第19話 田舎の冒険者ギルドの事情

「これが、キャリュフを掘り当てた子供か?」


 初めて冒険者ギルドへと踏み入れた俺は、ワクワクもドキドキもせず。ましてや瞳を輝かせることもなく。死んだ魚の目をした状態で、ギルドの偉い人の前に立たされていた。


 この手の冒険者ギルドでお約束の筈の受付嬢が、嬢ではなくおっさんだったことにショックを受けたんじゃない。おっさんもいたけど、おばさんもいたし。

 若い女性が受付をするのがお約束なんじゃないかとか、そういう不満を述べているのでもない。

 腕っぷしの良さそうなおっさんとおばさんが受付カウンターにいたので、何となく察しただけだ。

 美人でか弱い女性が、血の気の多そうな野郎が出入りする冒険者ギルドの受付をするのは、ある意味現実的じゃないってことなのさ。ここには夢も浪漫もないのだ。ただひたすらに、辛い現実ばかりを突きつけられて、俺はちょっとばかり現実逃避がしたくなっていた。


「掘り当てたつっても、虫を探してただけだぜ?」

「それは本当なのか?」


 どこか怪しむように問われるがしかし。打ち合わせ通りに、俺は拗ねたような表情で頷いた。


「ところで、どうしてこの坊主はこんなに不機嫌そうなんだ?」


 盛り上がった筋肉を覆うように、びっしりと蔓延る腕毛がスゲェなと思いながら、ギルドの偉い人ことギルドマスターが、俺の表情を見て訝し気に問い掛けた。


「お目当ての虫が見つからなくてな。黒い石みてぇなもんが出て来てガッカリしてんだよ」


 な?そうだよな?と、ギガンに返答を求められて、俺は渋々頷いた。

 そしてもう何も話したくないとばかりに、怯えたようにシルバにしがみ付く。これは演技だ。

 事前に喋らなくても問題ないから、とにかく拗ねて不機嫌そうにしていればいいと頼まれたんだよ。こんな子供みたいなこと、恥ずかしくてやってらんねぇんだわ。やってるけど。


「いや、それならいいんだけどよ。で、掘り当てた場所ってのが、ブラナの木の周辺なんだな?」

「ああ、間違いない。キャリュフの特徴を知っているのは、この中では俺しかいないからな。リオンが掘っていた地面の傍にブラナの木があった。それぐらいしか俺たちにも判らない」


 ここの森は他と違ってブラナの木を伐採しておらず、それが唯一の特徴だった。


「ふ~ん。ブラナの木の周りねぇ……?確かにルーンベアの餌に丁度いいと思って、ここらじゃあえて切ってねぇからな。たまに素材としての依頼があるし、エサがありゃぁ、わざわざ人間の住処に入ってこねぇしよ。だからあちこちにブラナの木があるっちゃぁあるが……」

「ディエゴがいなきゃ、俺らだってただの軽い石コロだと思って、気にせず捨ててたよ」

「そうよぉ。実際に見たことも食べたこともないし、本物かどうか怪しすぎて、一応査定に出しただけなんだから」


 ここら辺りは本当らしく、ギガンもアマンダ姉さんも疑っていたらしい。だって本物を見たことがないのだから、そこは嘘ではないらしい。


「お前さんは召喚士だし、魔塔でそれなりに学んでりゃ、キャリュフを本で見て知ってて当たり前か」


 従魔のシルバを見て、ギルドマスターは納得したように頷いた。

 もしかして召喚士って、かなり賢くないとなれない職業なのだろうか?アマンダ姉さんは魔術師だけど、魔術師学校とかに通ってないのかな?この世界には、名前を言ってはいけない人の映画に出てくる魔法学校とかありそうなんだが。文化水準はもとより、この世界の教育水準がいまいち判んないんだよな。


「ところでお前らのパーティに、こんな子供いたか?」


 出たよ最大の難関。俺の存在の謎。

 突然パーティに加わった子供扱いされるとは予想してたし、それなりの設定も対策もあるにはある。ただちょっと無理があるんだよね。


「ああ、こいつはディエゴの弟でな。冒険者になりたくて、家出してディエゴを追いかけてきちまったんだ。でもこいつもディエゴの弟だけに、採取能力が高くてな。ガノマダケを見つけたのもコイツなんだ」

「ほう……?」


 値踏みするように見られて、慌ててディエゴの陰に隠れる。助けてお兄ちゃん!

 その念が届いたのか、ディエゴが俺を庇うように抱き締めた。

 いや、そこまでしなくてもいいんだけど。


「まだ見習いってことで、ギルドには連れて来てなかったんだよ。登録できる年齢でもねぇしな」

「それに人見知りで、シャイな子なのよ。そんなに怖い顔を近づけないでくれるかしら?」


 怯えちゃって可哀想じゃないと、アマンダ姉さんまで俺を隠すように抱き締めてくる。だからもういいんだって。ちょっと待って、マジで苦しくなってきた。

 そんな俺たちの状況を見て、呆れたようにギルマスが溜息を吐いた。


「おいおい、そんなので大丈夫なのか?」

「大丈夫だ、問題ない」


 いやそれ、かなり大丈夫ではない状態の台詞だよね?死亡フラグってやつだよ?


「とにかく報告できるこたぁ殆どねぇんだ。そんなに気になるなら、自分たちで調べろや」

「それに私たち、これからウェールランドに行くつもりなのよ。この子が妖精に興味を持っちゃってね。連れてってあげるって約束しちゃったの。それなのにギルドに呼び出されるし、ここに勾留されると思って拗ねちゃったじゃない」


 妖精に興味があるのはテオであって俺じゃない。真実を混ぜつつ嘘を吐くと、本当っぽく聞こえるのは判ってはいるが、どうにも解せぬ。


「なんか、お前さん、相当可愛がられてんだな……」


 確かに可愛がりたくなる顔してっけどと、何やら不穏な台詞を耳にしたが、聞かなかったことにしよう。

 そうして警戒するようにギルマスをじっと見ていると、ばつが悪そうに頭を掻きながら詫びを入れて来た。


「あ~そんじゃぁまぁ、手間を取らせた詫びと、希少なキャリュフを発見した功績ってことで、特別にここで仮登録させてやろうか?」

「そんなことができるのか?しかも功績って、どういうことだ?」


 ギガンもどこか疑うように、じっとりとギルマスを睨む。何か企んでいるのではと、俺でさえ思うもんね。

 だけど俺たちのそんな疑いの眼差しを取り払うように、ギルマスは疲れたように力なく笑った。


「んな警戒すんなって。正直な話、もしかしたら、キャリュフの採れる森っていう話題で宣伝になるかも知んねぇってことで、どうしても確証を得たくてな。子供が掘り出したとはいえ、その可能性はあるだろ?途中で領主からの横やりが入るかも知んねぇが、こっちは貴重な財産を渡すつもりはない。あそこは一応、冒険者ギルド所有の森なんでな。所謂治外法権ってやつだな」

「そうだったの?初めて聞いたわよ、そんなこと」

「何も全てが領主の持ちもんじゃねぇだろう?ダンジョンだって、最初に発見した奴が運営に関われるんだし。ここらにゃ稼げるダンジョンは近くにねぇし、この街から一番近い狩場はあの森だけだからな。このギルドは、あの森があるから成り立っているんだ。だがいくら高額の薬草が取れると言っても、薬草採取はベテランでさえ難しいだろう?そんでここ最近は、依頼内容もマンネリ化しちまってよ。他に話題性のあるもんでもねぇかと考えてたんだ」


 ギルドを管理する責任者として、それなりに苦労しているのだとギルマスは語った。


「だが、ガノマダケも採れるし、キャリュフも採れるとなれば、それなりの話題になる」


 冒険者が来なければ、ギルドは成り立たない。

 稼ぎの少ない、旨味のない田舎の冒険者ギルドは、依頼そのものが少なく、冒険者も足を向けることなく、やがて潰れて行くのである。

 なんていうか、こうして改めて話を聞いてみると、何とも世知辛い。俺の乏しい想像では、冒険者ギルドにはたくさんの依頼が舞い込んできて、魔物の素材の持ち込みが頻繁にあって、冒険者同士のバチバチのバトルが繰り広げられているもんだと思ってたからね。

 どこの冒険者ギルドにも、沢山の冒険者で溢れているようなイメージだった。でも現実はそんなに甘くない。田舎で経営されている冒険者ギルドは、依頼が舞い込むような売りがないと経営難に陥るのだ。


「お前らだってちったぁ気付いてんだろ?この街に滞在する冒険者の数も減ってるし、宿屋の空きも多い。当然金を落とすような商人や旅行者も来ねぇ。……既に寂れかかってるってな」

「それは、ねぇ?」

「周辺にダンジョンのない町は、ほぼこんなもんじゃねぇのか?」

「確かにダンジョンあっての冒険者稼業だし、稼げない場所に魅力がねぇから、大きな街に流れていくのは仕方がねぇよ。それが自由な冒険者の在り方だ。でもよ、こんな田舎でも、冒険者ギルドはなくちゃ困ることもあるんだぜ?」


 ギルマスの言葉にハッとしたように、ディエゴが口を開いた。


「魔物のスタンピード……か」

「そうだ。お前らも聞いたことがあんだろ?ギルドが閉鎖されると冒険者がいなくなる。やがては定期的に狩られなくなった魔物の異常発生が起こる。そして魔物に侵食された町は消滅する。そういう仕組みになっている。だがどういう訳か、領主であるお貴族様はそう言うのが判ってなくてな。ここが閉鎖されると、町に住んでるモンだけが困ったことになんだよ」


 そこに降って沸いたような話題性として、黒い宝石が採れる森であると確証を得られれば、より多くの依頼が舞い込むことになるだろう。それを狙って冒険者もやってくるし、街も賑わうようになれば、冒険者ギルドの必要性がより高まる。

 冒険者によって定期的に魔物が狩られ、異常発生の原因を抑えることこそが、冒険者ギルドの存在意義でもあった。

 この世界はそういう仕組みになっているのかと、俺は改めて現実的な問題を知った。


「だがその坊主のお陰で、首の皮一枚だが繋がったよ。そこそこ強い魔物がいるお陰で、雑魚な冒険者に森を荒らされる心配もねぇしな。狩れる獣もいて、高級キノコも知識さえあれば採取可能となりゃぁ、ここを閉鎖しなくて済む。お前らのように、若手の教育目的で狩りや採取しに来る奴らが更に増えりゃ、こっちとしても大歓迎ってなもんだ」


 そんな哀しい事情を聞いて、何とも言えない気持ちになる。

 既得権益とやらで、キャリュフの採取方法秘密保持のため、領主に拘束される最悪のパターンを想定していただけに。

 

 ただこれからが大変だろうけど(領主との交渉バトルとか)それでも冒険者が一杯依頼を熟して稼いでくれるようになれば、ここの冒険者ギルドは運営出来るのだから。


「まだ検証もしなきゃなんねぇが、このキャリュフの存在は間違いねぇ。俺も長年この仕事をしているから、キャリュフなんかの高級キノコが地中に埋まってるぐらいは知ってるしな。ただ何処にあるかとなると、情報がなくてよ。お貴族様方の独占で、長い間秘密にされてたんだし、いっちょここらで情報を解禁してやるのも悪くねぇ」


 ニヤリと悪そうな笑みを浮かべるギルマスは、なんだか楽しそうだった。

 この人、実は色々と鬱憤が溜まってたんだろうな。

 大きな街の有名なダンジョンのある冒険者ギルドと違い、この町のように経営難に苦しむ冒険者ギルドは少なくない。

 そんな経営難に苦しむ田舎のギルドにとって、ここの冒険者ギルドが一筋の希望の光になればいいね。

 そう思って。沢山とは言わないけれど、出来るだけ頑張っている冒険者の人たちが、そこそこ稼げるレベルで高級キノコが採れますようにと祈っておいた。

 乱暴者で礼儀知らずな悪人には不幸を。真面目で善人な冒険者には幸福を。

 皆が幸せになれますようになんて、無差別に願ったりはしない。努力には結果が付いて来るように、頑張っている人が少しでも報われるようになればいいと思うんだ。


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