第14話 ブラウニーがもたらす幸運(冒険者視点)


 リオンのお陰で、今回の依頼を彼らはたった一日でクリアしてしまった。

 本来ならば数日かけて見付かるかどうか判らない『ガノマダケ』を、あっさりと見つけてしまったのである。


「リオンは知っていたのだろうか?」


 薬草採取の依頼であることは伝えていたが、何がどれだけ必要かは教えてはいない。こちらの言葉は理解しているとは思うが、細かい部分ではまだディエゴを介さないとならない不便さはある。


「やっぱり、幸運の妖精なんすね~」

「あ~良かったぁ~!薬草採取って、意外と疲れるんだもん!」


 薬草によって採取には細かい決まりがあり、根が必要だったり、葉が必要だったりと神経を使う。おまけにしゃがんだり中腰だったりと姿勢的に辛いのだ。

 それらから解放されたテオとチェリッシュは、嬉しそうに背伸びをした。


「今回はリオンのお手柄だが、お前ら次もこんな上手く行くと思うなよ」

「そうね。予定じゃぁ、三日から十日はかかる筈だったのよ?」


 教える側の手前、若手の二人に任せるつもりだっただけに。それなりの時間を費やすつもりでいた。

 新人教育の一環だからと、日数も余裕を持っていたのだ。


「ったく、こいつらには、採取依頼が簡単だと思われては困るんだがな」

「ガノマダケは、見付かればラッキーくらいに考えてたからねぇ」

「一応、リオンには、この二人が見逃した薬草の位置は伝えるなと、言っていたんだがな……」


 ガノマダケはそれらに含まれてはいなかった。だから仕方がないと、ディエゴは苦笑した。


「なんにしてもお手柄ね」


 アマンダはリオンを褒めるべく、優しく頭を撫でる。それを無表情ながら大人しく受け入れているのを見て、ギガンも同じように頭を撫でようとして逃げられた。


「くっ!シルバと同じ反応かっ!?」

「―――まぁ、当然の反応よねぇ」


 だって私、このパーティのリーダーだものと、優越感でにんまりと笑んだ。

 リオンは単純にシルバの真似をしているだけなのだが。後、ギガンに撫でられたら頸が捥げそうだったので、それを警戒しただけだった。


「だが薬草採取はこれで終わりじゃねぇぞ、お前ら!」

「そうね。帰り道にも、それなりに必要な薬草はあるし。採取しながら戻るわよ~」

「え~~っ!?」

「もう十分採ったっすよぉ~っ!」


 解放されたと喜んでいるところに、ギガンとアマンダは追い打ちをかける。それに二人は不満そうに叫んだ。


「バカ言うな。ガノマダケはリオンのお手柄だろうが。お前らはまだその報酬分も働いとらんぞ。町に戻って美味い飯と綺麗な宿に泊まりたければ、確り働け!」


 怠けようとする若者二人の尻を叩きつつ、夕暮れまでには森を抜けるつもりでギガンは指示を出した。

 

 途中の昼休憩では、お約束の不味い料理に、リオンが妖精の粉(ハーブソルト)をかけてやり、再びテオを感動させたり。珍しい薬草やキノコを発見しては、ディエゴに伝えて褒められたり。突然襲ってきたボアを、ギガンがうっかり倒したのを見て欲しがったり。それをリュックに突っ込んで持ち帰ることになったりした。


「あ~、信じられねぇぐらいに、順調すぎて怖ぇな」

「もっと苦労する筈だったのにねぇ……」

「えっと……、このガノマダケって、報酬金額どれぐらいになるんすかね?」


 発見できたらラッキーと言っていた通り、ガノマダケはリオン以外には見つけることが出来なかった。

 今回の依頼達成の第一目標と一番報酬が高いのが、このガノマダケであり、それを採取できなければ宿には泊まれないと決めていた。


「そもそも擬態能力があって、滅多に人間の視界に入らんからな」


 おまけにガノマダケは幻視胞を飛ばしているので、そこにあってもないと思わせられる。


「でも教えられれば、そこにあるって気付けるんすけど?」

「あらあら~?テオの目が節穴だから、薬草だって見つけられないじゃない」

「チェリッシュだって、人のこと言えないじゃんか」


 森を抜けながら、採取した袋の中身について語り合う。予想以上の成果に、互いの口も軽くなる。

 その中でもやはり話題の中心は、希少性の高いガノマダケだった。

 しかもそれが結構な量が採れたのもあり、浮かれるよりも信じられないでいた。


「上手く行けば、宿じゃなくて、マシな家が借りれるかもな……」


 そうしてぽつりと、ディエゴが呟いた。


「宿屋よりも、やっぱりちゃんとした拠点は必要かしらねぇ?」

「ブラウニーだからな」

「ブラウニーだものね」


 冒険者の中では一流とはいえ、メンバーにはまだ若輩者も含まれる。 

 半分以上は高ランクでも、二名はまだ駆け出しの域を脱していない。以前いたメンバーの内二人が、資金を溜めてパーティを辞めた為でもある。なので追加で仲間を加えたはいいが、まだまだ教育途中で資金的にも心許なかった。


「それにもっと、稼げる街に移動したいしねぇ」

「ここは、テオとチェリッシュのレベルに合わせて滞在してるだけだしな」

「だからもう少し、教育が必要なんだけど……」


 大きな街には大きなダンジョンがある。ダンジョンがあるから大きな街になったともいうが。

 多くの冒険者が一攫千金を狙ってダンジョンに挑むがしかし、実力が伴っていなければあっさりと命を落とす。だから命を預ける仲間のレベリングは必須であった。


「治安も良くて、自由民でも市民権を与えてるベルンガルト領が、ダンジョンも街も大きくて稼げるのよねぇ」

「だがベルンガルトっていやぁ、従魔に厳しいことで有名だぞ?」

「シルバがいるから、私たちにはちょっと無理ねぇ」


 街中での放し飼い禁止。首輪やハーネスの着用義務。夜間の外出禁止等々―――トラブルを避けるためとはいえ、まるでペットに対する扱いを従魔にしなくてはならない。そのせいで、従魔に多大なるストレスを与えるとあり、テイマーやサモナーにとって、ベルンガルトは住み辛い街だった。

 それ以外では、冒険者には人気の領地である。


「あっ!俺は、『嘆きの館』のある街に一度行ってみたいっす!」

「嘆きの館って……テオ、あんなとこに行ってみたいの?」

「だって、実際にブラウニーが住んでたとこじゃないっすか!」

「今やボガートの住処だけどな……」

「おまけに不人気どころじゃなくて、『ガッカリダンジョン』って呼ばれてるのよ?」


 ガッカリスポットのような、想像と違ってかなり貧相な観光地のような扱いをされている。


「何でですか?」

「何もドロップしないからよ」

「ダンジョンのくせにな」


 数は少ないながら存在する『人工ダンジョン』の中でも『嘆きの館』と呼ばれる屋敷型ダンジョンは、踏み入れた者を迷わせるだけ迷わせて、吐き出すように追い出す。ただそれだけのダンジョンだった。


「え~っ?それじゃぁ、ホラーハウスみたいじゃない?」

「ホラーも何も、魔物も出て来ないんですって」

「俺も若い頃に一度見に行ったが、子供の肝試しに利用されてたぞ」

「そうなんすか……。ロマンチックな逸話があって、一度チャレンジしてみたかったんすけど」


 ガックリと肩を落として嘆くテオを見て、チェリッシュはポンと手を叩く。


「あ、そっか!例の、亡くなった息子さんの恋人だったブラウニーの屋敷のことね!」

「今頃気付いたのか?割と有名なスポットだぞ」


 しかもガッカリさせられることで有名だ。それでも話のネタにと、チャレンジする冒険者は意外と多い。一般人でも危険性はないと、子供ですら入ることができるダンジョンだった。


「それにあのダンジョン、一度チャレンジすると、二度と入れなくなるそうよ」

「入れなくなるって、どういうことっすか?」

「不思議なことに、二度目に入ろうとすると、扉が開けられなくなるのよ」


 初めて入る者の後に付いて行っても、扉から吐き出されるらしい。なので一生に一度しか入ることができないのである。


「一度入った人からしたら、何だか試されてるような感じらしいわ」


 アマンダとギガンは、ドロップする物が何もないと知って、『嘆きの館』に入ったことはないと言った。当然、ディエゴも同じく。好奇心や興味だけで踏み入るには、ダンジョンとしての魅力を感じなかったらしい。


「だがテオは、一度行ってみてぇんだったな?」

「いいんすか!?」

「そうねぇ。『嘆きの館』のあるウェールランド領は、別名『妖精の住む国』とも呼ばれてるし、妖精や精霊のおとぎ話に溢れてるもの。それが真実かどうかは、自分の目で確かめてみるべきね」

「ウェールにゃ名の知れたダンジョンもあるし、居抜き物件も結構あるしな」

「だったら、次の移動先の候補の一つにしましょうか。ねぇディエゴ。あなたはどう?」


 アマンダは、シルバの背の上で器用に寝ているリオンが落ちないよう、気を配っているディエゴに声をかける。


「そんなことより、問題は今日の宿だな」


 契約自体は出来たとはいえ、ブラウニーがいつまで自分たちに付いてきてくれるか判らない。

 よって目下の問題は、家精霊であろうブラウニーの定住場所だった。

 

「それは本人の希望を聞いてみるしかないわね……」

「下手すりゃ、途中で契約を切る可能性があるんだろう?」

「多分な」


 パーティメンバーには、リオンとのエンゲージメントが保護目的であろうことは伝えてある。

 だがその保護を必要としなくなれば―――又は、他に保護を求めた場合、その誓約は切れるだろうと、ディエゴは確信していた。

 召喚士と召喚獣のエンゲージメントの際に交わす対価とは、相互協力やある目的の為であり、それが与えられなくなれば失効してしまうものだった。

 時と場合により、召喚士は一時的に召喚獣を呼び出し、限定のエンゲージメントを結ぶ。そして対価に見合った働きが終われば終了する。正にビジネスライクと言ったところだ。

 一旦エンゲージメントを結べば、再度の召喚も可能ではあるが、対価を払えないと応じないといった難しさもある。

 シルバはディエゴを信頼し、気に入っているからずっと従ってくれているが、リオンまでそうなってくれるとは限らないのだ。


「召喚士ってぇのは、難儀だなぁ」

「保護の対価に、ガノマダケはちょっと貰い過ぎよねぇ……」


 しかも普通ではありえない量である。

 採取の難しさと、希少価値の高さゆえに、一攫千金の素材だ。


「キャリュフまであるしなぁ……」

「これ、貴族向けの高級食材よねぇ?実物を見るのは初めてだけど」


 本物かしらと、アマンダはどこか訝し気だ。リオンが穴を掘ってキャリュフを見つけたはいいが、ディエゴ以外このキノコらしき物体を知る者はいなかった。


「ああ、間違いなくキャリュフだ。俺も知識として知っているだけだが……」


 高級食材とされるのも、その希少性もあるがしかし。地中に埋まっている為、見つけるのが非常に困難とされる。しかもキャリュフの採れる山や森はほぼ貴族が独占する私有地であり、市場に出回ることもない。アマンダたちが知らないのも無理はなかった。


「しっかし、何でこんな森の中で採れたんだ?」


 今までこの森で採れたという話など聞いたことがないと、ギガンが不思議そうにぼやいた。

 地中に埋まっているなら、見つけるのも難しいのは判る。だがリオンはまるでそこにあるのが判っているかのように、簡単に掘り当てるのだ。そうして惜しげもなく差し出してくる。

 これが妖精の呼ぶ幸運なのかと、実際に目の当たりにしても信じられない。良いことが起こると嬉しくはなるが、起こり過ぎれば怖くなるという。アマンダたちは途中から、リオンの齎す幸運に喜びより恐怖を感じていた。

 この幸運に慣れてしまうのは、とても危険なことだと。



「ねぇねぇ、ところで今更なんだけど」

「ん?どうしたの、チェリッシュ」


 先程まで黙って大人組の話を聞いていたチェリッシュが、質問があると手を上げる。


「シルバって、ディエゴさんが名付けたんですよね?」

「ああ、そうだが?」

「従魔の名前って、普通は主人が名付けるって聞いたんだけど、リオンは?」

「―――え?」

「あの子、最初から自分の名前、持ってたよね?」


 これってどういうこと?と、チェリッシュに問われて。

 一斉に全員が眠っているリオンへ視線を向けた。

 こうしてリオンは。野良ブラウニー疑惑から、元主持ちブラウニー疑惑が浮上することになった。


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