第15話 宿泊先はコテージでした


 目が覚めたら、いつの間にか街の中にいました。あれ~?

 

 既に日は暮れかかっているし、今夜の宿をどうするか俺の保護者たちが話し合っているところです。

 つっても、話し合っているのはアマンダ姉さんと、ディエゴの二人なんだけど。ギガンのおっさんは、テオやチェリッシュと一緒に目の前の建物に入っていた。

 従魔であるシルバは建物の中に入れない(デカイので)からか、その背に乗っている俺も入れないようだ。なのでディエゴと一緒に外で待機中っぽい。その間に、アマンダ姉さんと宿の相談をしているところだった。


「ふむ。ここまでくると、認めざるをえぬ……」


 やっぱり現実だよなーと。目が覚めても現実世界に戻っていないので、本格的に神隠しに遭ってしまったことを、今更ながらにじわじわと実感していた。


 それでも恐怖や危機感を覚えないのは、安心できる保護者の存在があるからだろうか?

 もし彼らに遭っていなければ、あの森の中で一人になっていた可能性もある。自分の山の中なら平気でも、知らない土地の森の中で取り残されるのは怖いもんな。保護して貰えてよかったー。感謝の気持ちを表すべく、彼らにはもっと俺が有用だと思わせなければ。

 適当に掘り当てたキノコや薬草程度じゃマズイ。使えないと判断されれば、追放されるかもしれん。

 爺さんが生きていた頃には、あの程度は普通だったしな。爺さんには程ほどにしとけと言われてたけどね。どういうことかよく判らんが。

 

 それにしても、これが噂に聞く異世界転移(?)という奴かと、改めて実感する。向こうの世界で事故に遭った記憶はないし、過労死した訳でもないんで、神隠しの類だと思うんだけどね。

 疑うべきは召喚魔法で、勇者として呼び出された―――なんてな。この世界じゃぁ、召喚魔法は呼び出しに同意しないと契約出来ないそうだから、その可能性もないか。ワンチャン召喚魔法なら、用が済めば元の場所に戻れるみたいだし。でもそういう物でもないっぽい。

 やっぱ神隠し的な、失踪事件の類だろう。


 そうしてうんうんと浅い知識で俺が唸っていると、異世界名物(?)冒険者ギルド(多分)から、ギガンのおっさんが深刻そうな表情で出て来た。


『遅くなって悪いな。ちと厄介なことになった』

『厄介って、どういうこと?』


 遅れてテオやチェリッシュも出てくる。こちらは逆に、顔を上気させて目が輝いていた。

 それぞれ反応の違う表情なので、アマンダ姉さんたちも判断し難そうだ。


『いや、厄介というより、面倒かもしれん。だがここで立ち話をするより、先に宿を取ろう。宿泊先は決まったか?』

『ああ、それなら「ぶどうの樹」に決めた。コテージで割高だが、一般客と接触しないし、他と違って常に空きもある』

『そうだな。その方が良いな。今は懐に余裕があるし』


 ちらりと俺の方を見て、ギガンのおっさんは苦笑いをした。

 よく判らんが、これからその『ぶどうの樹』という名の、コテージに行くらしい。

 この世界のコテージって、俺の知っているコテージ(貸別荘)で合っているんだろうか?


 文化水準がいまいちわかんないんだよなー。

 洋風ではあるけど、中世ってより近世に近い。着ている服もアメリカの西部開拓時代みたいな恰好なんだよね。それにスチームパンクを足した感じかな?革素材の質感や装飾品に重厚感があって、露出も少ない服装だし。季節的にそうなのかもしれないけど。


 通りを行き交う人を眺める。賑わってはいないが、一般人から冒険者らしき人もちらほらしている。

 その中には、ファンタジーでよく見かける妙な金属製の鎧や、頭のイカレた世紀末風の格好をしている野郎はいない。ましてや防御力がどうなっているのか不明な、ビキニ姿の露出狂のような女性など皆無だ。

 俺を保護してくれたパーティメンバーも、全員キッチリと頸から手首まで隠してらっしゃる。これは大変すばらしい。いやマジで。

 一部のファンタジー冒険物の服装に異議を唱えたい俺としては、危険な山や森に肌を露出した格好で踏み込むのは自殺行為でしかない。そもそも露出部分が多いと、草負けとか虫刺されとか、場合によっては命に関わってくるんだよ。浪漫装備と言われればそれまでだけどね。ファンタジーだから仕方がないにしても、現実の自然の怖さを知っていると、どうしても気になる部分だった。

 だからか、この世界では辛うじて俺のこの現代的な服も、そこまで浮いてないと思われ。寧ろシンプル過ぎるぐらいかな。


 そうして宿泊先に辿り着く間。俺は街並みや通り過ぎる人をそっと観察しつつ。やっぱりちょっと現実感がないなぁと、己の境遇をどこか他人事のように俯瞰して見ていた。



 ぶどうの樹とやらに辿り着くと、全室空いていてどれでも自由に選べるとのことだった。

 フロントでお勧めされたのは一番値の張るコテージで、なんと全室全てに浴室とトイレが完備されている豪華なものだった。

 じゃぁそこでいいわと、フロントで太っ腹で男前な発言をするアマンダ姉さん。素敵!

 何故か俺の頭を撫でるディエゴ。何でだ。


『わーい!あたし、コテージに泊まるの初めて~!』

『うっわ、めっちゃくちゃ広いし綺麗っすね!』


 コテージの扉を開けた途端はしゃぐ若者たち。うんうん。君らは無邪気でイイね。歳は知らんけど、多分俺よりずっと年下なのは分かる。まだ十代だよなーきっと。

 アマンダ姉さんとディエゴは20代後半っぽいので、ギリ俺より年上かな?ギガンのおっさんは30代後半から40代前半に見えるけど、もしかしたら、アマンダ姉さんたちとそう変わらないかもしれない。見た目よりマイナス10歳ぐらいと予想してみる。


『一番いいコテージだから、浴室もトイレもあるぞ。ただし、炊事場は屋外だ。火の扱いには十分気を付けてくれ。ところで寝室は全部で三つあるが、部屋割りはどうする?』

『三つなら、丁度六人だし二人ずつに別れられるでしょ?私とチェリッシュ、ギガンとテオ。ディエゴはリオンと一緒でいいんじゃない?』

『順当だな。シルバの獣舎はないから外でもいいし、壊したり汚さないなら部屋に入れてもいいそうだ』


 部屋は奇麗に利用する事、ベッドメイクは各自で行うこと等、ギガンのおっさんが利用説明の書かれたパンフレットを読み上げながら細かい決まりを説明していく。

 俺にとっては解り切った説明だけどね。守らない利用者の方が多いんだとか。俺は日本人だから、部屋を綺麗に使うのは当然として、勿論暴れたり騒いだりしないのだ。

 一方いつもの安宿と違い、綺麗で設備の整った宿泊施設に興奮する若者たちは見ていて微笑ましい。それを見ている俺の表情は無だけれど。

 そんな無を貫く静かな俺を心配したのか、ディエゴは『気に入らないか?』と不安そうに尋ねるので、ニコッと笑っておいた。


 正直定番(?)の酒場兼宿泊の出来るファンタジー世界の宿に泊まると思ってビビっていただけに、予想外のコテージでの宿泊に内心喜んでいるんだけどね。

 だって人の気配が多くて騒がしいのや、汚くて臭いのは死ぬほど辛いんだよ。

 日本で学生時代に集団で泊まらなければならなかった修学旅行ですら、俺には苦痛だった。というか、野生の猿以下の野郎だらけの雑魚寝が地獄過ぎて、今でも思い出すだけで震える。そんなところに泊まるぐらいなら、野外テントの方が快適なんだよな。

 なので同室が静かなディエゴなのもラッキーだった。ギガンのおっさんでもいいけど、テオは苦手なんだよね。好奇心の圧が強くて。チェリッシュは女性なので、そもそも同室になる可能性はないから除外。


 なんとなくだけど、コテージに泊まることになったのも、俺を配慮してのことのような気がする。

 物凄く気を使ってくれてるような、慎重に扱われてるみたいな感じだ。

 それはとてもありがたい。有難いんだけどさぁ~~俺は妖精さんじゃないんだよなぁ~~!!

 言葉が判んなかった時にも何となく勘違いされてた気はしたんだけど、どうしたら俺を妖精だと思えるんだよ!?日本人だからか?そうなのか?でもそれってエスニックジョークみたいなもんだよな??

 単なる国民性を妖精に当てはめただけであって、本気で勘違いすることってある?!

 異世界怖い。マジで怖い。この人たちが純粋すぎて心配になるよ!


 だが今の俺へのこの好待遇は、彼らが妖精だと思い込んでいるからこそだ。

 もし俺が子供でもなく、妖精でもないとバレたら――――確実に捨てられる。間違いない。


 こうなったら、妖精のふりを続けるしかないのでは?


 いやいや、元々ふりなんてしてないけど。

 勝手に勘違いされてるだけだし。

 とはいえ、妖精のふりって何だよって話だ。

 俺としては普通にしてただけなんだが。

 じゃぁ普段通りでいいのか?


 

『―――オン?……リオン?』

「はっ!?」

『どうした?みんなでこれから飯でも食おうかと話してたんだが』

「めし?」

『ああ、夕食の時間だからな。外で食うのは嫌か?』

「ゆうしょく……そと?」


 ちょっと思考が飛んでいた間に、晩ごはんの話になっていたらしい。俺は慌ててカタコトで返事をした。少しだけど、単語レベルでなら返答は可能だ。言語翻訳機のディエゴのお陰で。


『リーダーが良いお店に連れてってくれるんだって~』

『こ汚い居酒屋じゃないんっすよ!』

『おいテオ!てめぇ、いっつも美味い旨いつってたくせに、こ汚い店だと思ってやがったのか!?』

『わっ、ちょっ、冗談っすよ!』


 彼らは、広くて快適な宿に宿泊できるうえ、美味い食事にありつけるとちょっと浮かれているようだ。


 ん?ちょっと待てよ。異世界の料理が、はたして俺の口に合うんだろうか?

 多少の不味さは我慢できるんだけど、水が合わないとかで腹を壊す自信はある。異世界料理の美味いかもしれない確率は微レ存だ。

 それに警戒心が外れた訳じゃないので、俺は食に関して危険も冒険も冒せなかった。

 うん。うそ。本当は衛生観念が怪しそうだから嫌だ。

 俺は祭りの屋台でも、買い食いをしない。出来ない人間だったわ。しかもあの手の店って、高い癖に不味いし。日本でもそうなんだから、異国の地で美味い物なんて実際は多くないと思うのだ。

 それに本当は失礼にあたると思って拒否しなかったけど、こいつらの作った料理も食べるのに物凄い勇気が必要だったんだよ!だって日本人は胃腸が凄くデリケートなんだもん!


「……つくる」

『ん?作る?何を?』

「ごはん、つくる」

『え?』


 俺は必死にディエゴに訴えた。

 思念を飛ばし、シルバと一緒に自分で作った飯を食うからと。

 君らは勝手に外食でも買い食いでもしてきたまえ。


 ―――と。そう思っていたんだけどね。



「どうしてこうなった」


 コテージの外にある炊事場は、よくあるキャンプ場の共用スペースみたいな作りだった。

 火を使うしね。夫々のコテージに併設するより火の元が一か所なのは安全だわなー。

 しかも誰も使用していない。わざわざ夕食をここで作る奴はいないって?ふーん。変なの。

 あ、宿泊客が俺たちしかいないんだった。申し訳ない。


 シルバ先輩、シルバ先輩、応答願います。味のリクエストとかありますか?―――あ、はい。肉ですね。しかも薄味希望と。了解です。


 顆粒出汁でささっと茹でた鶏肉がお気に召したのですか。なるほどねー。はいはい。

 シルバからは言語じゃないけど、念というかイメージが送られてくるので大変分かりやすいです。


 特に食べられないものとかは―――はい?出汁の風味の利いた、あっさりした味付けが好みなんですか。通ですねぇ。ふむふむ。


『火の扱い方は分かるか?それと、水はここから出る』


 初めて俺が台所で料理を作った時の爺さんのように、ディエゴが使い方を親切に教えてくれている。それを大人しくうんうんと頷きながら、アンティークなコンロを前に内心で首を捻った。


「どうしてこうなった」


 大事なことだから二度言う。

 お前らは何で外食を取りやめた。

 そして何故フロントで調理器具をレンタルしてきた。


『食材はこれで足りるか?』


 ギガンのおっさんから、見慣れない野菜各種と、謎肉のブロックを差し出される。これもフロントで購入できるらしく、まるでBBQのような様相を呈してきた。ここって実はキャンプ場だったのか?

 もしくはこれらで何かを作れと言っているのだろうか?それともただ焼けばいいのか?わからん。まったくわからん。


『やっぱ、ピクシー・ダストを使うんすかね?』

『あれってさぁ、不思議なほど美味しくなるよね~』


 背後で役立たずの若者たちが、無駄に期待を膨らませている。

 ただの塩と胡椒に様々なハーブをブレンドした調味料を、彼らは何故か『ピクシー・ダスト』と呼んで、振りかけてやると物凄く食いつきがよくなるのだ。

 この世界にはこの手の万能調味料はないのだろうか?とはいえ俺の世界でも、ごく最近メジャーになったモノだからなぁ。日本食では活躍しないから、あんまり馴染みがなかったのもあるけど。キャンプブームで脚光を浴びたことで、やたらと種類が豊富になった気がする。(塩コショウを混ぜたものは以前からあった)

 俺もオリジナルのブレンドで発売しないかって、企業案件が来たぐらいだもんな。面倒だから断ったけど。こういうのは、元からある定番の物を買えばいいんだよ。


『食材を切るなら、俺がやろうか?』


 遠慮がちなディエゴの提案を、首を振って丁寧に断る。

 そうして他のメンツの居る丸太テーブルを指さし、あっちで待っててくれと伝えた。

 すごすごと仲間の元へ向かうディエゴの背中が寂しそうだがそんなこたぁしらん。俺の調理補助はシルバ先輩しかいらぬ。


「よし。面倒だけど、やるしかないか」


 覚悟を決め、腕をまくって気合を入れる。

 邪魔くさいレトロで使い勝手の悪そうな調理器具は、この際スルーだ。手に馴染んだ自前の調理器具をリュックから取り出し、調理台用の折り畳みテーブルも取り出す。

 そうして。改めてギガンのおっさんが持ってきた野菜を一つずつ確認していくことにした。

 俺の知っている野菜に近いが、外国の見慣れない野菜に何となく近い。キュウリとズッキーニのような違いと言えばいいだろうか?でもズッキーニって、かぼちゃの仲間なんだよなー。最近市場に出回りだした、ビーツとかサトウ大根の一種らしいが、どうやって料理すりゃいいのか判らんもん。

 よって見てもよく判らんし味の確認ができないので、これらもシルバに一つずつ教えてもらうことにした。意外にもシルバは、野菜の種類にも詳しかった。スゲェ賢い。流石っす先輩。

 謎肉はどんな動物の肉かイメージを送ってもらうと、牛によく似た魔物肉だった。シルバ曰く美味いらしい。ならば大丈夫だろう。やっぱBBQにしろってことか?

 でも一応の保険として、自前のソーセージでも出しとくか。シルバには鶏肉を茹でたのを用意してもいいし、豚肉でもいいかな~?


 それにしても背後の圧が強い。期待されてるのがひしひしと感じられて荷が重かった。

 だが取りあえず焼けば何とかなる。味の確認はそれからだ。

 失敗しないためには、とにかくシンプルを心掛ける。これ基本ね。

 ただし、下ごしらえは丁寧に。

 こうして。なんか面倒なことになったなと思いながらも、俺は調理を開始した。

 心の中では、山菜の天ぷらが食べたかったのになぁと、思いながら。



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