第3話 夢の中の設定

 目の前で爆ぜる火を見つめながら、俺はどうしようかとても悩んでいた。

 ニコニコと笑顔で見詰めてくるコスプレ集団が怖い。というか、不気味なのである。

 敵意はなさそうなので、取りあえず近付いてみたところ、慎重に一定の距離を保ちながら焚火の傍にある切り株へと案内された。

 そして促されるようにそこへちょこんと座ると、金髪ツンツン頭の青年が感動したように手を合わせて瞳を潤ませていた。

 いや、どういうことよ?と小首を傾げれば、頽れるように地面へ倒れ伏した。

 だから、どういう反応?


 何となく夢の世界のように現実味がないせいで、俺はこの状況を安易に想像してみた。

 おそらくこれは、噂に聞く神隠し的な異世界転移という現象なのではなかろうか―――と。

 別にトラックや電車に轢かれた訳ではないが、日本人にとっては一番なじみ深い事件性のある現象として有名な、山の中や森で行方不明になる神隠しと言っても過言ではないだろう。

 手っ取り早く異世界に行く方法として、昨今はトラックに轢かれたり召喚されたり過労死するそうだが、俺の場合は大昔からある最早スタンダードと言っていい山中での神隠し現象といったところだろうか?

 ここは恐らく、多次元論的に言えば、パラレルワールドなのだろう。多分――――っていう、夢の中の設定だろうね。


「どうしたもんかね……」


 時間が経てば経つほど、俺がいなくなった世界では、行方不明扱いとなって最後の足取りを追って山の捜索になるだろう。そして多分、渓流沿いに警察犬が辿り着いて、そこから匂いを辿れなくなってしまうんだ。

 川に流されたか、誘拐されたか―――いや、既に成人を過ぎた大人だから誘拐の線はないか。渓流に堕ちてどこかへ流されたとして捜索も打ち切りになるに違いない。

 そしてそのうち神隠し現象として、どこかの動画配信主に都市伝説扱いされて未解決事件の一つとして取り上げられるんだろうな。間違いない。オレシッテル。だってよく動画で見るし。

 まぁ、ワンチャン事件の可能性は残されるだろうけれど。なんせあの山俺の持ちものだし。親族の誰かがそれを狙って俺を殺したとかそういう話になるかもしれず。よく顔も知らない親族の皆さんごめんなさい。俺のせいで嫌疑をかけられるかもだけど、そっちに戻れないことにはその疑いも晴らせないんですよ―――なんてね。

 どうして夢というのは、こうも脈絡も設定も滅茶苦茶なんだろう。理解が追い付かないのに、中途半端に冷静になるよね。


「はぁ……」


 神隠しに遭った人が戻って来たというのも、全くない訳じゃないんだろうけどさ。

 魔の三角地帯バミューダ―トライアングルみたいな怪奇現象だったら、戻れる可能性は全くないんだよね。あれは単純に海流のせいで起こる事故だけど。

 そうして俺が夢とも現実とも思えない状況に溜息を吐いていると、波打つ赤髪を腰まで伸ばした、すらりと背の高い女性が遠慮がちに声をかけて来た。


『もしかして、迷子かしら?』


 多分、迷子かどうか聞いてんだろうなと、何となく判った。言葉が通じないというか、判らないなりに、感覚としてたけど。

 だから俺はうんと一つ頷いた。取りあえず適当に返答するのは俺の悪い癖なんだけど。


『それは……困ったわねぇ』


 悩まし気に頬に手を当てて、ほうと一つ溜息を吐く。ただこの女性。俺に駆け寄ろうとしたおっさんと青年を引き留め、だるまさんが転んだをやらせてたみたいだけど。


『ブラウニーじゃないのかしら……?』

「ぶらうにー?」


 微かに聞き取れた、俺にも何となく意味の分かる単語が出て来て思わず問い返した。


『ブラウニー?』

「ぶらうにー?」 


 指をさされて、オウム返しする。

 ブラウニーって、チョコのお菓子だよな?もう一つの意味として、確か妖精だったような?

 妖精が先だったか、ブラウニー(お菓子)が先だったかわからんけど。

 俺のこの茶色っぽい服の色か?これか?このせいなのか?


 はっとして辺りを見渡す。

 おっさんと若者と、目の前の女性以外に、俺をそっと伺う者が二人いる。

 コスプレ集団改め、おそらく冒険者のような人たちは、どうも俺をそのブラウニーと勘違いしているのではないだろうかと、何となくだが気付いた。

 確かに日本人は海外で妖精扱いされているとは聞いたことはあるけど。

 シャイでサイレントボムなのは当たっているとはいえ、俺はこの夢の世界でまさか妖精扱いされるとは思わなかった。いや、確かに広義的な意味で言えばここは海外と言えなくもないんですけどね?夢だろうけどね。


 言語体系がよく判らんなりに、聞き取れない訳ではない。英語のようなドイツ語のようなニュアンスだ。感覚として何を言っているのかはふんわりとだが伝わるってのも、不思議なんだけどさ。

 長年連れ添った愛犬の言いたいことが行動や吠え方で何となく判るみたいな感じとでも言えばいいのか。別に犬は飼ったことないけど。

 なので名前だけでもということで、パーティーメンバーを紹介された。


 赤髪の女性はリーダーらしく、アマンダさんという名らしい。良かった。聞き取れない名前でなくて。

 ツンツン金髪青年はテオで、こげ茶で角刈り頭のガタイの良いおっさんはギガン。濃い藍色の髪の無造作ヘアーの寡黙で物静かなアサシンっぽい男性はディエゴ。もう一人の女性メンバーで、ピンクのポニテ髪という衝撃の色をした弓使いっぽい子がチェリッシュという名らしい。染めてんのか地毛なのか判んないけど、見た目と色合いでわりかし覚えやすくて助かる。俺にしては随分と凝った設定の夢だね。


『リオン?』


 取りあえず頷いておく。理王だけど、リオンでいいか。呼びやすい方で構わない。どうせ身分の証明も何も出来ないんだしと、俺は正確な発音を求めるのを諦めた。実際に俺の名前を呼ぶ時、何故かみんな「りおー」と間延びするか「りお」になるからね。

 そうして遠巻きに俺を眺めていたメンバーも集まってきて、騒がない程度に声をかけて来た。

 あくまでもリーダーであるアマンダさんのお許しの範囲内でだけれど。


『これなぁに?』

「サンサイ」

『さんさい?』

「うど、フキノトウ、タラの芽」


 キラキラと好奇心で輝く緑色の瞳のチェリッシュに、抱えていた籠の中を指さされて一つずつ取り出しながら答える。触っても大丈夫な山の幸だぞと、アピールしてみた。


『見たことないわ。こんな薬草があるの?』

「ん?」

『ねぇ、ディエゴさぁん。こういうのに詳しいんでしょ?見たことあるぅ?』


 寡黙なアサシンことディエゴは、チェリッシュに呼ばれてのっそりと近付いてきた。

 アサシンっぽいだけに、毒草とかに詳しいのだろうか?勝手な憶測だけど。


『……見たことはない。似たような物は見たことはあるが、アレは毒草だしな……。これは違う』

『毒草?』

『スマックの芽だ。触れると被れる。だがこれは違う』


 タラの芽を検分しながらディエゴがチェリッシュに説明をしているが、何となく毒草扱いされているような気がしないでもない。黒い手袋が、それを証明しているかのようだ。

 山菜の王様をそんな睨みつけんな失礼だぞ。栄養豊富な高級食材様であらせられるのだ。頭が高い。控えおろう。とはいえ確かにウルシの芽に似てるけどね。あれは被れるからな~。


『これは、どこで採れる?』

「ん?」

『この森で、このような植物は採れない。どこで採取してきた?』

「んん~?」


 何言ってんのか判んない。ので、俺は首を傾げて誤魔化した。

 多分、どこで取れたか聞いてんだろうけど。答えようがないんだよね。俺所有の山だし。

 夢の森で採れる山菜など俺は知らない。


『やはり、ブラウニーか……?』

『美味しい物を見つけるのが得意なんだっけ?』 

『家事が得意らしいが、食材を見つけるという意味もあるのだろうか?』

『迷子みたいだけど、うちで引き取る?』

『それはリーダーに聞いてみないことには何とも……』


 よく判らんけども、俺について話し合っているような気がする。

 例えば、拾った捨て猫か捨て犬をどうするか――みたいな?

 そしてディエゴは寡黙でも何でもなかった。話しかければ喋るようだ。愛想がないだけで、勘違いされそうなタイプかな?まぁ、イケメンの部類ではあるから、嫌われるタイプではなさそうだ。

 チェリッシュも勝気な女の子っぽいけど容姿は整ってるし、ギガンはごついけど、イケオジだしな。テオは―――まぁ、今後の成長次第かな。アマンダさんは完全に美魔女タイプで年齢が判んない感じ。よってこのパーティのメンバーの顔面偏差値はかなり高い。


『ほらアンタたち、いい加減にしなさい。ご飯が出来たわよ』

『はぁ~い』

『あぁ……』

『リオンも、食べるかしら?』


 先程適当に焼いていた猪らしき肉と、得体の知れないスープっぽい何かを差し出される。

 これ、ギガンのおっさんが捌いて、テオが味付けしてたっぽいんだよね。

 このパーティの役割分担は、どうなってんだろうか?交代制?適材適所?下っ端っぽいテオが雑用係なのかな?指示役は完全にアマンダさんだけど。

 野営の設営は、ディエゴとチェリッシュだったし。

 う~ん。これはまだ様子見かな。やけにリアルな夢だけど。



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