第120話 グロリアストリオ
快適とはいえ空の上なので、やれることは限られてくる。
俺たちより先に魔動船に乗り込んでいたクランの人たちは、休養日を楽しんでいたのも最初だけだったようで。
使用許可を貰った温室の手入れをしていると、見張り役という名の暇潰しにハルクさんたちがやってきた。
暇なら雑草を抜くのを手伝って欲しいと頼んだら、面白がって協力してくれることになったのである。
アルケミストが普段何をしてるのか興味があるんだって。
特に面白いことはないんだけどね。
「なんもしねぇと身体がなまっちまってしょーがねぇんだよなぁ~」
「娯楽室はラヴィアンに占拠されてっからなぁ~」
「カモられるから、お前さんらは行くんじゃねぇぞ~」
娯楽室って小規模なカジノか何かなのかな?
カードゲームやルーレットとかはありそうだけど、ゲーセンにあるようなガチャポンや筐体はなさそうなので興味はない。
「アイツらが金を持ってんのは、リーダーが幸運のアイテムを持ってるからだぜ」
「幸運のアイテム?」
その言葉に反応したのはテオだ。チェリッシュも耳がピクリと動いた。
二人とも幸運のアイテムが気になるようだ。
「実家を出る前に持ち出したんだってよ」
「へぇー」
「家出じゃなくて、追い出されたんじゃなかったか?」
「三男坊だから、それも珍しい話じゃねぇよな」
「ふ~ん」
なるほどなるほど。
推測するに、役立たずとして追い出された貴族の三男坊が、実家の家宝である幸運のアイテムを持ち出して、冒険者として成りあがった―――みたいな感じかな?
「そういうのって、よくある話なの?」
「領地の経営や事業に失敗した没落寸前の貴族が増えてっからな。冒険者になって、一山当てようって連中は都会じゃそう珍しくもねぇよ」
チェリッシュの問いに、ハルクさんは呆れたように答えた。
やはり貴族冒険者は都会じゃありふれているらしい。
「没落寸前でも装備は俺らよりイイモン持ってるし、アイテムも豊富だからな」
「売っぱらって借金に充てるか、冒険者になって自分で使うかってところだが。その三男坊は追い出される時に持ち出したって話だ」
没落寸前の実家を救うためではなく、追い出された腹いせに幸運のアイテムを盗み出したってところかな?
窃盗で指名手配をされていないのは何故だろうか? といった疑問は、次の言葉で解消された。
「その幸運のアイテムつっても、持ち主を選ぶらしいぜ?」
「そうなの?」
「たまにあるんだよ。気紛れなアイテムってのが。主人を選ぶっつーか、波長が合うヤツじゃねぇと効果がねぇんだ」
「ふ~ん」
アイテムに主と認められたから、その三男坊さんに幸運が訪れて、ハーレムクランを結成できたってことかな? 三男坊さんがそのアイテムを持つまでは、効果のないアイテムだったってことだろう。
そういうのって宝の持ち腐れって言うんだよね。なかなか興味深い話だけど、役に立つのか立たないのか、よく判らない情報だけど。
「リオリオのアイテムと比べたらどうなんすかね?」
「シッ! テオのおバカ! 内緒なんだから口にしちゃダメだって!」
「うぐっ!」
「お前ら。口は禍の元だぞ」
「す、すまないっす……」
「ん? 何が内緒なんだ?」
「なんでもねぇよ。気にすんな」
俺たちは温室に蔓延る雑草を引き抜きながら、ハルクさんたちと雑談を交わす。
とはいえテオやチェリッシュも、他所のダンジョンのアイテムが気になるようだ。
「えーっと、ダンジョンにはそういうアイテムがよく出るんすか?」
「そうだなぁ。使えねぇモンも多いが、都市部にゃダンジョンが沢山あるから栄えてるし、成り上がりてぇ連中がアイテム目当てにくる。人が増えればアイテムもドロップし易くなるみてぇなところがあんだよ」
だが実際は、九割はゴミアイテムらしい。
ほぼジョークグッズってところだけど、持ち主を選ぶレア物がドロップするんだって。
「つっても使いどころを間違うと、不幸になるモンもあるから気を付けろよ?」
「あ、それは何となく判るっす」
「欲張るとろくなことがないんだよね?」
「よく判ってんじゃねぇか!」
大人組の教育の賜物だろう。テオやチェリッシュも、ハルクさんの言葉を素直に聞き入れていた。
過ぎたるは猶及ばざるが如しだよね。
因みに俺が沢山物を買いこんだり溜め込むのは「こんなこともあろうかと」とか防災の意味であって過ぎたるものではないのである。
地震大国日本出身だからね。
常に予備の更に予備ぐらいは常備するのは国民性なのだ。
「うお~っ! 雑草を抜くのって、意外としんどいなぁ~!」
「ガキの頃、親に手伝わされてたのを思い出しちまったぜ」
「そういやお前、農家の四男だったよな?」
「食い詰めて冒険者になったが、今や立派な六ツ星だぞ!」
「お~立派立派。そんなら七ツ星になれるまで頑張れや」
「うっせーわ! そんな人外ランクになれるならなってみてぇわ! てめぇも元狩人のせがれなら、七ツ星を目指せやっ!」
「おうおう、お陰様で魔物狩りが捗るぜ! だが人間を止めるつもりはないっ!」
グロリアスのみなさんも、夫々の過去があるようで。
農家出身とはいえ、四男のグラスさん(本名)は雑草と薬草の区別が付いてるので、とても丁寧な仕事をしてくれた。
そして掛け合い漫才の相手である元狩人のハンターさん(本名)も、子供の頃から野山を駆け回っていたので薬草に詳しいので特に説明を必要としなかった。
二人ともに連想ゲームのように名前が覚えやすくて助かるね。
「ありがとー」
今日はこれぐらいで終わらせて、続きは明日にしようと俺も腰を上げた。
シルバやノワルもお手伝いご苦労さんと、ご褒美ジャーキーを与える。
「おまっ、そのジャーキー、従魔のエサなのか?」
「おやつだよー」
「おやつって……っ!」
「ごほうび?」
「何つー贅沢なモンやってんだよ!!」
ハルクさんたちに見咎められて、何故か怒られてしまった。
彼らにとっては、とても美味しい高級おツマミなのだそうだ。
都市部でも売られていない贅沢品なんだってさ。
「じかせいだから、じっしつむりょうだよ」
「そういや坊主が作ったって言ってたが、直ぐに作れるもんなのか?」
「つくれるよー」
「ここでか!?」
「どうやってっ?」
「特別な肉なのか?!」
そんな訳で。
午後からは燻製肉を作ることになった。
昨夜食べたジャーキーが美味しかったそうなので、作り方を知りたいらしい。
お肉を持参したら一緒に燻製にしてあげるよって言ったら、物凄く喜んでいた。
この人たち、気さくっていうよりノリが軽いんだよね。陽キャとはまた違うノリだから苦手ではないけれど。
そうして。温室の雑草抜きの労働のお礼に、夕食はハルクさんと元農家のグラスさんとハンターさんを呼んで、一緒に甲板で食事会をすることにした。
ラウンジだと他のクランに見られちゃうからね。
既に甲板と温室はスプリガンのアジトというか、占有場所になっているのでやりたい放題である。
本日の夕食は、久しぶりにボアの熟成肉にしてみた。
ここ最近ずっと爬虫類のお肉ばかりだったからね。
滋味深い味わいのボア肉のステーキを、ネギ塩だれ、わさび醤油、ガーリックバターの三種のソースで食べて頂こう。そこに軽く焙ったバケットに、キャリュフバターを軽く塗って添える。
サラダは食べ慣れていないと思うので、グロリアスの三人には茹で野菜で彩を加えて完成だ。
「どうぞ、めしあがれー」
気に入ってくれるといいんだけどねー。
「ん?! この肉、噛み応えがあるのに、めちゃくちゃジューシーじゃねぇか!」
「肉もうめぇが、このソースがどれもこれもうめぇんだが!?」
「こんなうめぇ料理を食えるなら、毎日雑草引っこ抜いてやるぜ!」
どうやら彼らの舌を満足させられたようで、俺の作った料理を大絶賛してくれた。
「もしかして今日は特別な日かなんかなのか?」
「ふつーのひだよ」
「俺らの為に奮発してくれたのか?」
「ふつーだよ」
「これが普通だったら、贅沢のレベルはどうなるんだよっ!」
「もしかして、これがアルケミストの普通なのか!?」
「俺らが有難がって食ってるモンと、全然ちげぇだろうがっ!」
バランスを考えて料理を作っているだけなので、特に変わったことをしているつもりはないんだけど、ハルクさんたちはそうでもなかったようだ。
それにしてもなんで怒りながら褒めるのだろうか。
「それはまぁ、自覚はしている」
「常に感謝の気持ちは忘れてないぜ」
「美容と健康にも気を使ってもらっているのよ。本当にリオンは良い子よね」
「おいしくてつよくなるんだって! 凄いよね~」
「流石リオリオっす!」
うへへへ。もっと褒めてくれていいんですよ?
俺って褒められると伸びるからね。調子に乗りやすいとも言うけど。
「なぁ、坊主。スプリガンを脱退して、オレんとこに来ないか―――アイデッ!!」
あ。ハルクさんがシルバにお尻を噛まれた。
「イデッ、イデデデ! ちょっとした冗談だよ、ジョーダンだって!!」
ついでにノワルに頭をつつかれている。
どっちも甘噛みや軽いツッツキだけど、お怒りになっているのが俺には判った。
うん。俺って愛されてるね!
「しっかし、ジャーキーってのは、手間がかかるんだな」
「そうだねー」
「温度の管理とかも面倒そうだよな」
「そうだねー」
「だから買うと高ぇんだよなぁ。こんなにうめぇモンは食ったことねぇけど」
「そーなんだー」
夕食を取りつつ、燻製も同時進行している。
お肉の他にチーズも燻製にしているので、辺りに良い匂いが立ち込めていた。
燻製は時間がかかるからね。食事をしながら見張っているという訳だ。
「でも坊主の作るジャーキーは、バチクソにうめぇんだよなぁ」
「作り方からして違うってのが判るよな」
「これがアルケミストの知恵か。妖精か賢者って言われるのも判る気がすんぜ」
確かに一般的に売られているジャーキーと、俺の作っているジャーキーは作り方が違う。ぶどうの樹の奥さんと作った時も、調味液に漬け込む方法なので不思議がられた気がする。
多分この調味液の味付けが美味さの秘訣なんだろうけどね。
「元狩人のお前なら、こういうの知ってそうなんだがな?」
「害獣を狩るだけだぜ? 食える肉じゃねぇから、燻製なんか作らねぇよ」
「そういやそうだな」
「魔獣なら食えるだろう? だから俺は冒険者になったんだよ」
元狩人のせがれであるハンターさんは、燻製の作り方を知らないそうだ。
この世界では魔獣以外の普通の獣肉って臭くて硬くて食用に向いてないとされているし、下手をするとお腹を壊すし最悪死に至る。
安全に食べられる魔獣があるせいで、細菌が発生し易い獣肉の加工技術が発達しなかったのだろう。
宗教上の理由で獣肉は食べてはならないとかではなくて良かったけどね。普通に食べると不味くて、最悪食中毒になるから食べられないってだけだったからさ。
「だが最近は、普通の獣肉の加工もできるようになったって話じゃなかったか?」
「そういや、そんな話も聞いたな?」
「獣肉って食えんのかねぇ?」
首を傾げている三人に、アマンダ姉さんが彼らの食べている肉を指さした。
「あら。あなたたちの食べているその肉は、ボアの熟成肉よ?」
「ボア? エリュマントスじゃなくて?」
「普通の獣肉っす」
「あのクッソまずいボア? 飢え死にしそうにならねぇ限り、食わないあのボアか?」
「熟成させると、美味しくなるんだよ~」
「嘘だろっ!?」
信じられないという表情の三人に、ギガンが追い打ちをかけた。
「獣肉の熟成加工方法も、リオンが考案して特許を取ってるぞ」
「「「な、なんだってぇ~!?」」」
まるでコントか漫才のような三人の反応に、みんなして爆笑してしまったのは言うまでもない。
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