第75話 検証の結果

「他の子から聞いていたけど、リオン君のお料理、とっても美味しかったわぁ~」

「うむ。ローストビーフが絶品だった! 久しぶりのキャリュフソースも素晴らしかった!」

「やだぁ! みんな普通に食べてるから、おかしいと思ってたのよ~! アタシだけ初めての経験だったの?!」

「ボクも初体験でした……! 流石、師匠ですね!」

「味わったことのないソースもあって、ほんと、いい勉強になったわねぇ~」

「ええ、とても勉強になります!」


 キャリュフソースはともかくとして。

 俺の場合は万能調味料頼りなので、ある意味チートズルなんだけどね。

 自力で作ってないし。ほぼ市販品だもん。ほんとスマン。

 しかもソースの隠し味は醤油なので、勉強されるととても困るんだけど。

 どこかに醤油が落ちてないかな? 落ちてないよなぁ……。落ちてたらいいのに。


 ところで。

 ディエゴがカウンターの隅っこで死んだようにうつ伏せているのだが、どうしたのだろう? そしてその頭をノワルが突いてる。最近ノワルは、ディエゴを主人と思っていないような節があるんだけど、気のせいかなぁ。

 あんな風に力尽きたディエゴを見るのは珍しいというか、見たことがないんだけど、ちょっと働かせすぎたかな?

 ノワルもディエゴを突くの止めたげてー。お兄ちゃん疲れてるみたいだからさ~、シルバは慰めるように顔を舐めているんだけど、それも止めたげて~。


「ところでその棚にあるカップなのだが、とても良い品なのではないだろうか?」

「おお! 俺も気になっていた」

「俺もだ!」

「お前もか?」

「何故か目を惹くよな!」


 お。このムキムキ筋肉マグカップの良さが判る?

 実はこれサイドチェストポーズと言って、ボディビルダーのポージングの一つなんだよ。他にも色々ポーズがあってね、魅せる筋肉を表現しているんだー。

 本当は脚の太さや質感も魅せてるんだけど、これは上半身だけなんだよなー。

 というのを、ディエゴから伝えてもらおう。お兄ちゃん起きてー。

 でもなんかフラフラしてて危ないなぁ。その持ってるタリスマン、預かろうか? そいつからヤバイオーラが漂ってる気がするんだよ。だからリュックにないないしとこーっと。

 そうしてようやくディエゴを起こし、みなさんにポーズの名前を教えてあげた。


「なんと! このようなポーズに意味があるとは知らなかった!」

「ポーズに名前があるとは、初めて知ったな!」

「サイドチェストか……良い名だな」

「ふむ。こうかな?」

「おお! では、こういうのはどうだ?」


 シャバーニさんとそのトレーニー仲間たちが、ムキムキ筋肉マグカップに触発されたのか、自分で考えたポージングを披露し始めた。

 そのポーズはねぇ、確か『フロントダブルバイセップス』だよ。ボディビルの大会で一番最初にやるポージングで有名なヤツだ。サイドチェストと並んでよく見る。

 おっと、それは『モストマスキュラーポーズ』だな! 全身の筋肉をアピールするポージングだ。特に三角筋とか腕や脚の筋肉を魅せるためだったかな?

 みんなボディビルの概念はないのに、よくそういうポーズを思いつくねぇ。


「あのマグカップを見て、おかしいと思わない人がいるなんて……」

「不気味なだけなのにぃ……」

「俺はあの緑色の顔だけの方が怖いっす」


 なんだと!? このマグカップのデザインを、みんな不気味でおかしいとか怖いって思ってたのか? 癒し系マグカップなのに!

 他にもおもしろビアジョッキとかもあるけど、日本語で文字が書かれているからか、誰も笑ってくれなくて寂しいんだよなー。ちぇっ。


「おい、リオン。それより早く鑑定をしてくれ」


 俺がみなさんのマッチョなポージングに手を叩きながら喜んでいると、ギガンからツッコミが入った。

 いかんいかん。久しぶりに楽しいマッチョ動画を見ている気になって、脳内BGMの It's My Life に合わせて「ヤーッ!」って言いそうになっちゃったぜ。


 とりあえず、気を取り直して。

 みんなで作ったアクセサリーの鑑定をしなければね。

 

「じゃぁ、みてみるねー」

「お、まずはディエゴのからか?」

「なんか、黒い煙が出てたっすよね?」


 鑑定しなくても何となくヤバイなって思う奴から見てみよう。

 特にディエゴの作品は、黒い煙を吹き出してたからな。全属性の魔力持ちだから、おかしなモノが出来てそうなんだよな~。どれどれ。


ディエゴ作『狂:持っているとやる気がなくなる』


「……」


 『凶』ではなく、『狂』だと!? いや、確かにサイコパスってるけれども!

 おまけに『やる気がなくなる』という部分に、思わず頷いてしまいそうになった。

 作り方は同じの筈なのに、どうしてこうなった!? 

 もしかしてさっきディエゴが脱力したように項垂れてたのって、コイツのせいだったのかもしれない。なんて恐ろしいタリスマンなんだ……。


「ごみ」

「え?」

「どうした?」

「ごみ」

「ゴミって? ディエゴさんの作品が?」

「うん。そー、ごみ」


 流石ディエゴお兄ちゃん。いきなりの出オチとは、なかなかやるな!

 しかも本人が責任を持って所持することすらできない、まごうことなきゴミが出来上がってしまった。

 でも捨てるのは勿体ないので、後でバラしておこう。ということで、ヤバイ物は俺の四次元リュックにないないしとく。

 本人が面倒臭そうだったのもあって、沢山作らせなくて良かったなと今なら思う。

 しかも何故かノワルがからかうように、ディエゴを突いていた。

 やっぱノワルはディエゴを主人と思ってなさそうだ。突くの止めたげて? 本人もなんか落ち込んでるから。


「つぎいくよー」


 テオ作『末小吉:慎重に行動せよ』

 ギガン作『末小吉:心労に注意せよ』

 チェリッシュ作『末小吉:熟慮し行動せよ』

 アマンダ作『末小吉:表面だけ要心せよ』


「う~ん……」


 どのトンボ玉で作っても、全て同じ鑑定結果が出てしまったぞ。

 ゴミと言ってもいいのかいけないのか。これを持っていることで不幸になる訳ではないけど、しょーもなさすぎてどうするべきか悩む。

 しかもおみくじでよく見る、運勢占いのメッセージだろこれ!

 バーナム効果のように「当たっているかも……」と思わせる部分だけ抜き出しているような気がする。

 それに末小吉なんての、初めて見た。あるところにはあるらしいけどね。

 俺はおみくじを引くと全部大吉だからな……。でも大吉だからって、全部良い内容でもないってところが、おみくじあるあるである。


「え~っと……」


 この鑑定結果って、本人に伝えなきゃいけない類かな?

 あ、そうだ。ジェリーさんに託そう!


「これみてー」

「ボクが鑑定しても宜しいのですか?」

「おねがいー」


 可愛らしく(もう慣れた)お願いすると、ジェリーさんはいそいそと自分のトン鑑定ボメガネをかけて、みんなの作品をじっくりと鑑定し始めた。


「で、では―――あ、えっと、全て、『BF-N』という結果ですね」

「そっかー。やっぱりねー」


 でも俺のように詳しい内容は出ないみたい。

 鑑定内容もレベルの表示で、『Buona fortuna幸運を祈るnienteなにもない』という意味のようだ。

 要するに幸運を祈るだけで、効果はないってことだろう。そもそも運勢占いだし。

 ただ俺が見えてる内容を伝えるのは難しいんだよな……。


「判っちゃいたが、効果がねぇんだろ?」

「やっぱりそうよねぇ」

「白く光ったから、ちょっと期待してたんだけどなぁ~」

「頑張って作ったんすけどね……」


 ジェリーさんからこれら全ての鑑定結果が無効果だったと聞いて、予想通りだと思いながらちょっと残念そうだ。

 俺から鑑定結果を聞かない辺り、ディエゴ作のゴミ発言から薄々気が付いているようだけど、ゴミ扱いされなかっただけマシだと思ってそうだね。


 そしてその他の人のアクセサリーの鑑定をしてみても、何とも言えない『占い結果』のような作品ばかりだったのは言うまでもない。

 オネーサンは『信念を貫け』だし、ロベルタさんは『初心忘るべからず』だったし、GGGのみなさんに至っては、『質実剛健』とか『剛毅木訥』とか『勤勉実直』とか『質朴剛健』はいいとして、『力こそパワー』とかふざけすぎているんだけど!最早運勢占いですらないじゃん。

 因みに白く光ったスプリガン(ディエゴ除く)とオネーサン&ロベルタさんと、全く光らなかったGGGのアクセサリーの違いは、特に無いものと考えてよさそう。

 何かありそうに見せかけて、実はなかったっていう、喜ばせてがっかりさせるような悪戯に近いんじゃないかと思われ。


 こんな結果になったのは、俺の鑑定虫メガネが悪いのか、アクセサリーの作り手が悪いのか、そのどちらでもあるのか。それが問題だ。

 唯一な効果のあるアクセサリーを作ったのは、ジェリーさんだけなんだよね。流石は彫金師と言うべきか。

 俺の作り方でも結果はほぼ変わらなかったので、ダンジョン産のアイテムで作るお守りタリスマンは、作り手の能力に依存すると見て間違いないだろう。

 ジェリーさんは特に、作り方で変化が見られた。

 あの編み込みがタリスマンの効果を増幅しているようで、俺の簡単な作り方だと効果内容が微妙に変わっていたのである。

 何せ全ての内容の語尾に『○○かも?』って感じで、疑問符が付くという謎の変化だったんだよね。おみくじのランク自体は変わっていないのに、語尾が疑問符になるので確実に低下してるんだよなぁ。

 これが彫金師という職人の技術の差というか、匠の技なんだろうね。

 やっぱアクセサリーやお守りは、見栄えも大事なんだろう。トンボ玉も適当に繋げられるより、美しく飾られたいに違いない。

 だからジェリーさんには、自分の考えたデザインで作るように推奨しておこう。

 もしかしたら、その内『○○かも』の、『かも』が取れるかもしれないし。


「でも、流石は師匠です。ボクと違って、どれも素晴らしい効果ですよ!」

「なんでだろーね?」


 それが不思議なんだよ。

 俺のはどれも『運気上昇効果』になっていて、みんなと同じトンボ玉で作っているのに、完成と同時に一瞬だけ虹色に光るのだ。ジェリーさんは黄色っぽい金色にぽわって光るんだけどね。

 その他は薄っすらと白く光るだけ(喜ばせて効果がない)だったり、そもそも光ってもいない(喜ばせる気もない)ものが多く、ディエゴに関しては黒い煙が出る(確実にヤバそう)という始末だ。

 ディエゴはこの手のアクセサリータリスマンを作っちゃいけない人間ということだろう。それだけは確実に判った。


「そりゃまぁ、リオンだからなぁ」

「だよねぇ~!」

「なんでもなにも、不思議じゃないっすよ?」

「私たちと一緒にしちゃダメよ?」

「そうだな」

「?」


 俺が首を傾げているのに対し、スプリガンのみんなは何故か訳知り顔で、お互い頷き合っている。

 どういうことだろうか?

 俺には判らない何かを、みんなが知っているってことなのだろうか?

 みんなと違う部分があるとすれば、昆虫類が好きだということだけである。

 もしかして、昆虫愛がなければ効果が出ないのではなかろうか?

 ジェリーさんもアントネストにずっと住んでいて、魔昆虫類の綺麗なドロップアイテムでアクセサリーを作ることに生き甲斐を感じているしね! 俺は昆虫だったら何でも良い(ただし安全を確保した状態で眺めるに限る)から、そこが違うと言えば違うのだが。


 結局のところ、この手のお守りを作るのに適しているのは、彫金師などの職人さんであるということが判明した。

 他のみんなはただの運勢占いによる診断みたくなっちゃったからね。言い得て妙というか、わざわざ言わなくても良いような内容でしかないし。

 ジェリーさんの作ったおみくじのようなアクセサリーというかお守りは、強烈な効果はないけどその分危険性がなさそうだし。寧ろ色々な効果があるので、目的によって選ぶ楽しさがありそうだ。

 お値段の設定も、効果が大きい物や希少性の高いヤンマ系は、宝石や魔晶石と同じか、それ以上の値段設定でも売れるんじゃないかな?

 原価以上の価値のある手間や技術への対価は、安く見積もっちゃいけない。クリエイターへの報酬は、正当なものであるべきだと俺は思う。


 アクセサリーに加工しないと持っていても意味がないドロップ品だけど、低レベルの冒険者にとって、二ツ星や三ツ星エリアはそこそこ稼げるダンジョンになるかもしれない。効果があると知られたら、トンボ玉の買取価格に変動がありそうだからね。


 ただ俺もディエゴと同じように、作っちゃいけない類の物を生み出すようなので、作成に拘わらない方が良いだろう。

 俺とジェリーさん以外で効果のあるタリスマンを作れたのはディエゴだけなのに、逆効果でしかない代物になってたからなー。まるで呪いのアイテムみたいで、持ってる間はなんか軽い鬱症状が出てたし。(凶数で繋げるとマジでヤバそう)

 そして俺の方は効果があり過ぎる、売り物には出来ない危険な物ばかりを生み出していた。


 実はオニヤンマのトンボ玉で作ったら『一撃必殺効果』ってなっちゃったんだよ。ギンヤンマだと『加速上昇効果』になったので、内容からしてヤバいと思って直ぐにリュックにないないした。

 一撃必殺って聞こえはいいけど、一撃で確実に殺すってことだから、悪用されると考えたら怖いモノだ。

 それに加速上昇効果だって、どこまで加速するのか判んないし、効果の発動時に任意で減速できるのかも不明。

 この二つの効果を実験するには命がけになりそうなので、ないない案件とした。


 それに「ないないしよーな?」って、天国の爺さんも言っている気がするのだ。

 だからこれらはなかったことにしよう。そうしよう。

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