第87話 禁則事項ってなんだ?

 午後はオネーサンに頼まれたスパイスの調合をするつもりだったのだけど、屋台の予想外の繁盛のせいで夕方の帰宅となってしまった。

 でもいいタイミングでギガンたちがノワルに呼び出されてくれたおかげで、お肉や調味料を切らすことなく売ることが出来て良かった~。

 お手伝いしてくれたオネーサンたち、それにアマンダ姉さんやチェリッシュも、途中からウエイトレスみたいなことをさせちゃったし、彼女たちのお陰で屋台が華やいで注目されたのもあるだろう。

 後日彼女たちには個別でお礼をすることにしよう。なんか良い物があったかな?


 そしてその勢いを保つべく、おじさんたちも張り切っている。 

 明日も同じように繁盛するかもなので、お肉の仕入れも沢山するそうだ。

 調味料の方は俺がドロップ品の回収を頼んでいたのもあって、その半分をおじさんたちに買い取ってもらった。

 冒険者ギルドへの報告だけど、もう少し情報を集めてからの方が良いかな?

 全部いっぺんに済ませた方が、俺も面倒がなくて良いしね。


 夕食はいつもの様にオネーサンのお店で済ませ(最近は俺たち以外のお客さんも見かけるようになった)、他の液玉やドロップ品の鑑定をするべく、宿泊先に戻って整理しようということになった。


「シケーダを手当たり次第に射貫いてみたんだけど、ドロップした物はちゃんと全部回収してもらいましたー!」

「ブラックビートルも、手当たり次第に倒したっす!」

「ありがとー!」


 ではでは改めて鑑定してみよう。

 おじさんたちに売りつけた液玉以外のセミのドロップ品を改めて渡され、俺はそれをSiryiと一緒に鑑定した―――というか、既に中身は判っている。

 アブラゼミが食用油で、クマゼミが味醂であることは既におじさんたちが実食しているので判明しているが、問題はその他の液玉だ。

 おじさんたち曰く、味醂と食用油以外の液玉は微妙だったので使用してはいないらしく、毎回液体の味を確認したり臭いで判別していたらしい。本当に三ツ星エリアの液玉だけで良かったよ。

 とはいえ、二ツ星エリアは既に俺らのような変わり者の冒険者しか入らないから、ドロップ品の回収以前の問題だね。


 そして屋台のおじさんたちが微妙(使い方が判らない)と評した、他の液体の正体の内訳は以下の通りである。

 ヒグラシのドロップするお酢だけど、Siryiの鑑定によれば原材料が穀物酢(小麦と米)となっていた。

 こちらで酢と言えばワインビネガーやバルサミコ等の果実酢なので、穀物酢はおじさんたちにとっては酸っぱい匂いのする腐った水としか思わなかったようだ。なんか悔しい。

 続いてニイニイゼミがカツオ出汁で、ミンミンゼミが昆布出汁、ツクツクボウシがいりこ出汁であった。

 なんと素晴らしいのだろうか! まさかのダンジョンで、これら魚介出汁三兄弟が手に入るとは! これでわざわざ海に探しに行かなくて良くなったね! いや、この世界の海は海で浪漫があるけどさ。

 俺の世界でも海の調査は15%しか進んでいないので、この世界だったら5%も解明されていないのではないだろうか?


 しかしよくもまぁ、どれもこれも似たような色の液体を液玉で偽装したもんだ。

 Siryi情報によれば、これでほぼ全部のセミ―――シケーダからドロップする液玉の種類が判明したことになる。

 多いようで意外と少なかったな、セミの種類。この世界の人にとってセミはどれも同じセミなんだろうけど、俺にしてみればたったこれだけ? って感じだ。

 若干の違いはあるとしても、素人にはその違いが判らない仕様ではあれど。

 どこまで人をおちょくっているんだろうか、このダンジョンは……。

 俺じゃなきゃ判んない原材料の液玉ばっかだよ? だがある意味、とても親切なような気もしてきた。

 本来なら苦労して作り出さなければならないこれら調味料を、ダンジョンで手に入れることが出来るのだから。


 だがこの世界の文化や文明がちぐはぐなのも、全部このダンジョンの存在が関係しているような気がしてならない。 

 本来であれば不足しがちな食料の需給率や、技術的な分野の生産系の発達、高価な香辛料の流通も、時代にそぐわないのだ。

 ある分野では研究が進んでいるようなのに、逆にそのせいで進んでいない分野があるといったように。何故この時代にコレがなくて、逆にこんなものがあるのだろうかと思ったことは一度や二度ではない。

 みんなこの違和感に気付かないのだろうか?


 俺の世界では、18世紀から19世紀にかけて医学が進んだと思われているが、実際は紀元二世紀の間違った医学を信じていた。

 というのも、間違った翻訳のせいでもあるんだけど。解体新書ターヘル・アナトミアを翻訳した杉田玄白も、翻訳に翻訳を重ねた医学書を日本語に翻訳したけど、原本を書き写した大本の翻訳が間違っていたっていう逸話がある。

 思い込みというのは真に恐ろしいモノだ。

 自分が絶対的に正しいと思い込むことで、他は間違っているとする固定観念がある者は、他人にもそれを強要する。まず自分が正しいとする中途半端なデータを持ってきて、それがあたかも大衆の総意であるかのように主張するのだ。

 人間というのは最初に与えられた間違った知識のまま、その説に当てはめて考えるから、正しい道に進まなかったのだなぁと実感させられるよ。どこかで誰かがこれは間違っていると気付いても、間違っているモノを信じる人が大半の場合は、正そうとする説の方が間違いだと糾弾されるまでが様式美だし。

 バカでも判るように説明に工夫したところで、そもそもバカは説明を聞いてないっていうのを見かけたことがあるけど、本当にその通りだと思う。ガリレオ先生の苦労がしのばれるよねぇ。


 現在では奇書とされる珍書籍も、その時代では正しい内容だと信じられていたし。読んでみるとなかなかに狂った内容なのだけど、本気で信じている人もいただけに、単純に面白がっている場合でもないんだよなぁ。

 今現在もおかしな説に溢れているのに、偉い人が唱えているせいで思考が停止している人がそれを信じてしまう傾向にある。こんなにも化学や文明が進んでいるのにも拘らず―――いや、進んでいるからこそ疑う人が減っているのかもしれない。

 簡単に情報が手に入ってしまう時代だからか、考えることを止めた人達のせいで、声の大きな人の間違った主張がまかり通るようになったのだろう。

 まるでおかしな宗教のようだ。洗脳して思考を奪うのだから。人を子羊に例えて、導いているように見せかけて家畜化しているのと、何が違うのだろう。


 俺は昔から、学校で教えられること全てが正しいと思ったことはない。数字だけは正しいと思うけど、それ以外では疑う傾向にあった。

 他人の思考や思想が入り込むと、どうしても歪んで見えるからね。何故歪んで見えるのかをきちんと説明することが出来ないから、俺の考えが正しいと主張する気はないけれど。


 そんなことはともかくとして。

 全てを確認した訳ではないが、二ツ星エリアの魔昆虫は、主にタリスマンの素材となる装飾系のドロップ品と確定してもいいだろう。そして三ツ星エリアの魔昆虫は、食材関連のドロップ品で間違いないと思われる。

 これらから推測するに、低ランクの二ツ星エリアでアクセサリーの素材を入手し、それを使ってタリスマンを作り、三ツ星エリアにアタックすることで食材関係の素材をゲットし易くするってことかな?

 三ツ星エリアが主に食材関係なのも、そこで手に入れた豊富な食料で栄養を補って体力をつけ、高ランクの本格的に高価な素材が手に入る、四ツ星以上のエリアにアタックする―――といった流れになるのかもしれない。

 これで合っているのかどうかは判らないけれど、そうとしか考えられない仕掛けであった。

 一見すると理に適った美しい流れのように見えはするのだが、謎解きが出来なければ真相はずっと闇の中なんだけど。

 安易に―――とはいえ、冒険者などの魔素耐性のある者しか入れないが―――貴重な素材を手に入れることの出来るダンジョンという存在だけど、謎を紛れ込ませることで、人間の思考力を試しているのかも知れない。


 異世界って、ほんと不思議だね。それ以外は普通の人間も多いのに、魔物やダンジョンがあるせいで、魔法使いや冒険者なんて物語の中でしか存在しない職種が実在しているのだから。

 そして、それとは別に、俺にはどうしても解せないことがあった。


「う~ん……」

「どうしたっすか、リオリオ?」

「リオっちでも判んないことがあるの?」

「うん」


 これら調味料類が、どうしてダンジョンでドロップするのか―――ではなく、何故日本人である俺にしか判らない内容物であるのかが、全く持って判らない。

 ただの偶然なのかもしれないけれど。

 妙な引っ掛かりを覚えるんだよなぁ。

 仕組まれているのか、仕込んでいたのか、そのどちらでもあるのか。

 またそれらと全く関係がないのか。

 俺がこの世界に来た原因に関係しているのだろうか?


『その質問にはお答えできません』


 Siryiにも判んないのか?


『禁則事項に抵触します』


 禁則事項って何だ? スワヒリ語で、確か「未来人の都合で話してはいけない事柄」とかっていう意味だったような――――。


『 その問いに お答えすることは 出来ません 』


 Siryiの返答を見た瞬間、思わず背筋がゾッとした。

 今までとは違って、妙に機械的な感じがしたからだ。


 本来であれば、人間のように返答するAIを不気味に感じるべきなのだろう。

 ロボットがあまりにも人間らしくなりすぎると、やがて不気味に感じるようになるように。それが『不気味の谷現象』と言われる人間の心理現象なのだが。

 でも俺にはアレクサという、人間臭いAIのお陰でそういう反応に慣れている。寧ろ機械的に返答される方が違和感があるというか……。Siryiもアレクサに似ているようで、ちょっと人間臭い返答の仕方だったのに。

 それが、今、機械的な反応を見せた。

 数秒ではあったけれど、間が開いたのだ。

 本来ならばこれが正しいAIの反応であるにも関わらず、何故か恐怖を覚えた。

 

 なんだろうか、この、意味が判ると怖い話の、意味が判らないまま終わるような、消化不良のような気持ちの悪さは。


 だけど俺は、この謎の気持ち悪さを追求することを止めた。

 それはパンドラの箱を開けるような愚かさに似ていて、例え底に希望が残されていたとしても、あらゆる災厄をまき散らす気にはとてもなれなかったので。


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