第65話 夫々の狩りの成果

「たりない」

「何が足りないんだ?」

「とんぼだまー」

「とんぼだま? ガラス玉のことか?」


 予想以上に数が足りなくて、俺はディエゴに訴えた。

 なんせ色柄共に数個ずつしかないのだ。組み合わせで効果がどのように変わるか確かめたいのに、数が全く足りてなかったことに途中で気付いたのである。

 そして俺は掌に乗せていた【トンボ玉】を転がしながら、こくりと頷いた。


「あら~、そのガラス玉を集めてるの?」


 そこへ注文を受けた料理を持ったオネーサンがやってきて、俺の掌に乗っている【トンボ玉】を見て尋ねた。




 今夜もオネーサンのお店で夕食を取るべく、俺たちスプリガンと、そして【GGG】のみなさんが客として来店していた。でも何故かそこでウエイトレスに扮したロベルタさんがいたのだ。

 そして話は少し戻る。何故ここでロベルタさんがウエイトレスになっているのか、その理由を聞いたところ。


「あ、あのっ、しばらく、ここで、は、働かせて頂こうと、おも、思いましてっ!」


 狂戦士として【ファイブスター】の実力を持つロベルタさんだが、どうしてそんなことになったのか。

 理由としては単純で、ロベルタさんは元々料理人志望だったらしい。でも自分の食費を稼ぐために、狂戦士として冒険者活動をしていたとのこと。気が付けば料理人ではなく、冒険者としての実力だけが上がっていて、本命の料理人の修業が全くできていない状況に陥っていた。

 彼女自身大食いなので、自分で狩って調理するのが理想なのだそうだ。

 そう言えば大食いのフードファイターの方って、料理上手なイメージもあるよね。外食するより、自分で調理した方が安上がりなのもあるんだろうけど。少量なら外食の方が安上がりだけど、大食いだったら自分で調理できた方が確かに食費を抑えられるだろう。

 そして最初に俺に近付いたのも、料理人としてのノウハウを教えてもらおうとしたんだとか。枝豆の調理方法を思いつくのだから、さぞかし腕の良い料理人ではないかと勘違いしたそうだ。本当に勘違いだよ……。妖精と誤解するのと同じぐらいに。

 でも俺は錬金術師アルケミストなので、料理人じゃない。料理もするけど、得意というほどでもないんだよね。あくまでも趣味の範囲だし。

 結局、俺の本職ジョブが料理人ではないと知って諦めかけていたところに、昨夜ここでオネーサンの料理を口にして、自分が求めていたのはコレだと気付いたらしい。


 そう言われれば、ロベルタさんが夕食後、やたらと大人しかったような気がする。

 元々そんなに喋る方ではないので気にしていなかったけれど、色々考えることがあったのだろう。

 大食漢であるがゆえに、食事量的にパーティメンバーの理解を得なければならないロベルタさんのような狂戦士は、長く付き合える仲間を探すのは難しい。最初は理解を示しても、途中から意見が変わるのはよくあることなんだとか。

 【GGG】のように、シャバーニさんの実力と同じく大食に理解があればいいけれど、そうでない方が多いのだ。

 折しもパーティから離脱し、このアントネストに辿り着いて、漸く自分の目指していた夢を思い出した―――といったところなんだろうね。

 これにはオネーサンも快く引き受けるだけの度量があったってことなんだけど。

 大食いでも、自分で狩りが出来るなら食材の確保も容易い。

 オネーサンも仕入れのためにソロでダンジョンで狩りをしていたので、ロベルタさんの実力を試すべくダンジョンに同行させたところ、中々の成果だったのもあって住み込みで弟子になるのをOKしたんだって。

 こうしてお互いの利害が一致して、本日めでたく師弟関係を結ぶに至ったのだそうだ。


「昼間は狩りをするけど、それでもいいっていうからね。まぁ、実力もあるし、暫く面倒を見ることにしたのよ~」


 料理の実力ではなく、狩りの実力であることは疑う余地もない。

 今朝ロベルタさんがオネーサンの狩りについて行くというのを聞いて、アマンダ姉さんもチェリッシュも「いってらっしゃ~い」と、別れを惜しむでもなくあっさり見送っていたのも、昨夜彼女から相談を受けたからだそうだ。

 女性同士、昨夜はそこそこ盛り上がったようで何よりです。

 俺たちは俺たちで、別の意味で盛り上がってたからね。お布団敷いて甚兵衛を着てパジャマ(?)パーティしてたからな。見に来られなくて良かった。


「料理の方はまだまだだけどね。自分で狩って調理をするのは、実質無料ですもの! まさに理想のスタイルだそうよ~ホホホホ~」


 実質無料という、ある種の詐欺ではあるけれど。なんせ無料なのは狩りで手に入れる肉のみであり、料理に必要なその他の食材や調味料などは有料だからだ。

 とはいえ肉だけでなく、その他のドロップ品を売れば資金調達にもなる。

 そう考えると、何とも無駄のない素晴らしい料理人の姿だ。


「さぁさぁ、それよりも今日は、アタシたちの狩りで手に入れた【アンピプテラ】を、から揚げにしてみたわ! 沢山あるから、メガ盛りにチャレンジしてもオッケーよ!」


 図鑑に載っていたけど、【アンピプテラ】って羽の生えた蛇の魔物だったっけ?

 どうやって狩ったんだろうか? このオネーサンも割と謎なんだよね。


「それは有難い! ところで、ここは持ち込みも可能だろうか?」

「持ち込み? 別にいいけど、調理代は頂くわよ?」

「それは当然だ。我々は肉を仕入れても売るしかなく、調理はからっきしなのだ!」


 シャバーニさんやその仲間たちは、今までは食べられればそれでいいと思っていたそうだけど、俺の料理実験に付き合ったせいで舌が肥えちゃったんだって。

 しかも俺の食育の賜物なのか、食事に関する栄養素も気になり始めたとかで、筋肉を鍛えるにはバランスの取れた食事をしたいと考え始めたんだって。

 それはホントゴメンね? プロテインは相変わらずクソ不味いけど、それ以外は比較的まともな食事内容だったからな~。

 しかも昼に適当に入った飯屋で食べた料理が、オネーサンのお店で食べた味とは比較にならなくて、持ち込みが出来るならお願いしようと考えたらしい。


「やだも~! そんなに褒められたら、喜んで腕を揮っちゃうわよ~!」

「なにとぞお願いしたい! 寧ろ三食こちらで世話になりたいのだが」

「あ~、それがねぇ~。ちょっと難しいのよねぇ~」


 一人で切り盛りしているのもあり、昼間は狩りに出かけるので夜しか営業が出来ないのだとオネーサンは残念そうに言った。


「で、あれば。肉を我々が仕入れて、持ち込むというのは如何だろうか?」

「う~ん。でもねぇ、それって一時しのぎでしょう?」

「いや、仲間とも話し合ったのだが、俺たちはここを拠点にしようと考えている」


 シャバーニさん含む【GGG】のみなさんは、このアントネストのドロップ品を手にして、確信したらしい。まさに理想のダンジョンであると。


「肉のドロップ率が高いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかったのだ」

「確かに皮素材もドロップするが、シャバーニの食事量も賄える程に、肉のドロップ率が高いのが良い!」

「あら? 皮素材のドロップって、今日だけでどれだけ狩ったのかしら?」


 俺たちが二ツ星の草原エリアでトンボを追いかけまわしていた頃、シャバーニさんたちは五ツ星のジャングルエリアで爬虫類系の魔物を斃しまくっていたそうだ。

 アナコンダのような巨大な蛇の魔物が出没するのでかなり危険なエリアだそうで、他の冒険者たちもなかなか足を踏み入れることがないそうだけれど。

 そこで狩って狩って狩りまくって、やっと肉をゲットしたのだそうだ。

 本来なら皮素材の方を有り難がるのだろうけれど、彼らは肉が欲しいのである。しかし物欲が邪魔をして、却って高価な皮素材の方ばかりがドロップするという、他の冒険者さんが聞いたら羨ましくて憤死しそうな話だった。


「待って、待って頂戴。五ツ星のジャングルエリアって、あなたたちとんでもない実力の持ち主じゃない?!」

「それほどでもない。目的の肉が中々手に入らなくてな。ドロップ品の多くが皮素材ばかりだったとはいえ、他のダンジョンに比べればここは天国だ!」

「うむ。十体に一体は肉がドロップしたからな!」

「五体に一体が皮素材だが、売る分には問題ない!」


 普通は逆なんだと、ギガンが俺にこっそり耳打ちする。

 皮素材を手に入れるには、めちゃくちゃ強い魔物を十体以上狩らなきゃ手に入らないのに、それを難なくこなせる実力がある冒険者は滅多にいない。更には運も関係しているので、何十体斃しても皮素材がドロップしない冒険者だっている。

 スプリガンではディエゴの実力が飛び抜けているし、アマンダ姉さんやギガンも死に物狂いでやればできるけれど、ドロップ率から考えると辛い苦行のようなものだ。

 しかも三ツ星の俺やテオとチェリッシュがいるせいで、危険なエリアは避けなければならない。

 でも効率を考えると、綺麗な状態で買い取りして貰えるダンジョンの方が、自然界で手に入れるよりも高価買取をして貰えるのだそう。どれだけ滅茶苦茶な斃し方をしても、傷んでいない素材が手に入るし、面倒な剥ぎ取りもしなくて良いなら、確かにダンジョンの方が人気なのも頷けるけどね。


「そういうことじゃなくて――――ああ、もういいわ。三食の食事の提供だけど、ちょっと考えさせてくれないかしら?」


 アタシですら四ツ星の山岳エリアまでが限界なのに、五ツ星ですって!? という大きな独り言を呟きながら、オネーサンは料理を作りに厨房へ戻って行った。


「そ、それじゃ、お水、お、お持ち、しますねっ!」


 オネーサンを追いかける形で、ロベルタさんも厨房へ向かう。

 そうして俺たちは、平然とした顔の【GGG】のみなさんを見て、今日の俺たちの成果である【トンボ玉】を見た。


「明日は、三ツ星エリアに行ってみっか?」

「三ツ星は、森林エリアっすよね?」

「森林だから、当然アレが出るんだよね?」

「昆虫も爬虫類もどっちも出るわよ」

「どっちもって……」


 出ると言えば黒光りするアイツだろう。

 元々は野山が住処だからね。草原エリアでは見かけなかったけど、森林エリアであればきっと現れるであろう。

 だが三ツ星の森林エリアも気になるけれど、俺が今一番気になっているのはこの【トンボ玉】なのである。


「たりない」


 そして冒頭に戻るのだった。



 気を持ち直したオネーサンが、ロベルタさんと一緒に料理を運んできた。

 そして俺の持っている【トンボ玉】を見て口を開く。


「そういえば、そのガラス玉を売っているアクセサリーショップがあったわね」

「アクセサリー?」

「幸運のタリスマンとか言ってたけど、効果は全くないわよ。ただ綺麗な見た目だから、お土産品として売っているみたいね」


 最近はそのショップでしかガラス玉とんぼだまは引き取ってもらえないし、草原エリアのドロップ品がしょっぱいので、買取りもなにも品物が出回っていないそうだ。


「ガラス玉が欲しかったら、そのショップに行けば買えると思うわ」


 自力で手に入れるより、安価で仕入れることができるかもしれない。そうオネーサンが教えてくれたので、俺は早速そのショップに明日行ってみることにした。


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