第136話 お近づきのしるし
俺のせいでというか、お陰とでもいうのか。
何故かスプリガンのみんなも、この国では貴賓扱いになった。
だがお客様扱いとして丁重に扱われるからと言って、横暴な振る舞いをしてはならないのである。
「みなさまの滞在中、お世話をすることになりました。よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくね」
緊張した面持ちであいさつをする、客室メイドさんに俺たちは笑顔で応えた。
そして腰が低い日本人というか、礼には礼で返すように、丁重な扱いに感謝しながらお土産を渡すことを忘れない。
旅館の仲居さんに渡す心付けみたいなやつだね。
これを最初に渡すだけでサービスが向上するのである。
海外のチップ制度のように渡さなければいけないものではない。アレはもらえて当然と思い込んでいるだけに、チップの習慣のない日本人には面倒臭いそうだ。
その点心付けは渡しても渡さなくても良いんだよな。まぁ、俺は渡すけど。
「そまつなものですが、どうぞー」
客室メイドさんに、アントネストの美容品セットを渡しながらそう伝える。
俺の作った物なので、商品として売られてはいないんだけどね。
砂漠の乾燥地帯の民なので、しっとり系の保湿たっぷり成分が良かろう。
「また粗末って言ってるわよ」
「リオンの粗末は、何故かそうじゃないからな」
「基準が判らねぇんだよなぁ……」
美容品の説明をチェリッシュに頼むと、同じ年ごろなのであろう客室メイドさんは嬉しそうに受け取ってくれた。
日本人なら遠慮して二回ぐらいは断るけど、この世界の人は気軽に受け取ってくれるから面倒な様式美を繰り返さなくていいね。
「あのね、コレは透明な石鹸でね、すっごく良い香りがするんだよ~」
「透明な石鹸なんて、初めて見ました! とても綺麗なのですね!」
「リオっちが作った物だから、チョーオススメ!」
何やら打ち解けた様子で、キャッキャと話に花を咲かせている。
「こちらは、ほんのきもちです」
暫定的に俺の護衛をしてくれることになった、竜騎士の男性にもお近づきのしるしにお土産を渡す。色気より食い気かなと思ってこちらは食べ物である。
ノワルとシルバの好きなジャーキーセットの説明はテオに任せた。
「こっちはエアレーのジャーキーで、こっちはボアなんすけど。あ、ボアだけど熟成肉なんで、スッゲェ美味いっすよ!」
「あのボアですか? ボアって美味しいのですか!?」
「リオリオの作った物っすから、めっちゃ美味いっすよ!」
こちらも年齢が近いので、仲良くなれそうである。
友好的に接して、少しでも環境を良くしよう作戦は成功のようだ。
まぁ、あまり慣れ慣れしくされても困るけれど。その手の交流は若いテオとチェリッシュの二人に任すことになっている。
微笑ましく若者たちの交流を眺めていると、同じく客室に案内されて居なくなっていたハルクさんたちが現れた。
お隣さんだから行き来はし易いのだ。
そうしてこっそりと俺の耳にだけ聞こえるように話しかけてくる。
「お前さん。そういうのいつもやってんのか?」
「サービスこうじょうけいかくー」
「サービス……?」
「賄賂とは違うのか?」
「ちがうよ」
自主的に働きたくなるための心付けだからねー。気持ちだよ気持ち。
お世話をしていればまた何か良いことがあるかもと期待させるモノでもあるが。
仲良くすることで、何か裏の事情でもポロリとしてくれれば儲けものであるし。
なので若手二人には、情報収集という任務を課しているのだ。
そろそろそう言ったことも学ばなければならないので、大人組が黙って見守っているのも、それが目的だからね。俺は座して待つ役割だ。
「オレらも小遣いぐらい渡しとくか?」
「ぶすいだねー」
「お。言うじゃねぇか。そんじゃどうすりゃいいんだ?」
「これわたして」
同じ物を三人の客室メイドさんに渡すように仕向ける。
不公平にならない為に、同じ美容品セットの方が良いだろう。
侍女さんも大絶賛している、アマル様ご愛用品となりつつある美容品セットだ。
必ずメイドさんたちの間で話題となるに違いなかった。
「サンキュ。様子見にも丁度いいな」
「やっぱ坊主は賢いな~」
「他にも何か考えてんだろ?」
「うん」
お金よりも手に入らない珍しい物を渡すのには意味がある。
魔動船での交易をしているので、サヘールの国民はそこそこ生活水準は高いだろうし贅沢品も見慣れているし、王宮に勤めている者ならば給料だって高いに違いない。
だがしかーし! まだここで出回っていないであろう品物を、俺たちの世話をすることで手に入れられるとしたらどうだろうか?
お近づきになりたいと思う人も出てくるだろうね。
スパイも近付いて来るだろうけど、そんなことは百も承知である。
俺がアルケミストだと知って近付いて来るだろうから、怪しい奴は片っ端から実験に付き合ってもらうという名目で尋問にかけることにした。
これは悪巧みではなく、純粋なる防衛手段なのだ。
頼もしい仲間がいてこそできる無茶だけどね。
◆
姉王女様との面会の手続きが完了したとのことで、アマンダ姉さんたちは付き添いがてら(本当は護衛)あいさつに出向くことになった。
「それじゃ、行ってくるぜ」
「きをつけてねー」
「こちらの方は任せてくれ」
宮殿の中を案内してくれるということで、二手に分かれることにした。
というかノワルとシルバは王女宮に入れられないって断られたからなんだけどね。
その手の横やりが入ることは予想済みである。
最初から俺はみんなとは別行動をする予定だったから、特に問題はない。
「おみやげわたしてねー」
「判ったわ」
名目は献上品を渡すということになっている。
殆どが食べ物だけど、調べられたところで悪い物は出ませんよ。
寧ろ調べてくれた方が助かる。身体に良い栄養面に気を使った、ケガ人の回復に役立つ料理ばかりだからね!
長ったらしい説明を受けて、時間を無駄にすると良いよ。
引き籠り気味のアルケミストと、変人と名高い魔法使いのディエゴが別行動をしても何らおかしなことはない。
王子宮には、アマル様以外の王子様方も居る。俺たちはその王子宮の客室に滞在しているので、そちらが接触してくるのを待つことにした。
その間に俺は改めてこの宮殿内の王族関係の勉強をすることになった。
「サヘールの王族として、現在は兄弟姉妹合わせて十人近く居るそうだ」
「へぇ……」
王様頑張ったな。頑張ったのは王妃様や側室様方もだけど。
その内二名が暗殺だか事故だかで亡くなったんだっけ?
「その中でも要注意なのは三名ほどで、アマル殿下の上に第二妃の産んだ二名の兄、そして側室の産んだ妹がいる。その三名が怪しいそうだ」
「ふんふん?」
「アマル殿下とその姉である王女殿下――――シエラ殿下だが……リオン? 覚えられるか?」
「う……うん?」
ヤバイ。興味がないので頭に情報が入らないぞ。
しかも王妃とか側室とか、第二妃とかもう訳がわからん。
貴族の家系図がクソ面倒なのは、顎一族のハプスブルク家で学んだけど、結局理解できなかった。長い顎は遺伝するってことぐらいで。
王族によってどれだけ側室を持っていいとか、正妃とか第二妃とかあると更に訳が分からなくなった。
日本の有名な武将の名前とかは、その武勇や物語によって覚えられるのだが。何の興味もわかない王族や貴族の名前なんて覚えられる訳もない。
「取りあえず、アマル殿下とその姉であるシエラ殿下だけは覚えておこうな?」
「……あい」
人の名前や顔を覚えることが苦手なので、それを察したディエゴが俺の頭を可哀想な子供のように撫でてくれた。
ポンコツで申し訳ない。やはり俺は引き籠るべきだな。名前どころか顔すら覚えないから、友人が少ないのである。
動画配信者になれたのも、不特定多数を相手にしていながら、名前も顔も知らなくていいからだ。どうせ見てる側も本名じゃないしね。
この世界に来て多少知り合いは増えたけれど、相変わらず俺の交友関係は狭い。
必要最低限の付き合いで良い相手となると、数日会わないだけで「どこかでお会いしましたっけ?」みたいな感じになっちゃうからな。
「それと、護衛の竜騎士と、客室メイドの顔も覚えておこうな?」
「……あい」
「名前は覚えなくとも良いからな?」
「……あい」
なんだろうか。物覚えの悪い子供に言い聞かせているような感じだぞ。
爺さんもよく俺に対してこんな風に言い聞かせていた。
知らない人について行っちゃいけませんと言うより、覚えられないから忘れてしまうことがよくあるので、親し気に声をかけてきた相手に「初めまして」とあいさつをするのは避けるように言われていた。相手がショックを受けるからだ。
なので「こんにちわ」「いそがしいのでさようなら」と言って逃げろと言われた。
特に女性は服装や髪型で印象が変わったり、化粧で別人に変化するから覚えられない。
そんな女性の髪型の変化や服装を褒めるとモテル男になれるそうだが、俺にはハードルが高すぎた。
そもそも覚えてないからだ。興味がないともいう。
とりあえずアマル様の姉王女様の名前は『シエラ』なのか。
シエラシエラ……千夜一夜物語の語り部であるシェヘラザードみたいな感じだな。よし、何とか覚えたぞ。シェヘラザードの方が長いけど。リズム感があって良い。
問題はまだそのご尊顔を拝見していないので、顔と名前が一致しないことなんだけどね。
インパクトのある覚えやすい人だといいなぁ……。
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