第95話 子供だからできること
ギルド各所(その他)へ全ての報告を終え、やっと遊べることになったと俺は意気揚々とダンジョンへ潜った。
本格的な夏休みの始まりである。
しかし俺のコーディネートしたパーフェクトスタイルは却下された。
捕虫網で虫を捕まえるのは危険だからと止められたのだ。ちぇっ。
森林エリアには花畑っぽい場所があって、そこに観察対象であったクマバチが沢山いるというので、ディエゴとシルバ&ノワルに連れて行ってもらった。
決してちょっかいは掛けないという約束の下、遠目から眺めるためにね。
森林エリアの魔昆虫が巨大なだけあって、生えている木々や草花もかなりデカイ。
まるで不思議の国に生えている、巨大なキノコがありそうなエリアだった。
残念ながら水キセルを吹かしている青虫は居なかったけど。
花畑ってもっとメルヘンチックなもんだろうと想像していたけど、ラフレシアみたいに巨大な花が咲いているせいで、綺麗というよりちょっと不気味だな~と思っていると、そこに一匹のクマバチが俺に近付いてきた。
当然ディエゴたちが慌てるよね。でも手出しをすると、大群に襲われるイベントが発生するので、どうしようか迷っていた。らしい。
でも俺は怖くはないので、わーいとクマバチが近付いて来るのを歓迎した。
デッカイからオスかメスの区別はつくし、その時はオスだったのもあって見た目が可愛いくてふわもこしていたんだよ。
そしたらクマバチが俺の差し出した手にもすっと乗った。
「―――――っ!?」
驚くディエゴとシルバ&ノワル。気にしない俺。ラフレシアサイズのお花畑と可愛いクマバチ。それを撫でる俺。絶句して固まるディエゴとシルバ&ノワル。そこには訳の判らない空間が、第三者目線(ギガンやその他の人々)の前で繰り広げられていたそうだ。
きゅるんとした表情(に見える)クマバチの、もっふりとした体毛をもさもさ撫でると、気持ち良さそう(に見える)表情で懐いてきた。
うむ。やはりクマバチは可愛い。そして人懐っこい。どうやら俺の仮説は当たっていたようで、この世界のクマバチ(アントネスト限定)も、温厚な性格のようだ。
しかもずんぐりむっくりしていて、まるでぬいぐるみのようである。これが癒しかと、俺が心地好い体毛をナデナデしていたら、他のクマバチが近付いてきて、俺に黄色くて丸いモノを渡してきた。
よく判らんがそれを受け取ると、自分もなでろと言わんばかりに、手のひらに乗っていたクマバチを押しのけた。
押しのけられたクマバチは諦めてどこかに行ったが、何かくれたクマバチを再びナデナデしていると、他のクマバチがやって来て、また俺に黄色い物体を渡してきた。
そうして暫くそんなことを繰り返し続けていたら、俺の周りに黄色くて丸いモノが山盛りになっていたのである。
撫で疲れた俺はクマバチにバイバイしてその場を後にすることにしたのだが、せっかくくれたのだからと、丸い物体をリュックに入れた。
ダンジョンにあるモノは、ドロップ品以外持ち出すことができない仕組みになっている。だからこれらの物体も、ダンジョンから出たら消えるのだろう。そう思っていた。
「きえてない……」
ダンジョンから出て、消えたと思っていた黄色い球が、リュックの中に入ったまま取り出せたことで、俺は新たな仮説を打ち出すことになったのである。
◆
クマバチからプレゼントされた黄色い球(テニスボールサイズ)は、Siryiの鑑定によると中身は夫々『ハチミツ』『ビーポーレン』『ローヤルゼリー』の三種類であることが判明した。
当初Siryiに聞いていたクマバチのドロップ品である『花粉玉』の中身は花粉荷ことビーポーレンだけだったはずだ。
「どういうことだろう?」
クマバチを撫でるともらえるこれらのドロップ品―――ではなく、ナデナデしてもらうための贈り物かな? ハチは一匹でも斃すと大群に襲われるとあり、それを避けるため見るだけに留めたのだが、ナデナデしただけでこれら貴重な品々を、あっさり手に入れてしまった。それも大量に。
「何故、消えないんだ?」
『その質問にはお答えできません』
Siryiも混乱して、ディエゴの質問に反応しちゃってるんだが。
ダンジョンのエラーか、バグみたいなものなのか?
それとも何か条件があって、ダンジョン内の物を持ち出すことが可能となるのか。
そこまで考えていると、Siryiが俺の思考を読み取って答えた。
『おそらく、ダンジョンのシークレット―――
魔昆虫を斃して手に入れるドロップ品としてではなく、仲良くなって贈り物がもらえるのは、
まぁ、そういうことにチャレンジする人間は、ここにはいなさそうだしね。
基本的に冒険者がダンジョンアタックする目的って、魔物を斃してドロップ品を手に入れることだから。
例えばテイマーの様に使役する魔物として連れ出す事も出来ないとあれば、仲良くする必要もないわけだし。試すこともしてないのかな?
『テイマーの場合、卵や幼体から育てる必要があり、成長した個体を捕らえて使役することはありません』
召喚士の様に、知能の高い従魔と契約を交わすのではなく、テイマーは信頼関係を築き上げていかなければならないのだろう。
ダンジョンにはそれら幼体や卵状態の魔物がいないからってことか。
試す以前の問題だね。選択肢として外すのは判る。
「ふむ?」
では何故、俺だけだったのか。ということをまず推理してみよう。
他にも人間が居たのに、クマバチはその他の人間へ近付かなかった。
彼らと俺の違いと言えば、何だろうか――――。
『マスターが子供だからではないでしょうか?』
「…………」
ここ最近は子供っぽく振る舞うことに違和感が無くなっていたのは認める。だが俺はれっきとした成人男性であり、少なくとも精通―――いや、今は生理現象が止まっちゃってるから―――そういうのはないけど。うん。それは仕方がないね。
とはいえダンジョンの魔物にすら子供だと思われるなんて心外である。
俺が考える前に答えらしきものを言うとは、Siryiもデリカシーがない。
デリカシーなし男三号と呼ぶぞ。
『申し訳ありません。あらゆる可能性を考えた末、出てきた回答でしたので』
それこそデリカシーがない。
だがそれはまぁ、置いとくことにしよう。俺の見た目が、この世界では子供にしか見えないのは、疑いようのない事実なのは認めざるを得ないのだから。
Siryiの仮説が正しいのであれば、他の子供でもドロップ品であったモノを、贈り物として手に入れることができるということである。
となると、やはりこれらのドロップ品を、プレゼントしてもらえる人物を選出するのは難しいぞ。子供はダンジョンに入れないのだから。
俺は冒険者だからいいんだよ。魔素耐性だってあるし、心強いガーディアンがいるので、安全性は保障されているのだ。
子供でも見習いならギリイケルとしても、流石に三ツ星ランクのエリアに入らせてもらえないだろう。そもそもクマバチを怖がらない子供なんているのか?
大人でも怖がるってのに。なんせあの大きな羽音が曲者なのだ。巨大であれば余計に大きく聞こえる。ただ必死に飛んでいるだけなのだが。
そこで俺は、この前鍛冶工房などへ立ち寄った後の帰宅途中に出会った、とある商店の子供に声を掛けてみることを思い付いた。
その少年と少女は、自分たちも冒険者になってアントネストで稼ぎたいとご両親と言い争っていた。
親御さんは既に客足も減って商売が立ち行かなくなりかけているので、どこかへ引っ越そうと考えていたらしい。でも子供たちは冒険者になりたがっていた。
そのお店は主に主食のパンやパスタとなる小麦類を販売している所謂粉屋で、俺もたまにディエゴたちに買いに行ってもらっていて、お店の存在は知っている。
そして主食のパンを作るために、無くてはならないお店ではあった。
パン屋さんはあるけど、そのパン屋だってこのお店で小麦粉を買っているのだ。
庶民の味方であるお店が、なくなってしまう。これはヤバイと、俺は咄嗟に思い付いた提案をしてみることにした。
薄焼きクレープ生地のような、肉類を挟んだり巻いたりして食べやすくする生地のお店を、屋台で販売してはどうかと。
肉屋台のおじさんたちは、肉を焼くことに必死でそこまで手が回らないし、パンに挟んで食べている冒険者もいるけれど、大半が肉のみという偏った食事だった。
そしてお隣の青果店だが、同じような悩みを抱えていた。
だったらいっそのこと一緒に屋台を出してみればいいじゃないか。
パンより簡単お手軽な薄皮生地のトルティーヤ屋台と、肉と一緒に巻いて食べればヘルシーになる野菜や果物を具材にして、隣同士で売ることによってケバブやタコスみたいなことができる。
これを一つの店舗でやるとなるとコストや人件費的な問題が発生するけど、個別の屋台としてお客さんに選択させれば無理なく作ることができるだろう。
この世界の屋台には、現代のキッチンカーの様に、複雑な調理作業の出来るスペースも機材もない。しかし工夫次第では似たようなことはできる。
他の屋台で買ってきた持参された肉に合う野菜をチョイスできる店を出し、それを隣のトルティーヤ屋台の生地で巻いてあげるだけでいいのだ。
少々面倒ではあるが、ス〇バやサブ〇ェイに比べれば種類が多い訳でも注文方法が複雑すぎたりもしない。
どうせ引っ越す気であるのなら、最後にあがいてみても良いんじゃない? なんてことを、ディエゴたちに説得してもらった。
子供は俺が屋台での販売を予定している飲み物屋の売り子として雇うので、商売の大変さを学ぶのにも、憧れている冒険者を観察するのにも丁度イイとかなんとか、そこはもうディエゴの口八丁手八丁で言い包めさせたのである。
最終的にその人たちも「やってみてもいいんじゃないか?」っていう気になった。
子供たちも大喜び、親御さんたちも渋々だけど、ちょっとだけ乗り気になってくれて、俺も売り子が手に入ってみんなにっこりとなった。
そして俺は、丁度いいところに、アントネストで冒険者になりたがっていた、魔素耐性のある少年のことを思い出した。
彼らは特に魔昆虫を怖がっていないようなので、適任であるような気がする。
飲み物の販売をするから手伝って欲しいということで、彼には友達にも声をかけておいてと頼んでいたのだ。
だから数は揃えられる。子供だからクマバチが撫でろとやってくるのか、それとも別の理由があるのかどうか。実験がてら、実際に安全を確保した状態でダンジョンに入れる機会を与えられる。
早速俺は冒険者ギルドに打診をした。
こういう理由で、もしかしたら貴重なハチミツやビーポーレン等が手に入るかもしれないので、許可と協力をして欲しいと。
なんかめっちゃ混乱してる状態のところに声をかけたんだけど、不思議なぐらいあっさりと許可が下りた。
忙しくしてたから、思考が正常じゃなかったのかな? (後で事情を聞けば、涙失くしては語れないギルマスとサブマスの物語があった。ほんとごめんて)
ギルドの職員さんは深く考えることなく、俺やディエゴたちがいるならいいよって、妙な実験があっさり許されてしまったのであった。
結果として、子供ならクマバチは警戒することなく寄ってくることが判明した。
その理由や条件もちょっと複雑なようで単純なんだよ。
一度もダンジョン内の魔昆虫を斃したことがない、クマバチを怖がらない子供でなければならないという条件だった。
うん、何となくそんな気はしてた。
俺って一度も魔昆虫を斃したことないもんね。見てるだけだし。安全な位置で。
それに虫を怖がって怯える子供にはクマバチは寄ってこないし、冒険者見習いで既に何度か二ツ星ランクの草原エリアで、トンボやバッタやらを斃したことのある年長の少年では駄目だったのである。
そして
これも重要な名産品だからね。クマバチを斃すことなく、これらを安全に手に入れられるならと、冒険者ギルドでは職員さん付きで許可が貰えたのだった。
因みに子供以外の付き添いの冒険者はブラックビートルに遭遇しないよう、虫よけスプレーを振りかけておくといい。すると一緒にいる子供も虫に襲われなくなるし、安全に花畑まで連れて行って、暫く離れたところで待機すればいいのである。
「やっぱり、ローヤルゼリーは貰えなかったんだねぇ」
「どうしたら貰えると思う?」
「さぁ?」
問われて俺は首を傾げた。
彼ら少年たち(魔昆虫に慣れた少女もチャレンジしている)でも、ハチミツやビーポーレンをプレゼントされたことはあれど、何故か一度もローヤルゼリーを貰ったことはないらしい。
俺は既に何個も貰っているんだけど、これを売るにしても他に貰える子が居なきゃ売ろうにも売れないんだよね。商品化するには、他の子も手に入れられないとならないので。
ハチミツやビーポーレンがあるから、特に手に入れられなくても良いけど、この大量のローヤルゼリーをどうするべきか悩む。
こうなったらいっそのこと、アマンダ姉さんの美と健康と年齢不詳を、末永く継続させるために使うしかないかな?
チェリッシュはまだ若いし、ローヤルゼリーは与えない方が良いような気がする。
よし。アマンダ姉さんの食事にこっそり混ぜて使おう。パンケーキのハチミツとか、生地に仕込むのも良いね。美容液に混入しても良かったっけ?
いつまでも若く美しくあって欲しいアマンダ姉さんのために、ローヤルゼリーを投与するのだ。うはははは!
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