第88話 臭い虫からのドロップ品
翌日もみんなダンジョンで液玉回収に乗り出してくれた。
ゴミ扱いされていた魔昆虫の落とし物も、色々調べて行けば、価値あるドロップ品だってみんな気付いてくれたのもある。
逆に液玉の中から何が出てくるのか楽しみになっているようだ。俺もだけどね!
謎解きをしているとドキドキワクワクするよね~。みんなもこの楽しさを理解してくれたようで嬉しいよ。
しかもオネーサンやGGGさんも一緒だってさ。どうやら
いいなぁ、あのメンバーだと、安全と安心感が半端ないじゃん。滅茶苦茶安全圏で魔昆虫の観察が出来そうだ。
なのに俺はと言えば、ディエゴと冒険者ギルドに提出する報告書の作成に忙しく、やっぱりダンジョンについて行くことが出来なかったのである。
くそっ! 自分でやるって言った手前、報告書を作成しなきゃ遊び惚けることも出来ないじゃないか!
でもまぁ、コレが終われば俺は遊びまくるつもりだ。
だから面倒事はさっさと終わらせよう。
俺って夏休みの宿題は最初にやっつけるタイプなんだよね。(やり忘れが最終日に発覚して慌てるタイプでもある)
そして本日の戦利品は、ニューフェイス(?)液玉として、新たにカメムシのドロップ品が手に入った。
全部ちょっと小ぶりのカプセルトイサイズだ。う~ん正にガチャポン。
どうもこのカメムシの魔昆虫は、ダンジョン内でも発生している時とそうでない時があって、タイミング的に前回も前々回も発生していなかったそうだ。
ランダム発生って、カメムシらしくていいけどね。
そしてこっちはちょっと、扱いに困る液玉だった。
というか、液玉なのか?
キンカメムシからは何故かバニラビーンズが出て来た。
液玉なのに、割るとバニラの粒が出て来ちゃって、それを見たチェリッシュとアマンダ姉さんが悲鳴を上げた。
そして脱兎のごとく二階へと駆けあがって行ったのである。
これ虫じゃなくて、バニラなんだけど。黒い粒がどうも虫に見えるようだ。
サフランに次いで二番目に高価な香料で、良い匂いなんだけどね。
流石カメムシのドロップ品。匂い関係が次々と出てくるよ。
クサギカメムシからはカルダモン、マルカメムシからはジャスミン、キマダラカメムシからはサンダルウッド、セグロベニモンツノカメムシからはクローブ、アオクサカメムシからはフランキンセンス、ヘラクヌギカメムシからはローズだった。
種類が多すぎて頭がこんがらがって来ちゃうね。
途中から女性二人は、俺がカメムシのドロップ品の鑑定をしているのを見るのを止めて逃げたのも理解できる。なんせクローブやカルダモンやバニラは種の状態だと虫に見えてヤバイ。
固形の樹脂とかエッセンシャルオイル状態の液玉もあるんだけど、わざわざ種を液玉に偽装させてぶち込んだのは何故だろうか?
そしてツヤアオカメムシからは、ハッカ結晶が出て来た。俺の所持品にある、虫よけの原料である。いいのかお前、カメムシだろ……。
しかもカメムシの液玉(ではないモノもある)はセミの液玉より小さく、セミがソフトボールサイズ(3号)なら、カメムシは小さくてスーパーボール(2~3cm前後)サイズだった。因みにブラックビートルは500mlサイズのペットボトルである。
まぁ、スパイスや香料って、少量でも価値があるからね。液玉が小さいのも何となく判るよ。
しかもサイズが小さいのもあって、こっちを持って帰ろうとする冒険者はいなかったんだろうね。だって容器(?)が茶色なんだもん。まるでフンコロガシのうんこのようだ。
もし割って中身がはみ出て来て虫に見えたら、そりゃ捨てるよね~っていう中身の見た目のヤバさもある。更にカメムシだけに、悪臭が噴き出すかもしれない恐怖もあったのかもね。でも実際は良い香りのものばかりなのだから捻くれている。
液玉もこれだけ小さいと、ドロップ時に地面に落ちた後、跳ね飛んで見失うこともありそうだ。容器の色も茶色なので、飛んでいったら確実に見失えるだろう。
ギガンたちも跳ねる液玉を追いかけて右往左往したらしいし。(そして絶えず集ってくるカメムシを振り払わなきゃならない状況)何が何でもドロップ品が消失する前に回収せねばと、頑張ったそうだ。ありがとね~。
アントネストのダンジョンでのカメムシはランダム発生なので、遭遇するのがいつか判らないらしい。そのせいなのか、発生した時に乱獲しなければ手に入らない、貴重な香料ばかりだった。
これはあれだな。硬化液以外の素材を落とすバッタの液玉で、アレを作れと言っているのかもしれない。なんとなくだけど。
「スティンクバグのランダム発生周期か。多分、調べてすらいないんじゃないか?」
「そうだよねー」
物知りのディエゴも判んないんだな。ギルドで聞けば判るだろうか?
因みにスティンクバグってのは、カメムシのことだよ。臭い虫って意味らしい。
日本では亀の形に似ていることから、カメムシと呼ばれているのだ。
『ランダム発生ですが、週に一度、何れかのカメムシ一種類が異常発生します。そしてすべての種類のカメムシが異常発生するのは三ヶ月に一度ですので、その周期に当たったかと思われます』
なるほど。全部のカメムシの異常発生が、今日だったってことか。タイミングが良かったってことだね。
そうでなければ週に一度ずつ、ランダムにどれかが発生するのを待たなきゃならなかったようだ。週に一度か……臭だけに。いや、これ以上は止めよう。オジサン化現象待ったなしだ。
これらから推察するに、香料は手に入れるのも難しい、貴重なドロップ品なのかもね。
だが冒険者目線ではそうではないようだ。
「スティンクバグが発生してたら鬱陶しいだけだろう? やたら飛び回るし、目障りでしかねぇよ」
「そんなもんっすよね。だってアイツら、めちゃくちゃ臭いっすから」
「俺らだってGGGの連中と一緒じゃなきゃ、アタックしなかったかもしれん」
「あの人らがやる気に溢れすぎてて、引くに引けない状況でしたもんね」
相変わらずイメージも扱いも悪いな、アントネストの巨大魔昆虫。
しかしイイタイミングでGGGさんたちが一緒にダンジョンアタックに参加してくれたもんだよ。でなきゃカメムシのドロップ品が手に入らなかったかもしれないし。
そしてこの場に居るのは野郎なので、香料がどれだけ貴重で、かつ女性の心をくすぐるかが判っていない。そして俺も似たようなものなのだが、女性が好きそうなモノだってことは、何となく判っている。
やっぱアレを作れってことだよなぁ。苦手というか、専門外なんだけど。
「アントネストの魔昆虫でも、ドラゴンフライにグラスホッパーやシケーダ、ブラックビートルにスティンクバグは、碌なモンを落とさねぇと思ってたんだがな?」
「巨大なだけで、普通の昆虫っすからね」
「コイツラはアントネスト限定の魔昆虫だからな。ダンジョン外では、サイズも大きくはない」
「普通に巨大なコイツらがあちこちに居たら、ただの厄介もんだよ」
「ブラックビートルは、ダンジョン以外で遭遇したくねぇっす」
そういうもんかね。いや、確かにそうかもしれないけど。
アントネスト限定であるこれら魔昆虫は、自然界では普通サイズなのだ。
四ツ星や五ツ星エリアの方では、魔素の濃い森や山に実際に生息する魔昆虫が出現するのだが、そちらのドロップ品は正しく素材なんだよね。
ギガマンティスはドロップする鎌が鋭く硬いので、武器の素材となるらしい。
蚕に似た巨大蛾は、その巣に入らなければ手に入らない繭(超高級品)をドロップする。
草原エリアのアラクネーとは違って、クモの魔昆虫であるタランチュラは、カニのような身を落としてそれが美味だってことで人気があるし、低確率で鋏角の毒腺をドロップするのである。(何に使うかは考えないでおこう)
ハチの魔物としてクマバチは飛んでいるけど、何を落とすかは判っていない。
刺されたくないからってのもあるんだけど、冒険者はハチを見かけてもちょっかいをかけないそうだ。なんでも一匹でもハチを斃すと、何故か大群に襲われるイベントが発生するらしい。なにそれ怖い。
刺されても毒素が弱いので死にはしないんだけど、大群に襲われるトラウマでダンジョンにアタックすることが怖くなるんだって。
それと羽音が大きい(めっちゃ頑張って飛んでいるだけ)のもあって、それが恐怖を倍増するとのこと。
意外にも繊細なんだね、この世界の冒険者って。確かに、大群の巨大クマバチに襲われる想像をしたら、夢でうなされる程のトラウマを抱えそうだけど。
そして謎のドロップ品が何であるかSiryiに聞いたところ、クマバチがドロップするのは『花粉玉』とのこと。中身は
ただ一匹でも斃す事で大群に襲われると考えると、スルーした方がいいかな?
「しっかし、よく見りゃ種っちゃ種だが、パッと見、虫だなこりゃ」
「チェリッシュたちが逃げるのも判るっすね~」
これらが香料(スパイス)であるという説明を受けたので、ギガンやテオは不思議そうにカメムシのドロップ品を手に取って眺めている。見慣れないせいで、最初は不気味に感じたそうだ。
確かに俺は市場でバニラを売っているのを見たことがなかった。
と言うか、この手の香料系は見たことがない。
『香料は高級品ですので、貴族階級でしか手に入れることができないようです』
そりゃまた、キャリュフと似たような扱いだね。
ああでも、栽培が凄く難しいんだったか。
でもダンジョンで手に入るんだよなぁ。特にバニラをお菓子に使ったら、良い香りのケーキが出来そうなんだけど。
『マスターが現在持っている材料で、冷たいお菓子であれば作れます』
「あ―――そうだ。あいすくりーむをつくろう!」
良いアイデアをありがとう、Siryi! 材料はシンプルで揃えやすいし、俺にはディエゴとシルバという、冷たい食べ物を作るに適した仲間がいるのである。
「あいすくりーむ?」
「それってなんすか?」
「つめたくて、あまいよ」
この前屋台を手伝ってくれたお礼として、アマンダ姉さんやチェリッシュだけでなく、オネーサンやロベルタさんにバニラアイスを渡せばきっと喜んでくれるよね?
この世界には『ドルチェ・ヴィータ』という氷菓子はあるけど、滑らかなアイスクリームはない。かき氷を作っても良いけど、そこまで珍しくはないだろう。
バニラアイスならドロップ品も使えて、コレがどれだけ価値ある香料であるかに気付くと思われ。
虫みたいだからって、バニラを見て逃げ出したアマンダ姉さんやチェリッシュも、別の意味で驚くに違いないのだ。
「てつだってー」
「―――なるほど、面白そうだな。了解した」
俺は念波でディエゴにバニラアイスの作り方を送ると、キッチンカウンターに材料を取り出した。
「お? また美味そうなもんを作るのか?」
「もしかして、それを使うんすか?」
「うん」
バニラビーンズはアイスに混ぜてしまえばいいだろう。何か黒い粒粒があるな? 程度になるし。(正しくは牛乳を温める時に、バニラビーンズを香り付けに入れる)
待っててね、アマンダ姉さん、それとチェリッシュ!
そしてオネーサンのお店に行くときのお土産にしよう。たしかオネーサンの店には巨大な冷凍機能付き魔道冷蔵庫があった筈。
ロベルタさんやGGGさんもいるだろうから、大量に作らなきゃいけないかな?
食事の後だから、そんなに沢山はいらないか。デザートだしね。
冷たくて甘い食べ物で脳と身体を落ち着かせるんだ~。
昨日のSiryiの反応がちょっと怖かったけど、今は普通に俺の質問に答えてくれるし、妙な間も無くなったからいいんだけどね。
とりあえず、疲れたら甘い物を食べるのが一番だ。
嫌なことを忘れるためにも、幸せ脳内麻薬であるドーパミンを分泌させるべく、俺はバニラアイス作りに没頭するのであった。
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