第89話 サンプル品を作ろう

 昨日はダンジョンに異常発生したカメムシから、様々な香料が手に入った。

 ランダム発生なので、その周期に偶然当たったのは幸運と言うべきだろう。

 そして俺の大方の予想通り、二ツ星ランクの草原エリアのドロップ品である『液玉』は、様々な物を作るために用意された素材であることが確定した。

 三ツ星ランクの森林エリアのカメムシから香料がドロップしたんだから、これはもうアレを作れってことだよ。ダンジョンがそう云っている……気がする。


「せっけんをつくれって」


 そしてその材料がここにあるのだ。

 硬化液以外になんでこんなのがドロップするのかいまいち判らなくて、保留にしていた液玉たちを俺は取り出した。

 どのバッタのドロップアイテムかは省略するが、詳しいことはディエゴに纏めて報告書に記載してもらうことにする。

 とにかくサンプル品を作らなければ。

 タリスマン作りはジェリーさんに丸投げしたし、調味料類は屋台のおじさんたちに振り分けた。

 だから俺は、石鹸(&その他)を作ることにした。

 ダンジョンが云っているのだ。ばっちい冒険者をどうにかしろと。清潔さは大事。お風呂の習慣がない世界に革命を起こせと! 女性が離れる原因の元を断てと!

 なので俺は暫く引き籠って、せっせとサンプル品を作ることにしたのだ。

 悠々と遊ぶために!




 手作り石鹸は苛性ソーダを使うので、うっかりすると火傷をする。

 俺は子供の頃、爺さんが廃油石鹸を作ってるのをよく見ていたし、作り方を知っているからその危険性は十分理解していた。

 危険性は理解していても、うっかりというものはあるけれど。

 察しの良い人には判るだろう。縁側でまだ固まってもいない廃油石鹸に足を突っ込んで火傷したのである。当然ギャン泣きした。

 そして爺さんは俺が火傷しないように、縁側で乾かすのを止めた。

 どうせまた走り回って懲りずに足を突っ込むだろうからと、先回りして安全な場所に移動させたのである。(この時は爺さんの方が反省してた)


 しかし廃油に水と苛性ソーダを混ぜればできるエコで自然に優しい簡単手作り石鹸だけど、元が廃油なので香りは良くない。爺さんは炭を混ぜてたんだけど、臭いはやっぱり良くなかった。

 汚れはよく落ちるんだけどね。毎日泥だらけになる俺のせいでもあったし。

 そこで俺は、臭くない手作り石鹸を調べた。

 普通に石鹸を買えば良いだろうに、爺さんが臭い廃油石鹸を作るのに耐えかねて、良い匂いの手作り石鹸を作ればいいじゃないかと思い至ったのだ。

 だが調べるだけで終わり、いつもの様に知識だけしか手に入れてはいないけれど。


 そしてここに、バッタの液玉から出て来た『グリセリン』がある。しかもこのグリセリンに硬化液を混ぜると、何と『グリセリンソープ』になるのである。俺にもよく意味が判らないが、グリセリンに硬化液を混ぜると、グリセリンソープになるのだ。

 石鹸素地やソルビトールその他が必要などと突っ込んではいけない。

 硬化液を混ぜたらどうなるんだろう? という好奇心から、Siryiに問うことなくやってしまったらできちゃったんだもん。仕方がないよね。

 作業中は鑑定虫メガネを持てないので、思い付いたらやっちゃうんだ。なるほど。これがかの有名な、「俺、なんかやっちゃいました?」現象なのか……。(違う)

 とにかくグリセリンソープは、透明な石鹸と思えばいい。深く考えるな。感じろ。単純に保湿成分がたっぷり入った固形石鹸が、簡単に出来てしまったと思え。

 苛性ソーダや重曹などいらぬ、火傷をするような危険性のない安全で自然に優しい手作り石鹸であることは間違いない。


 そしてここに、カメムシのドロップ品である、香料(各種)があるわけだが。

 これらを再度溶かしたグリセリンソープに少量混ぜ込むと、良い香りのする、保湿成分たっぷりの透明な石鹸の出来上がりである。(最初から混ぜ込んでもいいよ)

 オイルを塗った小さな器に入れて暫し固まるのを待つ。

 廃油石鹸は熟成するのに一月はかかるのだが、グリセリンソープは数時間で固まるから時間がかからなくていいね。

 しかもグリセリンソープは透明なので、アレンジとして塗料を混ぜて色付けしたり、綺麗な花弁やハーブを閉じ込めて可愛くするのもいいだろう。きっと女性なら飛びつく。多分。

 野郎には香料もお洒落さもない透明なグリセリンソープでもいいだろうけど。


「うわぁ~なにこれ、すごくきれ~い!」

「この中に花を閉じ込めているのかしら? 奇麗で可愛らしいわっ!」

「せっけんだよ」

「え? これって石鹸なの?!」

「こんなに奇麗なのに?!」


 ノワルとシルバに、適当にその辺に咲いている花を摘んできてもらい、石鹸の中に飾りとして入れてみた。(ディエゴは雑草を摘んできたからポイしてやった)

 女性である二人には、透明でガラスのような物体に閉じ込められた花が咲いているように見えるだろう。光に翳してキャッキャウフフしている。虫入り琥珀のように、セミの抜け殻を入れなくて良かった。


「見てるだけでも幸せになるわね」

「バスタイムが楽しくなっちゃうね!」

「そうだねー」


 なかなか好評のようで俺も嬉しい。こういう可愛くて奇麗なものは、使うことに躊躇しないらしい。どういう基準なのかは不明だが。

 やはり女性というのは複雑怪奇な存在であると、改めて認識した。

 適当に石鹸を作ってみたのはいいけれど、これで合っているかどうかは判らない。なにせ俺ではここまでが限界である。アイデアの枯渇ってやつだ。

 よって途中からアマンダ姉さんやチェリッシュにも協力してもらって、手作り石鹸を作ってみた。

 俺よりもキラキラした石鹸が出来上がり、失敗することなく安全に作成できたのでよしとしよう。

 アクセサリーの時とは違う結果になって良かったぜ。妙な物が出来上がったらどうしようかと思って、実験的に作らせたなんて言えないけど。


「見てみて~! アタシの手作り石鹸、可愛いでしょう?」

「なんすかそれ? 中にゴミが混ざったんすか?」

「花びらよ! テオのバカ!!」


 デリカシーなし男一号が、チェリッシュにどつかれている。ダメだコイツ。


「私のは、宝石みたいでしょう?」

「所詮は偽物だろう?」


 アマンダ姉さんは塗料(自然由来)を混ぜてグラデーションっぽく作ったのをディエゴに見せていた。

 そしてデリカシーなし男二号は、容赦なく拳骨を食らっていた。うん。知ってた。


「駄目だなアイツらは。取りあえず褒めときゃいいものを……」

「だよねー」


 ギガンが一番賢かった。

 やはりこういうモノは、女性の感性で作るべきだと思われ。

 男でもいいけど、俺は女性にこそこういったキラキラした仕事をして頂きたいのだ。客層も女性が多そうだしね。

 そしておしゃれな石鹸を作ることに興味のある女性がいれば、是非とも丸投げしたい。なのでサンプル品を商業ギルドに持って行って、希望者を募ろうと思う。女性限定で。そしてアントネストに住むことを前提で、秘伝のグリセリンソープ作りを伝授しよう。簡単過ぎて秘伝も何もないけれど。

 寧ろ手作り石鹸教室を開けば、女性客がわんさかと押し寄せてくるのでは?

 アクセサリー教室はダークマターが作られる危険性があるので、お勧めはできないけれども。


 ただSiryi曰く、タリスマンもだけど、このグリセリンソープも、アントネストのダンジョンのドロップ品で作成した商品関係は全て、アントネストでなければ作れないのだそうだ。素材を持ち出して、他所で作ろうとしても失敗するってことだよ。

 定住が条件なのもそのせいだ。

 作られた石鹸やタリスマンは、アントネストから持ち出せるけどね。何故か作成するには、アントネストのある領地の範囲でなければ無理なんだって。

 もしダンジョンに意思というものがあるのなら、ドロップ品を使った名産品のような扱いにしたいのかもしれないね。

 捻くれていると思ってたけど、意外にもよく練られていると言えなくもない。

 こうして考えてみれば、捻くれているというよりかは、随分とオヤジギャグというか駄洒落好きなダンジョンだよ。

 しかもアクセサリーや料理に美容関係まで網羅した、女子力高目の乙男なおっさんでも入っているようなラインナップである。女性であれば、これらアイテムを昆虫にドロップさせたりしないだろうし。


 そしてこれは薬師ギルドなのかな? なければ商業ギルドでもいいけど、とりあえずアントネストのドロップ品でハッカ水を作ってみた。

 他のバッタの液玉から無水エタノールと、精製水が出てきたからね。

 いつもの手順でそこにカメムシのドロップ品であるハッカ結晶をぶち込んだら、虫除けスプレーとして有能なハッカ水が出来てしまった。

 各家庭でGの恐怖に怯えている方には是非とも使用して頂きたい逸品である。

 ハッカ結晶はお風呂に入れれば清涼感が得られるので、少量ならばお風呂に入れても良いだろう。入れすぎると震えるほど寒くなるので、注意しなきゃいけないけど。

 消臭効果もあるので、臭い野郎どもは靴に入れておけば、悪臭がある程度は解消されるかもしれない。是非ともお使い下さりやがれ。


 香料系スパイスも簡単に使える方法を思いついたので、飲み物関係も考えてみた。

 スパイスで作るフレーバーウォーターである。

 作り方も簡単で、カルダモンとクローブを水に小一時間ほど浸しておけば、爽やかなフレーバーウォーターの出来上がりだ。

 実験的にオネーサンのお店のメニューに加えてもらうことにしよう。

 クローブは抗酸化作用があるし、腸内環境を整えてくれる。カルダモンは口臭の抑制に効果があり、油分を取り除く作用もあるので、是非とも野郎どもに飲ませたい。寧ろ飲んで下さりやがれ。


 更に興に乗った俺は、グリセリンで色々作ってみた。

 石鹸だけではなく、コイツには沢山の可能性があると気付いたからだ。

 天然グリセリンだから安全性が高く刺激性もないので、美容関係のサンプル品が沢山作れちゃったのである。

 精製水にグリセリン濃度10%になるように加え、エッセンシャルオイルを数滴垂らすと良い香りのする化粧水の出来上がりだ。ね? 簡単でしょ。

 グリセリンと精製水と硬化液の配合次第では保湿クリームにもなるので、ここに香料を加えれば女性に嬉しいスキンケア美容品が作れてしまうのである。

 なんか他にも作れそうだが、美容関連の化粧品について詳しくはないので、ここらが限界といったところだ。正直俺には必要がないので、興味がない。


 しかし硬化液が万能すぎて怖いんだよね。コイツの成分が何なのかが判らんのがまた怖い。アントネストのドロップ品の中でも、随一のチート級アイテムだ。

 他の薬品や調味料に香料等はおそらく、人間の手で作ろうとすれば時間はかかるが作り出せる。だがこの硬化液だけはどうにもならない。ダンジョンだから手に入れられるアイテムなのだろう。

 他にも使いどころがあり過ぎるのもあるけれど、流石のSiryiも硬化液の成分までは鑑定できなかった。(混ぜるモノによって効果が変化するため)

 とはいえ結果的に保湿効果の高い化粧水や軟膏も出来たので、アントネストの優秀(ここ重要)な魔昆虫のドロップ品様様である。


「こんなもんかなー?」

「随分と、沢山作ったもんだな……」


 サンプル品を前にして、俺はやり切った感で満足気に頷く。毎度お馴染みと化しつつある、ガラス瓶が大活躍である。

 横ではディエゴがぐったりとしながらサンプル品を眺めているし、目の前には毎日サンプル用の液玉狩りをさせられたみんながカウンターに倒れていた。

 一応、俺の作ったタリスマン『運気上昇効果』を持たせていたんだけど、魔昆虫を追いかけまわすのってすっごく疲れるらしい。俺は子供の頃、日がな一日昆虫を追いかけまわしても疲労感はなかったんだけどね。大人と子供の違いか? (精神面の)

 疲労回復効果のある、食べ物でも作ろうかな?

 アントネストにはそれらの栄養素がたっぷり入った食材が豊富にあるからね!


 ところで何故俺がこんなにもサンプル品を大量に作ったのかというと、各ギルドに報告するのを一回で終わらせたかったからだ。

 何度もお偉いさんが商談や相談に来るのが面倒だったので。(コロポックルの森の田舎町で学習したのだ)ディエゴに特許関係の書類を作成してもらい、ドロップ品の情報は全部特許関係やギルドで聞いてくれとばかりに、面倒なコトは所望するギルドに丸投げすることにしたのだ。

 とはいえ、その他にも思いつく限りのアイデアは出しておいた。

 それをどうするかは俺には関係がない。ただの提案でしかないからね。

 だってこれらはアントネストのギルドと街の住民が、自ら選択して考えて行かなければならない問題だからだ。


 俺はここに遊びに来ただけの観光客なので、これ以上は拘わらないことにした。

 魔昆虫の観察が目的だったのに、ちょっとした好奇心からドロップ品を調べ始めたせいでこんなことになっちゃったんだけどさ。

 少しでもこのアントネストに活気が戻ればいいなっていう、軽い気持ちで始めたので、最後までは責任を持てないんだよね。

 厄介者として、ゴミをドロップするとばかり思われていた魔昆虫の地位向上に貢献できたのだとしたら、それこそ本望ではあるけれども。

 後は野となれ山となれだ。



 余談だが。

 オネーサンのお店では、バニラアイスをデザートとして出し始めていた。

 この前お土産としてお礼に持って行ったら、とても喜んでくれたんだよね。そこでレシピを知りたいって言ってたので教えたのである。

 レシピを買取りするって言ってたけど別にどうでもいいので、アレンジして他の味のアイスも作って欲しいとお願いしておいた。

 結果的にバニラアイスって言うより、ジェラートになっていたけど、ヘルシーだから女性には嬉しいデザートだと思うよ。

 そして俺は毎日オネーサンのお店で、新たにアレンジされたジェラートを食べる特権を得たのである。やったね!

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