第132話 ギャンブル依存症

 ルンルン気分でホテルに戻ると、大人組が疲れた様子なのに妙に爽やかな笑顔で出迎えてくれた。


「奴ら、地下賭博場へ移動したぜ」

「うん?」

「追い出されたの?」

「出入り禁止になったんすか?」

「アマンダに勝負を挑んで負けまくった結果だ」

「オーホホホホホ! これが真の実力ってものよ!」


 高笑うアマンダ姉さんに、俺たちは顔を見合わせた。

 内容を簡単に纏めると、アマンダ姉さんに一騎打ちの勝負を仕掛けたラヴィアン側が、コテンパンにやっつけられたってことなんだけどね。

 そして俺の渡したアイテムによって、ラヴィアン側のアイテムが効力を失った状態での勝負になり、見事アマンダ姉さんが勝利したのだそうだ。


「向こうのアイテムは、リオンの予想通りに負のエネルギーをぶつけてくるアイテムだったってことだ」

「お陰様で身代わり石が半分以上割れちまったがな」

「しかもお粗末な手札でも勝負を仕掛けてくるんだもの。ルールを判ってないのかと思っちゃったわよ」

「実際、駆け引きなんてまともにやってなかったんだろうぜ。何をやっても勝っちまうんだからよ」


 要するにラヴィアンは、カード勝負なら相手は常に自分より弱い手札だったってことだろう。だから駆け引きなんてしたことがないのでは? という予想だけど大方当たっているかもね。

 常に強気の勝負を仕掛けるだけに、心理戦なんてやったことがないんだから、ポーカーフェイスどころじゃなかっただろう。


「途中から勝てないどころか負け始めたものね。信じられないっていう顔は見ものだったわ」


 勝負運を高めるアイテムを持っているアマンダ姉さんが有利とはいえ、常勝するアイテムではない。不自然な勝ち方ではなく、大勝負の際に勘が働くといったものだ。

 だから強気で勝負を挑むのではなく、降りる時は降りる。掛け金も少額で抑える等をして駆け引きをしまくったんだって。


「だがアマンダに負けたのは、こちらが幸運のアイテムを持っているからだって難癖を付けて来てな……。イカサマをしてると騒ぎやがったんだよ」

「でもお生憎様。勝負運は上がっても、常勝なんてしないもの。私だって負ける時は確り負けたから、疑いようがないわ」

「それで、最後の大勝負で一気に追い込んでやったという訳だ」


 カジノで儲けた金額をアマンダ姉さんに総取りされて悔しかったのだろう。

 その後、ラヴィアンたちは捨て台詞を吐いて、地下賭博場へと向かったらしい。

 カジノの支配人さんに「お帰りはあちらです」と、恭しく追い出されていく姿が目に浮かぶようだ。


「途中からこちらの身代わり石が割れることがなくなったことで、向こうのアイテムの効力が切れたのが判明したんだがな」

「全部割れる前に効力を無効にできて良かったぜ……」

「ちょっと焦っちゃったわよね。勝負の度に割れるんだもの。心臓に悪かったわ」


 そんなに判りやすく割れたのか。

 どれだけ強い負のエネルギーをぶつけて来たんだろう。確か二十個以上渡したと思うんだけどね。それが半分以上も割れちゃったんだって。


「あの様子だと、自分たちのアイテムが効力を失っているのに気付いてないだろう。それに少しおかしな感じがしたしな……」


 ゲームを見守っていたディエゴによると、あのアイテムは幸運を呼び込むような感じではなかったそうだ。

 なにせアイテムの効果を失ったラヴィアン側の勝負運が、あからさまに落ち込んだようには見えなかったんだって。


「ツキのある人間の、ノリに乗っている手札じゃなかっただろう?」

「そういえば、カードの引きも変わらない感じだったわね」

「だが相手は必ずラヴィアンより弱い手札にしかならない。だから勝てていたのだろうな。このことから推察するに、幸運とは名ばかりの、持ち主の不運を相手に押し付けるアイテムではないかと思うのだが……」


 相手の運を吸い取るでもなく、持ち主に運を与えるモノでもない。

 負のエネルギーをぶつけてくるだけで、幸運を呼び込んでいるように見せかけているのではないかってことなのかな?


「アレは、ラヴィアンのリーダーの運が悪いからこそ、使えたようなモノだろう」


 要するに、持ち主が不運であれば不運であるほど効果は絶大だし、その負のエネルギーをぶつけられた相手は負けちゃうってことなんだろう。

 え。なにそれこわい。色んな意味で。


「ちょっと待って。それじゃぁ、普通に勝負して私が勝ててたのも……」

「相手が弱すぎたってだけだろうな」

「あーなるほど」


 俺は思わずポンと手を叩いた。

 そう言えば俺を捕まえようと向かってきたラヴィアンたちの動きって、少しも洗練されていなかったから、簡単に制圧できたんだよね。ってことは、元が弱いからか。

 グロリアス軍団の時は、シルバやノワルに手伝ってもらわなきゃヒヤッとすることはあった。でもラヴィアンを相手にしても、その手の危機感がなかったのである。

 元々実力がない癖に六ツ星や五ツ星にランクアップできたのって、バフアイテムで底上げしていただけじゃなく、イカサマダイスのアンラッキーパンチが連発していたからなのか。


「え? どういうことなの?」

「よくわかんないっす!」


 うむ。若手二人の混乱する気持ちはよく判る。

 俺にもちょっと複雑すぎて理解できない部分があるからね。


「元々ラヴィアンのリーダーが、運が悪くて弱いだけってことよ」

「奴らの持ってる10面ダイスって奴は、持ち主の弱さや不運を相手にぶつける、要するにデバフアイテムってことだ」

「しかもダイスの目のように、出目によってその威力が異なっていただけだろう」


 一が出たらそのままの不運でドローだけど、10面ダイスだから二倍三倍にもなるし、最高で十倍の負のエネルギーを相手にデバフとして掛けれるってことだよね。

 そりゃほぼ負けなしになるのも理解できる。

 どんなに不運だったとしても、常に一しか出ない訳じゃないだろうしね。


「そういやリオンを捕まえようとして出来なかったもんで、俺らが似たようなアイテムを持ってるんじゃねぇかって疑われたんだよな」

「いつもなら相手が勝手に転んだりミスったりするそうだ。魔物相手でもそれが通用していたからだろうな。リオン相手には通じなかったことが、俺たちが何某かのアイテムを所持していると思い込んだのだろう」

「呆れたものよねぇ。そうやって相手が勝手に自滅するのに任せて勝ち続けてきたから、実力が伴ってないのよ」


 元貴族の三男坊がファンブルを出す才能があるからこそ、その失敗を相手に押し付けるデバフアイテムで勝ち続けてたってことか。なるほどねぇ。

 デバフアイテムに気に入られるのも判るような気がする。そのデバフアイテムも、身代わり石の反撃を受けたことで、既に効力を失っているんだろうけど。


「まぁ、リオンにはアイツらのアイテムは通用しねぇってことだろうな」

「カジノに連れて行けなかったけれど、リオンが勝負していたらアイテムなんていらなかったかもね」

「だがあんな所にリオンを連れて行くのは反対だ」

「そりゃ俺もそうだけどよ」

「ちょっと言ってみただけで、私だって嫌よ。空気も雰囲気も悪いしね」


 その前に俺は戦わない為に合気道を習っていたので、勝負は全て回避するよ?

 『回避道』というものがあるのなら、かなり極めていると思われ。


「しかしそうなると、ヤツラがこのまま船を降りてくれなきゃ困ったことになるな」

「呪いのアイテムじゃなくて、本人がそもそも呪われているようなものだものね」


 元貴族の三男坊は、人間呪物なのかな?

 もしかして家を追い出されたのって、その辺が関係しているのではなかろうか。


「地下賭博にのめり込めば、明日の乗船を断りそうだが……」

「そうなればいいけれどね。ギャンブルって中毒性があるっていうし。あの感じだと抜け出せないレベルにまでなってそうだわ」

「今は負けても、次は勝てるって思い込むやつか」


 ギャンブル依存症ってやつだね。

 初めてギャンブルで大勝ちした人が陥る症状でもある。

 俺は一度きりのビギナーズラックで散々な目に遭ったから懲りたけど。大多数の人間は、大勝ちした快感を再び味わおうとしてギャンブルにのめり込んでいく。負けたからもう止めようという気にならないのが不思議だけどね。

 元貴族の三男坊が元々不運だったのなら、アイテムのお陰で大勝ちし続けることで得られる快楽に溺れて、余計に抜け出せなくなるのではないだろうか?

 となると、それがアイテムの狙いであり、最終的な呪いなのでは……。


「ああ、それで大体合っていると思う」


 念波でその考えを伝えると、ディエゴが同意するように頷いた。


「デバフアイテムといっても、そう単純でもなさそうだ。恐らく欲に溺れた人間を、引き返せないところまで堕とすモノなのだろう」


 それも周りを巻き込みながら。


「よく判んなかったけど、怖いアイテムもあるってことだよね?」

「リオリオのアイテムは怖くないっすけどね!」

「怖くはないけど強力すぎて、使いどころが難しいわ」

「確かに。頼り過ぎねぇようにしねぇとな」


 そうだね。俺もよく判んないアイテムや魔道具にしないよう気を付けるよ。

 悪戯に人を惑わせるような悪質なアイテムがこの世界には溢れているだけに、一緒にされたくないし。

 ところでアイテムについては解決したのはいいんだけど、肝心のラヴィアンの動向が気になるのだが。そっちはどうするのだろうか?


「一応、ハルクたちに見張ってもらってるが、報告は明日になるだろうな」

「アマンダに負けた分を取り返すまで、諦めそうになかったぜ。アイテムの効果が、俺たちのせいで一時的に失われていると思い込んでいたしよ」

「まだギャンブルで稼ごうと考えてるんだから、懲りてない感じだったわ」


 あ。これはもう、全財産を失うまでやり続けるパターンだ。

 どれだけ資金があるかは判らないけれど、自分の意志では止められないところまで依存が進んでるな。そう言う呪いなのだろうけれど。

 今後はアイテムで増やした資産が、サイコロの目のようにひっくり返って借金になって行くのだろうか?

 ハーレム要員さんたちが止めてくれればいいけれど、彼女たちもアイテムの影響を受けてるっぽいから無理かなぁ。


「なんか身を持ち崩していく未来の姿が見えそうっすね」

「アタシも。奴らが剣闘士になって戦うところまで見えたよ」

「でも実力がねぇから、勝てねぇだろうなぁ」

「別れ際に忠告はしておいたわ。抜け出せなくなる前に、手を切るようにってね」


 その忠告をどう受け取るかで、彼女たちの今後の身の振り方も変わるだろう。

 何だかこのまま、ラヴィアンたちはジボールに骨を埋めそうな予感がするけれど。


「そういえば、アマンダ姉さんが勝ち取った賞金って、どうしたの?」

「そのまま総取りしちゃったんすか?」


 それは俺も気になる。


「まさか。ちゃんとカジノに返したわ」

「え~、勿体なくない?!」

「うわぁ……太っ腹っていうか、男前っていうか、流石っすね」

「悪銭身に付かず。大食い大会の時のように、恨みを買わないように恩を売っておくのが一番なのよ」


 周りのお客さんもそんなアマンダ姉さんを大絶賛したらしい。

 そのあまりの気風の良さに惚れ込んで、プロポーズしてくる大富豪もいたそうだけど、華麗に振ったんだって。武勇伝だねぇ。

 とはいえ、一部の賞金はカジノ側から謝礼として受け取ったそうだ。

 その謝礼金でみんなの武器や魔晶石を買えるわよと、更に男前な発言をしていた。

 やはり我らがリーダー、物凄い美人な上に強くて頼もしいね!




 それにしても。

 この世界には、何とも恐ろしいアイテムもあるものだ。

 効果がよく判らないジョークグッズみたいなモノもあれば、幸運のアイテムに見せかけたデバフアイテムもあるし。使いすぎれば反動で呪いのアイテムに転変する物だってある。

 そう考えると、アントネストのドロップアイテムは、とんでもなく親切だったように思えてくるよね。

 面倒な謎解きが必要ではあったけれど、意図的に誰かを不幸に陥れたりするようなモノじゃなかったもんなー。いや、効果のおかしなモノもあるにはあるけど。

 こういうのって、ダンジョンを作った妖精ボガード性質イタズラの違いによるものなのかな?

 妖精の作り出すアイテムの謎は多いなぁと、改めて実感した一件であった。

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