第141話 バホメール牧場
夕食の時間になるという頃、シエラ様のお見舞いに行っていたギガンたちが戻って来た。
「アマンダたちはどうした?」
「それなんだが―――いやそれより、コイツ、いやこの方は誰だ?」
身形の良さそうな小太りのアラバマ殿下に気付いて、ギガンとテオはギョッとした表情で俺たちを見た。
何故かまだここにいるんだよね。居心地が良いのかもしれないけど、迷惑なので早く帰ってと言っても居座り続けていた。
「俺様のことは気にするな」
「気にするなって……」
困ったような表情でディエゴを見る。空気を読んだディエゴが、ちょっとあっちに行って話そうかと、ギガンとテオを寝室の方へ連れて行った。
「ここで話しても構わんぞ?」
「でんかがいるからねー」
「俺様は依頼主だぞ」
「めんどーくさいよねー」
「……失礼すぎて怒る気にもならん」
ところでアマンダ姉さんとチェリッシュは戻ってきていないのだが?
ハルクさんたち三人もいない。
これはまた面倒なコトになっているようだ。
「そんなことより、貴様だけ呼ばれなかったが、いいのか?」
「おれにはかんけーないからねー」
「貴様はそれでよいのか?」
「いいんだよ」
「仲間外れにされておるのか?」
「そんなことないよ」
寧ろ面倒なコトから外してくれて感謝している。
「知りたいとは思わんのか?」
「なにを?」
「いや、だから……」
「しってもなにもできないよ?」
なので知らない方が良いこともある。必要であれば話してくれるだろうけど、出来ないことだったら聞いても意味はないのだ。
俺には俺の出来ること、みんなはみんなの出来ることがある。その逆も然りだ。
「やれることだけやればいいんだよ」
「……そういうものか?」
「そーゆーものだよ」
だからアラバマ殿下も、一人で抱え込む必要はないんじゃないかな?
それにはまず、信頼できる臣下を探さなきゃならないんだろうけどね。
多分、見つかる気がするよ。俺の勘はよく当たるのだ。
「あした、たのしみだねー」
「貴様と話していると、気が抜けてくるな」
「それっていーいみで?」
「良い意味でだ」
ニヤリと笑った顔は最初に見た時に比べて、随分と雰囲気が丸くなった。
なんていうかアレだね。怒って険しい顔をしているより、余裕のある表情になったからか、そっちの方が貫禄があるように見えるよ。
◆
昨日、王女宮から戻ってこなかったアマンダ姉さんとチェリッシュは、そのままシエラ様の護衛をすることになったらしい。
表向きは話し相手ってことだけれど、欠損部位を再生する治療薬を投与する役目も担うことになったのだそうだ。
あの治療薬なのだけど、飲めばたちまち良くなるものではない。
魔物と人間では再生する速度も違うし、投与された後も経過を見守らないといけないんだよね。
要するに、薬を飲んだからと言っていきなり綺麗に傷が塞がったり、失った腕がにょっきり生える魔法のようなことは起こらないってことだ。
だから俺は、大量に必要になるであろう、細胞の再生に必要な栄養素を補うための食べ物を用意したし、薬と一緒に食べてねと渡しておいた。
徐々に組織が再生していく治療薬なので、シエラ様が完全復活するまでにはまだまだ時間はかかりそうである。
そして案の定、王女宮では刺客に襲われたそうだ。
ハルクさんやギガンたちで対応できる程度だったし、狙われたのはアマル様なので、そちらはギガンやハルクさんたちが交代で引き続き護衛をすることになった。
その報告をしに、昨夜は一旦戻って来たって訳だ。
ついでなので俺たちの方もアラバマ殿下に依頼されて、護衛とは名ばかりの農業や畜産見学をすることになったと報告をした。
ギガンからはどっちが依頼をしてんだかと呆れられたけどね。
「なぁ、アマルやシエラの方は良いのか?」
「いいんじゃない?」
俺に出来ることは何もない。あちらはあちらで、こちらはこちらである。
それにとっても面倒そうだ。
「そうだな」
「だよねー」
ディエゴもあっちは面倒そうだと、同意してくれた。
政治的な問題があるから、情報収集も大変そうだしね。でもハルクさんやハンターさん、そしてグラスさんが暗躍してくれているだろう。流石都会の冒険者。よく判らん駆け引きも得意そうだ。知らんけど。
「あちらの方が益がありそうだとは思わんのか?」
「こっちのほうがゆうえきー」
「そうだな」
ほらね。ディエゴも頷いている。
バホメールのミルクで作られた乳製品の品質の確認の方が重要課題なのだ。
そして俺たちは今、宮殿の傍にあるバホメール牧場へと来ていた。
牧場といっても広大な放牧場ではなく、高い崖の聳え立つアルプス山脈のような場所である。
ヤッホー、教えてお爺さ~ん! と大声を出したくなる景色だ。(低燃費については知っている)
元々ここが高い山の上のようなモノなので、崖が聳えててもおかしくはない。
「このような環境でなければ、バホメールを従魔にして飼育するのは難しいということだろうな」
「そうだねー」
ディエゴも感心したように周りの景色を眺めながら呟く。
従魔だから常に連れている訳ではなく、魔獣によっては開放的な環境を提供しなければならないのだそうだ。
まぁ、田舎町でヤギを放し飼いにするのとは違うんだろうということしか判らんけれども。ヤギは草の根まで食べちゃうから、基本的に繋いで散歩させるんだけどね。
でもバホメールはテイマーの言う事をよく聞くし、サボテンの魔物を食べてくれるからとっても賢いのだ。
因みにここの群れのボスが、アラバマ殿下の従魔である。
しかもエアレーより大きく長毛種なので、もっさもっさした長い毛がまるでモップのようだ。これがあの豪華な絨毯になるのか。抗菌防臭効果のある絨毯だからお高いのも理解できるね。奮発して買っちゃおうかな?
「すごいねー」
「凄くはない」
「けんそん?」
「……飛竜をテイムできないんだぞ」
「それがどうしたの?」
空を自由に飛びたいのかな?
俺はミルクや獣毛の取れるバホメールの方が良いと思うのだが。
長期的に考えて、個人的に畜産の方が価値があると思っているからだけど。
「憧れたりしないのか?」
「なんで?」
「子供はみな、テイマーであれば竜騎士になりたがるものだぞ?」
「えぇ~」
竜騎士になると、戦わなきゃならないじゃないか。誰が好き好んでそんな物騒な魔物をテイムするというのだ。安全地帯で眺めるだけならともかくとして。
「……貴様のような反応は始めてだぞ」
「みんなかわってるね」
「貴様が変わっとるのだ!」
「そんなことないよ」
俺はノワルに運んでもらえば空も飛べるから、飛竜には乗らなくていいし。
「飛竜はただの乗り物ではないぞ。サヘールの民も憧れる竜騎士になるために、必ずテイムしなければならんものだ」
自分はその飛竜をテイムするだけの能力がないと、アラバマ殿下は自嘲気味に笑った。
もしかしてそれが原因で、捻くれちゃったのかな? バホメールをテイムしているだけで凄いと思うのだが、飛竜は力の象徴なのかもね。
だけどシエラ様が危惧しているように、やがて飛竜乗りは形骸化していくだろう。それがいつになるかは判らないけれど、確実にその時は来る。
確かに亜種とはいえ竜に乗れればカッコいいのかもしれないが、後数年もすれば他の便利な乗り物が世界を席巻していくに違いない。
魔動船然り、魔動車然り、誰でも購入可能(現時点ではお金持ち限定)な乗り物が登場している時点で、飛竜はある意味時代遅れと化すだろう。
伝統として続くのであれば、残るだろうけどね。
競走馬みたいにレースをさせたりすれば、商業化も出来そうだけど。
「……だから、シエラはナベリウスをテイムしたがっておる」
「ふ~ん」
「欲張りな女だ」
「それは、できればのはなしだよね?」
誰かに唆されたかして、失敗した結果シエラ様は大怪我を負った訳だけど。
アラバマ殿下がバホメールのボスを従魔にしているのと同じで、ナベリウスのボスになる可能性がある個体をテイムしなきゃ意味はないと思うんだが。
幼体や卵から育てないと強い魔獣は使役出来ないって話だから、気の長い計画だ。
「俺様の場合は、たまたまボスになっただけだ」
「きたいにこたえたんだねー」
俺はボスを見上げた。
群れのボスとして相応しい、品格や威厳のあるよく手入れをされた個体である。
大切にされているのが一目で判るだけに、プライドも高そうだ。
「……そういう、考え方もあるのか?」
「それしかないとおもうよ」
バホメールのボスが偉そうに鼻を鳴らし、艶やかな獣毛を見せびらかすようにポーズを取った。
このボスが群れを引いてハーレムを形成することによって、ミルクも沢山絞れるし獣毛も大量に刈れるのだろう。何と主人思いのボスなのだろうか。偉いのでご褒美に何か美味しいモノでも食べさせてあげたいな。
「こうぶつはなに?」
「バホメールのか? 空豆やサボテンの魔物以外だと、塩をよく舐めておるな」
「それはふつー」
塩分を取る事で、体内の水分の排出を抑えているだけだ。
魔獣でもそれは変わらないってことか。
「なにがたべたいかきいてみて」
「どうやってだ?」
「それで」
俺はアラバマ殿下が持っているにゃんリンガルを指さした。
「これで判るのか?」
「たぶん?」
元々猫の鳴き声を翻訳する玩具だからね。同じ動物の言葉も翻訳出来るんじゃないかな?
そんな訳で、バホメールに何が食べたいか聞いてもらった。
案の定『サボテンの魔物』であり『一番美味しい花の部分』と答えが返って来た。
「す、すごいな、この魔道具は!」
「そうだねー」
「貴様はこの素晴らしさが判らんのか!?」
「そうだねー」
しかしサボテンの魔物か。花の部分が美味しいなんて、また厄介なモノを要求されちゃったな。
「そらまめのはなじゃだめ?」
「それも聞くのか?」
「うん」
花が食べたいなら、バタフライピーでもいいんじゃないかな~?
豆は食べてるし。
それにこの空豆だけど、実はめちゃくちゃ硬い。俺の知るそら豆ではなく、煮ても焼いても硬かった。(今朝試してみた)
どういう固さかと言えば、いくら煮ても芯の残るガジガジした硬い芋のような感じで食感が悪いのだ。残念だが、これは売れない。粉末にすればギリイケルかもだが。
他に食べるものがあるからと、徐々に食べなくなったのも理解できた。
だから家畜のエサにしてるのかな?
「食べたことはないそうだぞ」
「たべさせてみたら?」
「そ、それもそうだなっ!」
アラバマ殿下がやけに興奮しているのだが、どうしたのだろうか?
「もしかして、貴様は伝説の指輪の話を知らんのか?」
「ん~?」
「ドリトルの指輪のことだな」
「それだ! あらゆる動物の言葉を理解する能力のある指輪だぞ!」
「へぇ~」
「ドリトルと言う冒険者が、とあるダンジョンでドロップしたアイテムだ。しかしあくまでも伝説であって、現在は行方不明とされている」
「へぇ~」
ディエゴの補足説明により、『ドリトルの指輪』と言うのが、にゃんリンガルみたいな機能を持った指輪だと教えてもらった。
それってソロモン王の指輪と、動物の言葉が話せるお医者さんのドリトル先生が混じってない? まぁ、どうでもいいけど。
「……つくづく貴様というヤツは、興味がないと反応が酷いな」
「そうだね」
自分のことながら同意する。
「この魔道具がどれだけ凄いか判っとらんのか?」
「やばいことだけはわかったよ」
どんな動物の言葉も理解出来たら、お肉が食べられなくなりそうで嫌じゃん。
意思の疎通がしたい動物限定ならいいけど、あらゆる動物と言うと魚や爬虫類も該当するってことだし。お願い食べないでとか言われたら困るよ。
人間同士でもお互い同じ言葉を話していても意思の疎通ができないのに、言葉が判ったからと言って仲良くできる存在でもないのだから。動物相手なら尚更である。
「……そう言われると、冷静にならざるを得んな」
「でしょう?」
だからその翻訳機は、使いすぎると精神崩壊するから気を付けなよね。
最悪の場合、植物の言葉まで翻訳できるとしたら、何も食べられなくなっちゃうぞ! 俺は容赦なく食べるけどね。
そう言うと、アラバマ殿下はにゃんリンガルをそっと仕舞う。素晴らしい魔道具だと感激していたのだろうが、漸くその恐ろしさに気付いたようだった。
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