第144話 トンボ玉で作った例のアレ

 興味のあるなしは置いといて。俺もディエゴも経済にそこまで詳しくないし、政治にもかなり疎いので的確なアドバイスができない。

 そもそもディエゴが政治的に上手く立ち回れるのなら、あたおかだらけの魔塔で上手くやって行けたはずだし、俺だって社会人一年目でドロップアウトしなかった。


「これほどまでに、俺たちに向かない依頼はないな……」

「うん」


 護衛や情報収集の方がまだ易しい気がしてきた。

 だが俺にだって判ることが一つだけある。

 人は貧しさで飢えると、その不満から人を裏切ったり犯罪に手を染めるものだ。

 中にはいくら食べさせようとも満足しない人間もいるが。そういう人間は必ず裏切ると考えていいだろう。自分だけが美味い物を食べるために。


『足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り―――ですね』


 ここでは実際の飢えではなく、心の貧しさの話だけどね。

 権力争いでは必ず誰かを引きずり降ろそうとする者がいる。自分は何の努力もぜずに。なので兄弟間の争いの中で、そういう人間が一番怪しいに違いない。

 棚ぼたで富を得た者や、自動的に権力を手に入れた者――――。


「繰り上がりで第一王子になった、カシム王子だろう」

「うん? うん」


 そう言う名前だったのか。覚えてないけど。


『分割するもの、暴食するもの、食い散らかすもの、と言う意味がありますね』


 ああそういう――――っていうか悪い意味ばかり並べ立てただろ。でも覚えやすくて助かる。サンキューSiryi!


『どういたしまして』


 妹王女様もまだいるけど、そっちは我儘で癇癪持ちのようで。自分が一番可愛がられてないと気が済まない性格らしい。甘やかされて育ったな?

 なので放置しておく。俺の希望的観測によれば、勝手に自爆するタイプだ。

 その他の弟妹達は側室さんや愛人さんが産んだ、まだ年端も行かない子供ばかりらしいので除外してもいいだろう。

 だがしかし。この国の王様は重要な仕事を子供に任せて、自分はどれだけ火種と子種を巻き散らかしているのだろうか。

 アマル様やアラバマ殿下も、自分の父親のことは何も言わないから判んないしな。

 ディエゴの見解としては、王様を傀儡にして大臣たちが好き勝手やっているのではないかという予測を立てている。俺もそうじゃないかなとは思う。


「警戒すべきは誰か判ったな」

「そうだねー」

「まぁ、警戒するだけしかできないが」

「そうなんだよねー」

「……」

「……」


 長期的な計画よりも、まずは目先の短期的な問題を解決することから始めよう。

 農林水産大臣であるアラバマ殿下に、サヘールの主な農業について詳しく聞いたところ、小麦やトウモロコシ等の穀物や、トマトやジャガイモなどの野菜類、コショウやシナモンなどの香辛料各種、柑橘類のオレンジやブドウなどの果物類もあるらしい。想像よりも豊かである。

 穀物や香辛料は昔から栽培されていたそうだが、野菜や果物類はアラバマ殿下が頑張って収穫まで漕ぎ付けたのだそうだ。う~ん、矢張り優秀!


 と言っても忘れてはならないのがアマル様の存在である。

 彼が魔動船で各国を巡って様々な野菜の苗や種を取り寄せ、栽培の仕方の書物を取り寄せたことが大きいらしい。

 関係がこじれるまではそれなりに仲良かったみたいだね。

 魔動船のワインセラーにあったワインも、実はサヘールで作られているそうだ。

 確かにブドウは暑さに強く(寒さにも強い)、雨に弱いので乾燥した地域で栽培するのに適している。

 農業的には香辛料は輸出品として主力ではあれど、それ以外は地産地消の扱いみたいだけどね。


 サヘールの国土の殆どが砂漠で、空中都市とされるここは、まるで浮島のような場所だ。限られた土地で栽培する食物にも限りがある。

 魔晶石が採掘できるとしても資源には限りがあり、ダンジョンで採掘している訳ではないので、何れ限界が訪れることをアラバマ殿下も危惧していたしな。

 先見の明があるというか、先の先まで読んでいるなと感心したものだ。

 だからこそアラバマ殿下は、バホメールの乳製品を主力輸出品に格上げしたいのかもしれない。ここにしかない特産品として。




 普通のヤギのミルクで作ったチョコと、バホメールのミルクで作ったチョコを試しに食してみたところ、誰もがその味の違いに驚いた。


「ヤギのミルクでも美味いと感じるが、バホメールのミルクで作られるとここまで違いが出るのか……」


 なんてアラバマ殿下ですら感動していた。

 色々なチョコを食べてきて、高級とされるチョコも食べたことのある俺ですら、バホメールミルクチョコは絶品としか言いようがないほどに美味かった。

 語彙力を消失するぐらいに。

 美食家なんてものではなく、おそらく絶対味覚を持っているであろう殿下も絶賛していたし、他の従業員さんなんか泣きながら食べていた。

 ていうかさぁ、美味しいと思ってたなら最初から感想を聞かせてくれればいいのに、勿体ぶって中々言葉にしてくれなかったのはどういうことだ。

 にゃんリンガルに夢中で忘れてたとか言ってたけど!

 そう言う素直じゃないところがダメなんだぞ!


「貴様らがアマルと共に、仕入れたカカオで俺様の邪魔をしようと企んでいるのではないかと思っておっただけだ」


 それもまた勘違いで誤解なのだが、どうやらそういうことらしい。

 疑い出すときりがないよね。

 俺は美味しい物を作りたいだけで、アラバマ殿下はバホメールのミルクの美味しさを理解してほしいだけで、アマル様はただの食いしん坊なだけだ。

 共通するのはみんな美味しい物が好きってことだけど。


「取りあえず、そのチョコレートとやらを作るには、ドワーフの技術協力が必要なのだな?」

「うん」

「人力では限界があるので、製品化するにはこの工場のような設備が必要かと」


 そろそろディエゴがチョコ作りに飽きて来た頃である。馬車馬のようにこき使いすぎたかな?

 いい加減ドワーフに、魔道具の作成依頼をしたいという気持ちが流れて来た。

 最初は面白がっていたんだけど、数を熟すと飽きてくるようだ。同じことの繰り返しだからね。仕組みが判ると興味も薄れるというものである。

 なので今度はソイプロテインの研究をさせよう。


「なるほどな。まぁ、これ程美味い物であれば、奴らも作るしかあるまいて。俺様も奴らの協力を得るために、バホメールの乳製品を作って食わせたからな」


 ワハハハハと、自慢気に笑うアラバマ殿下であった。

 お金や権力に物を言わせたのではなく、胃袋を掴んだんですね。判ります。美味しいは正義だもん。




 なので今度はドワーフの工房にお邪魔することになった。

 傍から見れば俺とディエゴって、厨房を借りて料理を作ったり、牧場や乳製品工場の見学をして買い物に勤しんでいるので、遊んでいるようにしか見えない。

 まぁ、実際に遊んでいるので間違いではないが。

 そしてアラバマ殿下の侍従たちが余計なことをしないよう、ディエゴ作のデバフアイテム(トンボ玉で作った例のアレ)でやる気をなくさせている状態だ。

 本人たちは常にさぼっているようなモノなので、誰も疑ってないから不思議だね?

 唐突に仕事をしなくなったとかだと疑われるのだろうけれど。


「あのアイテムも、役目を終えると消失するのだろうか?」

「どうだろうね?」


 どれぐらい持続効果があるのか、実際に経験したディエゴでもよく判らない。直ぐに俺が取り上げたからだけど。

 やる気をなくさせた後、結果的にどうなるんだろうか?

 どういう条件で役目を終えたと判断するのか。それが知りたいところである。


「まぁ、実験していると考えればいいか」

「そうだねー」

「リオン以外が触れると、効果が発揮されるから要注意だな」

「それねー」


 何故か俺は触っても何ともないんだけど、他の人が触るとやる気が消失するというデバフが発揮されるのだ。

 なので奪われても奪ったヤツがデバフによってやる気が無くなるという摩訶不思議現象が起こる。正に触るな危険状態だ。

 ディエゴ曰く、思考能力が衰えて、だらけたくなるんだって。怖いね。


「やる気が無くなって、怠け者になるだけだから問題はないだろう」

「もともとそうだしね」

「まさかあんな使い方があるとは思わなかったがな」

「そうだねー」


 アハハハハハと、俺とディエゴは乾いた笑いを洩らした。

 あのアイテムがまだいくつかあって、更にもっとヤバい物もあるが、これは俺とディエゴだけの秘密である。

 触っても何ともないのが今のところ俺だけだから、作成者のディエゴですら触れないヤバイアイテムだけどね。

 取り合えず、アラバマ殿下の侍従で実験させてもらっている状態である。

 それを説明すると。


「貴様らを敵に回すと厄介すぎるということは判った」


 邪魔者を大人しくさせているだけなのに、何故かアラバマ殿下からは危険人物のような目で見られた。

 あのアイテムを使おうって言い出したのは俺じゃなくてディエゴだから!

 俺は反対はしなかったけど、思い付いたのはディエゴお兄ちゃんだからね!

 危険人物はこの人ディエゴです! 俺じゃないよ!!

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