第58話 お互いの目的(肉)について知る

 牛タンは日本以外では殆ど食されず、捨てられる部位である。とはいえ、メキシコでは食べられているけどね。

 日本産の牛タンがあまり出回っていないのも、一頭から取れる量が少ないので、輸入に頼るしかないからでもある。牛タンで有名な仙台でも、実際に売られているのはアメリカ産やオーストラリア産に、ニュージーランド産だ。(お取り寄せをした時に産地を見て驚いた)

 なので海外で牛タンを買おうとすれば、日本に比べて安価で手に入れらるそうだけれど、見た目が気持ち悪いから、加工されてないと食べようと思わない。なのでこの世界でも当然の如く、牛タンは捨てる部位扱いだった。


「えぇ……やっぱり、それ、料理するんだぁ……」


 捨てるなら頂戴と俺が他の冒険者のみなさんに声をかけ、収集したエアレーの牛タンを調理していると、チェリッシュが気味悪そうに顔を歪めた。

 確かに一見すると見た目は気持ち悪い。なんせ舌なので。でも下処理はちゃんとするから安心して欲しい。

 この白い皮シルバースキンを剥がす作業は、見ても聞いても気持ちいいから好きなんだよな。ASMR動画を見ながら、一度やってみたかった作業である。流石に肉屋ではないので、現物を手に入れることはできなかったが、異世界で現物を手に入れられて俺は大満足だ。

 それに魔物肉なので、面倒な加工を必要としないから、直ぐに美味しく頂けるのは有難いよね。


「でもさぁ、リオっちって器用だよね~」

「皮を剥いだら、ちゃんと肉になっていくっすね~」

「不思議だね~」


 肉磨きの工程を眺めながら、テオとチェリッシュが夫々感想を述べる。

 だが安心して欲しい。剥がした皮や脂の部分も、後でちゃんとミンチなどにして食わせてやるからな! 気付かずに食べるがよい。

 それに牛タンは美容と健康にも良いのだ。なんせタンパク質や鉄分、ビタミンA~Cまで含んでおり、肩ロースやカルビに比べて脂質も半分で、とってもヘルシーなのである。ダイエットにもお勧めだよ!


 ジュウジュウと焼ける牛タン。本日の夕食は、豪華に牛タン焼き肉である。


「肉厚なのにサクッとした歯ごたえで、溢れ出すジューシーな肉汁も、臭みがなく肉本来の美味しさが楽しめますね!」

「うむ。ロベルタ嬢の言う通り、歯ごたえがあるのに、噛み締めるととろける脂身が、何ともたまらぬ喉越をしているな!」


 食べられれば何でも良いという割には、的確な食レポをしてくれるのだから、ちゃんと味わっていることが判る。

 ロベルタさんとシャバーニさんは、案外いいコンビなのかな?


「これがギュータン……。初めて食べたが、意外にも美味いな……」

「意外ではなく、すごく美味いだろ」

「ああ、見た目が悪くて、捨てられていたとは思えん美味さだ」

「―――くっ。なんで、いままで、捨てていたんだっ!」


 【GGG】のみなさんにも好評である。

 実はエアレーのレバーも大量に仕入れているのだが、レバ刺しは流石にこの世界では馴染みがなかろうと食事に出すのを止めた。レバニラ炒めならいいけどね。

 レバーを生で食すことは日本でもすでに禁止されているけれど、この世界の魔物の肉には寄生虫や菌類もないのだ。ならば是非とも生で食べてみたい。

 よってレバ刺しは、機会があれば深夜の共犯者じっけんの集いにて出すことにしようと思う。


 そうして、彼らが牛タンを美味そうに食べているのを見て、スプリガンのみんなも食べ始めた。

 テオとディエゴだけは最初から疑うこともなく食べていたけどね。


「くっ、マジで、うめぇっ!」

「リオリオの料理だから、美味しいのは判ってたっすけどね!」

「何となくだけど、そこはかとなくヘルシーな味がするわね」

「食感がおもしろーい! そしておいしーい!」


 食べてしまえは所詮はこんなもんである。

 とはいえ、誰でも最初は得体の知れない食べ物を口に入れるのは、躊躇するものである。

 俺だって、この世界の得体の知れない肉をいきなり食えと言われたら、断固拒否するだろう。(ボア肉シチューの時は夢だと思っていたので食べれた)

 でも大食漢である狂戦士のロベルタさんやシャバーニさんは、そんな些細なことを気にしていると、空腹に耐えられない。なので、食べれそうであれば何でも口に入れちゃう(本人談)危なっかしいところがあった。

 二人には俺から適切な食事量と、美味しい肉の食べ方を伝授するつもりだ。

 実際は食べられる部位を捨てていることもあるし、逆に食べると危険な部分とかもあるしね。

 そして更に強くなれば、素晴らしい狂戦士となるに違いない。


「この不思議なタレですが、塩だけではありませんよね?」

「ねぎしおだよー」


 細かく刻んだネギに塩と胡椒とごま油を加えて混ぜただけのシンプルなタレだ。

 だがある意味万能タレなので、肉だけでなく魚や野菜にかけても美味しいし、これに鶏ガラスープやニンニクを混ぜ込むと更に旨味が増す。

 それらはこの世界にもある材料なので、特に変わった調味料ではないだろう。


「しかし、このラモン汁をかけると、また美味い!」

「さっぱりしますね!」


 レモンに似た柑橘類も、この世界にある。でもこれは日本産のポッカのレモン汁である。別の瓶に入れて誤魔化したから、ラモンと間違ってくれて助かった。


「ガーリックのタレで味変をすると、まだまだ食べれそうですね」

「翌日が気になるが、気力がみなぎってきて、筋トレもはかどりそうだな!」

「確かに!」

「筋肉が喜んでいる!」

「今すぐ、筋トレがしたくなるな!」

「大人しく食べ終わってからにしろ!」

「すまん!」


 こうして初めて食す牛タン焼き肉は、好評のまま終わった。

 それでは、美味しい食事の後は、美味しくないプロテイン摂取のお時間で~す!


「がまんしてねー」

「うっ、まだ俺も飲まなきゃダメっすか?」

「まだまだだよ」


 テオは筋肉の育成中なので、プロテインは必須栄養素なのだ。

 あのバスターソードを、難なく片手で振り回せるようになるのが目標だからね。

 今はちょっと振り回されている感が否めないし。


「十分鍛えられていると思うんすけど……?」

「まだまだだねー」


 力こぶを作って見せるけれど、ギガンに比べれば貧弱だし、【GGG】のみなさんとは比べるべくもない。

 俺のようにジョブがアルケミストで貧弱でも許されるならばいいけれど、戦闘職であるテオは、バスターソードを自在に操れるだけの筋力が必要なのだ。

 それもこれも、俺の強力な盾として育って―――いや、これもテオの為である。


「あとで、あまいのあげるからねー」

「くっ!リオリオの、お菓子が美味すぎるのが、逆に辛いっすっ!」


 本来なら糖分を取らせるのは良くない気がするんだけど。いや、糖質ならいいんだっけ? 今のところ順調にテオの筋肉が育っているので、これでいいやと俺は適当に菓子パンなどをテオに与えている。


「うおおおおおおっ!」

「これは楽しいっ!」

「なかなかいい筋トレだぞぉ!」

「ははははははっ!」

「よくシェイクしろぉっ!」


 背後では、プロテインをミルクに溶かすべく、シェイクに勤しんでいる【GGG】のみなさんの喜びの声がしている。

 ここまで楽しんでくれると、こちらとしても嬉しい限りだ。

 ただ一口飲んで、吐き出さないことを祈ろう。

 流石に味見した俺も、これはないと思っちゃうほどの不味さだったしね。

 テオが必死で拒否るのも判ろうというものだ。




「それじゃぁダンジョンではなく、コロポックルの森での採取をしに来たのは、ボア肉を仕入れる為でもあったのね?」

「ああ、ダンジョンでは、ドロップしなければ肉が手に入らないのでな。野生のボア肉が食べられるのであれば、丸ごと手に入れることも可能だろう?」

「確かにな。ダンジョンの場合、簡単にドロップ品を手に入れられるが、狙ったものがドロップするとは限らねぇからな」


 大食い大会が開かれた宿場町で分岐して縮小された商人さんと護衛の冒険者だが、改めてお互いを知るべく、アマンダ姉さんやギガンが【GGG】さんやロベルタさんたちと、さり気ない会話をしている。

 これも情報取集の一環なのだろう。俺にはあまり関係ないけどね。


「何故かしらんが、俺たちのパーティでは、肉類がなかなかドロップしなくてな。満を持して、コロポックルの森のある町で、美味い野生のボア肉が食えると聞いてはせ参じたのだ」

「キャリュフよりも、ボア肉が目的だったのか……」

「うむ。何よりも肉が目的だったのだ」

「あ、そ、それは……、わ、わたしも、な、なんです……」

「なんと! ロベルタ嬢も、目的は肉であったか!」

「は、はいっ。で、でも、他の子たちは、ち、ちがっていて……」


 ダンジョンに潜るには実力が足りず、それでも稼ぎたい元【ホワイトキャッツ】の面々は、【ファイブスター】であるロベルタさんをパーティに勧誘したそうだ。(やっぱりロベルタさんは、三ツ星以上であった)

 お互い目的は違っていたけれど、それでも途中までは彼女たちはロベルタさんのことをここまで邪険に扱ってはいなかったようで、食事量についてもきちんと説明していた。

 だが予想以上に食べるロベルタさんに徐々にドン引きしていき、稼ぎの大半がロベルタさんのお陰であるのにも拘らず、均等に稼ぎを分ける最初の約束の通りに、彼女たちはただロベルタさんを利用するだけ利用して、追放するに至ったのだ。


「だが今回はついていた。エアレーの群れに遭遇できるし、大食い大会にも参加出来たのでな!」

「十分に満足のいく結果だった」

「おまけに、美味い飯にもあり付けるしな!」

「うむ。我が筋肉が喜んでいるのが判る!」

「あのプロテインとやらだが、味のことなど気にならんぐらいに、筋肉に栄養が行き渡るのを実感している!」

「わ、わたしも、です!」


 それは良かったね~。

 でも俺は子供なので、もうオヤスヤしていることになっている。

 聞き耳(ウサミミ帽子)を立てて彼らの話を聞いているんだけど、別に会話に加わりたい訳じゃないから丁度いい。

 そうして彼らが【アントネスト】に向かうのも、実はドロップする爬虫類や両生類の肉が目当てなのだとか。素材としてドロップする確率が、肉の方が多いのも都合が良いらしい。

 昆虫類の魔物は人気がないとはいえ、爬虫類系の肉がドロップするのなら、目的に適っているとして、行先に選んだということだった。

 沢山肉が食べられればそれでいいという、割と単純な理由だ。


 俺とは目的が違うけど、目指す場所が【アントネスト】なのは良かったな。

 何故ならば、このまま彼らの研究が続けられそうだからである。

 一応期間は決めているけど、それも彼らが【アントネスト】を去るか、俺たちが別の目的地に行くか。それでこの契約は終わるので気が楽なんだよね。

 その際には、大量のプロテインを進呈しよう。

 もしくは味の開発に成功したら、特許をとってもいいね。他の人が作れるようになれば、俺たちが苦労しなくても済むし。

 そんなことを考えていると、睡魔がやってきて、俺はそのまま逆らわずに寝ることにした。

 明日はもっと楽しいことがあるといいなと思いながら、【アントネスト】に近付いていることにワクワクしつつぐっすりと眠った。


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