第135話 生産職は貴重な存在

 サヘールは魔晶石の採掘量世界一のお金持ちの国だけれど、砂漠地帯の国なので農業に適した土地ではない。

 ナベリウスの住処である山脈に囲まれているため、侵略されることもないが住める土地が十分にあるとはいえず。広大な砂漠地帯にたった一つだけある、サヘールの空中都市だけが緑豊かな場所のようだ。

 砂漠の国だからオアシスに街が出来ていると想像していたけど、全く違っていた。 オアシスがない訳ではないみたいだけど、地上は魔物が跋扈しているだけに住めたものではないそうだ。

 水属性の魔法使いや魔術師もいるとはいえ、砂漠を緑地化できるほどではないらしいし。魔法のある世界でも、何でもできるって訳じゃないんだよなぁ。


 あれ? もしかして、水以前にミルクが貴重品なのではなかろうか?

 雑草が我が物顔で生える土壌じゃないし、ヤギを放し飼いにして雑草を食べさせるような、草食動物を飼育する環境にないってことだから―――――俺のチョコレート革命計画に影を落とすんじゃないか!?

 これはマズイ。早急に緑地化させた土地を用意する必要があるぞ。

 う~ん……俺の記憶が正しければ、砂漠地帯を緑地化させた日本人の記事をどこかで読んだ気がするんだが。どうやって緑地化させてたっけ?

 後でSiryiに俺の記憶から検索してもらおう。


 俺がミルクを手に入れることが困難なのではないかと心配していると、下船の準備を終えたと報告を受け、アマル様が声をかけて来た。


「それでは、参ろうか」


 魔動船が王宮の敷地内にある発着場に降り、ハッチの前に居並んだ俺たちは全員身構えるように気を引き締めた。

 姉王女様には既に連絡をして、今日到着することは伝えてある。

 裏切り者や敵に囲まれることがないよう、取り計らってくれているとのこと。

 だが警戒は十分にしなければならなかった。


 上空を監視していた竜騎士から既に伝達をされているらしく、船の周りには出迎えの人たちが整列している。その殆どは竜騎士のようで、騎乗服に身を包んでいた。


「殿下、ご無事で何よりでございます」

「殿下のご帰還、我々一同、心よりお待ちしておりました」

「うむ。大事ない。みなにも心配をかけた」

「ところで、こちらの方々は、どういったご関係の方でしょうか?」


 見るからにお金持ちの貴族や商人ではない冒険者である俺たちを見て、竜騎士たちが不審そうに尋ねる。

 因みに唯一のお金を持ってそうなシュテル商人さんは、空気のように静かにしていた。

 本人は何度も商売で訪れているだけに、見慣れた存在なのかもしれないけどね。


「客人だ。ナベリウスは、彼らのお陰で回避できた」

「おおっ!」

「なんとっ!?」

「あのナベリウスを、この方々が……っ?!」


 討伐はしてないよ。言葉通り回避しただけだから。

 でも勝手に勘違いして、俺たちが優秀な冒険者のようなイメージを持ったようだ。


 アマル様との計画というか、俺たちの設定だが。

 魔動船の購入希望者でありながら、ナベリウスの討伐に名乗りを上げたことになっている。なんか無茶な設定だけど、間違ってはいないんだよな。

 どちらもそのつもりはあった訳だし。とはいえスプリガンはシュテルさんに騙されて乗せられたんだけどね。


「それと、その……そちらの方は……?」


 竜騎士の中で一番偉そうな髭のイケオジさんが、俺を見て恐る恐る尋ねた。

 強そうな冒険者の中に、弱そうな子供が一人混じってるようなもんだからな。不思議でしょうがないって感じだ。


「うむ。優秀なアルケミスト殿だ。丁重にもてなしてくれ」

「あ、アルケミスト!?」

「まさか、アルケミストが、サヘールに?!」

「滅多に姿を見せないという、あの、アルケミストですか!」


 みなさん驚きすぎなんですが。

 この反応を見るに、どうやらアルケミストが引き籠り過ぎて、まるで妖精のような扱いをされているのは事実なんだろうね。

 本当は俺の正体というか、ジョブを知らせずにいるつもりだったんだけどさ。

 チョコレート革命のため、俺が妙な実験をしていても不思議がられない為には正体ジョブを明かす必要があった。

 他にも色々と思惑や計画もあるからだけど。

 狙われやすい立場ではあるけれど、逆にそれを利用することにした。

 寧ろ秘密にしている方が危険だからというのもある。


「姉上のお体の回復に協力して下さることになった。みな、失礼のないようにな」

「はっ!」

「かしこまりました!」


 こうして新たなる俺の護衛に、竜騎士さんたちが加わった。

 特に忠誠心の強い、信頼できる人を護衛に付けてくれるそうだ。

 その前に嘘発見器で竜騎士の隊員たちを一人一人拷問――――ではなく、尋問する予定である。裏切り者やスパイの炙り出し実験――――じゃない尋問は、侍女さんが喜んで協力してくれることになった。

 質問の仕方はシュテルさんで散々やったので、お手の物だろうしね!

 それが終わるまで、俺は大人しくしてなきゃいけないんだよな。


「予想はしてたけれど、反応が凄いわね」

「まぁ、アルケミストは引きこもりだし、見たことのある奴も少ねぇんだ」

「賢者の塔から出てこないからな」


 だからどこへ行っても珍獣扱いされるのか。

 魔法使いはアグレッシブにあちこちで迷惑をかけているのになぁ。ディエゴみたくちゃんと冒険者をしている人も少ないそうだけどね。


「リオっちって凄かったんだねぇ」

「最近忘れ気味だったっすけど、改めて実感したっす」


 もしかして俺って、野良アルケミストみたいなもんだろうか?

 賢者の塔に所属してないし、仮初のジョブでしかないから、正式に登録されてないようなものなんだけど。

 自称アルケミストと名乗れば、こんな風にどこでも歓迎されるんだから、詐欺も多そうなんだけどなー。


「実績がないとジョブとして登録できないことになっている。お前は実績があり過ぎるからな。疑いようがないんだ」

「そうなんだ……」


 ディエゴにそう言われて、改めて冒険者タグを見た。

 燦然と輝く(?)俺の冒険者タグのジョブにあるアルケミストって、かなり凄いってことなのかな? 実績を認めてジョブとして登録してくれたド田舎のギルマスに、お礼として何か贈らないといけないような気になってきたぞ。

 まぁ、それは追々考えるとして。


「戦闘職と違って、生産職は貴重なんだぜ」

「武力だけが全てじゃねぇんだ。戦う分野が違うってだけだが、オレらが安心してダンジョンに挑めるのも、アルケミストがいてこそなんだよ」

「魔塔の魔法使いも貴重な存在だが、あっちは迷惑もかけまくってるから、扱いに差が出るんだよなぁ~」

「ふうん?」


 ハルクさんたちも俺の存在が貴重だと口々に言ってくれた。

 都会の方ではたまにアルケミストらしき人物が出現することもあって、珍しいというより馴染みがあるそうだ。でも大体が偽物なので、本物を見たのは俺が初めてなんだって。

 フレンドリーではあるけど、丁寧な扱いなのはそのせいなのかな?

 軍団の方々はアホだからよく判ってないって言ってたけど、庶民的にはそんな感覚の人の方が多いみたいだ。

 身分をひけらかしてうろつく人ってあんまりいないもんな。

 だから貴族とか身分の高い人の方を警戒しなくてはならないらしい。

 


 こうして敵の注意を分散させるべく、俺はアルケミストであることを堂々と名乗ることになった。

 王侯貴族ですら手出しをしてはいけないと噂されるアルケミストなので、その立場を利用しようってことだね。

 魔法使いも触るな危険人物だし、俺とディエゴが一緒に居れば、それだけで十分な警戒が必要になる訳だ。

 寧ろ堂々と行動することで、相手側を攪乱させる目的があった。


 多分俺が何をやるかに興味を惹かれるだろうとのことで。

 料理を作ったりお菓子を作ったり、魔道具の開発をお願いしに回ったりするだけなんだけど、アマル様からは安全を確保した上でなら自由に行動して良いと許可を得た。やったぜ。


 それにサヘールでは、同じ生産職である職人のドワーフをとても大切にしている。

 竜騎士も憧れの存在だけれど、この国を豊かにしてくれた存在として、ドワーフは有難がられているそうだ。

 確かに魔晶石が沢山採掘されていても、魔動船がなければナベリウスの住処である山脈を越えて商売ができない。

 農業で成り立たない土地柄だからこそ、彼らの存在が貴重なのだろう。

 王族なのに礼を欠いているであろう俺を無礼者扱いしないのも、生産職を大事にしているからみたいだ。

 侍女さんも途中から俺への態度が激変したし。(美容関係のおかげでもあるが)


 そうなると、ドワーフの人たちの態度が気になる所である。

 職人気質っぽいけど、気難しかったり高慢だったりするのだろうか?

 妖精族の末裔と自称するだけあって、扱いが難しそうだなぁ。

 無茶苦茶偉そうな態度で来られたら嫌だなと思いつつ、ドワーフの好物について調べることにした。

 定番のお酒を持参すれば仲良くなれるかな?

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