよ。商売繁盛のタリスマンを、すぐさま購入したのが良かったのかな? 今じゃ中々手に入らなくなっているからね。

 観光客も多くなって来たし、益々頑張っているようで何よりです。

 お肉の味付けには是非ともダンジョン産の醤油や味醂、そして和風出汁をお使いください。そこにお野菜を加えると更に健康的ですので、トルティーヤ屋台とサラダバー屋台も是非一緒にご利用下さると効果が倍増するのでよろしくね!







 今日は休養日なので、海域エリアにアタックする前に、みんなでまったり過ごすことにした。

 朝食にローヤルゼリーを混入したパンケーキを、アマンダ姉さんとギガンに食べさせている。ギガンには俺の好奇心からの投与なので、結果が楽しみだ。

 老化防止の効果が本当にあるのかどうか。この世界のローヤルゼリーの威力を試したかったのである。そして後々みんなにも投与する予定だ。うはははは!


「それにしても、ここで六ツ星ランクに挑戦できるなんてねぇ」


 食後のコーヒーを飲みながら、アマンダ姉さんがほうっと一息吐いた。


「ダンジョンつっても、ここは日帰りできるからな」

「高難度級の深層に到達して初めてランクアップできるのが六ツ星だもの。だから当分先の話だと思ってたのよ」

「本来ならダンジョンってぇのは、クリアすんのに時間がかかるもんだからな」

「じゃぁ、普通はどれぐらいかかるんすか?」


 アントネストしか知らないテオが、ギガンに訊ねた。

 俺も知らないから知りたい。


「パーティの人数にもよるが、まぁ大体短くて二月、長けりゃ半年位じゃねぇか?」

「そんなにかかるモノなの!?」

「だから六ツ星は化け物って言われんだよ」

「ここと違って、食べ物がドロップするダンジョンなんて多くないもの。途中で食料が尽きたり、精神がおかしくなっちゃうのよ」

「殆どがアイテムや鉱石類だからな。高価なモンが多くても、最終的に食料不足に陥るから、深層に到達するのが難しいんだよ」


 魔物に襲われるより、食糧不足の方が怖いのかな?

 俺はここしかダンジョンを知らないんだけど、本来なら徐々に難易度が上がっていくのが普通のダンジョンなのだそうだ。

 普通ってなんだって話なんだけどね。

 Siryiに訊ねてみたところ、ダンジョンは階層の浅い初級(三ツ星)と、それなりに深い中級(四ツ星)、そして最も深い階層である高難度級(五ツ星)に別れていて、高難度のダンジョンの深層に到達すると、六ツ星にランクアップできるそうだ。

 ただし生還するまでがダンジョンなので、生きて帰らないといけない。そして無理だと思ったら、途中で引き返す勇気も必要だ。まるでヒマラヤ登山だね。

 でもここは自分のランクに合わせたエリアを選べるという、他とは一味違った珍しいダンジョンである。


「海域エリアがあるのは知っちゃいたが、相手が海の生物だからな。同じような水棲生物の生息する沼とは違って、海は広いし除外してたんだよなぁ」

「ディエゴがいるからってそれに頼り過ぎてもねぇ」

「楽して魔物を斃せるようになっちゃぁ、実力が上がんねぇからな」


 人外ランクの七ツ星であるディエゴが、あまりみんなと行動を共にしないことが許されるのは、そう言った理由もあるそうだ。

 本当にヤバい状況にでもならない限り、頼らないし手出しをしないってことで、お互い納得している。不満がない訳ではないけど(白い悪魔事件等)、若手の教育をする時にディエゴの存在に甘えると後々問題になるそうだ。

 実力のある者とパーティを組むと、その存在に甘えるようになって本来伸びる実力が伸びなくなったり、逆にロベルタさんの様に嫉妬から邪険に扱われることになる。

 人間関係って本当、複雑だよね。

 冒険者パーティって、まるでバンドやアイドルグループの関係のようだ。

 人気があるメンバーがある日突然卒業したり、方向性の違いから解散したり、ソロで活動を始めたりするのに似てる気がするんだよ。

 同じにすんなって言われそうだけど。


「相手が海洋生物なだけに、今回は頼ることになっちまうがな」

「ランクアップするには、それしか方法がないもの。仕方がないわ」


 だが今回ばかりはちょっとディエゴに頼ることにしたらしい。

 ランクを上げたい冒険者さんたちも、人外七ツ星魔法使いのディエゴがいる今がチャンスだとばかりに参加することにしたんだって。

 でもどんな方法で海に住んでいる魔物を呼び出すのかな?


「海を渡る必要を無くせばいい。要するに、海を割ればいいんだろ?」

「まぁ……そう簡単に言うほどのモンじゃねぇんだが……」

「ディエゴだものねぇ」

「できないこともやれちゃうんすねぇ」

「さすディゴさんだね!」


 なんと、海をモーセの十戒のように割るらしい。内気で口数が少なくはないんだけどね。ディエゴが本気を出すと凄いことだけは判った。

 もしやディエゴはこの世界の神なのか? (そんな存在はいないとSiryiに突っ込まれた)


「六ツ星ランク以上の魔物なんて早々遭遇しないし。討伐依頼も少ないしね。だから六ツ星にランクアップするために、みんなダンジョンの深層を目指すのだけど……」

「アースドラゴンみてぇなバケモンがそこらに溢れてたら、逆に生きてけねぇだろ。ダンジョンに現れる最下層の魔物だって、疲れ切ったヤツに襲い掛かるから手強いだけで、実際はランクにすりゃ五ツ星なんだしよ」


 なるほど?

 物語の中ではダンジョンの深層に潜る程強くなりがちな魔物とはいえ、この世界ではインフレを起こすほどではないんだね。気力も体力も尽き果てた時に遭遇すると、通常であれば斃せる魔物がやたらと強く感じるってことか。中々にリアルな話だな。


「だから深層に到達したら、自動的に六ツ星にランクアップするのよ」

「深層にはダンジョン外に脱出する扉があるんだそうだ」


 初級や中級のダンジョンにも、夫々脱出する扉が、最下層にあるのだそうだ。

 それ以外の場所からは帰還する扉などがないため、これ以上進めないと思ったら引き返すしかないんだって。結構しんどいね。


「そこから出て生還したら、化け物認定ってことだな」

「だからアンタに化け物呼ばわりされたくないんだって! しかもソロで生還した魔法使いはアンタだけじゃない!」


 化け物と人外の何がどう違うのかよく判らないけれど、とにかくそういう認識だってことだね。


 因みに以前大人組が討伐に参加した、アースドラゴンのような伝説的な魔物は元来人が足を踏み入れることのない秘境で大人しくしているそうだ。

 アースドラゴンの様にデミのつかないドラゴン系は、ランク的には人外の七ツ星に相当する。人間がおいそれと斃せるレベルではないってことだね。

 まさに眠れる龍のようなものなので、ちょっかいさえかけなければ人間に危害を加えないのだ。それをどこかのバカ貴族のボンボンが、英雄を気取って討伐隊を編成して起こしちゃったんだってさ。

 大人しく寝ているところを起こされたモノだから、そりゃ怒るよね。

 眠れる龍を起こした張本人たちは逃げたけど、それを追いかけてきたドラゴンが人の住む領域の近くまで攻めてきて大パニックになった。

 結局は討伐出来なくなって、冒険者ギルドに依頼して、化け物予備軍を集めてレイド戦を組むことになったのだそうだ。

 それをほぼ単独で倒したディエゴは、正に人外ってことになるんだけど。そういう存在って、権力者に危険視されそうなんだけどねぇ。魔塔がバックにあるからか、別の意味で手を出すと危険だから見逃されてるみたい。世が世なら魔王扱いかな?

 初見のイメージがアサシンぽかったのは、間違いじゃないと思うよ。触るな危険って感じがしたもん。実際はサボり魔なんだけど。


「ダンジョンは長期戦だからな。準備を怠らないことは当然として、精神面や体力面も重要になってくる。だから六ツ星は化け物呼ばわりされるんだ」

「だから人外認定されてるアンタに言われたくないわよ!」

「いくら魔法使いでも、お前の様に七ツ星になった奴はいねぇだろうが」

「魔法使いって、基本的に体力がないものね。途中で遭難して、救助依頼されることが多いのよ」


 ディエゴのような魔法使いで、冒険者として活動する者はそれなりに居るらしいんだが、魔塔の魔法使いも含めると体力面で劣るから深層に到達できないんだって。

 確かに魔法って便利だけど、そのせいで体力って言うか筋力が育たないんだ。鍛える部分が違うってことだろうけど。

 結局は狂戦士みたいに最終的に頼るのは体力面であって、カロリーを消費しながら身体強化をする必要があるんだろう。でもその狂戦士も、十分な食料と準備がなければ深層に到達できないと。ふむふむ。

 あ! だからGGGさんたちが、時間停止魔法のあるマジックバックを欲しがっていたのか。納得した。

 確かに体力や筋力を鍛えても、最終的に食糧難に陥るからなんだな。携帯食ばかりだと力が出ないだろうし。

 しかも長時間魔物と闘い続けるのもあって、精神面も鍛えておかなければならないのだろう。

 もそもそした携帯食ばかりだと辛いもんね。考えただけで精神が病みそうだ。

 ダンジョンに潜るってことは、時間との戦いでもあるから、ほんと大変そうだな。

 他人事のようだけど、他人事だもんね。

 俺は絶対他のダンジョンには挑戦しないぞ!


「でもディエゴって、魔法使いのクセに体力があるのよねぇ」

「ディエゴがどうやって筋力を鍛えてんのか、マジでわかんねぇんだよなぁ」

「いっつもサボってるのにぃ……」

「そういやそうっすね。俺らがアブローラーで筋トレしてんのに、ディエゴさんってなんもしてないっすよね?」


 みんながじっとディエゴを見る。

 細身に見えるけど着痩せしているだけで、実はディエゴは脱いだら凄い。かなり腹筋がバキバキしている。ギガンに勝るとも劣らない鍛えっぷりだった。


「それは―――秘密だ」


 すっとぼけるディエゴだけれど、俺は知っている。

 サボりながら実は筋トレみたいなことをしていることを。


 電動の腹筋ベルトを知っているだろうか? 筋肉を刺激して、引き締める効果のあるアレである。

 それを全身に満遍なく施し、寝ながらにして筋肉を鍛えているのだ。

 本人は「サボっているのではない。身体を鍛えているんだ」とか嘯いてたけどさ。

 これは全属性持ちのディエゴだからこそできると言っても過言ではない。他の魔法使いは真似したくてもできないチートズルなのだ。

 楽して筋肉を鍛えるなんてことを思いつく辺り、やはりディエゴである。

 この世界のチート的な存在って、ディエゴみたいな奴のことを言うんだよ!

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