第115話 心の声が聞こえてくる

  知らない人と会話をする時、気まずくならないようになるべく相手の話を聞いて、受け答えをするようにしている。

 なので滅多に人見知りだと気付かれることはないのだが、その後必ず疲労困憊して数日間誰とも会いたくなくなる症状が出てしまう。

 言わなくて良いことを言ったような気がして、一人反省会を脳内でするからだ。

 なのでこの世界に来て言葉が通じないのをいいことに、最初は人とのコミュニケーションを避けていた。

 信頼関係のない相手と話すと疲れるからだ。とはいえ、最近はその症状も緩和されていたのだけれど。やはりこういう人の集まる場所は苦手だなと、改めて実感した。



「おい、お前らもこの船の購入希望者なんだろう?」


 メインダイニングでは、様々な冒険者パーティが集まっていて、その内の何人かが俺たちに話しかけてきた。


「子供連れとは恐れ入るわね」

「さぞかし名のあるパーティなんだろうなぁ? 知らねぇけど!」

「やぁね。田舎で頑張っている人に失礼でしょ」

「そりゃそうか! こんなちいせぇガキを連れてられんだしな!」


 揶揄うように話しかけてきている時点で、俺たちを舐め切っているのが判る。

 特に子供にしか見えない俺が気になっているようだ。


「ようお前さんら、アントネストのダンジョンで活躍してたんだろ?」

「坊や、昆虫採集は楽しかった?」


 どうやら都会の方まではアントネストの噂は届いていないのか、いまだ人気のないダンジョン扱いのようだ。 

 商品自体は高級品ではないから、庶民の間で話題になっているだけで、まだ都会や上流階級まで浸透していないってことか。(そこに辿り着くほどの生産性はまだないということでもある)

 ドロップしたアイテムが珍しい物(懐剣)だったけど、オークションでしか手に入らないわけだし。珍しいアイテムは基本オークション扱いなので、他所のダンジョンの珍しいアイテムに紛れてしまうのだろう。

 それにアントネストの商品って、庶民に優しいラインナップだしなぁ。

 俺たちが高位貴族から目を付けられていないのも、値段的なモノも関係しているのかもしれない。

 だから商団主であるアマル様(と侍女)しか降りてこなかったのだろう。シュテルさんの伝で色々と仕入れていたようだしね。(特に食べ物に興味があるようだった)

 彼らの会話(?)から察するに、田舎でそこそこ稼いでいるだけの俺たちが、魔動船の購入希望者であることを疑っているようだ。


「坊やはまだ見習いでしょう? だからアントネストぐらいしか入れるダンジョンがないものね~」

「…………」


 なんかこの女性、すっごくねっとりした感じがする。

 なので話しかけられても無視することにした。

 失礼な言い方だし、別に仲良くする必要性も感じないしね。

 受け答えしたら、数日は部屋から出たくなくなる症状が出る。絶対に!

 すると。


「この子は人見知りなの。怖い顔で話しかけないでくれるかしら?」


 俺が黙っていると、アマンダ姉さんが反撃に出た。


あ~ら、もしかしてアンタの子なの?見かけによらず随分と歳を食ってるのね

「だったらどんなにいいかしらね? だってとっても可愛くて賢いもの私に似てるってことでしょう?


 バチバチと見えない火花が飛び散っているような気がする。


「ヤベェ。アマンダが受けて立っちまってるぜ……」

「無視しようにも、リオンに絡んできたからな」

「相手の人、何か妙にケバイっすね」

「アッチの人、化粧が濃すぎて却って老けて見えない?」

「アマンダ姉さん、ほぼすっぴんっすもんね」

「比べるな。相手に悪い」


 どこか申し訳なさそうにぼやくギガンに、他のみんなも同意するように頷いた。

 そう言えば、アマンダ姉さんって口紅ぐらいしか塗ってないよな?

 化粧水や保湿クリームは使っているけど、血色が良いからグロスしか塗っていないので、ほぼすっぴん状態である。

 でも目鼻立ちがくっきりしていて、化粧をしていなくても若々しくてマジ美魔女なんだよね。


「へぇ~、こんなに小さいのに賢いの?アンタたちって低レベルなのね

ええ、大人顔負けよレベルが低いのはそっちでしょ

「子供をメンバーにしなきゃならないなんて、アンタたちも大変ねぇ所詮はその程度の実力のクセに

「アイテムに頼らなくても、私たちは十分な実力があるからよバフなしのステゴロで受けて立つわよ


 一見普通の会話に見えるのに、何故か心の声が聞こえてきそうな会話である。

 それを見ていた他の人たちは、俺らに絡むのを止めて観戦体制に入っていた。

 堂々とした態度のアマンダ姉さんに比べて、絡んできた女性の方がやや劣勢に見えるのは、どういうことだろうか?

 余裕の表情で笑みを浮かべているアマンダ姉さんと違って、顔が引きつっている絡んできた側のケバイ女性の方は余裕がなかった。

 アマンダ姉さんって、こういう冷たい笑みを浮かべている時は注意しなきゃいけない気がする。普通にディエゴやギガンに怒ってる時の方が怖くないんだよ。


「アマンダ姉さんって頼もしいよねぇ」

「威圧感が半端ねぇんだよ」

「美女が凄むと怖いっすもんね……」


 三人の言葉に、ディエゴも俺も黙って頷いた。

 やっぱりアマンダ姉さんが俺たちのリーダーであると、改めて納得する。

 ある意味魔物のような相手に戦いを挑んでいるアマンダ姉さんに、俺たちは心の中でエールを贈った。


「お待たせいたしました皆様!」


 我らがアマンダ姉さんが、絡んできた他の冒険者の相手をしていると、シュテルさんがメインダイニングに現れた。

 といっても、この商船の支配人らしき人と一緒だった。

 舌戦バトル(&観戦)を一旦止めて、俺たちはみんな支配人さんへ注目した。


「搭乗者はアントネストで最後となっており、これよりカカオベルトを経て、最終目的地であるサヘールへと向かうことになります」


 ほおん? カカオベルトとな?


「到着まで時間がございますので、まずは皆さまの友好を目的とした交流をお願い致します。途中、カカオの産地であるジボールに数日滞在いたしますが、観光のために下船を希望される方はお申し出くださいませ」


 支配人さん曰く、友好を目的とした交流以外はすんなってことなのだろう。

 血の気の多い冒険者(おそらく高ランク)ばかり集めたって感じなので、多少のイザコザはありそうだし、事前に釘を刺しているんだろうな。

 アントネストの様に、高ランクでも余裕がある人たちばかりではなく、都会の大きなクランに所属する冒険者だからかな。雰囲気が全然違うんだよ。

 血気盛んというより、高慢さが滲み出ていた。


「カカオが手に入るかも知んねぇし、下船の申請をしておくか?」

「うん」


 ギガンに問われて、俺は頷いた。

 そして支配人さんの説明によると、この船の購入を希望している人はこの場に集まった冒険者(主にクラン)だけど、全員にその権利がある訳ではないこと。船を動かすための資金が豊富であることは勿論だけど、飛行許可されている空域以外では飛ばせないので、そのルートを知識として学ぶこと。飛行型の魔物を討伐できる実力を持っていなければならないので、途中でその試験をするといった説明をした。


「おい。なんかあるとは思っちゃいたが、こりゃぁ多分、討伐が目的じゃねぇかと思うんだが?」

「そうだな。他の連中は腕試し程度にしか思っていないが、船をエサに搔き集めたとしか考えられん」

「飛行型の魔物ねぇ。そう言えば、厄介なのがいたわね」

「飛竜とは違うんすか?」

「ナベリウスだろうな。三つ首竜で、雷撃を得意とする大空の覇者と言われている」

「ヤダなにそれ、怖いっ!」


 それって俺の知るキングギドラなのでは?

 電撃攻撃が得意だとしたら、レヴィアタンも斃せるんじゃないかな?

 アイツってゴジラシリーズでもラスボス扱いだし。


『マスターの世界では、ソロモン72柱の悪魔ではないでしょうか? ゲームの召喚獣として登場したと記憶されておりますが』


 俺にとって馴染み深いのは特撮怪獣の方なんだよ!

 レヴィアタンといい、ナベリウスといい、自然災害級の魔物が多いなこの世界は。


「もしかしたら、討伐出来ずに放置されたまま、数が増えたのかもしれん」

「海の魔物と同じで、空の魔物も討伐するのが難しいのよねぇ……」


 確かに人間は空を飛べないからね。

 物を浮かせることが出来るから、風魔法が使えれば飛べるような気はするんだけど、そこはどうも違うらしい。高く飛ぶとなると、威力が強すぎて突風や竜巻状態になるんだって。

 天才のディエゴですらそうなのだから、アマンダ姉さんはお察しである。

 エアレーをトルネードで持ち上げていたのを思い出すと、やっぱ人間が空を飛ぶのは無理があるなって思い直した。


 ノワルに持ち上げられれば俺は空も飛べるけど、自力で飛んでいる訳じゃないからなぁ……。念波で意思の疎通ができるから、ドローン状態なんだけどね。

 それにノワルはフクロウ型の魔獣なので、物凄く静かに飛べる。しかもほぼ無音。

 フクロウは他の鳥類と違って、特殊な風切羽をしているからね。

 流石は夜間の狩猟に有利なフクロウである。獲物に気付かれずに近付く事が出来る鳥類では最強の猛禽類だ。だから偵察に向いているんだよな。


 なんてことを考えている間に話は終わっていた。

 予想していた以上に面倒臭い事態に巻き込まれた俺たちは、後でシュテルさんを問い詰めようと話し合う。

 既に魔動船に乗ってしまったので、他に何か隠しているようならとっちめてやらないとね!

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