第138話 青いお茶
料理談議に花が咲き、厨房で豆乳餅でお茶をしながら、料理人さんたちからこの国の農作物や畜産物について話を聞くことができた。
ミルクや乳製品は貴重品であることは間違いないそうなのだが、ヤギが生息していない訳ではなかった。
確かにヤギは高山地帯や乾燥した地域でも生息している。問題は、そのヤギが魔獣だということだ。
「魔晶石で豊かになる以前は、バホメールによって民は生活できていたのです。なので、この国ではヤギの肉を食してはならないのです」
バホメールっていうのは、ヤギの魔獣の名前である。
緑地の少ないサヘールでは、サボテンの魔物を主食としているバホメールは益獣扱いなのだそうだ。物凄く凶暴だけど草食なので、人間を襲うことは滅多にない。
うん? 魔物だけどサボテンだから植物に分類しているのかな? よく判らん。
そしてサヘールがテイマーの多い国なのは、バホメールを従魔にすることから始まったらしい。
宗教上の理由ではなく、ミルクや獣毛が取れることもあり、数を減らさないために食肉としてはいけないという決まりが出来たとのこと。
ノワル曰く、バホメールの肉は美味しいらしい。ここでは食べられないことを残念がっていた。でも他のお肉は食べられるので、無理に食べる必要はないぞ。
バホメールの獣毛絨毯は冬は暖かく夏は涼しいので、魔晶石以外でのサヘールの高級名産品である。魔獣の獣毛で作られる絨毯なので、抗菌防臭に優れているそうだ。
そういや魔動船の客室のあちこちに、絨毯が敷かれてあったことを思い出した。
高級感を演出しているのではなく、名産品を展示する目的もあったのかな?
「それでも年々、バホメールのテイマーが減りつつありまして、絨毯もそうですが、乳製品が貴重になっているのが現状ですね」
魔晶石の採掘だけでどうにかなっているので、昔ながらの伝統的な仕事をやりたがらない若者が増えているらしい。技術的な仕事なだけに、継承も難しいというのはあるんだろうけれど。こういうのって、どこの国でも時代でも起こることだよな。
若者たちは乳製品を輸入に頼ればいいじゃない的な考えなんだろう。
でもそうなると、いざ輸入できなくなったらどうするかまでは考えていないってことになる。
「ナベリウスは我が国を守る盾であり、我が国を孤立させる壁でもありますからね」
「この度は皆様のおかげでアマル殿下が戻ってこられ事なきを得ましたが……またこのような事態でも起こればどうなる事か……」
「むずかしいもんだいだねー」
魔動船が上空に現れ、民衆が歓喜していたのはそういうことだったのか。
確かに命綱のようなモノだからね。
一度豊かさを味わうと、貧しさに耐えられなくなるものだ。
閉鎖空間で細々と暮らしていた時代なら耐えられたことでも、今の時代の若者はその時代を知らない。だから伝統文化を捨てるのも容易く出来ちゃうんだろうって、料理長は危惧していた。
王位継承争い問題だけでなく、様々な問題があるんだなぁ。
だからどうにかしたいってことはないんだけどね。
実のところ、俺の一存でナベリウス問題は簡単に解決できる。
数が増え過ぎるとそれはそれで問題になるのだろうが。
魔晶石の採掘によってお金持ちの国になったけれど、ナベリウスが大きな壁となっている状況であり、最近の若者は昔ながらの伝統に興味がないっていう感じかな?
他にも何かありそうだよね。何で王位継承争いで、ナベリウス討伐を担うシエラ王女様が狙われたのかとか、外国との貿易という重要な仕事を請け負っているアマル殿下を帰還させないように仕向けたのかとか。
判りそうで判らない事情や思惑が絡んでそうだけど、そのせいで考えるのが面倒になって来たぞ。俺は面倒なコトが嫌いなのだ。
なのでとりあえずドワーフの好物について、料理長さんたちに聞くことにした。
目先の問題は魔道具の制作依頼であり、チョコレート革命を起こす事なので。
「ドワーフの好きな飲み物ですか? それでしたら、お茶ですよ」
「おちゃ?」
「青茶と呼ばれるモノが特に好まれておりますね」
緑茶でも紅茶でもなく、青茶って……。
青い色のお茶って言うと、バタフライピー(蝶豆)しか思い浮かばないんだけど。
「青茶とは、空豆の花で作るハーブティの一種だ」
こっそり俺の耳元でディエゴが教えてくれた。
翻訳機が勝手に空豆って言ってるんだけど、空豆ってあのそら豆?
そしてイメージ映像が送られてきたのだが、花はまんまバタフライピーだった。
花の形が蝶に似ていることから、日本では蝶豆と呼ばれている。
Siryiに鑑定してもらうと、成分的にはバタフライピーと一緒だった。
アントシアニンが豊富で眼精疲労を改善する効果があるから、もしかして好んでるのかな? 職人として繊細な作業をするだけに、目の疲労は大敵である。
しかもバタフライピーは暑さに強くグリーンカーテンにも利用されていて、この国では珍しくはないとのこと。日本でいうところのへちま的な扱いなのかもしれない。
しかも俺の知るバタフライピーとは違って、アルカロイド系の有毒成分が含まれてはいないので豆も食べられるみたいだ。
真っ青な空の色の豆だから、ここでは空豆と呼ばれている。それを見せてもらったところ、色以外まんま俺の知るそら豆だった。
お陰で蝶豆とそら豆が頭の中でフュージョンしているんだが……。
「ですので、青茶に入れる貴重なハチミツをお土産にすると喜ばれると思います」
「彼らは甘い物が好きなのですよ」
「そうなんだー」
豪快にお酒を飲むのではなく、眼精疲労改善のお茶を好むドワーフだったのが意外なんだけど。しかも甘い物が好きということが知れて、俺の手持ちのハチミツで喜ばれるなら丁度良かった。
改めてありがとうクマバチ。また会うことがあれば、沢山なでなでしてあげよう。
そして件の青いお茶は、お客様に出す物でもないというところを、無理にお願いして淹れてもらった。
うむ。ほぼ味がしない。まんまバタフライピーティである。
ドワーフが好んで飲むとしても、目の疲れに効くからだろうことは間違いない。
甘い物が好きってことも、お疲れの症状である。
「これはどこでかえるのかな?」
「青茶ですか?」
「店で売る程のものではないかと……」
「え?」
「どこの家庭でも、庭に生えておりますからね」
わざわざ栽培してないし、外国のお客様にも出してないと言われた。
そもそも直射日光を避けるためのグリーンカーテンとして植えているだけだからだそうだ。
こんなに奇麗な青色のお茶なのに、売ってないの? 確かにこの国に来て初めて見たけれど、名産品として売ればきっと人気が出ると思うのに!
とすると、やっぱりへちまと同じ扱いになっているのだろうか?
ゴーヤも同じ扱いだったけど、ちょっとした沖縄料理ブームが切っ掛けで売られるようになったんだよな。
「豆もそこまで食べませんし」
「食欲をそそらないのもありますから……」
「主に家畜のエサですね」
「しかもこのお茶自体、味が殆どしませんから……」
「紅茶やコーヒーに比べると、嗜好品にもなりませんので」
「売るようなモノではないかと……」
青色って食欲減退色だからかな?
昔は食べていたそうだが、他の作物を輸入するようになってから食べなくなったそうだ。でもそら豆と同じ成分なら、栄養面もかなり高いのに勿体ない。
ふむ。ところで、青茶にレモンを加えると変化するのかなぁ?
淹れてもらった青茶に、取り出したレモン果汁を垂らすと色が変化した。
「おおっ!?」
「色が変わりましたぞ!?」
「どういうことですか!?」
え? レモン果汁を加えただけだけど。
やったことないの? これって基本じゃないの?
天然のリトマス試験紙だから、酸性を加えると色が変化するだけの話だ。
紫やピンクにもなるから面白いよね。
そう言う説明(ディエゴに頼んで)をしながら、俺は実験的に色の変化や味の変化が楽しめるように、マーマレードジャムやリンゴジャムを加えたり、青茶を紫やピンク、そして比重を変えてグラデーションにして見せた。
ゼラチンはあるので、バタフライピーを使った爽やかなゼリーを作ってみよう。
大量にある白ワインにバタフライピーを入れて爽やかなブルーにしてみたり、日本酒も青に染めることができる。特に味がしないのが却って良いな。
カクテルに使うのもいいよね。色が奇麗だし、美容にも良いのでアマンダ姉さんが喜びそうだ。
これは大量にバタフライピーというか、青茶を仕入れなければなるまい。
売ってないなら売れるようにすればいいだけの話だし。
「たったこれだけのことで、ここまで劇的に変化するとは」
「目の疲れに良いということは知っていたのですが」
「精々甘くする程度でした」
何故そこから先を追求しないのだ。
いや待て。この世界のアルケミストも似たようなものだった。
栄養面まで調べておきながら、その先にある美味しさまでは追及しない連中だったことを失念してたよ。
「まめももらっていい?」
茹でても良いけど焼いても美味い。売られてないのならもらうしかなかろうと言うことで、おねだりしてみた。
飲み物なら良いけど、確かにこのままの色だと食欲がわかないのも判るけどね。
だから豆の方は無理に売らなくても良いけど、青茶は是非とも生産性をアップさせて輸出して頂きたい。
なんかこの地域独自の植物みたいだし。ディエゴも知ってはいたけど、あくまでも図鑑に載っている範囲のことだった。
この手の話って、どこに相談したらいいんだろうか?
青茶が欲しいから売ってくれと言っても、一般家庭の庭に生えまくってるのでお店では売られてないんだもんな。
この綺麗な青色は様々な用途に使えると思うんだよね。飲み物以外ではお菓子とか――――あ。そう言えばホワイトチョコも作る計画があったんだ。
油脂分とミルクと砂糖で作られるので、白~淡黄色になる。カカオマスが含まれていないので、味は苦みや渋みも少なくクリーミーになるわけだが。そこにいろんな味を足してみようと計画していたのもある。
ここにバタフライピーの青色を加えるといいのではなかろうか?
青いチョコレートって、『幸せを呼ぶチョコレート』って言ってたような気がするんだよな。幸せの青い鳥みたいなもんだろうけど。
ジボールのカカオと、サヘールのバタフライピー(青茶)のマリアージュによって、俺のチョコレート革命計画は更に躍進するような予感がする。
農林水産省的な部署はないモノだろうか?
誰か~俺の話を聞いて~。
五分、いや二分だけでも良いから~。
そこの柱の陰に隠れて睨んでる人でもいいよ~。
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