第4話 ピクシー・ダスト(冒険者視点)


 差し出された器の中身を見て、ブラウニーことリオンは首を傾げている。暫くすると、取りあえずにこりと笑って受け取った。

 くんくんと臭いを嗅いでいるのを見て、彼らはゴクリと喉を鳴らす。別に腹が減って喉が鳴ったのではなく、緊張からくるものだ。

 調理を担当したテオは特に緊張しているだろう。不味い物を食べると黙って居なくなるとされるだけに。責任重大とばかりに手を合わせて拝むようにリオンを見ていた。


「あ、怪しいものは入ってないっすよ?」


 味付けはシンプルに塩と、保存に適した穀物を混ぜたものだ。冒険者の食事としてはまぁまぁのレベルだった。魔物肉ではなく、獣肉なのが残念ではあったが。

 特別美味しくはないが、吐き出す程不味い物でもない筈だと、テオは自分の器によそったスープを飲んだ。


「うん。普通!」

「普通なのか」

「特別美味くはないけどねぇ……。食べられるだけ有難いよね?」

「ボアの肉だしな」

「ちょっと臭くて硬いっすからね……」


 テオとギガン、そしてチェリッシュのやり取りを見たリオンは、警戒する犬のように何度かフンフンと鼻を器に寄せる。そして指をスープにチョンとつけ、ぺろりとそれを舐めた。

 かなり失礼なことをされているのだが、彼らはそう思ってはいない。何故ならリオンをブラウニーだと思っているからだ。美味しくないと居なくなる習性を持っている種族として扱われているため、普通なら「そんなに警戒すんなら食うな!」と取り上げるところを「どうか気にならない程度でお願いします!」と祈られていたのである。


 そうして何度か首を傾げるリオンを、ドキドキしながら見つめる冒険者たち。

 この森で食べられる物は、薬草やキノコ類、季節ごとに実る木の実。それと獣の肉だけだ。でも野営時に食べられる肉は特別でもある。他の魔獣が寄ってくる可能性もあるけれど、彼らのレベルだとそれらを対処する力もあるので、暖かな食事が出来るというだけで凄いのだ―――と、いうのを多分リオンは知らない。


『足りない……決定的に、塩気が……、いや、旨味が、足りない……。滋味深いと言えば滋味深いけど、素材の味が引き立てられてない……』


 ブツブツと呪文を唱えるが如く。意味不明な言葉を口にしながら、リオンがちらちらと彼らを伺いつつ。背負っていたリュックをそっと降ろすと、中身を開けてゴソゴソと探り出した。

 その際、はっとしたように目を見開き、一瞬だけ蒼褪めた表情をしたのだが、それも直ぐにスンとした表情になって、何事もなかったように探り始めた。

 彼ら冒険者から見てリオンは、本人はふんわりと笑顔を装っているつもりが、基本的に無表情にしか見えていない。

 菩薩のような表情と言えば聞こえはいいが、目が笑っていないのである。死んだ魚のような目ともいう。

 なのでリオンの表情からは感情が読み取りにくく、彼らは僅かな反応を伺いなら、緊張を強いられていた。 


『あった!良かった、俺のハーブソルト。びっくりした……。くそっ、どうなってんだこのリュック……。わけわかんないよ』


 リオンの言葉が理解できたなら、訳判んないのはお前の方だと言われるだろう。がしかし、リオンの言葉は彼らに伝わらない。最早呪文レベルである。


「も、もしかして、気に入らなかった?」

「かもしれんが、何か取り出したぞ」

「もしや、あれがブラウニーの魔法の粉っすか!?」

「ディエゴ、何か知ってる?」


 意味深な呟きを聞き取り、アマンダはこのメンバーの中で一番博識なディエゴにそっと問い掛けた。


「ブラウニーというか、妖精たちは、魔法の粉を持っているらしい」

「ああ、そういえば、なんかそんな話を聞いたことあるわね?」

「ピクシー・ダストだ……。俺、初めて見たっす……っ!」


 感動するように、テオは瞳を潤ませながらリオンの持つ『ハーブソルト』を見つめた。

 妖精の粉(ピクシー・ダスト)―――とは。妖精たちが飛んだり、魔法を使うのに必須とされている。それにかかった者は、楽しくなったり、良い夢が見れたりするという一種のおとぎ話である。(聞きようによっては危ないお薬のようだ)

 中身は単純に様々なハーブと塩を混ぜた調味料なのだけれど。マジックソルトという名前もあるので、魔法みたいな物であるのは間違いないかもしれない。


『コンソメもあるけど、まぁ、今回はこれでいいか』


 熊と遭遇した際に、ぶちまける用に様々な香辛料(コショウ・ワサビ・唐辛子・ミント等)を常にリュックに入れて持ち歩いているリオンは、中でも無難なハーブソルト(マジックソルト)を取り出し、それをそっと味の薄いスープに混ぜ込んだ。ついでに肉にもそれを振りかける。


『……うん。マシなレベルに味が整った』


 満足気にぺろりと舌を出し唇を舐め、うんうんと頷く。

 そうして安心したようにスープや肉を食べ始めたリオンを見て、彼らもほっとしたように胸を撫で下ろした。

 その魔法の妖精の粉に、興味を惹かれつつだけれど。




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