第94話 アントネストの新たな試み

 冒険者ギルドや商業ギルドそして薬師ギルドに、報告書や特許申請に商品サンプルを提出してから暫く経った。

 問題だった冒険者へのドロップ品や魔昆虫の周知もある程度終え、買取価格の設定に時間はかかったけど、それなりに納得できるところまで、各ギルド内で話し合いが済んだそうだ。

 過程を省けば大変だったねで終わる話だけど、その他にも様々な問題があった。


 冒険者ギルドの職員さんが、俺たちに土下座しながら査定のアドバイスを求めて来たのには驚いたけど、ギルマスとサブマスが死にかけていると聞いて、事情を聞けば流石に可哀想になって手助けを申し出た。

 俺だって鬼ではないのだ。勝手に調べて放り投げたとはいえ、確かに多すぎたかなと反省していたので。やらかした後始末ぐらいはするべきかなと思ってたのもある。

 俺は責任逃れをしている領主とは違うのだよ。でもこういう人間に限って、まるで自分の手柄の様に出しゃばって威張るんだよなー。毎日箪笥の角に足の小指をぶつける呪いでも掛けといた方がいいね。こっちに来れないように。


 そんな訳で。未知の調味料の価値の判らない人に、どれだけ素晴らしいものかを知ってもらうために、様々な料理の可能性を伝えるべく喜んで協力させてもらった。

 と言ってもオネーサンとロベルタさんに協力してもらって、料理教室を開いただけなのだが、なんか余計に混乱させたようだ。

 まぁ、みんな美味しい美味しいって言いながら、涙を流して食べてたけど。

 アントネストの隠れた名産品である爬虫類系のお肉の可能性を見出したとかなんとか言ってたけどさ。元々高級お肉なんだから、別に隠れてないと思うんだけどね。

 それから栄養素についても説明して、安価で取引されていた爬虫類の肉がどれだけ良い肉であるかを理解してもらった。


 アマンダ姉さんやギガンも、命がけでダンジョンでドロップ品を手に入れる冒険者の生活や稼ぎを考慮すべきだと乗り出して、価格設定も冒険者ギルドに有利な方向へと持って行けたのは幸いだったと思う。ほんと、二人とも頼りになる大人だよね。

 ギルマスは俺と同じ昆虫好きだったので、全面的に冒険者ギルドに有利な条件での取引に持って行けて本当に良かった~。

 昆虫の良さを語り合える相手として、ギルマス(時々サブマス)は、最近は朝のみオープンする俺の喫茶店にたまに来店するようになった。

 それらを含めて、俺たちはギルマスとサブマスと仲良くなった。

 他の人には内緒だからね。ってことで。ギルマスには俺のコレクションである昆虫模型(ガチャガチャカプセルトイシリーズ)を見せてあげたら感動してたよ。

 うんうん。昆虫のフォルムって、うっとりするような魅力があるからね。



 今まで苦労した二人には、優秀な人材を育てる新たな試練もあるそうなので、事務作業が楽になる方法なんかも俺とディエゴで色々アドバイスしている。

 そして暇な時は俺とディエゴの二人で、ギルドで事務作業のお手伝いをすることにした。

 殆ど暇しているとか言うな。これでも脳筋だらけのギルド職員さんの教育をするのは大変なのだ。

 田舎の冒険者ギルドの職員さんは薬草に詳しいこともあって、みなさんそこそこ頭が良かったんだけどね。アントネストは脳筋だらけだからか、事務作業が苦手な人が多かったんだよ。こういうのって地域色が出るよね。

 この世界の人の教育水準って本当に中途半端っていうか、識字率や義務教育を日本の基準で考えるといけないってことがよく判った。


 高等教育を受けられる日本だって指示待ちしかできない(指示を出しても動けない)人間が多いのだから、この世界で優秀な人材がどれだけ貴重かってことは身に染みて判っているつもりだ。自主的に行動して結果を出せる人間や、的確な指示の出せる人間は思うより多くない。

 物語に出てくる主人の意図を深読みして先回りしたり、妙に賢く常人離れした優秀な部下なんて都合よく現れたりしないんだなぁと、改めて実感した次第である。


 そして俺とディエゴは、ギルマスとサブマスにばかり負担をかけてのうのうとしていた職員さんを、スパルタ方式で鍛え上げている真っ最中だ。

 高い給料をもらっておいて、楽な仕事ばかりしてるんじゃない。ちゃんとお仕事を全うできない時は、お仕置きを食らわせるべきなのだ。

 冒険者ギルドに行くときに、俺は差し入れとして手作りの何某かを持って行くんだけど、サボってたり課題をクリアしてなかったらあげないことにしている。みんなが美味しいおやつを食べているのに、自分だけもらえないのは辛いよね?

 そしてギルマスには、使えないと思ったらいっそ思い切ってクビにしちゃえば良いとも言っておいた。


 現在アントネストには食や職を求めて様々な人材がやって来ているのだ。

 そこで優秀な人が現れたら、使えない人間は解雇して入れ替えればいい。本来の正しい意味での多様性や選択の自由とはそういうものだ。受け入れるだけではなく、拒否することだって自由なのだから。自由には責任が伴うって言うじゃん?

 向上心のない人間が側にいると現場の士気は下がり続ける。

 ブラックだのなんだのとよく文句を言う人がいるんだけど、その多くは自分の無能さを棚に上げている人だらけなのが現状だ。実際はその無能者のせいで、罰を被っている優秀な人がいるということを忘れてはいけない。そういう人ほど色々なことを諦めている可哀想な人なんだよ。逆に被害者意識のある人間ほど、誰かのせいにして責任逃れをしているのだ。優秀な人ほど責任感が強いからね。

 だからクビにされたくなければ頑張れ。無能はここにはいらないのだ。

 育て優秀な人材たちよ!



 その他に変わったことと言えば、アントネストでは新たな試みが始まっていた。

 樹脂食器類も仕上がって、屋台のおじさんたちに食事用のピックや、樹脂食器をテスト使用してもらっているが、これまた好評で本格的に導入を始めている。

 サービス用のテーブルやイスのフードコートも大好評。その影響なのか、魔獣肉屋台のおじさんたちも真似を始めて、テーブルとイスや食器類も購入し始めていた。

 元がゴム製だから落としても割れないし、紙皿や割りばしとは違って再利用できるので、これら食器類は使用後は屋台へ返却するか、持ち帰って自分で洗って持ってくればその分料理が安くなるようにしている。(百円程度値引きされる)

 なので鍛冶工房の人も連日の注文に大わらわである。愉快な職人さんの多い鍛冶工房だけでなく、住民が減って暇を持て余していた家具工房では、テーブルとイスの注文が大量に入って、かなり大変そうだったけどね。

 このブームに乗り遅れると、屋台の売り上げが下がるのは間違いなく。別に強制もしていないのに、ほぼ全ての屋台が似たようなことをし始めた。

 要するに「乗るしかない、このビッグウェーブに」現象である。




「樹脂食器の売り上げも好調だそうですねぇ」

「うん」

「いやぁ、なかなか面白いことを始めていると聞いてましたが、流石リオン君です」

「そう?」

「私も仲間を引き連れて、戻ってきた甲斐がありました」

「……」


 何故かここにシュテルさんがいる。なんか戻ってくるような気がしてたんだけど、その勘が当たったわけだ。

 ほんわかとした笑みを浮かべながら俺の横に居て、様変わりしたB級グルメ会場を眺めて、うんうんと頷いていた。

 とそこに、一人の男性が目の前に現れた。


「一杯もらおうか」

「どれにするー?」

「フレーバーウォーターの、カルダモンをもらおう」

「まいどありー」


 そうして俺は、差し出された樹脂コップに、カルダモンのフレーバーウォーターを注いでお客さんに渡した。

 一杯小銅貨一枚(日本円で百円程度)だけど、カップを持ってこない人にはカップ代込みで二百円での販売をしている。

 俺の横では何人かの子供が、フレーバーウォーターやらレモネードを客としてやってきた冒険者に渡していた。

 本日も売り上げは好調のようで、飲み物を求めにやってくる冒険者は後を絶たない。爽やかなフレーバーウォーターと、疲労回復効果のあるレモネードは、案の定冒険者に大受けである。

 子供たちもお小遣い稼ぎが出来るとあって、午前と午後の二交代制で売り子をしていた。売り子で稼いだお小遣いで、自分の好きな屋台のお肉が買えるからね。喜んで協力してくれたよ。今日はどこのお肉を食べようかなんて話で盛り上がっている。


 販売用の飲み物を入れているウォーターコンテナは、ちゃんと蛇口が付いているので子供でもコップに飲み物を注ぐぐらいはできる。

 これも液玉の入っていたカプセルトイを再利用して溶かして作ったタンクで、俺の持っていたキャンプ用の給水タンクを元に作ってもらった。

 既に鍛冶工房なのかどうか怪しくなっているけれど、今や鍛冶師のみなさんは俺の持ち込んだカプセルトイの再利用方法を独自で考え始めていて、弟子の何人かはそっちへ仕事を振り分けられ始めている。

 専門的にそれらの道具を作る、才能のある職人さんを選別し始めていた。


「はぁ~、一仕事終えた後のシャワーって、気持ちイイな!」

「全くだ。お嬢ちゃんたち、俺にはレモネードってやつを一杯くれ!」

「はぁ~い」

「オレにはフレーバーウォーターのミックスで!」

「ありがとうございまぁす!」


 シャワーから出て来た冒険者が飲みものを求めてやって来たので、売り子の子供たちは笑顔で注文を受けている。この街に居る、数少ない少女たちだ。

 男の子もいるんだけど、その子たちは現在別のお仕事があり、ベテラン冒険者の引率で三ツ星エリアのダンジョンに潜っている。危険性はないので、親御さんも安心して欲しい。


 数週間前に、遂に待ち望んでいたシャワー型給水タンクが完成し、ダンジョンの入り口から出たところに、シャワー用テントを設置した。(その横に飲み物を販売する屋台がある)

 お風呂の概念はないけど、シャワーなら利用するだろうと思ったので、俺の持ち物の中でキャンプで使う例のアレを元に作成したヤツである。浴室用魔道具は高いけど、シャワー用テントなら安価で作れるしね。

 硬化液を塗装して撥水加工を施したテントが大活躍している。これも何れ商品化するんだって。不労所得万歳!


 これらは別に俺がそうしろって言ったんじゃなくて、観光案内所が俺の提案を受け入れた形で始めたサービスである。一応男女別に設置してあるよ。

 サービスと言いながら、無料で利用するにはダンジョンアタックした冒険者しか使えないんだけど。ダンジョンで一仕事終えた冒険者だけが無料で利用出来るって言っとけばみんな使うだろうという、人間の心理を利用したサービスである。

 一般の人も勿論使えるけど、一回の利用料金は日本円で千円ぐらいする。ぼったくっているけどいいよね。誰でも使えるとなったら、本来の目的である冒険者が使えなくなると困るし。その分、ダンジョンから出て来た冒険者は、優越感に浸って利用できるって訳だけど。利用しなかったら逆に損するって考えになるし。

 そこには一応、無臭グリセリンソープも置いてあるけど、個人でお気に入りの香料入り石鹸を持ってきて使うというのも、ちょっとしたブームになっていた。

 みんな綺麗になるがいい!


 こうして。

 ダンジョンから一仕事終えて出て来た冒険者が無料でシャワーを利用して、さっぱりして出てきたら爽やかなドリンクを飲み、美味しい屋台のご飯をフードコートを利用して食べるというルーティンが出来上がった。

 心なしかみんなお肌もつやつやしている。野蛮だったばっちい食べ方も、腰を落ち着けて食べることによって改善されつつあるし。身綺麗にすることで、マナーも身に付き始めているってことかな?

 実験的に置いた仮設シャワーテントも、徐々に利用者が増えたことでその数を増やし始めていた。

 購入したいという要望に応えて、個人購入もできるようになっている。


 今やアントネストは、美と健康の街と化しつつあった。

 美容商品を販売することになったのもあり、薬師ギルドや商業ギルドで女性の求人募集をしたところ。何人かの数少ない女性が手を上げてくれたのだ。

 彼女たちは冒険者の多くがばっちくて野蛮だからこの街を離れるのではなく、単純に働く場所がないから他所へ行くしかなかったようだ。

 まぁ、ダンジョン周りには女性は近付かないという不文律があったのは、疑いようのない事実だけど。

 だが女性でも安心して働く場があれば遠方に行く必要もなく、しかも綺麗で可愛いモノを作る職場が出来たと喜んでいた。

 すると噂を聞きつけた女性が他所からやってきて、職を求めてアントネストに集まったものだから、突然共学になった男子校に女生徒が入学してきた状態になって、野蛮だった冒険者は途端に自分の身なりを気にし始めたのである。

 女の子もそうだけど、男の子も異性が側にいると、急に大人しくなるよね。遅れて来た思春期ってやつなのだろう。自分の格好を気にし始めるお年頃のようになった。


「空き店舗が多くて、新たに店を作る必要がないのも良いですね」

「改装だけで済みますからね。現在は様々な店舗が新装開店されております」


 アントネストの変化の噂を聞きつけた、この街を離れた人たちもちらほらと戻ってきているようだ。現金だなと思ってはいけない。彼らだって様々な事情があってこの街を離れたのだから。

 ただシュテルさんたち商人さんが、今なら格安で貸店舗が手に入ると吹聴して回ったのもあるんじゃないかな~と、俺は確信している。

 どうもアントネストで皮革素材を仕入れた後、近場の街で職を探している優秀な人材に声をかけていたみたいなんだよね。この人って趣味はアレだけど、商才はかなりずば抜けてるみたいなので、人を見る目はあるんだよ。ゴミアイテム集めだけは見る目がないけど。


「女性向けのお店が増えたのは良いことです」

「会長もたまにはまともな仕事をするんですよね」

「私はいつだってまともな仕事をしてますよ!」

「合間にふざけた買い物をしなければいいのですが……」

「ふざけてませんって!」


 相変わらず仲の良いシュテルさんと護衛の二人である。

 そんなこんなで、ここにシュテルさんとランドルさんとギルベルトさんがいる訳なのだが。この人たちが他の商人さんと一緒に、求人募集に手をあげた女性を連れて来てくれたのだ。職探しの女性だけでなく、衣料関連のお針子さんとかも引き連れて。

 女性が増えるならと、女性の利用し易い店舗関連の職人さんも連れて来た。

 元はシュテルさんの商会の従業員さんだそうだ。なので現在、アントネストの商店街には、シュテルさんやその他の商人仲間がお店を構え始めたのである。


 どうもシュテルさんとそのお仲間さんは、商業ギルドと結託して俺が何か作ったモノを持ち込んだら連絡するように手配していたらしい。良い仕事をするのはいいんだけど、ちょっとストーカー気味っぽいんだよな。

 なんで俺の動向を商業ギルドに依頼してたんだよ。商業ギルドも商業ギルドで、冒険者ギルドがてんやわんやしているのを遠目で見て楽しんでいたらしいし。商売人はコレだから油断できないんだよ。己の利益しか考えてないからね。

 それを聞いた俺は、冒険者ギルドに有利に持って行けた交渉を、心の底から喜んだのは言うまでもない。


「リオン君、そろそろハチミツがなくなりそうなんだけど……」

「もう?」


 売り子の女の子から、材料のハチミツがなくなりそうだという報告を受けて、俺はダンジョンに行くべきか否か、裏方でゴロゴロしているディエゴを見た。

 子供ばかりの屋台販売なので、護衛役として待機してくれているんだけど、どう見てもサボっているようにしか見えない。いつものことだけどね。

 たまに子供たちに文字や計算の仕方を教えているのも、ただの暇潰しのような気がする。良いことをしているんだけどね! なんでか素直に褒めたくないんだよなぁ。


「ごめん、遅くなった!」

「みんな待ってたか?」


 そこへ、ダンジョンの出入り口から数人の男の子たちが駆け出してきた。


「あ、おつかれ~」

「もうちょっとでなくなりかけてたんだよ~!」

「わりぃわりぃ!」

「でも今日はビーポーレンも貰えたぜ!」

「ほんと?! すっごいじゃん!」

「ハチミツもいっぱいあるからな!」

「良かったぁ~! 今日はたくさん売れたからね~」

「これなら十分だよ!」

「残りはギルドに買い取ってもらおうな!」


 子供たちはキャッキャしながら、本日の成果を報告し合っている。彼らの背後には、優しい笑顔を浮かべる元ベテラン冒険者の、ギルド職員さんがいた。

 この人がギルマスが死にかけているから助けて欲しいと土下座してきた、割とまともなギルド職員さんである。


 そして何故ダンジョンでハチミツやビーポーレンが採れるのか。

 しかも子供が採取しに行っている、その謎は一月以上前まで遡る。

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