第142話 乳製品工場見学
バホメール牧場の見学を終えた後は、お楽しみの乳製品工場見学である。
出不精な俺でも、工場見学は胸が躍るイベントなんだよね。
爺さんと一緒に某ビール会社の工場見学に行ったり、某醤油会社の工場見学に行ったり、某チロルなチョコの工場見学に行ったりしたもんだ。最後にお土産をくれたりするし、子供ながらに楽しかった思い出である。
そしてサヘールでは、標高の高い洞窟のような場所を乳製品工場にしているため、工場の従業員のみなさんは夫々テイムしたバホメールでここへ通っている。
アラバマ殿下はボス、ディエゴはシルバ、俺はノワルに運んでもらってやって来ていた。
想像よりもバホメールの乳製品工場は奇麗な施設だった。
異世界だしそこまで期待はしてなかったんだけど、アラバマ殿下の管理している工場は管理者の性格が反映されているようだ。
この施設の管理の仕方を、ジボールのカカオ農家に活かせないものだろうか?
工場の従業員さんは真っ白な布を被って作業をしているし、清潔さを保てるようにしているのだろう。
もちろん見学者である俺たちも、似たような布を被らされてテルテル坊主状態だ。
シルバやノワルも大人しく布を被らされていて、なんか楽しくなってきたぞ。
「おい。あやつ、突然活き活きしだしたぞ?」
「こういうところが好きなもので……」
バホメールの搾乳から始まって、清浄化(ごみやほこりを取り除く工程)を経て瓶に詰められてミルクは出荷されているようだ。
魔獣のミルクなので、均質化や殺菌の工程は必要ないみたい。なるほどなるほど。
従業員のみなさんはアラバマ殿下が現れても驚くこともなく、挨拶は良いと殿下が伝えると静々と作業に戻っていた。
これはほぼ毎日アラバマ殿下が監督に来ているな。みんな慣れた対応だし、見学者の俺たちの方に驚いていた。
でもミルクの試飲をさせてくれたりと、親切な方たちばかりだ。
「おいしー!」
なんだこの濃厚ながら後味スッキリなミルクは!?
「めちゃくちゃおいしいよ!」
「お、おう。それは、良かったな……っ」
チーズやヨーグルト等の作成過程も見学させてもらい、試食をさせてもらったがそのすべてが絶品だった。
「これって、おいくらまんえんなのかな?」
「……おい、こ奴は何を言っておる」
「値段を聞いているだけです」
「おかしな言い方をしおるな……」
「アルケミストなので……」
この絶品チーズは、数百円どころか数千円、いやそれ以上のお値段のような気がするぞ。それぐらい美味しいってことだけど。
世界一値段の高いチーズと言えばブルーチーズの『カブラレス(1キロ120万円)』らしい。でも個人的にブルーチーズはしょっぱい粘土みたいな味で苦手なんだよね。
子供のころ、粘土で遊んだ後、手を洗わずにおやつを食べた時のような味を思い出すんだよな……。
これもトリュフみたく個人の好みだから好きな人は好きなんだろうけど。
後、ロバのミルクで作ったチーズも目玉が飛び出るような値段らしい。ロバは秋にしかミルクを出さないので希少性が高いってことだね。
そういや砂漠の遊牧民は、ラクダのミルクだけで一ヶ月は生きていけるそうだが、サヘールにはラクダっているのかな?
『いないようですね。こちらでは主にバホメールがラクダのような役割のようです』
あ、そうなんだ。まぁ、異世界だしな。
魔物が頻繁に出現する砂漠地帯だから、普通の動物で遊牧するにはちょっと難しいかもね。
しかしヤギはどこにでも生息しているのか、種類も豊富なんだよな。
ここでは魔獣であるバホメールが生息しているし。
そのヤギのミルクから作られるチーズは爽やかでフレッシュなものや、ヨーグルトのような酸味があるもの、乳製品を作る際に出るホエイ(乳清)で作るブラウンチーズは、ホエイをカラメル状に煮詰め、冷やして固めるとできる。キャラメルの様な食感と濃縮された甘さが特徴だ。
そして実はこのホエイ(乳清)が、プロテインパウダーになる。乳製品を作る過程で大量に出るホエイは廃棄されるのだけど、俺はそれを捨てるなら頂戴と貰い受けてプロテインに加工していたのである。(ぶどうの樹の奥さんにもらってた)
丁度良いから、プロテインをここで作ってもらおうかな? 人間魔道具にされているディエゴが可哀想だし。
まぁそんな感じで。
魔獣であるバホメールのミルクに変えるだけで、シェーブルチーズ独特の臭みがまろやかに変わり、そして濃厚なのにスッキリとした味わいになっていた。
それらを作るために、温度や湿度の管理も徹底されていて、魔晶石が採掘できるからその手の魔道具が常に稼働している。何ともお金をかけた工場だ。
「この湿度と温度を管理する魔道具は、ドワーフに作成を依頼して作った、自慢の一品だ」
「おお~」
「これは、ドワーフが作った物なのか……」
「すごいねー」
「ああ。この技術は、魔塔にも引けを取らないのではないか?」
「ま、まぁな! あ奴らとは懇意にしておるのだ。俺様が一声かければ、このような魔道具など何時でも作らせることができるぞ!」
「……ほんとう?」
「……懇意にしておるのは本当だぞ」
詳しく話を聞けば、ドワーフは青茶にバホメールのミルクを入れて飲むのが好きなのだそうだ。そこにハチミツがあればなお最高ということで。
アラバマ殿下に協力してくれるのも、バホメールのミルク(&乳製品)が目当てらしい。なんかドワーフって欲望に忠実なタイプなのかな?
「ところで、このチーズ、おいくらまんえん?」
俺も欲望に忠実なので、これらミルクや乳製品を購入すべく、アラバマ殿下に値段の交渉を持ち掛けたのだった。
◆
工場見学の終わりは、必ず美味しいお土産が待っている。
ここではアラバマ殿下に次いで偉い工場長のような人が、沢山の乳製品を持って来てくれた。
味見をさせてくれたブラウンチーズはもちろん買った。
「こちらは、アラバマ殿下が考案されたサヘールチーズで、徹底した温度と湿度で管理され、そしてじっくりと熟成されており、とろけるような味わいでございます」
カマンベールチーズのサヘール版かな? それより大きいのでチーズの王様『ブリ・ド・モー』かもしれないけど。
表面は白カビに覆われ、熟成が進んでいて中はとろりとしている。
これは物凄く美味しそうだ。食べなくても判る。食べるけど。
『こちらのサヘールチーズはカマンベールチーズ同様、含まれているタンパク質は血糖値の上昇を抑えてくれる働きがあり、食前に一欠け程食べると太りにくい体質になりますね』
でもアラバマ殿下はわがままボディに育っているのだが?
『おそらく、脂質の多いクリームチーズやその他の糖分を多く含む食品なども食べていらっしゃるからではないでしょうか?』
責任者だから頻繁に味見とかしてそうだからなー。
でもそのお陰でとても個性的におなりで、俺も覚えやすくて助かっている。
「こちらは定番のフレッシュチーズです。あっさりしていますが、クセになる食感が素晴らしい逸品でございます」
モッツァレラですね。引き千切るって意味の。
貴様をモッツァレラにしてやろうか! っていう、乳製品ジョークに使えそうだ。
『通常のモッツァレラよりもビタミンB2・亜鉛・カルシウムが豊富ですので、細胞の再生に役立つチーズではないでしょうか?』
俺の下らないジョークを華麗にスルーして、Siryiは投薬治療中のシエラ様に食べさせろと勧めて来た。
モッツァレラだったら、俺はサラダよりもピザが良いな。
「そうだ。ピザをつくろう」
「……貴様は唐突に何を言っておるのだ?」
「いつものことなので」
「いつもこんななのか?」
「いつもこんな感じです」
「そうか……」
材料もちょうどあるし、ディエゴに土魔法で即席の焼き窯を作ってもらおう。
こういう感じの奴と、念波でピザの焼き窯の映像を送った。
「おにいちゃんおねがいー」
「……判った」
「お主も苦労しておるな」
「その分、美味い物が食べれますので」
「……美味い物か。それならば、仕方あるまい」
お昼時だったこともあり、従業員さんたちも交えてピザを作ることにした。
みんなお弁当を持ってくるということはないらしく、基本的に作業を中断して食べに帰るんだって。ここに社員食堂とか作ればいいのにね~なんてことを言ってみたら、それは何だとアラバマ殿下に首を傾げられた。
「竜騎士の宿舎にある、食堂のようなモノか」
「あるんだ」
「まぁ、そいつらは宿舎住まいだからな」
社員寮みたいなもんかな?
だったら家で食べるのとそう変わらないのか。
仕事場に食堂があれば、わざわざ家に帰らなくてもいいのにね。
なんてことを話しながら、俺はピザ生地を作ってトマトソースをかけ、フレッシュチーズを乗せる。マルゲリータにしたいところだが、生憎バジルがなかった。
あちこちで手に入るせいか、大量買いをしてなかったせいでどうやら切らしているようだ。
「あおいもの、あおいもの……」
「これで良いか?」
俺が何か青い物はないかなとリュックをゴソゴソしていると、アラバマ殿下がバタフライピーこと、空豆の花とはっぱを千切って持ってきた。
こんな高いところにまで生えてるのかこ奴は。
青い物と言っても俺の中では緑の葉っぱなのだが、間違っちゃいないからいいか。
エディブルフラワーみたいなもんだし、一緒に乗せてみよう。
「先程ボスが美味そうに食っておった。サボテンより美味いらしいぞ」
「そうなんだ」
食べたことがないだけで、食べてみたら美味しかったってところだろう。
「青茶になるので、毒はなかろう」
「そうだね」
寧ろ目に良い成分が豊富です。葉っぱはどうか知らないけれど、バジルに似てるしこれでいいや。
「実にシンプルですね」
「しかし色合いは美しいです」
「赤と青と緑と白ですか。何とも鮮やかですな」
従業員のみなさんも、俺の作るピザに興味津々だ。
しかし本来ならば青はないマルゲリータである。王女様だったか王妃様だったかに捧げるピザとかでマルゲリータになったんだっけ?
これは青い花が乗っているので、アラバマ殿下の名前にするといいかも。
「アラバマータとなづけよう」
「唐突に何を言い出しておるのだ」
「でんかのためにつくったピザだからね」
お? なんか顔が赤くなったぞ。照れてるのかな?
そうして俺は、従業員さんたちに行き渡るよう、大量にアラバマータを作った。
ピザ窯で焼けるチーズとトマトソースの香りが何とも言えず、食欲をそそる。
熱を加えても空豆の花と葉っぱはその鮮やかさを失っておらず、彩も華やかなままだった。
「どうぞめしあがれー」
まずはアラバマ殿下に食べてもらおう。
「これが、俺様の名前のついた食べ物か……」
「そうだよ」
ふつふつとチーズが溶けて、生地の香ばしく焼けた匂いが立ち込めている。
みんなの視線が殿下の口元へ注がれ、とろけるチーズと共にパクリとアラバマータが含まれた。
「――――う、うまい!」
「よかったー」
まぁ、定番の美味しさだよね。バホメールのフレッシュチーズが更に美味しさを引き立ててるようなモノだし。
バタフライピーの花と葉っぱはどんな効果があるか判らないけど。
取りあえず俺も食べようっと。アツアツのとろ~りとろけたチーズが糸を引く。
流石バホメールのミルクで作ったフレッシュチーズだ。濃厚なのに後味はさっぱりして美味しい。
「うん?」
ちょっとピリッとした辛さがあるけど、これってバタフライピーの花ではなく、葉っぱの方かな? 花は相変わらずほぼ味がしないのだが。葉っぱの方はどことなく、タバスコのような、それよりも辛くはないけど程よく辛い感じがする。
意外にもこれはイケルかもしれない。
「みんなたべてる?」
感想が聞きたくて振り向けば、アラバマータを前にして、従業員さんたちは固まっていた。
「で、殿下のお名前のついたものを、食べるのは、その、恐れ多くて……」
「とても美味しそうなのですが……」
「遠慮せず食え。所詮名は名でしかない」
「そうだよ」
「寧ろその名前のついた食べ物を広めれば、アラバマ殿下の功績にもなるのでは?」
「そうだね」
「うむ」
ディエゴのフォローによって、アラバマ殿下は頷き従業員さんは納得したのか、勇気を出してピザに手を伸ばす。
「と、とても美味しいです!」
「シンプルなのに、なぜこのように美味しいのでしょうか!?」
「トマトの酸味とチーズの爽やかなコクがとてもよく合います!」
「空豆の葉のピリッとした辛さが、これまたクセになるというか」
「まさかこんな食べ方があるとは……」
余程食べたかったのか、みんな美味い美味いと競い合うように食べる。
シンプルイズベストだからねー。
それにタバスコがなくても、バタフライピーの葉っぱがイイ感じにピリッとした辛さを演出してくれて、味が引き締まっているし。
これはかなり成功なのではなかろうか。
アラバマ殿下も心なしかとても嬉しそうである。
そうして。
アラバマータだけではなく、その後は邪道であるコーンや照り焼きチキン(本当はカエル肉)を乗せたりしてみんなで美味しくピザを食べた。
ディエゴの作った即席石窯もそのまま残すことになり、後で社員食堂なるモノが出来ることになるのだが。それはもう少し先の話である。
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