第86話 乗るしかない、このビッグウェーブに
お肉が、お肉が足りない!
シャバーニさんたちの食事量しか想定していなかったので、ロベルタさんが参戦したことで途中からお肉も調味料も足りなくなってしまった。
まさに想定外の繁盛っぷりである。しかもロベルタさんやオネーサンが美味しそうに食べているので、気になった他の冒険者さんもちらほら客として現れ始めてしまったのである。
おじさんたちも嬉しそうなんだけど、肉も調味料もどんどん消費されて底がつきかけている。どうしよー!
「スケットヨンデキタ。ジャーキークレ!」
そこへサボっているとばかり思っていたノワルが、俺の方へやって来た。
しかも救いの神を引き連れて。
「お、ノワルが呼んでるから来てみたが、こりゃ一体どういうこった?」
「リオリオ何してるんすか?」
「色々なお肉も沢山ドロップしたけど、コレが必要なのかしら?」
「リオっちやっほ~! ちゃんとドロップ品は全部回収してきたよぉ~!」
「かみこうりん!」
「リオンは時々おかしなことを言うな?」
ノワルにはジャーキーを沢山あげよう。サボってると思ってたけど、働く時はちゃんと働く奴なのだ。偉いぞ!
今日はみんな三ツ星エリアでのドロップ品の回収だったので、お肉も液玉も持っている筈である!
「にく! おにくちょーだい!」
「液玉も必要なんだって?」
「うん、それもちょーだい!」
急いで処理をして、おじさんたちに渡さなければ!
乗るしかないのだ。このビッグウェーブに!!
「おにいちゃん、シルバ、おにくきってー」
「了解した」
ギガンやアマンダ姉さんからお肉と液玉を受け取り、ディエゴとシルバに指示をして、夫々のお肉を調理し易いように切ってもらう。その間に俺は液玉の種類別に調味料を合わせていくことにした。
「こりゃありがてぇ!」
「助かりやした、先生!」
「へい、もう少しお待ちくだせぇ! たった今、材料が届きやしたんで!」
「おかわりですかい? ちょいとまってくんな!」
ディエゴとシルバが魔法で素早く処理した肉が屋台へと届けられ、俺は裏方でこそこそと調味料を配合しては、ギガンたちに頼んで屋台へ届けてもらっている。
時間のかかる蒸し焼きの方だけど、これまたディエゴが魔法でクルクル包むので、そのまま焼き場で鉄板に乗せられるようにするから時短ができた。
サボリ癖のあるディエゴとノワルだけど、こういう時はちゃんと働くんだよな。
有難いんだけどね。やる気のあるなしの落差が激しいのだ。
「このトマトを細かく刻めばいいのね~?」
「うん。おねがいー」
「わ、わたしは、ショウガと、ニンニクを、す、すりおろします!」
「ありがとー!」
そして俺の出したテーブルは、今や調理台と化しているわけだが。
液玉のネタバレをしたにもかかわらず、オネーサンとロベルタさんは忌避感もなく受け入れてくれた。
「あら~なんてすばらしい発見なのかしら~!」
「こ、この、ショウユですが。リオンさんの、調合した、素晴らしいタレと、似ていて、それが実在しているだなんて、感動です!!」
液玉の中身が実在する調味料としてあるのなら、ドロップする魔昆虫など関係ないようだ。もし新たな調味料として発見されたとして、元の素材が何であるか判らなければその限りではなさそうだけどね。
俺が持ってて良かったよ。味醂と醤油。
そしてロベルタさんの吃音症が、徐々に改善されているような気がした。
オネーサンの弟子になったことで、緊張感が薄れてきているのかな?
「でもリオン君の錬金術で作り出した調味料でしょう? 魔昆虫からドロップする物として報告してもいいのかしら?」
「だいじょーぶー」
別にレシピを公開したって、作り出せる訳ないもん。特殊な麹菌がないと作れないからね。おまけに発酵という過程を経なければならない。寧ろドロップ品として、魔昆虫を斃して手に入れられる方が面倒がなくて良いのである。
「確かに、リオン君の持っている方が、深みがあって、味わいの違いが、ありますからねっ!」
「それよねぇ。ダンジョン産のドロップ品と比べると、アルケミストが作り出した物の方が味わいが違うのがハッキリしているわ~」
二人には俺の私物である醤油や味醂の味を確認してもらったところ、このような感想を頂いた。
日本の職人さんが丁寧に時間をかけて作り出したので、正確には俺ではないんだけどね。ありがとう、職人さんたち!
醤油の味に拘るならとことん拘る日本人なので、料理別専用醤油もいっぱいあるけれども、この世界では魔昆虫のドロップする種類でも十分だと思う。
「このショウユって、大豆と小麦と塩だけで作れるのよね?」
「そうだよー」
「でも、特殊な手間を加えなきゃ作れないのね?」
「うん」
「そこが違うと言えば違うのねぇ。でも液玉の中身がそれらの材料で作られているのなら、安心してギルドに報告できるわね!」
「だよねー」
「このミリンというのはお酒っぽいけど、飲料用じゃないのかしら~?」
「のんでもいいよー」
味醂はアルコールの一種だから、おじさんたちは最初飲料用にしようと思ってたらしい。日本も昔は甘いお酒として女性が飲んでたそうだし。
ドロップする味醂は所謂本みりんで、原液はとろみ成分が多くて見た目がハチミツっぽいんだよね。ソーダ割りとかで飲んだらフルーティになるそうだし、原液そのものを飲むなら、ロックにしてウイスキーみたいにしたらいいかもね。
ただおじさんたちは醤油と合わせたら更に美味しくなったことから、調味料として使うことに決めたらしい。秘伝の味とすれば、秘密にできるからね。
この世界にもレストランや酒場には、料理に使うオリジナルのソース類が作られているので、特にレシピを公開しなくてもいいのである。
味醂がお酒だと気付いていても成分が判らないし、その物を売るには抵抗があったのもあるけどね。しかもどのシケーダからドロップするかも判らないので、毎度ギャンブルのような感じだったそうだ。
味醂にお酢に食用油と、似たような色ばっかだもんね。
おじさんたちも色々考えて、さんざん悩んだことが伺えるエピソードである。
「じゃぁこのミリンも、お酒の一種なのねぇ」
「そうだよー」
「甘いお酒として、売ってもいいかしら?」
「うれるならねー」
俺にとって味醂は調味料の一種だから、お酒っていう感覚はないんだけど。アルコール度数は14%もあるから、お酒として飲んでも良いと思うよ。
飲める味醂として俺の世界でも売ってたから、カクテルっぽくしてお店のメニューに加えてもいいんじゃない? ソーダ割りとかお勧めだね。炭酸水があればだけど。
照りを加えるために料理に使うと艶が出て、更に美味しくなると思うよ。
ってなことを、ディエゴに通訳してもらって説明した。
俺の舌は全く持って思考の速度とは違って追いつかない。ゆっくりであれば割りと喋れるようになったとはいえ、難しい言葉は舌を噛みそうになるのだ。
だからディエゴ様様なのである。
「やだもう、本当に素敵なアイデアが出てくるのねぇ! アルケミストが重宝されるのも理解できるわ~。本来なら賢者の塔に引き籠って研究しているから、冒険者なんてやってないのに。リオン君は、お兄ちゃんことがとっても大好きなのね~」
ん? 賢者の塔ってなんだ? 魔塔とは別物なのかな?
あ、俺今調理中だからSiryiもってないや。気になるから後で聞いてみよう。
そして俺は相変わらず、兄のディエゴにくっ付いて冒険者をやっていることになっていた。
ディエゴも魔塔出身だから特殊な存在であり、そして俺は賢者の塔で引き籠ってなきゃいけないらしい。
魔塔はあたおか天才集団だけど、賢者というか錬金術師は引き籠り集団なの?
引き籠り集団ってのもおかしな表現だけど。
だがとりあえず今は、屋台の売り上げに貢献しなきゃね!
お客さんがおじさんたちの屋台の味を気に入って、継続してお客として通ってくれるようになるまでが目標である。
「アタシ、三ツ星エリアってドロップ品がしょっぱいから、殆どアタックしたことがないのよねぇ。でもこんなに良いドロップ品があるなら、明日辺りチャレンジしてみようかしら?」
「そ、それは、いいですね!」
「自分でゲットしたら、実質無料だしね!」
「わ、わたしも、がんばります!!」
「ふふっ、屋台料理に負けてられないからね!」
「ショウユと、ミリン、ぜ、是非ゲットしましょう!」
オネーサンとロベルタさんがノリノリになってしまった。
でもこれは良い傾向なのでは?
他の冒険者も三ツ星エリアで稼げると知れ渡れば、アタックするダンジョンのランクのハードルが下がるだろうし。もしかしたら、女性の冒険者だってやってくるかもしれないのだ。
でもその前に、B級グルメフェス会場の治安をもっと良くしなければ。
別に乱暴な冒険者が多いってことじゃなくて、野蛮でばっちいからそこの改善をしなきゃいけないんだよな。
みんながGGGさんみたく、紳士マッチョになればいいのに。
強い男の人が好きな女性は、この世界に沢山いると思うんだ。
優男がモテるにはもう少し世の中の治安が良くならないとそうはならないし、都会の方では洗練された男性がモテてるかもだけど、冒険者はやっぱ強さと頼もしさ、そして優しさと清潔さが必要である。
だから今度はマナーの改善と清潔さをどうにかしなければならない。
なんかいい案はないかなぁ~?
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