第71話 オネーサンからの相談
「あら~、リオンくんったら、どうしたのぉ?」
夕飯を食べに店にみんなで行くと、俺の様子がおかしいことに気付いたオネーサンに心配されてしまった。
オネーサンって本当に優しいね。大食いであるロベルタさんを、ちゃんと理解した上で従業員として受け入れてくれる度量の広さもあるし。
こういう人なら、俺の作ったヤバイタリスマンを持ってても大丈夫のような気がするんだけどなぁ。世の中には表面的に良い人は多いけど、裏のある人もまた同じぐらい多いのが厄介だよね。
「何があったのかは知らないけど、美味しい物を食べると、元気が出るわよぉ~」
「うむ。今日は我々も一緒に、狩りをしたのだ」
「わ、わたしも、頑張りましたっ!」
なんということでしょう。オネーサンとロベルタさんの狩りに、【GGG】のみなさんまでも参加して、五ツ星エリアを荒らしまわっていたそうだ。
ということは、オネーサンも【ファイブスター】なのだろうか?
「今日のお勧めは、砂漠エリアで獲れた、デザートデミドラゴンよぉ! 滅多に市場に出回らない貴重なお肉をドロップしたから、アタシも大興奮しちゃった!」
本日はトカゲ―――ではなく、ドラゴンモドキのような魔物のお肉のようだ。
だが既にこのお店のシステムを理解している俺たちは、早速注文することにした。
お勧めメニューの肉しか仕入れて(狩って)ないからね。
でもこのお肉、お高いんでしょう? という心配はしなくても大丈夫だった。
スプリガンの漢前代表であるアマンダ姉さんが賭けで一人勝ちしたので、現在は懐がかなり温かいのもあり、暫くは遊んでいても構わないのだそうだ。(本当に遊ぶことはないけど)なので今のところ食事代は全てアマンダ姉さんの支払いなのである。
エアレー狩りをした時に手に入れた肉や素材を売ったり、護衛依頼の報酬を合わせると、みんなそこそこ懐具合は良いんだけれど、(俺とディエゴの不労所得は除く)あぶく銭を手にしたアマンダ姉さんには敵わなかった。
ただしこのお肉のお値段だけど、単純計算で一キロ五万円ぐらいする。A5ランクの和牛サーロインレベルのお値段です。(日本円で計算してみた)
ロベルタさんやシャバーニさんは、自重して五キロしか食べないとしても、一食で二十五万は吹っ飛ぶってことだからね。そう考えると、彼ら狂戦士って本当に食費がかかるジョブである。しかもレストランで調理された肉だと、更に値段が上乗せされる訳で……。こっわ!
肉が何キロドロップするのか知らないけど、そんな高級なお肉を沢山食べられるぐらい狩ったなんて、この人たちってとんでもない実力の持ち主だよな。
「ドラゴンの肉っていやぁ、売ればとんでもねぇ値段で取引される高級肉だからな。素人が料理して食うのも難しいし、手に入っても売るのが基本だぜ」
「そうなのよね。でも滅多に食べられないから、沢山頼みましょう!」
「さっすが、アマンダ姉さんっす!」
「キャァ~! カッコイー!」
「そういや俺も、ドラゴンの肉はまだ食った事ねぇんだよな」
「私だってないわよっ!」
「……そうか」
この反応を見る限り、ディエゴ以外は食べたことがないみたいだね。
俺も初めて食べるよ! というか、この世界の魔物肉は全部初体験になるけどね。
でもどう頑張っても俺は二百グラムが限界だけど。
「んっふっふ~。もう本当、このお店を出して初めてよぉ。今までは諦めてたけど、みんな頑張ってくれちゃったから、アタシも絆されちゃったわ~」
「というと?」
「この子達の熱意に根負けしちゃったわ。今すぐは無理でも、近々ランチタイムの営業もすることにしたのよ」
「え? ほんと?」
「あら~、リオン君が一番喜んでくれてるの?」
「うん!」
「あらあら、元気が出て来たみたいね。良かったわ~」
詳しく話を聞けば、アントネストを拠点にすることになった【GGG】が、オネーサンのお店の専属冒険者として、お肉を調達してくれることになったのだそうだ。
彼らも肉を狩ってくる報酬の一部に、オネーサンの料理を三食提供されるとあり、お互いwin-winになる契約をした。
ロベルタさんも料理の修業もありつつ、昼間は【GGG】のみなさんと共に暫くは狩りに専念するそうで、その分オネーサンが料理に集中できることになった。
お店が繁盛するようになれば、ロベルタさんは狩りから料理の修業へシフトできるようになるので、是非とも【GGG】のみなさんには頑張って頂きたい。
「今までは一人だったから、五ツ星エリアには行けなかったのよ~」
流石にソロでは危険すぎるというか、ドロップ率の関係もあって何度も挑むことが出来なかったそうだけど、【GGG】のような超強力なフィジカルお化け冒険者パーティであればそれも可能となる。そこにロベルタさんも加わったことで、チャレンジ回数が増えて、ドロップする肉の確率も跳ね上がったそうだ。
「市場に出回るぐらいにドラゴン系のお肉がドロップすれば、それだけでもアントネストの名物になるんでしょうけどね~。ウチのお店に出すのがせいいっぱいなの~」
ふむふむ……。こんなに強烈なメンバーでも、市場に出回る程のお肉の確保は難しいのか。どうにかできないものかな――――と思ったけど、俺の作ったタリスマンはヤバイからなぁ。ジェリーさんに相談して、この実験というか、研究を中止にした方が良いような気がしてたんだけど。
希少で美味しいお肉のドロップ率が上がれば、オネーサンも喜ぶし、この街ももっと活気が出るような気がするんだよな。どうするべきか、それが問題だ。
「あら? また何か悩み事かしら?」
「まぁ、アルケミストだからな」
「今日は私たちがドロップした物を鑑定しながら、ずっとこんな調子なのよね」
「心配なんすけど、俺たちがどうにかできるもんでもないっすしねぇ」
事情をディエゴから説明して貰ったので、ヤバそうなドロップ品のことはみんな知ってはいるのだ。ここで詳しい話は出来ないけどね。
「あら。リオン君はアルケミストなの? どうりで賢そうだと思ったわぁ~」
「すっごく美味しい調味料も作れるんだよっ!」
「調味料? もしかして、スパイスの種類も知っているのかしら?」
「よくわかんねぇっすけど、カレー粉も作ってったすよ?」
「え、本当!?」
作り方というか、材料自体は知っているけれど。実際にカレー粉を作ったことはないよ。こういうのは配分が面倒なのだ。好みもあるし。市販のルーで十分美味いし、カレー粉も市販の物で俺自身が作った訳ではない。
こういう誤解がちょっと面倒なんで、君らはちょっと黙ってろ―――と思ったところで、オネーサンがギラリと目を光らせて俺を見た。
「アルケミストなら、調味料にも詳しいわよね?」
「うん?」
「できれば相談に乗って欲しいんだけど……」
「え?」
一体何があったのか。オネーサンは俺を拝むように訴えて来た。
俺で解決できるような相談ならいいけど、難しそうなら断るよ?
◆
どういう訳か、そんな訳で。
食事を頂いた後に、オネーサンの聖域である厨房へ案内された俺である。通訳にディエゴを添えて。
そして初のドラゴン肉は、
日本産のA5ランクの和牛の方が魔獣のエアレーより美味しいと思ってたんだけどさぁ。まさかそれ以上に美味い肉があるとは思ってもみなかった。いやマジで、何と言い表したらいいのか判んないんだけど、ドラゴン肉は本当の意味でとろける美味しさだった。
様々な肉を好奇心から色々食べてきた俺だが、ドラゴン系の肉というのは比喩ではなく、本当にとろけるような美味さなのだ。
くっそただのトカゲのクセに! いや、トカゲ肉だって美味しいよ。食べたことあるけど、爬虫類系のお肉って、不思議と鶏肉に近いんだよね。タンパク質が豊富だからなのか、味わいも淡白だけど。調理もし易いし。
でもドラゴンの肉はトカゲとは違い、同じ肉だと考えてはいけなかった。
肉質は確りしているのに、噛んで唾液に触れることで、じゅわっとした肉の旨味が口の中に広がりながら溶けて行く。これにはどんな生き物の高級肉も太刀打ちできないと思われ。オネーサンの料理の腕がいいのもあるんだろうけどね!
シャバーニさんやロベルタさんが、ものすごい勢いで食レポをしてくれてたので、うんうんとみんなも頷きながら食べていた。
そうしたら今日は新しいお客さんが二組ほど現れて、高級デミドラゴン肉の料理を注文した。
どうやら五ツ星エリアでデミドラゴンの肉をドロップしたという話を聞き付けて、オネーサンのお店でそれが食べれると知ってやって来たそうだ。
値段は高いけれど、それに見合った料理に大満足してまた来るって言ってたよ。
そのうちランチも始めるからまた来てね~って、オネーサンは宣伝していた。
このまま順調にお店が軌道に乗ればいいね。
しかし、ドラゴンはドラゴンでも今回はデミドラゴンなんで、本物のドラゴンの肉だったらどれだけ美味いのか想像もできないや。
それはともかくとして。
「隣が調味料なんかの、スパイス屋だったって言ったでしょう?」
「うん」
俺たちの宿泊している店舗のことだね。カウンターで遊ばせてもらってるよ。
「留守にするから処理ついでに受け取って欲しいって言われたのはいいんだけど、色々あり過ぎて何が何だか判らない物が多いのよ……。このままじゃ、せっかくのスパイスも、ダメになっちゃうかもしれないの」
そういう悩みかぁと、俺はちょっとだけ安心して、ずらりと並ぶ大量のスパイスを見た。
この世界にも、冒険者や商人さんがあちこち行き交うので、貴重で高価なスパイス類も割と手に入りやすい状況だ。
それに魔塔の開発した魔道船とかもあるので、頻度は低いけど海外や他国との輸出や輸入も行われている。魔道船を飛ばすのに物凄くお金がかかるから、頻繁には飛ばせないらしいけれど。(それを買おうとしていたディエゴは何を考えていたのか)
だから商人さんや冒険者が現役で頑張っているのだ。
そしてお隣さんだったスパイス屋さんは、それらを売りに来る商人さんから、様々な調味料を仕入れていた。
中には調味料というより、薬草類も含まれていて、長期保存可能な瓶に入れられているのだが、購入した本人も使い方を知らない物も含まれている。
「本人も使い方を知らないくせに、こういう物ばかり集めちゃってるから、商売も下手でねぇ。アタシが買ってあげてたけど、お店で使用できる量も種類も限られているでしょう?」
そもそもお客自体が少ないので、消費量が追い付かないのだそうだ。
「アルケミストなら、こいういうモノの使い方も判るんじゃないかと思って……」
無理かしらと、オネーサンは申し訳なさそうに俺に話してくれた。
だが俺にとっては、これらスパイス類はある意味得意分野でもあった。
なんせキャンプ飯で頻繁に使用してたからね。市販品を使うとはいえ、自分で調合できないかといえばできる。面倒だからしないだけで。
案件でオリジナルスパイスの開発を提案されたけど、断ったのも面倒だったからだ。
なので。
「だいたいわかるー」
比較的見慣れたものも多く、ディエゴを介した翻訳機能により、表示されているラベルも読める。時代によってこれらは希少性の高いスパイスだけど、俺の世界では普通に流通してたからね。
だからオネーサンを安心させるように、俺はニコッと笑って頷いたのだった。
マジックソルトとクレイジーソルトは、基本的に塩と胡椒その他の香辛料やハーブ類で作られる。厳密に言うと原材料は結構違うんだけどね。
しかも日本ではメーカーによって、様々な
俺の愛用しているほ〇にし、マキ〇マム等は最早キャンプ飯では鉄板のスパイスである。他にも素晴らしいアウトドアスパイスはいっぱいあるので、自分の舌に合った万能調味料を探すのも楽しいと思われ。
でもここには昆布やカツオの粉末調味料がないんだよなぁ。俺の持っているモノは、この世界では手に入れるのが困難なので気軽に使えないし、お勧めも出来ない。
やっぱ旨味といえば出汁だ。しかし異世界にはこれらがないのか、海産物系の調味料を見たことがない。香辛料類は、値段さえ気にしなければ手に入るのにね。和風調味料は全然ないんだよ。不思議だね。
どっかに昆布とかいりこやカツオの粉末はないかな?
ないならコンソメや鶏ガラから作るしかないんだけどさ。
「海藻の粉末に、魚の粉末?」
「ああ、そういうのはないのだろうか?」
「聞いたことがないわねぇ。南の領地に行けば、魚貝系はあるかもしれないけど」
「だそうだ」
「そっかー」
やっぱりないらしい。多分、南の領地に行ってもないかもね。
これだけ沢山の香辛料やハーブ類が揃っていても、和風の調味料はないもん。
料理が洋風なので、ここは全て洋風にしておくべきか。
そんなことを考えていたら、無性にうどんが食べたくなってきた。
だがその前に、オネーサンが料理で使う調味料を聞かなければ。
「アタシがよく使う調味料?」
「うん」
「そうねー……」
まずはオネーサンの料理で使う調味料を参考にして、適切なスパイス類を調合することにしよう。
そうして色々と聞いた上で、使われていないハーブ類や香辛料を受け取る。
これらは一旦持ち帰って、使いやすいように粉末状にすることにした。
「面倒なことをお願いしちゃって、ごめんなさいねぇ~」
「いいよー」
「でもアルケミストって、やっぱりすごいのねぇ~。アタシも料理人の端くれだけど、定番の調味料しか判らないのに……。でも相談できてよかったわ~」
俺だって必要に迫られないと定番しか使わないので、オネーサンの気持ちも判る。
今がその必要に迫られた状態ではあるけれど。
まぁ、実験材料が手に入ったと思えばいいだろう。
やることがどんどん増えて行ってる気はするけどね……。
「それじゃぁねー」
「急がなくてもいいのよ~」
「わかったー」
そうして俺たちは、オネーサンのお店を後にした。
ところで、俺にはとても重要な案件があったような気がするのだが。
それってなんだったっけ?
美味しいお肉が食べれたので、ま、いっか。
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