第140話 農林水産大臣

 直感でアラバマ殿下が悪い人ではないと思った俺は、仲良くしてみることにした。

 柱の陰から睨んでいた時も、殺意はないけど警戒している感じだったしね。

 要注意人物として名を挙げられていたとしても、素直じゃないから誤解されているだけのような気がしたし。お付きの臣下が酷いだけのような気がしなくもない。

 俺が言うべきことではないが、もう少し周りを優秀な人物で固めた方がいいのではないだろうか?


「言われずとも判っておる。だが、こういう奴らしかおらんのだ」


 うっかり「こんなのしかいないの?」と侍従を指せば、翻訳機が言葉数を増やしたのか、アラバマ殿下が深く溜息を吐いてそう答えた。


「優秀な者は既に他の兄弟たちに付いておるからな。俺様にはこの程度の者しか残っておらんのだ」


 ふんと鼻を鳴らして、アラバマ殿下は自嘲気味に笑った。

 現在アラバマ殿下の侍従らは、煩いのでふんじばったまま客室から出られる庭に転がしている。

 時々シルバやノワルが、逃げようとする侍従をつついたり威嚇したりして見張ってくれていた。後でご褒美にジャーキーをあげよう。

 それを眺めながら、アラバマ殿下は邪魔者が居なくなったとばかりに清々したような表情で寛ぎ始めた。

 

 俺の護衛である竜騎士くんは、客室の扉の前で不審人物が入ってこないように見張っていて、客室メイドさんは別室で待機中である。ディエゴは俺の翻訳機として側に居たはずなのだが、にゃんリンガルの登場のせいでその役目から外されて、今は置物と化していた。

 言葉を発するとヤバイ可能性があるから黙ってた方がいいという判断なのだろう。

 要するに、アラバマ殿下の話し相手は俺しかいない状態だってことだね。

 

 俺は常に本音でしか話さないから、発音のしにくいこの世界の言葉でもまぁまぁうまくやっていけてた。

 基本的に相槌ばかりというのもあるけれど。上の空でもギリイケルし。

 本音で話し過ぎるとろくなことがないんだよね。

 沈黙は金とはよく言ったモノである。


「役立たずでも祀り上げようとする者がいる。腹の中では嗤っているくせにな」

「ふ~ん」


 そんなことよりチョコレートの感想が聞きたい。


「どうせ貴様も俺様のことをバカにしておるのだろう?」

「ううん?」


 もうちょっと甘さがあった方が良いのかな?

 アラバマ殿下の反応がいまいちなんだよな。

 甘い食べ物に慣れてると、ビターなチョコは受けないのかもしれない。


「貴様含め、他の連中もアマルやシエラの味方なのだろう?」

「しごとだからねー」


 やっぱりミルクが欲しいな。

 バホメールのミルクって、魔獣だから質が良い乳製品が作れそうだよね。

 厨房でおねだりするなら、空豆よりも乳製品の方が良かっただろうか? でもそこまでするのは図々しいから遠慮したんだけど。

 エアレーは牛の魔獣だったけど、テイマーが従魔にして牛乳を搾ったりできないのだろうか? あ、でも知性の高い魔物じゃないと従魔に出来ないんだっけ。

 とすると、バホメールはエアレーより賢いってことか。


「……この本音翻訳機と言う魔道具は、壊れているのではないか?」

「そんなことないよ」


 壊れるほど使ってないし。アラバマ殿下に使ったのが初めてだもの。


「……壊れておらんのか」

「しんぴんだもん」


 正しくは新古品かな? いらない人から買い取ったみたいなもんだし。

 にゃんリンガルを訝しそうに見ながら、アラバマ殿下はさっきから唸っていた。


 面倒な話は聞きたくないので、適当に返事をしているのがバレたのだろうか?

 他人の不幸話を聞いたところで、そうなんだ~ぐらいしか返事が出来ないんだから仕方がないじゃないか。下手にアドバイスをして怒られるより、ひたすら頷いていた方が良いのである――――って、爺さんが言ってた。

 女性は特にただ愚痴を聞いて欲しいだけだから、下手に口を挟んだり会話を中断させると怒りを買うから注意しなきゃならないそうだ。(殿下は男だけど)

 その際、自分の不幸話をすると自慢になるので止めろとも言われた。

 不幸自慢って何だって感じだけど。自分語りみたいなもんかな? まぁ世の中にはいろんな不幸が一杯あるってことで、同情するよりも聞き流すのが一番なのである。


「……貴様は、興味のあるなしでこうも返事が違うということは、よく判った」

「そう? こんなもんじゃないの?」


 なんで呆れたような表情をしているのかな?

 それよりチョコレートの味について、美味しい物を沢山食べて来たであろうアラバマ殿下の感想を聞かせて頂きたいのだが?

 これだけわがままボディに育っているということは、誰よりも美味しい物を沢山食べて来たってことだろうに。


「わがままボディとはなんだ」

「でんかみたいなひと」

「太っていると言いたいのか?」

「それもこせいだよ」

「醜いと言っておるのか!?」

「そんなことないよ?」


 俺は細かろうが太ってようがどうでもいいのだ。

 確かに見た目が良いと、世の中生きやすいという統計が出ているけれど。

 ルッキズムというものがある。所謂『外見至上主義』ってやつで、容姿で人を判断したり、差別的な言動を取ったりする思想だ。

 しかし俺はそもそも興味のない人の顔を覚えられないのでどうでもいい。

 アラバマ殿下は名前も見た目も個性的で良いなとしか思ってないもんね。


「……バホメールの、ミルクが欲しいのだな?」

「なんでわかったの?」

「貴様は俺様に、これを渡していることを忘れておるな?」

「わすれてはないよ?」


 にゃんリンガルを見せられて、表示される文字をずっと見ていたであろうアラバマ殿下に指摘されるが、俺は別に嘘は吐いてないから気にしてないだけだ。

 それに結構便利だしね。俺の通訳機としてって意味だけど。ディエゴは置物だし。

 だから適当に返事をしながら、バホメールのミルクが欲しいなと思っていたのが表示されたのだろう。


「しばらくもっててもいいよ」


 通訳いらずで便利だからね。

 サヘールでの滞在中は、アラバマ殿下に貸しておいてあげよう。

 それで信頼できる侍従や臣下でも探すといいよ。

 俺は愚痴ぐらいしか聞けないし(聞いている振りして聞いてないけど)、面倒なコトには関与したくないので。


「……有難く、借りるとしよう」


 そうして何故かアラバマ殿下は、何故か俺をバホメールの飼育場所へ明日案内してくれることになった。

 他の兄弟もそうだけど、王族の子供たちは各々の能力によって、仕事を任されているらしい。

 アラバマ殿下は農業や畜産の担当なのだそうだ。

 なんと殿下は農林水産大臣だったのだ! 凄いぞ、アラバマ殿下!


「……普通は、みな飛竜の方に興味があるのだが。貴様は変わっておるな」

「そんなことないよ」


 俺にとっては飛竜に用事はないので興味もない。

 貴重なミルクを出してくれるバホメールの方が最も重要なのである。 

 後、ここへ来る前にシルバやノワルが飛竜のお肉を食べたいと言ってたので、流石に従魔にしている飛竜に会わせるのは憚られた。

 バホメールの肉も食べたがりそうだけど、ミルクの方で我慢してもらおう。


「……やはり、変わっておる」

「そう?」


 バホメールのミルクが物凄く美味しいのであれば、もし他にチョコレートを作る企業(?)が出てきたとしても勝てる!

 お菓子とかどうせいいつかは真似されるものだしね。だがしかし。ここでしか作れない物であれば、他とは差別化できるのだ。

 安価で庶民にも手が出しやすい価格のモノと、高価で貴族などのお金持ち向けのぼったくり商品(おっとまだ邪気が抜けてないようだ)とに分けることで、カカオは新たに進化を遂げ見直されるだろう。

 アントネストのハチミツを使い、ジボールのカカオ(と黒砂糖)、そしてサヘールのバホメールのミルクを贅沢に使ったチョコレートは革命を起こすぞ!

 正に鉄壁の布陣であり、食の三角同盟みたいなものだ。(なんか違うけど)


「アルケミストとは、このような変わり者ばかりなのだろうか?」


 返事を求められてこくりと頷くディエゴ。

 置物状態だが、寝てはいないようだ。


「貴様にはこの魔道具は使わぬ。ゆえにちゃんと返事をしろ」


 そう言うとアラバマ殿下はにゃんリンガルを仕舞った。

 ディエゴには使わないけど、俺には使うってことだろうか?

 まぁ、ディエゴは大人なので、本音と建て前を使い分けてるだろうしねぇ。失礼のないように本音を隠して話したいのかもな。


「了解しました」

「ところで相談したいのだが。貴様らには、新たに信用できる侍従や側近が出来るまで、俺様の護衛を頼みたい」

「は?」

「えぇ……」

「本音を聞くまでもなく、嫌そうな顔をあからさまにしおるな!」

「だってめんどーふぐぐっ」


 慌ててディエゴが俺の口をふさいだが、時すでに遅しである。


「どうせ貴様らの仲間は、アマルやシエラの護衛の依頼を受けておるのだろう?」

「……」

「おー」


 意外にもこのアラバマ殿下って頭良いのかな?

 畜産や農業を任されているから、バカじゃないのは間違いなかろうが。

 食いしん坊っぽかったので、ちょっと侮っていた。


「護衛といっても俺様が直接命を狙われることはない。この通り、ろくな臣下も持てない立場なのでな。間違っても、兄弟姉妹に危害を加えられるような臣下はおらぬ」


 庭を見れば、アラバマ殿下の元侍従たちが、シルバとノワルによって転がされながら遊ばれていた。

 虎の威を借る狐なんだろうね。自分は偉い人の付き人だぞと、威張り散らす典型のような連中に、アラバマ殿下は足を引っ張られているのだろう。


「暫しの間で良い。貴様らの目で見て確認して欲しいのだ」

「やくにたたないとおもうよ?」

「足を引っ張る連中に比べればマシだ」

「そういうもんかなぁ?」


 面倒だけどしょうがないなぁ。

 自嘲気味に笑っているアラバマ殿下がちょっと可哀そうだし、護衛というよりアドバイザーとして一緒に居てあげようかな?

 詳しく話を聞けば、畜産や農業で困ってるみたいだし。

 ミルクの件もそうだけど、バタフライピーについても相談したかったしね。

 アマル様やシエラ様より、アラバマ殿下の方が俺のやりたいことを叶えてくれそうな気がする。これぞ利害関係の一致というものだろう。

 そう言ったことをディエゴに説明してもらい、俺たちは仲間と相談の上、アラバマ殿下の依頼を引き受けることを約束した。

 

「相談といっても、ただの報告で終わりそうだな」

「そうだねー」

「……貴様らは何というか、緩いな」

「そうかもー」

「否定はしない」

「だが、一番強そうなのだがな?」


 最弱アルケミストと最強魔法使いのコンビですが。足して丁度いいぐらいじゃないかな?

 あ、シルバとノワルを足したら最強かもね!

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