第18話 押しに弱い日本人



「朝からこんな美味い飯が食えるとはなぁ」

「凄いっすよ、このパン!めっちゃふわふわっす!」

「ねぇ、これチーズ?チーズが入ってるよ!お~い~し~い!」

「あ、俺のはソーセージのちっちゃいのだ。うんめぇ!」

「はぁ……。このスープ、なんて上品な味付けなのかしら……」

「ヤバ~イ!朝からテンション上がっちゃうっ!」


 昨夜の残り物野菜のスープと、時短簡単ちぎりパンをここまで褒めてもらうと、嬉しさよりも彼らが不憫で涙が出そうだ。君たちの普段の食生活が偲ばれるよ……。

 お陰でこんな適当な料理でも何だかやっていけそうな気がして自信が付いた。

 元々そんなに手の込んだ料理なんか作れないからね。普段はインスタントや時短レシピで誤魔化しているんだけど、手抜きでも三食ちゃんと食べてるだけ褒めて欲しい。

 特に凝っていない軽めの朝食に喜ぶ彼らを、少し離れた床に座ってシルバをモフモフしながら眺める。

 俺たちは既に朝食を食べ終えて、食後の一休みと言ったところだった。

 う~ん。コーヒー飲みたい。だがこの世界で珍しい飲み物だったらと思うと出せない。

 もう少しここでの食文化について情報が欲しいところだ。


「リオン、朝食を作ってくれてありがとう。すごく、美味しかった。だが、無理はしなくていいぞ?」


 静かに朝食を終えたディエゴが、さり気なく俺の傍に来て頭を撫でながら、申し訳なさそうに礼を言う。

 いや別に無理でも何でもなくて、保護してくれた礼に作っただけなんだけど。

 そんな気持ちを込めて、シルバ直伝の映像思念を送る。なんと俺は、気持ちを何となく伝える方法とは別に、シルバから学んだ映像での伝達方法を取得したのだ。

 すると突然頭の中に映像が浮かび上がって驚いたのか、ディエゴが一瞬びくっと身体を震わせた。


「―――あぁ。……そうか。だができる範囲で良いからな?」


 そう言われて、にこりと笑っておいた。


 いやぁ~この映像での伝達方式って便利だわ。

 百聞は一見に如かず。饒舌な言葉より、映像で表現した方が伝わりやすいのな。

 なんとなくふんわりとした感情の伝達じゃなくてシルバの真似をしてみたけど、これなら無理にカタコトで話さなくても済むし。

 聞き取りは翻訳機(ディエゴ)を介して出来ても、言葉として明確に発音をするのが難しいんだよね。なので暫くはこの楽な方法で会話をしようと思う。そのせいで言語習得が遅れそうだけど。


 何て暢気の俺が思っていると、ディエゴが俺の前にしゃがみ込み、背後をちらっと伺う。


「ところで、一つ訊ねたいのだが」


 何を?と、首を傾げて先を促す。


「キャリュフなんだが、どうやって見つけたか、教えて貰えるだろうか?」


 あ~、あれね!俺の世界ではトリュフなんだけど、ここじゃキャリュフと呼ばれているらしい。名前がちょっとニアピンで面白いね。キャビアとトリュフを混ぜたような名前だし。

 ふむ。トリュフ―――基、キャリュフの採取方法についてだけど、映像で判りやすく伝えとこう。


 トリュフはどんぐりの実の生る、ブナ科やカバノキ科の木に共生するキノコである。

 まずはそれらの木の周りで、草の生えていない乾燥した地面を探す訳なんだけど。何でかというと、トリュフが地中の水分を吸収するために、周りが乾燥するんだよね。そんな周囲と違うブリュレ(焦げた)状態の場所を掘ればトリュフが見つかるのだ。

 探し方のコツも単純で、熊手で落ち葉を掃けば地面の状態が判るし、トリュフは乾燥している地面ギリギリのところにできるから、深く掘らなくても見つかるってわけ。

 中には香りの薄い未熟なのを掘り当てることもあるんだけど、俺は百発百中で状態の良い物を掘り当てることが出来る。まぁ長年の勘ってやつもあるけど、山の幸収穫歴20年以上の玄人だからこそだよね。


 余談だけど、実は一般的にトリュフはイタリアやフランスのキノコと思われがちだが、意外なことに日本全国どこでも採取可能なキノコなのである。何故なら全国各地の山でどんぐりの生る木があるからだ。

 しかも白トリュフも黒トリュフも、北は北海道から南は九州まで幅広く採れるのである。

 小遣い稼ぎによく爺さんと山でトリュフを取っていたから、この世界にもブナ科に似た木を見つけたので、もしやと思って試しに掘ってみただけだった。

 そしたらあったんだよね。トリュフが。この世界ではキャリュフって名前だけど。食べ物として認識されているか判らなかったので、ディエゴに確認して貰ったらこの世界でも高級キノコだったってわけ。

 とはいえ自分じゃ食べないけど。臭いし。あの臭いを良い匂いと思えなければ、美味しいとも思えないもんな。高値で売れるから採ってただけだし。なのでディエゴにどうかなと思ってあげてみただけだった。

 日本人なら高級キノコと言えば松茸だけど、海外では逆にあの香りが臭く感じるらしい。なので松茸は日本でしか有難がられない可哀想なキノコなのである。俺は松茸の香りは好きなんだけどね。だから個人の好みの問題だと思う。


 とまぁ、キャリュフの採取方法と、どうやって見つけるのかを簡単に映像で伝えたんだけど。


「まさか、そんな簡単な方法だったなんて……」

「信じられねぇけど、信じるしかねぇよな」


 俺からキャリュフの採取方法を聞いたディエゴが皆にそのことを伝えると、何故かアマンダ姉さんとギガンが頭を抱えて沈んだ。どういうこと?


「実際に掘り出してるしなぁ……」

「でもキャリュフを貴重な収入源にしているどこの領主も、採取方法を秘匿してるのよねぇ」


 隠してもいつかはバレるのに、権力者ってみっともなく既得権益にしがみつくよね。

 知ってしまえばそんな簡単なことなの?って情報ほど、勿体ぶって隠したがる奴はどこの世界にもいるってことか。

 でもなんでそんなに暗い表情をしているんだろうか?


「あの、ちょっと待って下さい。それって、知ってたらヤバイ情報なんすか?」

「え?アタシ何も聞いてないよ?!」

「今更知らぬ存ぜぬは出来ないわよ?アンタたちも聞いちゃったんだから」

「……なぁ。これは、どこまで話せばいいと思う?」

「偶然ですむなら、それに越したことはねぇんだが……」


 どうしたことか、全員の表情が暗い。トリュフごときで何をそんなに悩む必要があるのか、俺には全然わからなかった。


「ギルドに状況説明を求められることは間違いねぇな」

「領主に報告が行けば、確実に拘束されるわよ?」

「あの森に黒い宝石が埋まってると判明しちゃぁ、そうなるわな」


 そうして、全員が黙り込んだ。

 この沈黙に耐えられず、俺はディエゴに説明を求めるべく、すがるように見つめた。

 もし俺がナニかやらかしたのならと、不安になったのだ。会話の流れから察するに。ただ地面を掘って、キノコを見つけただけなのに、どうやらそれが原因で深刻な状況になっているらしい。


「いや。お前のせいじゃない。俺たちの役に立とうとしたんだろう?」


 そう言って慰めてくれるけど、不安は拭えない。面倒毎を起こした元凶としてここから追い出されたら、確実に路頭に迷って野垂れ死ぬ自信がある。そう思ってビクビクしていると、ギガンがすっくと立ちあがった。


「―――よし。すっとぼけよう!昨夜も話し合ったが、子供が地中に埋まっている虫を探していて、偶然掘り当てた案で強行突破するぞ!」

「そうね。でも掘り当てた場所の特徴だけは教えましょう。下手に隠すと逆に疑われるし。適当に真実を織り交ぜればいいわ」


 なんだそれ。虫を探して地面を掘ってた子供って、まさか俺のことか?!

 流石に大人になってまでそんなことはしてないぞ!?

 子供の頃なら確かに虫取りは俺の趣味だった。春から秋にかけて。虫の採れなくなる冬になれば、クワガタとかカブトムシの幼虫を探すために地中を掘っていたけれど。それも中学生までだ。流石に高校生になってまで虫取りは止めろと同級生に窘められて、泣く泣く止めたのは哀しい思い出だ。

 だが丸々と太った幼虫を見つけた時の感動を、俺は忘れない―――ではなく。大体虫取り好きな子供ってなんだよ。俺、マジでこの人たちに何歳だと思われているんだろうか?

 別の意味でオロオロする俺の肩をポンと叩き、ディエゴが無駄に優し気な表情で微笑む。いやそれ、完全に孫を見守る爺さんの顔だよ!?


「いいかリオン、よく聞け。お前は地中に埋まっている幼虫を探していた。そういうことにする。いいな?」


 よくなーい!良くはないけど、もうそうするしかない空気が蔓延している。

 なのでNOと言えない日本人だった俺は、仕方なく頷くしかなかった。

 こんな風に、リクエストされた酒飲み配信も拒否できなくて、結局やらかしちゃったんだよな。

 日本人は押しに弱いのだ。仕方がないよね。悔しい!



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