第123話 気が付けば溜まり場
今ならまだ引き返せるということで、アマル様はジボールで下船したい者が居れば受け付けるという提案をした。
俺たちとお茶会をした時に、色々考えた結果らしい。
最初はシュテルさんの企みに乗っかっちゃった形で冒険者を集めたとはいえ、流石にナベリウスを相手にさせるのは気が咎めたようだった。
「ほんとにいいの?」
「仕方あるまい」
ナベリウスを目前にして逃走したり、混乱されるよりはマシだろうと、冷静になって考えた結果だそうだ。
元々ナベリウス討伐は姉王女様率いるサヘールの王国騎士団の仕事だったそうで、他国に協力を求めたり冒険者に討伐依頼をしたこともなかったんだって。
ギガンたちから話を聞いたところ、ナベリウスという魔物の存在は知っていても、討伐の依頼を引き受けた冒険者は今までいなかったそうだ。
巨大な魔動船を所有するサヘールだからこそ、空の王者であるナベリウスを討伐できる戦力やノウハウがあるのだろう。
高ランクの冒険者や、他国の軍隊ですら空の魔物を相手にすることは難しいので、依頼を出したところで誰も引き受けないのは判っていたことだった。
「だがそなたたちのお陰で、危機は回避できそうだ。改めて礼を言わせて頂く」
「どういたしましてー」
「
「そうだねー」
シードラゴンを斃したテオ(&チェリッシュ)が、自分のドロップしたアイテムを誇らし気に自慢した。
ナベリウスという最強にして最悪の魔物が待ち構えているにも拘らず、俺たちが何故こんなにも余裕をかましていられるのか。
それは三種の神器であるアイテムを持っているからだった。
「実際に使うことになるとは思っちゃいなかったが、まさか空間移動ができるアイテムだったなんてなぁ?」
「危機的状況から脱出できるアイテムっすからね!」
「取りあえず、試運転がてらこの魔動船に使わせてもらうと考えよう」
「こちらこそ、そのような貴重なアイテムを使わせてもらえるのは有難い」
「どういたしましてー」
魔動船のオプションである『
人間が使うと一度きりの脱出アイテムだけど、魔動船に使うとなれば使用回数制限はなく、ワープして逃走することができるアイテムだ。
とはいえ極秘情報なので、他言無用ってことにしているけどね。
アントネストで手に入れたアイテムによって、危機的状況から脱出する手段があるので、討伐が無理な状況に陥れば回避することが出来る。
なので俺たちは安心して魔動船に乗っているという訳だった。
「寧ろお主たちの方が、それで良いのかと思うのだが?」
「命あっての物種だからな。それに魔動船であれば使用回数に制限はない」
「実際に役に立つかどうかも試せるしな」
だから気にするなと、ディエゴとギガンは男前に言い放った。
これもアマル様が正直に俺たちにお国の事情を話してくれたからこそ、協力しようという気になったからだけどね。
戦わずに逃げられるのなら、その方が絶対に良いのだ。
アイテムを惜しんで命を失うぐらいなら、秘密を共有する共犯者になってもらった方がお互いに都合が良いということで。
ナベリウスが航路を塞いでいるので、斃さなければならない魔物なのは変わらないのだが、まずはアマル様の姉王女様の治療を優先させてからの話になる。
玉砕覚悟でナベリウスに挑むよりも、まずは無事に帰還するべきだろう。
とはいえ魔動船でのワープ距離がどれぐらいなのか判らないので、何度か試さなきゃいけないんだよな。
誰にも知られずこっそり実験するために、真夜中に試運転することになっているんだけど、それもまずはジボールで
「そのアイテムだが、買い取ることは出来ぬのだろうか?」
優雅に紅茶を飲みながら、アマル様は俺たちに問い掛けた。
金に糸目は付けないとアマル様は提案してくれたんだけど、流石に個数がないのでそれは無理な話なんだよな。
とはいえ、
アントネストを旅立つ前に、海域エリアに何度かアタックして手に入れたからね。
俺の作った運気上昇のタリスマンによって、ドロップ率を向上させて手に入れた『
これも予備の予備がないと不安になる
でもそんなに欲しいのなら何かと交換しても良いんだけれど、みんなで苦労して手に入れたアイテムだけにそう易々と渡せる物ではなかった。
待っていればその内、アントネストの冒険者がドロップするかもだけど、それがいつになるのか判らないんだよね。欲しいモノほど手に入らないものだし。
海域エリアのアイテムのドロップ率は、凡そだけど『
流石に運気上昇のタリスマンでも、『
それだけ希少価値が高いってことなんだろう。
世界中を飛び回って商売をする商船なだけあって、アマル様も時間停止魔法の付与されたマジックバッグを持っているそうだけど、それを売れと言われても手放せないのを判っているからね。
俺としても本当に必要とする人に手渡したいけど、お金で買えない価値があるものだし、悩むところではあった。
「おかねでかえない、かちがあるものがあればねー」
「金銭以外で価値のあるものか……。中々に難しいな」
「だよねー」
魔動船のオプションアイテムの交換条件に、お金以外の価値あるモノの方が良いなと思って提案してみた。
それが何かと言われると、俺たちも困っちゃうんだけどね。
「金銭以外で価値のあるモノと言えば、我が国にとっては歴史的価値はあれど、実際には使用できぬものがあったな」
「れきしてきかち?」
なんだろう。ちょっとワクワクしちゃうキーワードなんだけど。
「魔動船の元となった遺物だ」
「へぇ?」
「とはいえ動かぬので、歴史的価値しかないのだがな」
アマル様の話によると、サヘールは砂漠の国ではあるけれど、そこには様々な遺跡があるのだそうだ。
ダンジョンが豊富にあるのも、幾つかの遺跡がダンジョン化したモノらしい。
所謂『人工ダンジョン』ってヤツだね。アントネストは『天然ダンジョン』なので、自然環境を再現したようなエリアばかりだから、遺跡が変化した人工ダンジョンはちょっと気になる。
「王家の墓とされていた遺跡に、船のようなモノが埋まっている。それが金銭では代えられぬ価値があると言えるだろう」
実際は墓でも何でもなくて、格納庫のような遺跡だったそうだ。
とはいえその遺物は船のような形をしていただけで、砂漠に海はないことから昔は何かの乗り物の模型としか思われていなかったそうだけれど。
詳しい話は面倒なので割愛するけど、大昔に人間に追われて砂漠を越えて辿り着いたドワーフをサヘールが保護し、彼らの技術によって遺物である船をモデルにして作られたのが現在の魔動船らしい。
豊富なサヘールの魔晶石と、ドワーフの技術によって復活した大昔の舟が、魔動船ということだ。
「ロマンだねー」
しかも魔塔のあたおか狂人が開発した魔動船ではないので、サヘールとドワーフの協力がなければ作れないんだそうだ。
精緻な技巧のなせる業みたいなものかな? そんじょそこらの職人では太刀打ちできないドワーフ独自の匠の技によって、魔動船は作られているらしい。
宇宙ロケットを作るためのネジを、日本の職人さんでなければ作れないという話を聞いたことがあるが、それと似たような高度な職人技なのだろう。
「この温室も、元はその遺物である船に備え付いていたので、とりあえず真似てみただけなのだ」
だから目的も何もないし、管理もされていないので荒れてしまったらしい。
とはいえ手入れもせずに放置されていても植物がすくすく育っているのは、魔晶石からエネルギーを補給されているからなんだって。
スゴイな魔晶石。万能エネルギーじゃないか。
そんな魔晶石の採掘できるサヘールがお金持ちなのは当然だね。
でも歴史的遺物の船か。浪漫もあれば、謎も多そうだ。
もしかして、オーパーツとかの類だろうか?
伝説のノアの箱舟のような形をしているのも、遺跡から発見された船の模型をモデルにしているからなんだって。
この商船はそんな古い時代の船をモデルにしているだけで、他の魔動船は小型でデザインも帆船っぽくなっているそうだ。
だから最新型の魔動船を建造することになって、この船は中古価格で売りに出そうという話になったらしい。
「だがこのように手入れをすれば、温室の存在は、空の上ということを忘れさせてくれるな」
「そうだねー」
振動が殆どないので、言われなければ確かに地上とそう変わらない。
そして俺たちがここを占拠し始めてから、何故かグロリアスのみなさんや、アマル様まで温室にやってくるようになった。
アマル様は俺の作ったおやつ目当てだし、侍女さんは女性陣と一緒に美容関連の話題で盛り上がっている。
グロリアスのみなさんはと言えば、俺の持っている玩具(とおやつなどの料理)が目当てだった。
「あ、てめぇ! そんな卑怯な引き抜き方があるかよっ!」
「ゲハハハハ! 抜けるもんなら抜いてみやがれ!」
「くっそきたねぇ野郎だなっ!」
「よっしゃ六が出たぜ!」
「だが残念! スタートに戻るだってよ!」
「キャハハハハ! ザマー!」
どうやらボードゲーム(スゴロク)やジェンガで盛り上がっているようだ。
娯楽室にあるルーレットやカードゲームより面白いらしいよ。
爺さんが子供の頃に買ってくれた知育用玩具なんだけど、文字もこの世界共通文字に変化していて、誰も不思議に思っていないんだよな。だから出したんだけどね。
こういうゲームがあるのか~って感じで、いい歳こいた大人が子供のように遊んでいる。健全っちゃ健全なんだけどさ。
グロリアスの占拠したラウンジは夜にちょっとお酒を飲む程度でしか利用していないし、昼間はみんなほぼこの温室や甲板に屯っていた。
この温室はスプリガンの秘密基地のつもりだったのに、気が付けば沢山の人が集まる溜まり場になっている。なんてこった。
「リオンがおやつを出すからこうなるんだぜ」
「やっぱそうかなー」
ギガンがハーブ入りのクッキーをつまみながら指摘する。
特にやることがないし、効果のありそうな薬草を仕込んだ料理を作ったりするしか時間が潰せないんだもん。仕方ないじゃん。
とはいえ、この世界の薬草の効能を確かめるべく。ヨモギ(セージ)で作った蒸しパンとか、ハーブを仕込んだクッキーとか、健康に良さそうなものを食べさせつつ、こっそり実験が出来るのでちょっと楽しかったりする。
みんな夜よく眠れるようになって、朝スッキリ目が覚めるようになったとか、胃腸の調子が良くなったんだって。良かったねー。
侍女さんは、俺の作った料理やおやつのお陰で、アマル様の不眠が解消されて肌艶が良くなったと喜んでいた。
熱心に美容液や石鹸についてアマンダ姉さんやチェリッシュと語っているのも、その殆どがアマル様の為らしい。どうやら彼女は、自分の主が美しくなることに喜びを感じる、変わった性癖の持ち主のようだ。
アマル様って一見すると女性のように見えるからね。磨き甲斐があるのだろう。
それにしても倒錯的な趣味だよね。ぶっちゃけると変態なんだけど。
とはいえ、最初の警戒心はどこに行ったのかと疑いたくなるほどに、侍女さんは俺たちを信用し始めていた。
理由は判らなくもないんだけど、ガールズトークで盛り上がっている美容関係で懐柔されたのではなく、あの嘘発見器が決定打となったようだ。
なんせこの船の乗組員全員(冒険者は除外)に使用したところ、なんとスパイが潜り込んでいたのを発見できたらしい。
そこら辺の事情は俺には関係ないので、良かったねで終わったけれど。玩具の嘘発見器が役に立ったことで、侍女さんの俺たちへの好感度が上がったようだ。
そのスパイのせいで、アマル様は安心して食事も出来ず、侍女さんも警戒しまくっていたみたい。何故か俺の作った料理は平気で食べてたんだけど、そういう事情もあっての食いしん坊だったらしいよ。
ところであの嘘発見器だけど、Siryiに鑑定してもらったところ。
本人が『真実』だと思っている事とは別に、『事実』のみに反応するらしい。
所謂ファクトチェックが入るので、思い込みや妄想とは別に、本人の知らない事実まで判定しちゃうのだ。
騙していたつもりが本人も騙されていたという事実まで突き止めちゃうので、ある意味恐ろしいモノである。
例えるならば、とある夫婦の間に子供がいるとしよう。
でも実は奥さんが浮気して、別の男性との間に出来ていた場合、いくら旦那さんがその子供を実の子だと信じていようが、事実としては嘘になる。
「周りが私の子供でないと言っていても、私が実の子だと思っていギャァァァッ!」
――――ってな感じになっちゃうってことだね。
だから知りたくないことまで暴いてしまうので、使用の際は十分に気を付けなければならないアイテムとなっていた。
シュテルさんへのお仕置きアイテムとして気軽に使っちゃったけど、結構ヤバイ魔道具に変化してて俺も驚いたんだけどね。(自分には絶対に使わないぞ)
最早『嘘発見器』というより、『ファクトチェッカー』なのではなかろうか?
そんなこんながあったとはいえ、今現在の俺は大人の事情や面倒なお国事情とは関係なく、好奇心によって様々な薬草を使って薬を作っている訳だけれど。
今のところは薬といっても、酔い覚まし以外使うことがないし、傷薬とか作ってもあんまり役に立たなさそうなんだよな。
だがせっかく作った傷薬や胃薬の効果を試してみたい気持ちがない訳ではない。
「だれかけがしないかな~?」
「……お前さん、物騒なことを言うな」
「ちょっとゆびでもきってほしいなー」
俺が怪我をするのは嫌だけど、偶然誰かが怪我でもしたら試せるのにな~。
Siryiの鑑定でもかなり効果の高い傷薬になっているらしいので、安全性は保障されているのに試せないのが残念である。
なんて思っているとディエゴが、ジェンガやスゴロクで遊んでいるグロリアスのみなさんを指さした。
「あそこで遊んでいる連中に、料理でもさせてみればどうだ?」
ナイフで指でも切らせようという魂胆だな?
確かに武器の扱いは上手くても、料理用のナイフや包丁は使えないタイプが多そうではある。
「ふむ」
来たるべきナベリウス討伐に備えて、効果の高い傷薬が必要のような気がしないでもない。
実際は
そんじゃまぁ、今夜は料理教室を開いてみるとしようか。
誰かが怪我をするかもしれないし、傷薬はちゃんと用意するから安心してね!
自分で作った料理は自分で食べるけど、失敗しても大丈夫だよ!
胃薬も用意しているから、みんな安心して失敗してね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます