第133話 チョコレート革命
「ラヴィアンの連中、ジボールで下船することになったぜ」
翌朝ハルクさんたちが訪ねてきて、開口一番そう伝えて来た。
「そうか……」
「やっぱりね」
「魔動船を購入する気だったから、資金的にはまだ潤沢だろうしな」
「それを失うのも時間の問題って感じだがな」
「ありゃぁもう中毒なんてもんじゃねぇ。憑りつかれてる感じだったぜ」
大方の予想通りとはいえ、アマンダ姉さんの忠告も無視したってことなのだろう。
ギャンブルから手を引けばいいだけなのに、そうしないのは自分の選択である。
それを自業自得というのだけれど、なんだかなぁ……。
「ここで一気に資金を増やそうとしたのが仇になったということだ。リオンが気にする必要はない」
「……うん」
ジボールで降りてくれないかなぁ~なんて思っていただけで、彼らを不幸にしたかった訳じゃない。ただ俺たちが仕掛けた側なだけに、なんとなく後味が悪いなと思っていたら、ディエゴが慰めてくれた。
「どうせ何時かはそうなった。早いか遅いかというだけだ」
「……そうだね」
「他に被害者を増やさなかった。それで十分だろう」
「うん」
寧ろ良いことだと言ってくれた。
確かにそういう考え方もある。
アイテムを使って、不幸を相手に押し付けるようなことをしてはいけない。
本人は幸運のアイテムだと信じていただけで、実際はとんでもなく悪質なデバフアイテムだったからだ。
ハーレム要員の女性達の実力がないように見えたのも、リーダーのデバフによって相手が弱体化しているのを斃せばよかったから強くなれなかったのだろう。
アイテムに頼り切って弱いまま成り上がってしまえば、アイテムを失った時の反動はそれだけ大きい。
バフやデバフのあるアイテムは、使い方によればとても便利なアイテムだけれど、常にそれに依存するのは良くないことだ。
人間って、楽をすることに慣れると堕落していくもんだしね。
今回の一件で、俺を含めみんなその学びを得た。
幸せも長く続くと退屈と変わらないものだ。苦労を乗り越えてこそ、成長していくものだからね。
スプリガンのみんながアイテムに頼り切らない人たちだからこそ、俺も安心していられるのだろう。
そして彼らの顛末を報告してくれたハルクさんたちは、ラヴィアンの持っていた幸運のアイテム改め、デバフアイテムの話を聞いて唸っていた。
まさか幸運ではなく、不幸を押し付けてくるデバフアイテムだとは思ってもみなかったみたいだ。
「世の中にゃヤバイアイテムってのがあんだな。オレらも気を付けねぇとな」
「だから冒険者は、ダンジョンでアイテムをゲットしても、ギルドに提出して査定を受けるようになってんだろう?」
「ラヴィアンのリーダーは、家宝だか何だか知んねぇが、実家から持ち出したアイテムだってんで、詳しい査定内容も知らずに使ってたんだろ? そりゃ拙いって」
どんな偽装をしているか判らないモノもあるからね。
ギルドで査定できなかった場合は、魔塔に鑑定依頼を出すそうだし。
引き受けてくれるかどうかは、研究員さんの興味の度合いによるらしいけれど。
「お前さんらがアイテムを身に着けてねぇのは、そういうのを警戒してるからか?」
グラスさんやハンターさんが、自分が身に着けているバフアイテムを指さす。
「ディエゴが魔塔に所属していた時に、アイテムの研究をしてたんだよ」
「特に呪いのアイテムに詳しいのよ」
「それもあって、俺らは極力アイテムに頼らねぇようにしてんだ」
本当は純粋にアイテムがなくても強いからなんだけど、そう言う事は言わぬが花だよね。
それにディエゴはアイテムに詳しいというより、作れるか作れないかの方の研究をしていたので、正しくは魔道具オタクだろう。
「へぇ。ただもんじゃねぇと思ってたが、お前さんは頭のおかしい連中の中でもまともな部類だったんだな?」
「まともな奴もいるって判っちゃいるが、魔塔の魔法使いにゃあんまりいい印象がねぇんだわ」
「同じに見られるのは心外だ」
「そりゃそうだな」
「すまんすまん!」
いやでもこのお兄ちゃん、時々ヤバイから。ポンコツだから良いけど、サイコパスなところがあるんだよね。口に出して言わないけど。
なんとなく俺の考えが伝わったのか(念波は送っていない)、ディエゴが俺の頭をくしゃりと撫でた。
多少の自覚はあるようで。まぁ、俺も似たようなところがあるからね。実験に夢中になって、とんでもないことを仕出かしそうだから。お互い気を付けようね。
◆
昼には出発するというので、買い物も済ませたし早々に船に乗り込むことにした。
ジボールは観光地なだけあって、表面的にはとてもきれいな景観だけれど、カジノには裏と表があり、都市部から離れた農村は貧しさがあった。
全てを見て知った訳ではないが、きっとどこの世界も似たようなものなのだろう。
空高く浮かぶ魔動船の上から、ジボールを見下ろしながらそう思った。
出来る範囲でしか手を差し伸べられないけど、俺が契約した農園の方々が少しでも楽に暮らせるように手伝えたらいいな。
でも色々と問題は山積みだし、一つずつ解消していかなきゃならないんだよね。
結局のところ、カカオの需要を上げなければそれも解決しないってことで。
そのためにはチョコレート革命を起こさなければなるまい。
「ディエゴおにいちゃんてつだって~」
船に乗り込んで早々、俺はディエゴにお願いすることにした。
俺は加工の過程を伝えるだけの簡単なお仕事だけどね。
アマル様は姉王女様に早く会いたいだろうに、カカオ農園の紹介をしてくれるためもあって、ジボールに二泊三日も滞在してくれたのだ。
それらのお礼の意味も込めつつ。期待に応えるべく何としてでもサヘールに辿り着く前にチョコレートとココア、そしてそれらを使ったお菓子作りを頑張ろう。
確かチョコレートって貧血に効果があった気がするんだよね。でも高カカオは鉄分を吸収するのを阻害するんだっけ。これはカカオの配合が肝だな。
他にはストレスを軽減する効果もあるし、摂取量を守ればチョコってかなり身体に良い食べ物なんだよね。食べ過ぎには注意だけど。
他にも怪我をした人にとって身体に良い食べ物とかあったら作っておこう。
肉体の組織を再生する薬があるとはいえ、失った肉や血や骨をどこから補うのか考えると、栄養のあるモノが必要だと思うんだよね。
タンパク質は必須として、皮膚の細胞を再生させるには亜鉛が必要だったっけ?
確か亜鉛って脱毛を防いでくれたりもするんだよね。抜け毛が多い人は亜鉛不足らしいし。新陳代謝を助けてくれるから、傷の修復には必須栄養素でもある。
カルシウムやビタミンも必要だし、組織を再生させてもきちんと機能させるためには、それらを含んだ栄養のある食ベ物が必要だと思うのだ。
「精が出るな」
「あ、こんにちわー」
最早恒例となりつつ、温室での作業を見学するためにアマル様がやって来た。
グロリアス軍団はジボールのダンジョンにチャレンジしているのでここにはおらず、何とも静かなものだ。
「カカオの匂いが充満しておるな」
「そうだねー」
人間魔道具のお兄ちゃんが頑張ってくれてます。
ローストからカカオニブ作りを経て、既にカカオバターにする作業はお手の物になっていて大変助かっております。人間撹拌機にしてごめんだけど。
しかもココアバターを抽出して、更にココアパウダーまで作っちゃっている。(本人が楽しそうだから好きにさせているけど)
おまけにこれらの作業を効率的に出来るよう、俺の持っているミキサーなどを参考にしながら、特許提出を目指して魔道具の図案も書き始めていた。やはり天才。
ただし図案は引けても作れないので、ドワーフの魔道具職人さんにお願いしなきゃいけないけどね。
「これがチョコレートとやらか?」
「うん」
「食べてみても?」
「どうぞー」
まだ苦みは強いけど、ビターテイストで大人の味である。
試作品として、カカオ50%から70%までのチョコを作っていた。
だってミルクが少ないんだよ。魔動船には山羊がいないから、手持ちの分だけだとまろやかなミルクチョコが作れないんだよな~。他の料理に使う分を考えると控えなきゃならないし。
田舎ではそこらをウロウロしている山羊がいっぱいいたから、ミルク不足にはならなかったんだけどね。もっと大量に仕入れとくんだったよ。
俺がミルクが少ないことを悔やんでいると、作業台の上にあるお皿からアマル様がチョコレートを一つ摘まんで持ち上げた。
「固形になっているのか……?」
「のみものもつくるよてい」
「飲み物……」
「ココアだから、ショコラトルじゃないよ」
「そ、そうか」
どうやらアマル様もあのショコラトルの味は苦手のようだ。
全く違う味になると言ったらほっとしていた。
海外の映画でよく見る、ココアにたっぷりのマシュマロを浮かべて飲むのはどうかな? 俺には全く馴染みがないけど。
マシュマロはキャンプで焼く方のが美味しい食べ方だからなぁ。
そうだ。今度ビスケットを作って、焼いたマシュマロを挟んでおやつにしてみんなに食べさせてやろうっと。
なんてことをぼんやり考えていたら、アマル様はチョコレートを口にしていた。
「……うまいな」
「そう? よかったー」
「なるほど。このような味になるのか。甘みを加えるとは素晴らしいアイデアだな。なぜ今まで辛くしていたのだろうな?」
「それだよねー」
「ショコラトルを飲んだ後、みな必ず甘い物を食べていたのだ」
それを本末転倒という。
苦くて酸っぱくて辛いショコラトルの味に比べれば、多少苦くてもまだ甘さのあるカカオ50%~70%の方が抵抗なく食べれるようだ。
俺は試行錯誤の末、サトウキビの黒糖とクマバチのハチミツを使っているのでミネラルやビタミンもあるし、チョコにコクが出て味に深みが出ていた。
ジボールにはカカオだけでなく、サトウキビだってあるのに何で黒糖を使わなかったのだろうか? そりゃ沢山摂取すると老化を促進しちゃうけどさぁ。不老不死というか、長寿薬にするために砂糖を避けたんだろうけど。
結局甘い物を食べる人がいるんだから、それそのものだけで成り立っていないってことだもんな。
何事も用法用量を守ればいいだけなのにね。
とりあえずアマル様には好評だったので、このまま実験を進めればいいかな?
他にもバザールで買いまくったナッツ類をチョコでコーティングした物や、ココアパウダーを入れて作ったシフォンケーキ、ざっくりしたチョコクッキーにと色々作っていく。そうそう、大人向けにウイスキーボンボンも作らないとだ。
パティシエほどの腕前がないので、思いつくお菓子類が少ないのが難だけど。
こうなったらぶどうの樹の奥さんや、アントネストのオネーサンにチョコを送り付けてレシピを考えてもらおう。勿論シュテル便を使ってね!
こうして。
他のみんなにも味見をさせつつ、俺のチョコレート革命は順調に進んでいた。
そう言えばなんだけど。
ナベリウスを回避してサヘールに行く方法が見つかったのに、急ぐことなく旅程通りに進んでいることが気になって、ちょっと前にアマル様に訊ねたんだけど。
「姉上とは通信魔道具で毎日連絡を取っている。気にするな」とのこと。
しかも音声だけでなく映像付きなので、魔晶石の消費は物凄いことになっている。
それを毎日なので、とんでもないお金が吹っ飛んでいる筈なんだけどね。
もしやアマル様はシスコンなのでは?
そんなことを思っていると「向こうには信頼のおける者を側に置いてある。逆に私の方が手薄になっていることを謝られてしまった」って返答があったので、姉王女様もブラコンなのかな?
でもお互いを大切にしているのが伝わってきて、なんだかほっこりしてしまった。
姉弟関係も良好のようで、普通に羨ましいね。
そんな中、魔動船がサヘールへと向かう間に、アマル様から俺たちスプリガンにお願いがあると相談を受けることになった。
「私からの依頼として、暫く護衛を引き受けてくれないだろうか?」
因みにハルクさんとグラスさんとハンターさんの三人にも同じ依頼があった。
破格の依頼料でもあったので、三人はあっさり引き受けたけどね。
「王族の護衛ねぇ……」
「そりゃまた、厄介な依頼だなぁ」
即答できなくて部屋に戻ってみんなで相談することにしたのだけれど。
商人の護衛をしたことはあれど、貴族どころか更に上の存在である王族の護衛などしたことがないのでみんな悩むことになった。
ハルクさんたちは貴族の護衛をしたことがあるみたいだから、あっさり引き受けたんだろうけどね。都会ではお忍びの貴族のお守りの依頼が、たまにあるらしいのだ。
「サヘールに到着するまでに返答してくれとのことだ」
「断っても良いんだったか?」
「断りたいけれど、事情が事情だし、断り難いわよね……」
何故かみんなが俺を見る。
今度はいったい何ですか?
俺まだなんにもしてないよ?
悪いことも企んでないんだけど!
「問題はリオンだよなぁ」
「そうだな」
「護身術は身に着けてるけれど、心配だわ」
「武器がないっすもんねぇ」
「攫われちゃったらどうしよう!」
ん? そっちの心配なの?
また俺が無自覚にやらかしちゃったのかと思った。
確かに俺は護衛する側ではなくされる側だけど。
「また二手に分かれるか」
「そうね」
「ディエゴとノワルとシルバ、そしてリオンは依頼を引き受けないことにすっか」
「いつものパターンね」
という訳で。
結局いつもの
まぁ俺とディエゴはライセンス料が入るから、働かなくても良い身分だけどね。
しかもディエゴが俺のお守り役として宛がわれ、護衛依頼を受けなくて良くなったとひっそり喜んでいることは内緒にしておいてやろう。
それよりチョコレート革命のために、人間魔道具化されていることを不満に思った方が良いと思うんだけどね。
まぁ、本人がそれでいいなら、俺としても有難いのだけれど。
サボってるつもりで、実は馬車馬のようにこき使われていることに気付いていないのは、ある意味幸せなことなのかな?
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