第139話 本音と建て前
魔晶石とドワーフの武器という名産品(?)しかないと思っていたサヘールだけど、意外なところで素晴らしい特産品があることを知った。
ヤギを飼う環境にないなぁと思えば、魔獣だけどバホメールというヤギがいるし、その獣毛で作られる美しい抗菌防臭絨毯や、空豆の花(どう見てもバタフライピー)で作る青いハーブティなどもあった。
住んでいる人にとっては当たり前でも、外から見れば珍しい物もある。
日本国内でも地域で名産品が違っていて、地元で消費する分しかないから流通してなかったりするし。現地でしか手に入らない物があるからね。
これは他にも何かありそうだな?
気付けば結構な時間お邪魔していたので、詫びのつもりでハチミツとビーポーレンを料理に使ってねと渡す。角煮を作っていたのもあって、ついでに醤油や味醂も渡しておいた。これで料理の味に幅が出来るといいね。
そしてすっかり打ち解けた厨房の料理人さんたちにお礼を言って、時々利用させてもらえるよう約束をするとその場を後にした。
厨房を出てからしばらく歩き、俺とディエゴは目配せをする。
「シルバ、ゴー!」
厨房からずっと後を付けてくる不埒な輩を捕らえるべく、ディエゴはシルバを差し向けた。
「うわあぁっ! な、なんだ貴様はっ!」
シルバに押さえつけられているのは、ちょっぴり小太りの青年だった。
偉そうな口調ということは、身分の高い貴人さんかな?
「こんにちわー」
「貴様らっ! この犬を何とかしろっ!」
「アラバマ殿下!?」
「でんか?」
竜騎士くんが驚いたように不埒者の名前を呼んだ。
ということは、アマル様のお兄さんか弟さんかな? 小太り君だけど、身形は良いので間違いないだろう。それに偉そうだし。
「無礼者めらがっ!」
「あとをつけてるからだよー」
「俺様を誰だと心得る!」
「さぁ?」
こちとら天下の引き籠りアルケミスト様だぞ。と言うのは冗談だけど。
こそこそしている相手を敬ってやる必要はない。
近付きたいなら堂々とやってくればいいのだ。
「なにかよう?」
「用などない!」
「そっかー。じゃぁばいばい」
「シルバ、もういいぞ」
竜騎士くんや小太り殿下のお付きの人がオロオロしているので、シルバに退いてもらう。別に傷付けるつもりはなく、正体を確認したかっただけだしね。
厨房に居た時からずっと声をかけることなく睨んでいた(シルバ&ノワル情報)ようなので、ディエゴと相談の上襲われる前に襲ってみたのである。
まさかの大物を捕らえることになるとは思ってなかったけど。
「アラバマ殿下、ご無事ですか!」
「お前ら、何てことをっ!」
いや君ら、シルバが向かってくる時、真っ先に逃げただろ。
動きがトロイから逃げ遅れた小太りくん改め、小太り殿下を置いてっちゃった癖に何言ってんだか。なんかこの小太り殿下って可哀想かも。
「この方は第二王子、アラバマ殿下ですぞ!」
「これは問題にさせていただきますからなっ!」
アマル様のお兄さんだった。
ならばもっと大事にしろと言いたい。問題なのは主人を置いて真っ先に逃げて行くお付きの君たちの方では?
「なんでみてたの?」
「貴様らが毒を盛るかもしれんから、監視していたのだ!」
「それで?」
「何を作っておったのだっ!」
小太り殿下がそう叫んだ瞬間、ぐう~~っという音が鳴った。
「おなかすいてる?」
「う、うるさいっ!」
「どくみする?」
「バカを言うなっ!」
小太り殿下が一々大声を上げるのは、お腹の音をかき消すためなのだろうか?
でも大声よりも大きなお腹の音は、残念ながらかき消えてはいなかった。
◆
「きさふぁ、こほはっ、ふぉんふぁ、んぐっ」
「カツサンドだよ」
「ふぉふぉふは、ふぁふぇて」
「パンコをまぶして、あぶらであげたやつ」
お腹が空いてるようなのでとりあえず何かを食べさせて落ち着かせようと、作り置きしていたカツサンドを食べさせてみた。
苦労して作ったとんかつソースもかけてあるんだぞ。有難く食べたまえ。
「かふぁらひ、ふぉるほぉふぁもほお」
「たべすぎればねー」
しかし得体の知れない物をほおばりながら、身体に悪そうと言いながら食べるのは如何なモノだろうか?
ついでだから、チョコの味見もさせてみようかな?
「しさくひんだけど、これたべる?」
「ふぁんだ、ふぉへは?」
「チョコレート」
「ひょほへーほ?」
「ちょっとだけねー」
まずは口の中にあるカツサンドを食べ終わりたまえ。
腹の虫が鳴っていては、まともに話しも出来ないんだから。
「コーヒーでいい?」
「んぐ。構わぬ。毒など入っておらんだろうな?」
「のみすぎれば、どくになるかもねー」
「なんだとっ!?」
「てきりょうなら、からだにいいよー」
血液をサラサラにしてくれるし、脳梗塞や心筋梗塞の予防にもなるけど、飲み過ぎると高血圧や不眠症とかになるから注意してね。
「はいどーぞ」
「黒いな?」
「そーだね」
お皿に盛り付けられた数粒のチョコを、小太り殿下は訝し気に見た。
「ショコラトルのような臭いがするぞ」
「カカオでつくったからね」
俺は気にせず、カシューナッツの入ったチョコを食べる。うむ。美味しい。中々の出来である。アーモンド入りもイイ感じだ。
ジボールでナッツ類を大量に購入しておいて良かった。
「これは、カカオで作られておるのか?」
「そーだよ」
「薬か?」
「おかしだよ」
「菓子? 見た目が悪すぎんか?」
だまらっしゃい!
素人が作ったんだから、形が不揃いなのはしょうがないだろ!
これだから贅沢に慣れたお金持ちは。見た目で判断すると、後悔するぞ。
「いらないならあげない」
「ま、待て! 貴様が毒を盛っていないか、確認せねばならんっ!」
「アラバマ殿下っ! そのようなモノを食べてはなりませんっ!」
「我々がまず毒見を致しますっ!」
外野が煩いけど無視だ。
小太り殿下のお付きの侍従は、殿下を置き去りにした刑に処している。
簡単に言うとふんじばって転がしている状態だ。
「なんていってる?」
「……『それ以上食うと、更に太るぞこのボアが』と、『一人で美味そうなモノを食いやがって』……とあるな」
「ひどいねー」
「そうだな」
小太り殿下改め、アラバマ殿下は、俺の渡した本音翻訳機を見て眉を顰めた。
Siryiによれば、『アラバマ』の意味は『藪を切り払う人』『香草を集める人』と言う意味で、農業のために土地を開墾することを指しているらしい。そういうことならば覚えやすくていいね。
「そ、そのようなことは申しておりません!」
「何と酷い言い掛かりですかっ!?」
じろりと睨まれる侍従たち。
侍従もだけど、アラバマ殿下もここに来るまで煩かったので、俺は四次元リュックからとある玩具を取り出した。
元は『にゃんリンガル』と言って、猫の言葉を翻訳するジョークグッズである。
感情を読み取るとか、健康状態を調べるとか、占い機能とかもあるらしい。
春先に庭に現れた猫が喧嘩をしていたので、何を言っているのか知りたくて通販で取り寄せた玩具だ。
届いた時にはすでに猫は居なくなっていたんだけどね……。
アレクサからは『アプリがあるのに、玩具を買うなんてバカですか?』って言われたけどね! 玩具が届いた後に! 悔しい!
「……『何故バレたのだ?』『口に出してないのに』と言っているな。この魔道具、中々に便利で良いぞ」
「どういたしましてー」
「お主の言葉はそのまま表示されておる。これは本音であるということだな」
「だろうねー」
「たまに口に出している言葉より、内容が多いがな」
「なんでだろうね?」
嘘発見器よりストレートに本音を翻訳するので、そこまで危険な魔道具ではない。
最初はアラバマ殿下の本音を知ろうと思って出してみたのだけれど、途中で意外な使い道があることに気付いた。
お腹が空いていると素直に自白しないから確認するために使ったんだけど。侍従たちの本音が酷すぎた。
それを殿下に見せたところ、素直でないながらも俺たちの方を信用することになったのである。
なんせ自分の素直じゃない言葉も本音として表示されるからね。噓をついているというより、誤魔化しがきかないってだけだし。喋らなければ何を考えているのか判らない魔道具なので、嘘発見器より危険ではないのだ。
それにこの手の不思議ジョークグッズは、ダンジョンでドロップしたアイテムだと言っておけば問題はない。
「つかいすぎると、よくないけどね」
「そうだな。こ奴らの本音を知ったところで、不快になるだけだ」
薄々気付いてたみたいだけど、知りたくはなかったのかな?
俺は本音も建前も何となく読める日本人なので、あんまり必要ない代物である。
でも貴族とか王族とか、腹の探り合いをしなければならない人にとっては結構凄い道具のようだ。
だからなのか、俺とアラバマ殿下以外、誰も言葉を発しなくなっていた。
みんな顔を引きつらせて黙り込んでいる。
「かすだけだよ」
「判っておる」
「ほどほどにね」
便利だからって道具に依存しすぎても良くないし、人間不信に陥るかもしれないからね。こういうのは自力で本音と建て前を読む力を身に着けるべきだと思うんだ。
「……貴様の言葉は、想像より饒舌だな」
「そう?」
にゃんリンガルに何が表示されているのかは判らないけど、アラバマ殿下が笑ってるからまぁいいか。
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