第101話 ダンジョンというテーマ
天岩戸に隠れた天照大御神の興味を引くために、神々は宴会を開いたという。
まぁ、俺たちは神々じゃなくて、ただの冒険者だけどね。
取りあえず、魔物をおびき寄せるために宴会じみたことをやることにした。
「ほ、本当に、食べるの?」
「たべるよー」
「くっ……っ! 美味そうな匂いなのが、信じられんっ!」
「おいしいよー」
苦手意識のある食べ物の場合、手っ取り早く正体が判らないように調理すべきだと思うんだよ。もう現物は確り見ちゃってるし、これだけ大きいとどこを切っても得体が知れないブツなんだけどね。
巨大なタコの正体は、なんとミズダコである。俺の世界でも結構大きい部類のタコなんだけど、ここまで大きいのはダンジョンだからこそだろう。
ダイオウイカじゃなくて、タコにしてくれてありがとうアントネスト。よく判ってるよ、ほんと。
「まずは、ステーキ」
ミズダコは刺身で食べると美味いんだけど、初手はステーキだよね。ってことで。
茹でたタコをさっと軽く塩コショウして、小麦粉をまぶす。毎度おなじみのホットサンドメーカーにバターを溶かし、ドライローズマリーとスライスしたニンニクを入れて、香りが出るまで弱火で加熱。そこに下処理した茹でタコを入れ、蓋をして焼き色がつくまで暫し待つと出来上がり。ね、簡単でしょ?
「できたよー」
「美味しそうな匂いなのが、悔しいっ!」
「リオリオが作ったのなら、美味いに決まってるっすよ?」
「だから嫌なんじゃないっ! アンタ、あの気味の悪い生き物を食べれるの?」
「おいしいよー」
「んまいっふっ!」
「食べたーっ!?」
テオは臆することなくタコを食べた。
自ら斃した獲物なだけに、その命の尊さを噛み締めるかのように―――な訳はなく、食欲に忠実な食いしん坊に育っているようだ。
一仕事終えてお腹も減っていたのだろう。頬袋を膨らませて、ミズダコのステーキを美味そうにもきゅもきゅと噛み締めていた。
それを恐ろしいモノを見るような目で眺める他のメンバーたち。
この中で一番勇気があるのはテオかな?
勇者パーティを組むとしたら、確かにテオがこの中で一番勇者っぽいね。
「つぎはー、タコのマリネだよー」
フレッシュなトマトとモッツアレラ、まだ残っている枝豆、タコを一口大に切って茹で、砂糖・塩・コショウ・酢・オリーブオイルを黄金比で混ぜたマリネ調味料を加えたら出来上がりだ。
色合いや見た目に拘った逸品だよ。
これは女性向けかな? チェリッシュとアマンダ姉さんどうぞ~。
「あの奇妙な生き物とは思えなくなっただけなのに……、見た目が奇麗だし、悔しいけど美味しいわっ!」
「うわぁ~ん! 食べちゃったよぉ~! 美味しいのが、信じらんなぁいっ!」
ふはははは!
どうだ! 驚きの美味さと食感であろう。
このタコという生き物は、低カロリーにして高タンパク質であり、脂質が少なくヘルシーな食材なのだ。
その他にもビタミンB群、タウリン、オメガ3といった栄養素も豊富なのである。
もっと健康になるために、みんな食べようね!
明るい冒険者生活のために!
「どんどんいくよー」
他にもタコの串焼きやから揚げ、タコわさや刺身などをホイホイと作っていく。
流石にこの時点でギガンやディエゴも匂いに釣られて食べだした。
沢山あるから料理の幅も広がって、途中から俺も楽しくなってきたし。
料理スキルというものがあるのなら、カンストしてるんじゃないかな~? なんてことはないだろうけど、この手の酒のつまみは爺さんと暮らしていた時は当たり前の様に作ってたから慣れているだけだ。
爺さんと居酒屋ごっこをするのが楽しかったので、覚えた料理である。
爺さんは酒が好きだったけど、外で飲むと色々やらかすので、宅飲みが基本だったんだよ……遺伝って怖いね。
「一度食べたら、見た目とか気にならなくなったわ……」
「リオっちが美味しいっていうモノは、全部美味しいもんね……」
「安心と信頼のリオリオっす!」
「よかったねー」
朝食が殆ど酒のつまみだけど気にしない。美味しければそれでいいのだ。
そして主食は焼きおにぎりである。冷凍していたおにぎりを網で焼き、タレはダンジョン産の醤油と味醂を使った。焼き上がった表面にさっとゴマ油を塗ると、更に香ばしさが増して食欲をそそる。
シルバとノワルはタコのから揚げが気に入ったようだね。よしよし。
「から揚げがくっそうめぇ! ビールが欲しいっ!」
「おさけはダメだよー」
「タコわさには日本酒が合うような気が」
「ダメだよー」
朝っぱらから酒を飲みたがるダメな野郎どもめ。
巨大タコをエサに今は釣りをしている最中なんだからな。
酔っぱらっても酔い覚ましがあるからと調子に乗って、いざとなって動けないと困るのは自分なんだぞ。特に困るのは最弱な俺だけど。
先程斃した巨大タコにロープを括りつけて沖へ流し、何かが釣れるのを待っている間、暇な俺たちは食事をしていた。
腹が減っては戦は出来ぬ。
海域エリアの仕掛けとして、砂浜で獲れる貝類や、岩場で釣れる魚など食べられるということは、ここでキャンプをして待てってことだと思うのだ。
そして深夜に現れる巨大なタコを捕獲して、それをエサに更なる大物を釣れということなのだろう。多分。
先程偵察に向かわせたノワルの報告によると、現在タコに食いついているのは小魚ばかりだけど、その魚を狙って更に大きな魚も集まっているらしい。
沖合からこちらに向かってくる魚影が見えたそうなので、徐々にその規模は膨らんでいるようだった。
「どれほど待てばいいと思う?」
「判らないわ」
「魚群を追いかけて、確実に何かがやって来ている気配はあるようだな」
「リオンの仮定が当たっていれば、海を割る必要はないってことか?」
「そうなるな」
もし今後、六ツ星へランクアップしようとする冒険者がいたとして。
ディエゴの様に海を割れる者がいない場合どうするか。
それがアントネストの課題となる。
他のダンジョンでは長い期間を費やして探索しながら、深層へ到達しなければならない。そこで斃すべき魔物は五ツ星だ。体力や気力をすり減らしながら斃すべき相手が五ツ星であっても、そこに到達できたとしてランクがアップする。
アントネストは日帰りダンジョンでありながら、六ツ星エリアが存在している。
海の魔物であるシーサーペント、シードラゴン、ザラタン等の、六ツ星ランクの魔物が生息しているからだ。
だが、それを斃す手段がない。人が容易に渡ることの出来ない海域だからだ。
でも俺は考えたんだよね。
ダンジョンには一定の法則のようなモノが存在していて、それは作り手の何者かの能力が大きく関係している気がするんだ。
俺はアントネスト以外のダンジョンは知らないけれど、話に聞いただけでも推理できることはある。
初級や中級のダンジョンって、その作り手の能力に準拠しているような、そんな気がするのだ。よって高難易度のダンジョンは、格上の存在が作ったと仮定してみる。
人間の能力に個人差があるように。ダンジョンにも個性ではなく、能力の差があると考えるのが自然だった。
アントネストは不親切なようで、理に適った仕掛けがしてある。
他のダンジョンにもそれなりの仕掛けはあるのだろうが、話に聞いた範囲ではアイテムなどに個性があるだけで、どれも行きつく先は同じだった。
冒険者にも好みのダンジョンがあるんだろうけど、その法則に従ったテンプレどおりのダンジョンって感じで作られている気がする。
好まれそうなアイテム(たまにゴミ)、価値のあるドロップ品を散りばめ、人間を誘い込んでいるところなんか特にね。
アントネストみたいに拘り過ぎて逆に人気のない、変わったダンジョンがあるのかもしれないけれど。今のところ調べる気もなければ興味もなかった。
さて、それらを踏まえて。ダンジョンというテーマがあるとしよう。
こういうテーマで話を作れと誰かに指示された課題のようなモノを、ダンジョンに置き換えてみる。
初級が短編、中級が中編、高難易度が長編といった具合に。
それはまるで物語の様に組み立てられた、ダンジョンという一本のテーマのようなものとして考えれば見えてくるものがある。
アントネストはダンジョンというには少々おかしな作りがしてあった。
蟻の巣穴のように
そして他では見られない、六ツ星ランクの魔物が出現する海域エリアがあった。
他のダンジョンと比べれば、どのランクのエリアも日帰りできるので難易度は低いように見受けられるがしかし。他では滅多にお目にかかれない、六ツ星ランクの魔物が出現するエリアが存在することで、アントネストはある意味高難易度ダンジョンであると言えるだろう。
何せ最終到達地点である海域エリアの攻略方法が全く判らないのだから。
他のダンジョンはほぼ力業で攻略できるとすると、アントネストは謎解きが加わっているようなものだ。謎が解けなければドロップ品の価値は判らないし、アタックする気にもならないんだけどね。
要するに、簡単なようで難解なダンジョンが、ここアントネストだった。
「知恵を絞り、謎を解き明かす―――か」
ディエゴがぽつりと呟いた。
「ただの悪戯にしては、手が込んでいるとは思ったがな」
「ひねくれすぎて、逆に判りずれぇよ。だから人気がなかったんだろう」
ギガンの言うことも判る。
あんまり内容が複雑すぎると、考えることを放棄しちゃうのが人間だ。
「でも、謎が解けただけで、人気って出るものなのよねぇ」
「今やアントネストは、冒険者に溢れてっしなぁ」
「判ってみると、なぁんだって感じだよねー」
「面白いダンジョンっすよね!」
とはいえ、このダンジョンの謎が解き明かされたと言っても、誰しもが攻略出来はしないんだろうけどね。
なんせ俺は攻略出来ないし、そもそも攻略する能力がないのだ。
せいぜい海岸で潮干狩りをする程度で、深夜に現れる巨大なタコを相手に戦えと言われても出来る訳がない。
強さ的には四ツ星ランクとは言え、見慣れない者にとっては不気味すぎて恐怖でしかないだろうし。流石コズミックホラーのモデルになった生物だ。
この海域エリアは、ルルイエ海岸と名付けるといいよ。
「昨日から遊んでるようなもんだけどなぁ」
「そこに気付いてはいけない気がしてたわ」
「オクトパスには驚いたっすけど、なんだかんだ楽しんでるっすからねぇ」
「アタシは酷い目に遭ったけどね!」
「チェリッシュは、矢を放ちながら周りも警戒するのが、今後の課題よ」
「はぁ~い……」
今現在の俺たちは朝食を終え、砂浜に座ってただひたすらぼーっとしていた。
釣りとはそういうもんだからね。仕方がないね。
待ちの時間も大切なのである。
昨日からの俺たちの調査内容(行動)を簡単に説明すると、昼間は潮干狩りや海釣りをしての調査を行った。
何の成果もなかったかと言えばそうではなく、食べられる貝類や魚があることを発見し、実験として自らそれを浜焼きして食したわけだ。
それら全て美味かったという情報も重要である。調味料には是非ともアントネスト産の醤油などの調味料を使って頂きたい。
だがその日はそれ以外することがなく、砂浜でキャンプをした。
ここまでは普通の海辺のキャンプである。
がしかし、異変は満潮になったその夜に起こり、深夜に巨大なタコが満潮とともに現れた。
そして夜明けまでにタコを斃したのだが、鑑定の結果それが海生爬虫類のエサであることに気付く―――といったところが現在の調査内容である。
今の状況は、朝食に少しだけタコを頂き、残りは引き潮に合わせてエサを沖へ押し流しているといったところだ。
潮の満ち引きはダンジョン内なので自然界とは少々異なるが、今のところ順調にエサは沖合へと流れて行っていた。
「お。ノワルが戻って来たな」
「ああ、そろそろロープを引っ張る時間がやって来たようだ」
偵察から戻って来たノワルを出迎え、ディエゴが立ち上がる。
俺たちみんなにも、ゴーグル越しに沖の方で何か巨大な生物が向かって来ている様子が確認できた。
「昨日は坊主だったから、今日は大物を釣り上げねぇとな!」
「リオンは危ないから、下がっててね」
「はーい」
「シルバはリオンを守れ」
ディエゴに頼まれて、するりとシルバが俺に寄り添ってくる。護衛をお願いね~。
それじゃ俺は安全な位置まで下がっておくとしようか。
「テオやチェリッシュは、奴が沿岸まで現れたら同じように引き下がってくれ」
「はーい!」
「りょーかいっす!」
「ディエゴは待機して、危なくなったらお願いするわ」
「了解した」
それぞれの役割を分担する指示を出す。
俺はいつでも逃げ出せる洞窟の入口へと護衛のシルバと一緒に退散し、その他のメンバーはロープを綱引きの様に引き始めた。
何が現れるのか興味があったので、俺は遠目からSiryiで鑑定してみることにする。
海が広すぎて遠近感が狂っているのもあるんだけど、遠い筈なのにやたらと大きく見えるんだよな。
そしてSiryiの鑑定結果によると。
『アレは―――レヴィアタン。七ツ星ランク―――以上の魔物です』
「へ?」
ここって六ツ星ランクの魔物が出現するんじゃなかったの?
七ツ星以上って、どういうことなんだよ!
『マスター。もしもの場合に備えて、例のアレをお持ちください』
「アレって……」
アレのことかな?
そんな危機的状況にだけは、なって欲しくはないんだけど。
何だか嫌な予感がしたので、俺はすぐさまディエゴに念波を飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます