第146話 ドワーフ工房での依頼
工房の扉を開けると、一斉に中から視線が降り注いだ――――アラバマ殿下に。
「殿下だ」
「アラバマ殿下だ」
「殿下がいらっしゃったぞ」
「今度は何です?」
「新作のチーズか?」
「そういやミルクが切れていたぞ」
「丁度いいところにいらっしゃった」
もしかして、アラバマ殿下って牛乳配達員扱いなのかな?
「ええい、煩いっ! 今日は依頼者を連れて来ただけだ! 貴様らは俺様を何だと思っておるっ!」
「ミルクはないのか」
「仕事の依頼だと」
「ブラウンチーズが欲しかったです」
「アレ、甘くて美味いよな」
「パンに乗せて食うと最高」
「依頼? 何を作るんだ?」
「殿下のことだから、おかしなモノかもしれん」
「小型化しろと言う依頼じゃないのか?」
「また難しいことをおっしゃる」
「だから群がるんじゃないっ! 責任者出てこーいっ!」
わらわらとアラバマ殿下にまとわりつくドワーフの職人さんたち。この世界の標準的な身長よりも低く、俺と同じぐらいの背丈である。
しかしみんな豊かな髭を蓄えていて、年齢が判り難い。若い人が多いと言われても、ゴツイ体型と髭のせいでみんなおっさんにしか見えなかった。
Siryiに聞くところによると、ドワーフは髭が生えて初めて大人認定される。それまでは子供扱いなんだそうだ。
俺は身長的にも髭の生えなさから、やっぱここでも子供扱いなんだろうね。
ディエゴと契約したせいもあって、髪も髭も伸びないからな。まぁ、面倒がなくて良いんだけどさ。元々髭が生えにくいし、男性ホルモンが少ないのだろうか?
「おお~い、お前ら散れ散れ~。 暇だからと殿下で遊ぶな~」
暇なのか。いやそれよりも、のんびりした口調のおっさんが出てきて、職人さんを散らしていく。この人がこの工房の親方なのかな?
それにしても見分けがつかない。かなりヤバイ。脳がバグりそう。
「なんだ。相変わらず暇なのか?」
「細かな部品の依頼はありますけどね~。でっかい仕事はアラバマ殿下の依頼以外ないですな~」
「暢気なものだ。それでやっていけているのか?」
「魔塔の方からの依頼はありますので、ご安心を~」
「便利に使われておるな」
「そうおっしゃいますな~」
魔塔からの依頼があるのか。何の部品を頼まれてるのか気になる所だ。
「例の~なんでしたかな~?」
「親方親方、フリーズドライとかいう奴ですぜ」
「ああそうそう~。真空ポンプとかゆうヤツですね~。 凍結乾燥とかいうのに必要らしいですな~」
「小難しい依頼もあるのだな……」
「野菜をカラカラに乾かす魔道具らしいですぞ~」
「なるほど。よく判らんが、魔塔の連中の作るものだ。何かの役に立つのだろうな」
ありゃ、こんなところで懐かしのフリーズドライ魔道具の部品が依頼されていた。
そういやまだ製品化されたという話は聞いてなかったね。
「いくつかの部品が自力で作れないから、ドワーフの工房に依頼したのだろうな」
「むずかしいからねー」
「理論や仕組みが判っても、特殊な部品がかなり必要だからな」
「そうだね」
「属性の組み合わせも複雑だし、いい加減に作れば爆発するからな」
「こわいね~」
全属性持ちのディエゴがいれば魔道具は必要ないとはいえ、魔道具になるとかなり面倒で大掛かりになる。魔法回路や魔晶石があればパパっと作れる訳でもない。
だからディエゴも、魔塔が高額な特許の使用料を払っても直ぐには作れないだろうと予想していた。
しかしドワーフの職人さんに部品を依頼するとは、魔塔も考えたモノである。
「急ぎの仕事か?」
「あちらさんが作れないのもあって、こちらものんびりさせてもらってますわ~」
「本当ならすぐ作れそうですがな」
「焦らしてやればいいのです」
「吹っ掛けてやります」
「金持ちからは巻き上げる」
ウワハハハハと、職人さんたちが笑い合う。
ほほう。なかなか良い感じで仕事の依頼を引き受けているようだ。
「簡単に作れると思うなです」
「作れないとも言ってないしな」
「実はもうできておる」
「お主も悪よのう」
再び沸き起こる笑い。
この工房のドワーフさんたち、かなりデキるな。色んな意味で。
「……図面さえあれば作れそうだな」
「そうだね」
「さきにこっちでつくっちゃう?」
「それもいいな……」
俺たちは俺たちで、考案者特権でこの工房でフリーズドライの魔道具を作るのもいいかもしれないと企む。
おそらく依頼されたのはパーツ的な部品だけで、全部の図面を渡されてはいないのだろう。だがしかし、ここには全ての図面を書き起こしたディエゴが居た。
ディエゴは脳内で魔道具の構造や仕組みを理論立てて思い浮かべられる、天才的な魔道具オタクである。問題は自力で作れないだけだ。
それに人間魔道具でもあるので、現物自体は必要ないからね。
こういう時、ラノベだと自力で作っちゃうんだけどな。現実はなかなか難しい。
簡単に誰でも作れると、それはそれで問題があるしね。
「おおそうだ。依頼とおっしゃいましたが、こちらの方が依頼者ですかの~?」
「お主らが群がるから忘れておった。そうだ、こ奴らが依頼者だ」
改めて紹介されて、二人で職人さんたちに挨拶する。
お近づきのしるしに、厨房を借りて作ったお土産を渡すことも忘れずに。
チョコレートを作る魔道具の作成依頼なので、アラバマ殿下の乳製品工場で作った試作品も添えてアピールタイムへ突入することにした。
百聞は一見に如かず。現物の製品を見て味わえば、きっと魔道具を作りたくなるに違いないのだ!
◆
急ぎの仕事はないということで、職人さんみんなで試食することになった。
ドワーフの職人さんのイメージ的に、忙しくて相手にもされないと思い込んでいたのだが、この工房だけ特殊なのかやたらとのんびりしている。と言うか緩い。
いやでもこの世界に限らず、忙しそうな雰囲気があるのは日本だけのような気がするぞ。常に時間に追われているっていうかさぁ。納期がキツイイメージだ。
でもこんな風にゆっくり時間が流れるのもいいもんだね。
「ほうほう、このミキサーというのは、かなり便利ですな~」
「料理以外にも使えそうだ」
「混ぜるという単純作業は案外疲れますからな」
「ここをこうすると、パウダー状になるというわけですか」
「ああ、バター状にする工程と、パウダー状にする工程は違うからな」
「それがこのココアと言う飲み物になるのです?」
「カカオには興味はなかったが、ココアは実に美味い!」
「バホメールのミルクに溶かし込むと、更に美味い!」
「このチョコレートとやらも、この魔道具で作れるのです?」
「カカオがこんな風になるのか……うむ、素晴らしい」
豚の角煮やミルク餅ずんだも好評だったけど、メインのチョコレート製造機の方が受けが良かった。
彼らが甘い物が好きで、バホメールのミルクが好物というのもあるのだろう。それらを使った菓子類もあるので、みなさん興味津々である。
図面を見るだけでどういう仕組みなのか理解するのも早く、あれこれと質問が飛び交う。それに答える形で、ディエゴも説明しながら楽しそうだった。
「……どうだ。作れるか?」
難しそうな表情で問い掛けるアラバマ殿下に、職人のみなさんがニッと笑った。
「作れるかどうかではなく、作りたいかでいうと~」
「作りたいです」
「やりましょう!」
「こんな美味い物が食えるとあらば」
「他の仕事は置いてもやるべき」
「魔塔の依頼は面白くない」
「いや、他の仕事もしろっ! 貴様らはそういうところがいかん」
アラバマ殿下が居ないとツッコミ不在だな、この人たち。
「ところでこの魔道具ですが、殿下の新たな工場で使うことになるんですかの~?」
「え」
「ん?」
「あ~」
そういやそこまで考えてなかった。いつものことではあるけれど。
チョコレートを作る魔道具をドワーフの職人さんに依頼して、バホメールのミルクを贅沢に使えればいいなぁというところで俺の計画は止まっていたのだ。
よく考えなくても、一番の問題はそのチョコをどこで作って販売まで漕ぎ付けるかである。
「でんか……」
お願いしていい? という
その目線だけで俺の考えを理解したのだろう。既ににゃんリンガルを必要としなくなったアラバマ殿下は、忙しなく視線を彷徨わせた。
拝むように手を合わせてじっと見る。何故か職人さんやディエゴまで、同じように殿下を拝んでいた。
「~~~し、しかたあるまい! 俺様の乳製品工場を拡張して、チョコレート工場も一緒に作ってやるわっ!」
「ありがとー、でんかおとこまえ~!」
イエーイ、共同経営者ゲットだぜ!
まぁ、最終的には全部殿下に丸投げする予定だけどねー。
「ですです。殿下は男前です」
「太っ腹ですしな」
「事実太っ腹でございます」
「物理的に」
「いや~立派立派」
「煩いわっ!!」
みんな言いたい放題だけど、信頼関係があるのがよく判った。
それに殿下もにゃんリンガルを使うことを忘れてるし。
本音を知ろうとして自爆するのを避けたのかもしれないけど。
ドワーフ職人さんも、殿下を見る眼差しが乳製品工場の従業員さんと似たような温かな雰囲気だもんね。
そして男前で頼りになるアラバマ殿下に任せれば、何とかなる気がするのが何気に凄い。やはり王の器だ。間違いない。本人は嫌がっているが。
臣下に恵まれていない殿下だけれど、それはあくまでも王室内だけであって、職人さんや従業員さんには信頼されるだけの器量があった。
捻くれた言動は多いけど、人柄の良さが出ちゃってるもんなー。
それに地道にコツコツと努力してきたのを、見てる人はちゃんと見ている。そんな殿下の努力が、必ず報われるように俺も陰ながら応援しよう。
次の更新予定
異世界に迷い込んだ俺は、妖精(ブラウニー)と誤解されながら生きていく 明太子聖人 @hia124252
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