第16話 高級食材キャリュフ(冒険者視点)
外食に行こうと誘った筈が、自分で料理を作ると言いだしたリオンによって、急遽フロントで貸し出し用の調理器具や食材を購入することとなった。
この手のコテージでは、宿泊客用に食材等を用意してくれている。調理器具も貸し出してくれていて、外食するより費用は少なくてすむのだ。(食事も用意してくれるが、要予約である)
とはいえ朝食以外に炊事場を利用する客は多くない。大体が酒が飲みたいがために酒場へと繰り出している。しかし今日はこのコテージは全て空いていて、完全に貸し切り状態だった。
自分たちも宿泊場所をキープした後、街の中にある店に行こうと思っていた。何せ不味い物を与えると逃げると言われているブラウニーだ。それにコテージに辿り着くまでの通りにある屋台の食べ物を訝し気に見ていただけなので、買い食いを勧めず、味の保証された店に連れて行ってみようとしたのだが。本人の要望により、外食は急遽取り止めとなった。
「よう。お前さんも追い出されたか」
しょんぼりと心なしか肩を落としてこちらに戻ってくるディエゴを迎え入れる。
「シルバだけでいいらしい……」
「はははっ!従魔同士仲が良くて結構じゃねぇか」
「本当は、シルバと食事をするつもりだったそうなんだがな」
「置いて行くわけにはいかないわよねぇ。あの位の年齢の子供なら、屋台の料理やバルで出される食事の方が喜びそうなものなのだけれど。不思議と興味がなさそうなのよね」
どちらかというと警戒しているようだった。
「だってブラウニーはシャイなんすよ?人の多いところは苦手なんじゃないっすか?」
「そういえばすっごく大人しいし、表情も変わんないもんねぇ?」
「まだアンタたちを警戒してんのよ。シルバとディエゴぐらいでしょ。ちゃんと話してるのは」
だからあまり煩くかまうなと、改めてアマンダは二人に釘を刺した。
「でもアマンダ姉さん。アタシはテオほど妖精に詳しくないっていうか、知らないことが多いんだよ?」
「え?俺だって、おとぎ話くらいでしか知らないっすよ!?」
魔物に分類される、ゴブリンやオーク等は討伐対象なので知っている。しかし目に見える形で、妖精や精霊を見たことがないので、互いに信仰する対象の精霊はあっても、詳しくは判らなかった。
「それよね。これからあの子と一緒に暮らすなら、最低限のルールは知らないといけないわ。ディエゴ、あんたが説明しなさいな」
「俺だって、そこまで詳しい訳じゃ……」
アマンダに水を向けられて、ディエゴは嫌そうな顔をした。
ディエゴ自身、ブラウニーの特性は誰もが知っているような内容ばかりである。妖精狂いの研究論文は読んでいても、憶測の域を出ていないので確証はないのだ。
「だよなぁ?それにどうもリオンは、人慣れし過ぎてる気がしてな。チェリッシュに指摘されたように、最初から名前がある時点で、元々住んでいた家があったんじゃねぇかと思うんだよ」
「あれで、人慣れしてるんっすか?」
テオは常に一定の距離を保たれているだけに、ギガンの言葉が信じられなかった。
「ああそうだな。普通ならブラウニーは人に姿を見られることを嫌うし、姿を消してもおかしくない――――が、そうしない。人間と一緒に暮らすことに慣れているんだろう」
「気に入った人間の前にしか姿を現さねぇらしいが、俺らの前でも平気だからな。見た目は完全に人間だし、本当に変わった妖精だぜ」
「そうだな」
「そうねぇ」
食材をシルバに見せながら、何やら確認作業を行っているリオンを伺い見る。
家事の得意な妖精らしく、拘りもあるのだろう。便利そうな自前の器具を取り出しているところを見ると、こちらが借りてきた調理器具はお気に召さなかったらしい。それでも食材だけは使うようで、シルバ相手にふんふんと興味深そうに頷いていた。
「一体何を話し合ってるのかしらねぇ」
微笑ましいわ~と、アマンダがふふっと微笑む。
「アマンダ。ところで話は変わるが、バルで話そうと思ってたことなんだが」
「ああ、厄介なこと?そう言えば聞きそびれてたわ」
テオやチェリッシュは喜んでいたようなので気にしていなかったが、ギガンは違うらしいと気付いて表情を引き締めた。
「ディエゴがキャリュフと言っていたキノコがあるだろ?」
「ああ、あれね。本物だったの?」
「おい」
疑っていたのかと、ディエゴが口を挟む。
「試しに一つだけ、偶然見つけたと査定に出してみた」
「それで?」
「詳しい話を聞きたいそうだ」
「あのねぇ。私が知りたいのは、本物かどうかなんだけど?」
それと売値である。
「本物だったからだろ。査定額は直ぐには出ねぇから、明日もう一度来いだとさ」
「査定が出ないってことは、時価も判らないということか?」
「だろうぜ。本来ならここで見つかるはずのねぇ、希少な高級食材だからな」
キャリュフを差し出し、鑑定してもらっている時、事務方がざわついていたとギガンは伝えた。
その場で騒がなかったのは、他の冒険者に知られない為だろう。
既にギルドから領主に話が云っている可能性がある。そうなると、時期に騒ぎになるに違いなかった。
「あ~それは……、確かに厄介ねぇ」
自分たちだって、リオンが居なければ見つけられるモノではないだけに。
詳しい話をしようにも、妖精が見つけたなんて言ったところで信じてはもらえない。そもそもリオンの存在を他人に話すつもりもなかったけれど。
「そう言えば、黒いのに混じって、白いのも幾つかあったわよね?」
「白は出してねぇよ。ディエゴからは、そっちの方がより値段が張るって話を聞いてたからな」
「白の相場は、黒の5~10倍だろう」
「―――は」
「―――え」
その場がシンと静まり返る。テオやチェリッシュは何のことか判ってないけれど。高く売れるならそれでいいじゃないかという表情である。
「早々にウェールランドに向けて、出発した方が良いな」
「そうね」
「そうだな」
可能性の話ではあるが、時間が経つほど面倒毎は避けられない。
有象無象がこぞってあの森でキノコ狩りを始めるだろうことは、想像に難くなく。自由に出入り出来ていた採取目的の森が、領主の一声で立ち入り禁止になるかもしれかった。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。黒い宝石(白い宝石)があの森に埋まっていると知れ渡れば、どんな災いを招くか考えるだけで頭が痛くなってきた。
「ねぇディエゴ。リオンがどういう場所で掘り当てていたか覚えてる?」
流石に無造作に掘っていたわけではあるまい。必ず法則がある筈だと、アマンダは問い掛けた。
「見つけ方のコツか?」
「どこの領主も、キャリュフの採取方法を秘匿してるでしょ?ギルドにもう一度来いということは、状況の説明を求められているからよ」
「……確か、ブラナの木の周辺を掘っていた……ような?」
記憶を辿りながら、ディエゴが答える。
「ブラナの木ねぇ。街に近い森では、ブラナを伐採してる所が多かったわよね?」
「だがあの森には、少なからずブラナの木があった」
「ブラナはルーンベアの好物の木の実が生るだろ?他所じゃ繁殖させないよう伐採してんだよ。でもここじゃ肉も毛皮も素材として買い取る上物の魔物の部類だからな。数を減らす訳にゃいかねぇんだろ」
変わったところと言えばそれぐらいだろうと、お互いの情報を照らし合わせた。
「他に何か気付いたことはないわよね?だったら、私たちが話せるのはそこまでよ」
「そうだな」
「勿体ぶっても、怪しまれるだけだしな」
当面の旅費などは、ガノマダケで十分元が取れている。とはいえ、半分も提出していない。大量に出回れば、それだけ価値が下がってしまうのを危惧したのもあるが。
「ギルドで査定額が出たら、残りは商人に直接売る方が面倒が少なくて済むだろう」
「え?全部売るんすか?少しぐらい食べてみたいんすけど」
「アタシも食べてみたーい!」
「調理方法も判んない高級食材をどうやって食べるのよ?」
「え。それは、リオンに頼んで―――」
「却下だ。妖精に過度な要求をしないのがルールだろうが」
キャリュフを食べてみたがる二人を、ディエゴは静かに窘める。
だが食べてみたいという話をリオンが聞いていたとしたら「俺、あのキノコ嫌い。だって臭いもん」と答えただろうけれど。本人は高く売れるからという理由だけで掘り出していたので。自分が食べる気は全然なかった。なので調理方法もスライスしてパスタにぶっかけるぐらいしか知らないのである。
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