第145話 王の器
ドワーフの工房は、世界遺産になったイタリアのマテーラにある洞窟住居みたいな造りだった。
アラバマ殿下の乳製品工場も似たようなものだったが、こちらは住居も兼ねているのか、あちこちに階段やら花壇もあって生活感がある。行き交う人も特徴的で、ドワーフの集落と言った趣だ。
「ドワーフは土属性か火属性だからな。この洞穴住居も土魔法で固めているのだろう」
「すごいねー」
「俺様も土属性だぞ」
「ふうん?」
「あの乳製品工場も、俺様が空間を広げて快適にしたのだぞ」
「すごいねー」
「……ちっとも凄いと思っておらんな」
「すごいとおもってるよ?」
俺にはできない芸当だもんね。自分の持っている玩具を、アイテム化させる程度の能力しかない俺とは違う。
それにしてもアラバマ殿下って優秀だな。バホメールをテイムできるし、土魔法で居住空間まで作れるんだもん。それなのになんでこんなに扱いが雑なんだろうか?
お付きの侍従は酷いし、腹違いの姉弟と仲違いしてるし、ハブられてるような感じがするんだよね……。
そんなことを思っていると、殿下はふんと鼻を鳴らし呆れた顔をしていた。
「表情が貧しすぎて、少しもそんな気がせんわ」
「そう?」
「アマルの奴の方がまだ感情が読める」
「ふうん?」
そう言えばアマル様も表情筋が硬かったね。でもそっちの方が判りやすいと。ふむふむ。なるほどなるほど。
「俺はリオンの目を見れば、感情が判るぞ」
「そう?」
ディエゴも俺と一緒で表情筋が硬いけど判りやすいよ。お互い、目は口程に物を言うの典型なんだろう。その前に念波で会話できるけど。
「工房も幾つかあるが、俺様と懇意にしておるのは、主に魔道具を作成している工房だな。武器や家具が欲しいのなら、別のところになるが――――」
「魔道具で」
「まどうぐで」
「……だろうな」
家具も気になるところだけど、ここは魔道具であろう。
ディエゴの書いた図面を特許として申請しても良いけど、それだと時間がかかる。魔塔に依頼するなんて以ての外だし。面倒臭いことになりそうだ。
それに魔塔も細かな部品などの作成をドワーフに依頼することがあり、そういうのもアマル様の魔動船によって運ばれていた。
日本でいうところの精密機械製造会社みたいな立ち位置なのだろうか?
「ドワーフの工房も、最初は全て一つの工房で作成しておったのだが、それだと効率が悪かろう?」
「うん?」
お勧めの工房へ案内してもらいながら、アラバマ殿下に魔道具専門の工房の説明をしてもらう。
「ある者は組み立てが丁寧だが、細かな部品の作成は雑であったり、ある者は細かな部品を作るのが得意でも、組み立てが雑であったりと、そういう得手不得手がある」
「そうだね」
「発想や着想は良いのに、デザインがいまいちだったりもあるな」
「たしかに」
「あるあるだねー」
そういうのは俺とディエゴにも共通してある。割と思い付きで何でもやるけど、協力者がいないので独りよがりになりがちだ。
理論は判って図面まで起こせても、道具の作成にまでは至らないしね。
だから結局特許申請するだけに留まってしまう。まぁ、俺は分業することに慣れてるからそれでいいし、専門家に任せることも普通の感覚だ。
でもまだまだ保守的なこの世界では、何もかもを一つの工房で行っていた。
そうすれば他者に技術を奪われずに済むし、その工房の強みになるからだ。
「しかも工房の親方は己の技術を伝授するが、弟子が同じく育つとも限らぬ。能力の差もあるが、全てを伝授しようとすれば長い年月を必要とする。だが途中で志半ばで挫折する者を救済する場所などもない」
それを惜しんだ殿下は、そうやってドロップアウトしかけている者たちを集めて一つの工房を作った。
お互いの不得意を補い合う、一つの技術に特化した者たちだけの工房を。
「若い連中ばかりだが、頭は柔軟だから安心するがよいぞ。他の工房では頭の固い連中も多いが、ここの奴らは興味のある事には意欲的だからな。お主らの求める物も、良いと思えば作ってくれるだろう」
「あの空調管理魔道具を作成した工房か……」
「そうだ。他では必要ないモノとして作ってはくれんが、ここなら大丈夫だ」
俺にとって湿度や温度の管理できる機械があるのは当たり前のことでも、この世界じゃまだその考えは新しすぎるからだろうね。需要自体もないからだけど。
そもそも自然環境を利用するだけで人工的にそれらを行うという考えはない。魔法があってもその考えは変わらず、人力で出来ることには限りがあるからだろう。
物凄く大掛かりなエアコンだったし。管理も難しいし、工場でもなければ必要とされてないのかもね。
俺の世界でもエアコンが一般家庭に普及したのもかなり最近だ。小型化されたのもごく最近と考えれば、この時代にエアコンを考えつくなんて天才でしかない。
「でんかはすごいね」
「な、なんだ、いきなり? 凄いのはここの連中であって、俺様ではないが!?」
尊敬の眼差しでアラバマ殿下を見ると、顔を赤らめてうろたえた。
そんな凄い人たちを集めた殿下が凄いんだけど。先見の明があり過ぎでしょ。
どこまで先を見通して進んでいるのだか。
進み過ぎて理解されてないのかもしれないけれど。
「アラバマ殿下の発想に誰も付いて行けないのだろう」
「それだよねー」
「周りが時代遅れすぎということか」
「てんさいのはっそうなのにねー」
「全くだ」
俺の意見に賛同するように、ディエゴもうんうんと頷いた。
天才とは、常人には中々理解されにくいところがあるからね。
魔塔のあたおか連中は奇人変人で、賢者の塔のアルケミストは賢いけど引き籠りだしな。理解を求める以前の問題だ。両者ともあんまり世の中のために頭を使っているとは思えないところがある。
便利な物を作っているし必要ではあるのだが、もうちょっとどうにかできなかったのかという、もう一歩先まで手の届かないじれったさがあった。
「なんだ貴様ら!? 何をお互い判り合っておる!」
こういう時に限ってにゃんリンガルを使わないんだよな。
ディエゴが居るから使わないんだろうけど。(使うと置物と化す)
「ラノベのしゅじんこうみたい」
「だから訳の判らんことを言うなと言っておるっ! ラノベとはなんだっ!?」
あ、アラバマ殿下はラノベの主人公の定番である、転生者あるあるじゃなかった。
なんかこういう設定のラノベってありそうじゃない? よく知らんけど。
だからちょっとカマをかけてみたけど違うようだ。頭に?が沢山浮かんでるし。
でもありそうなんだよなー。悪役王子に生まれて、兄弟暗殺の罪をなすり付けられて処刑される運命だったのを、転生者としての記憶が戻って危機を脱出するために現代知識を駆使して奮闘するとかなんかそう言う感じのお話しが。
そこにダイエットも加わって、わがままボディから脱却して物凄い美形に変身してハーレムを形成するまでがセットである。俺としてはわがままボディは個性なのでそのままでいてほしいけど。
美形になったからって群がるような女性は、他の美形が出てきたら靡いて去りそうだから信用できないし。
だが殿下は純粋に個人の才覚でここまで思いついて行動しているようだ。
う~ん、正に時代の寵児。ただし世界はまだ殿下の凄さを理解できるほど柔軟さもなければ進歩もないってところか。残念だね。
その内もてはやされる日が来るだろうけど、理解されるまで時間がかかりそう。
「王の器に相応しいのだろうな」
「そうだね」
「何をバカを申しておる! 誰が王なんぞになりたいものか!」
「えー?」
「あんな種馬のような存在になってどうする――――あ、いや、この話はここだけのものとしてくれ。取りあえず、工房に入るぞ」
なんだろう? アラバマ殿下の気になる言い方に、俺とディエゴはお互いの顔を見合わせた。
この国の王様って、種馬なの?
その疑問は解消されることなく、流されるままに殿下お勧めの工房の扉を開いた。
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