第117話 ラウンジでの交流

 人間も動物も、悪いことをしたら逃げるモノである。


 メインダイニングでの夕食の後、俺たちは部屋に戻って嘘発見器を使った実験をし、シュテルさんを捕まえようと探していた。


「逃げ足も速いな……」

「流石は商人ね」


 空の上なんだから逃げ場所なんてないのに、往生際が悪いよね。

 長く逃げ隠れしている間に、事態が悪化するのもよくあることで。余罪が増えたり心証がこれ以上悪くならないうちに出てきた方が身の為だと思うのだが……。


「ここにもいねぇな」

「そうだねー」


 関係者以外立ち入り禁止エリアは避け、客室エリアまで隈なく探したがそこにはおらず、仕方なく俺たちは船内を探し回っていた。

 魔動船にはラウンジのような休憩するスペースなどもある。展望スペースがあるここでは、数人の冒険者がくつろいでいた。

 ざっと見渡したところ、メインダイニングで絡んできた変な女の人がいないことにホッと安堵する。


「お。さっき『ラヴィアンローズ』に絡まれてた奴だな」

「ラヴィアンローズ?」

「奴らのクラン名だよ」


 俺たちに気付いた冒険者の一人が、気さくに話しかけてきた。

 それにしても、あの化粧の濃い女の人の所属しているクランは『バラ色の人生ラヴィアンローズ』って言うのかぁ。合っているような、合ってないような。変な感じだ。


「オレらはあの連中とは違うクランでな。『栄光の頂上グロリアス・トップ』って言うんだが、まぁ、知らなくてもいいぜ」

「どこにでも自分らの名前が売れてると勘違いしてる連中ってのは居るもんだ」

「リーダーがどこぞの貴族の三男坊らしくてな。金だけはある連中なんだよ」

「パーティも女ばっか集めたハーレムクランだからな~」


 ワハハハと笑っている彼らは、バラ色のお花畑のクランとは違い、男臭い構成のようだった。

 それにしても、都会ではやはり貴族出身の冒険者がいるんだね。

 しかも女性メンバーばかりを集めたハーレムクランみたいだし、お金を持ってそうなチャライ装備なんだろうけど、センスも頭も悪そうだった。

 逆にこちらの『栄光の頂上グロリアス・トップ』は、バフアイテムを身に着けてはいても、そこまでゴテゴテしてはいないようだ。


「オレの見たところ、アンタら相当な実力の持ち主っぽいな」


 装備のシンプルさから貧乏臭いと見るか、実力があるから逆に何もつけていないかと見るか。どうやら彼らは後者と受け取ったようだ。


「自己紹介がまだだったな。オレはこのクランのリーダーで、ハルクっつーんだ。よろしくな!」


 ハルクかぁ。ハルクと言えばヒーローかプロレスラーかと言ったところだけど、この人は超人の方だね。狂戦士っぽいもん。


「ジョブはシールダーだ」


 違った、盾役だった。ということはキャプテン・〇メリカかな?

 俺の頭の中では、シールドをブーメランのように飛ばすイメージが浮かぶ。

 あれ? シールドって、ブーメランになったっけ?


「そうか。俺は『スプリガン』のアックスファイターで、ギガンという」

「私はアマンダ。このパーティのリーダーで、ウィザードよ」

「俺はディエゴ。ソーサラーだ」

「チェリッシュでーす。アーチャーでーす」

「テオっす。ブレイダーっす」


 握手を求めて来たので、それにみんなが応える。

 第一印象は悪くなさそうだ。

 俺は戦闘職じゃないからどうしようかともじもじしていると、ハルクさんに声をかけられた。


「そっちの坊主は? みたところ、随分と可愛がってるようだが?」


 お? お判りになる?

 俺はこの世界に来て、自他共に認める程に甘やかされてます。


「うちの最終兵器だ。下手に手を出すと、保護者が黙ってないぜ?」


 そう言って、ギガンがディエゴを指さす。


「そっちの魔法使いソーサラーの兄ちゃんが保護者か?」

「そうだ」


 ディエゴが頷くと、さり気なく俺をガードしているシルバやノワルが威嚇するように周りを睨みつけていた。

 本当に甘やかされてます。どうもありがとうございます。

 ところで俺とディエゴって、兄弟に見えるほど似てるのかね?


「ジョブは? まさか召喚士サモナーなのか?」

魔物使いテイマーにしちゃぁ、随分と強い従魔だよな?」

「服従させるのが難しい魔獣だが、どうやって手懐けたんだ?」


 ノワルやシルバを見て、俺を召喚士だと勘違いするハルクさんたち。

 違うんです。この子達はディエゴお兄ちゃんの従魔なんですよ。見た感じほぼ俺の従魔にしか見えないんだけどね。


「まぁ、隠すこともねぇか。アルケミストだ。言っとくが、シルバとノワルは保護者ディエゴの従魔だからな」

「見くびらないことね」

「……そうか。なるほどな」


 何がなるほどなのかは判らんが、頷き合う『栄光の頂上グロリアス・トップ』の方々である。

 魔法使いで召喚士であるディエゴの説明も面倒だけど、俺のジョブも説明が面倒臭いよね。冒険者パーティにあんまりいないジョブらしいから。

 どっちも基本的に魔塔や賢者の塔に居るので、パーティにその二つのジョブが加わっているのは珍しいんだって。特にアルケミストは引き籠りなので、お陰様で珍獣扱いである。


 そうして俺たちは、丁度良いのでラウンジで寛いでいた、見た感じ友好的な彼らから情報を聞き出すことにした。

 シュテルさんをとっ捕まえて拷問という名の嘘発見器でお仕置きしながら聞き出そうとしたのだが、この船に乗り込んでいる人に聞いた方が早かろうということで。

 シュテルさんは発見次第、拷問にかけることにしよう。

 なのでまずは情報収集だ。


 改めて交流するべく、俺たちは促されるようにラウンジの一角に集まった。

 あちらさんも俺たちの情報が欲しいのかもしれない。

 窓から見える雲海は夜なので真っ暗だけど、昼間ならさぞかし絶景の眺めだ。

 そんな窓際のカウンター席に腰を落ち着けると、俺はディエゴに目配せをした。

 アマンダ姉さんやギガンに耳打ちをして頷いたので、そっとワインを取り出して、彼らの前に差し出す。

 お酒が入ると舌も滑らかになるであろうと思ったので、これは処分品の大放出じゃなくてサービスだよ!


「お。坊主は気が利くな! でもこりゃぁ、部屋にあるワインと違うようだが……?」

「気にするな」

「おつまみもあるよー」


 いつものジャーキーと、作り置きしてある茹でた枝豆(まだある)、ジャーマンポテト、チーズ各種等々をリュックから取り出して窓際のカウンターへ並べていく。

 これは情報を提供してくれる彼らへのお礼の意味もあった。


「すげぇな。ラウンジのメニューより豪華じゃねぇか?」

「このジャーキー、スゲェうめぇんだけど!?」

「マジか。……うめぇ!」

「この緑の鞘に入った豆って、最近酒場で見かけるツマミじゃねぇか?」

「夏場でしか食えねぇって奴だったよな?」

「どこで買った? 教えてくれよ!」

「ふふふ。これは全部リオンが作ったのよ」

「アルケミストだからな」


 何故かドヤ顔で答えるディエゴとアマンダ姉さんである。

 君らは何でもアルケミストだと言っとけばいいと思ってないか?


「そうか。アルケミストだからか」

「俺らのクランにも、アルケミストが欲しくなるな」

「でも奴さん、賢者の塔に引き籠ってるからなぁ……」

「妖精みたいに出会うのが難しいんだよ」

「あ~オレらもアルケミストが欲しいぜぇ~!」


 そして納得してしまう彼らの頭もおかしい。

 いや、この世界のアルケミストがおかしいのかもしれない。

 それはともかくとして。

 取りあえずお酒を飲ませて、気持ち良くなってもらおう作戦の開始である。



「一部の連中はともかくとして、オレたちは魔動船を購入するっつーより、他の目的があってこの船に乗ってるんだよ」


 そこで聞いた話によれば、魔動船を本気で購入しようと考えているのは『ラヴィアンローズ』というクランだけで、『栄光の頂上グロリアス・トップ』はサヘールに行くことが本命なんだって。

 魔動船の購入希望者であれば船に乗れるから、名乗りを上げただけだそうだ。

 他のクランも同じらしく、目的は魔晶石やドワーフの武器といったモノを手に入れる為であり、こんなバカでかい魔動船を購入する気はないらしい。


「都市部じゃ年に数回、サヘール行きの魔動船に乗船できるんだが、今回は購入希望者のみっつーことになってな。大手のクランから、五ツ星ランク以上の冒険者だけを選んで試乗させるって話だったんだ」

「……そうだったのか」

「え? お前さんらソレ、知らなかった感じ?」


 知らなかったよ。

 ギガンたちは難しい表情で、眉間に皺をよせていた。

 どうやら俺たちの予想は当たっているようだ。


「サヘールに行くには、魔動船に乗らなきゃならねぇからな。しかも毎回抽選なもんだから、こういう機会でもなきゃ乗れねぇのよ」

「あの広大な砂漠地帯を抜けるのは、ダンジョンの最下層に行くよりしんどいしな」


 昔懐かしのキャラバンのように、ラクダに乗って砂漠を渡る映像を思い浮かべる。

 しかしそこは過酷な砂漠地帯であり、月の砂漠を優雅に渡るのとは違うのだろう。

 厄介な空の魔物を相手にする方が、まだマシだという考えのようだ。


「オレらだって単純に、魔動船の試乗の為に乗せて貰えるなんて考えてねぇよ。恐らく魔物の討伐依頼も兼てんだろうとは思っちゃいたが……なぁ?」

「ナベリウスか。飛竜程度ならまだしも、本当ならかなり厄介な相手だな」


 取りあえず情報交換として、俺たちが予想していることを伝えると、ハルクさんたちは深く溜息を吐いた。

 プテラノドンと思っていたら、キングギドラが出て来ちゃったみたいな感じかな?

 海域エリアで、シーサーペントだと思っていたら、レヴィアタンゴジラが出て来ちゃった俺たちのような心境だろう。

 

「飛竜程度なら高ランクの冒険者を集めねぇだろ。自分たちの戦力でも十分対応できるだろうしな」

「それもそうか。だから五ツ星以上じゃなきゃ乗せねぇって言われてたんだな……」

「ラヴィアンの連中も、アイテムで底上げして、やっと五ツ星って感じの連中ばっかだしなぁ」


 ラヴィアンローズの実際の実力は、リーダー以外は三ツ星や四ツ星ぐらいのランクらしい。バフアイテムでデコレートして、やっと五ツ星に相当するのだそうだ。

 なんだそりゃって感じだよね。

 通りでキンキンキラキラしてると思ったよ。


「やけに待遇が良いと思っちゃいたが、タダでサヘールに行けると考えてたオレらもかなりアホだな」

「でもお前さんらは、ほぼ騙されて乗せられてるんだよな?」

「オレたちは一応、魔物の討伐も含んだ上での乗船なんだがよ?」


 アホはアホでも、同じアホではない。

 超ド級のアホである。ディエゴは反省するがよい。

 美味い話には必ず何某かの落とし穴があるのだ。


「つーことは、かなり強ぇってことか?」


 人外七ツ星のディエゴがいるからね。ディエゴが冒険者として最高ランクの実力を買われて保険として選ばれたに違いないのだ。

 アマンダ姉さんやギガンは化け物の六ツ星だし、化け物予備軍である五ツ星のテオやチェリッシュを加えれば、底上げラヴィアンローズと比べるべくもない。


「ってことは、その坊主も五ツ星ってことになるが……」


 残念だけど戦闘力はないよ。

 っていうか、栄光の頂上グロリアス・トップのみなさんこっちを見ないでください。

 まさかスゴイ戦闘力があるのでは? という勘違いをするんじゃないよ!

 これならまだ妖精さんと勘違いされる方がマシだよ!


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