第91話 魔動車から魔動船への変更
本日俺たちは、冒険者ギルドやその他のギルドにサンプル品や調査結果報告の書類を提出するべく、みんな一緒に朝食をとっていた。
今日は一日が長くなりそうだな……。そんなことを思っていた時だった。
「そういやディエゴ、お前が購入するって言ってた魔動車はどうなった?」
そう言えばそんなことを言っていたなと、俺もギガンの問いと同じく首を傾げた。
アントネストで受け取る予定だったのではなかろうか?
「ああ、魔動車はキャンセルした」
「はぁっ!?」
「えぇ~? アタシ、魔動車に乗るの楽しみにしてたのにぃ~!」
「アンタ、何時の間にキャンセルしたの?!」
「もしかして、資金不足っすか?」
「なんで?」
ディエゴのお金だから好きにしても良いけど、理由は知りたいので俺は訊ねた。
「予定の想定以上に資金が手に入ったからな。魔動船に変更した」
「はっ?」
「ん~?」
ちょっと何言ってるのか判んないね。
以前同じことを言ってた時に、止めた方が良いって言われてなかったかな?
「ディエゴアンタ、魔動船の維持費にいくらかかると思ってんの!?」
アマンダ姉さんが血相を変えてディエゴの胸ぐらを掴む。それだけとんでもない維持費がかかるってこと? 俺とディエゴの不労所得含め、遊んでいるようでスプリガンって結構な稼ぎがあるパーティではあるけど、アマンダ姉さんの顔色が変わるってことは、魔動船ってかなりの金食い虫なのだろうか?
俺はそっとSiryiを手にして、問い掛けてみることにした。
「魔動船って、いくらするのかな?」
「さぁ? 魔動車よりは高いくらいしか知らねぇっすよ」
俺の記憶が正しければ、空を飛ぶ船のことだよね?
おいくら万円ほどするのか教えて~。
『この世界の魔動車がマスターの世界の高級車の価格とすると、魔動船は戦闘機ほどの値段となりますね』
「うわぁ……」
高級車となると、平均で500万だけど、モノによって数千万はする。
そして戦闘機の価格であれば、数十億から数百億になるだろう。
ディエゴってば、何時の間にそんなに稼いだんだろう? 俺と一緒にぶらぶらしてただけなのに。特許のライセンス料ってそんなに入るもんなの?
この世界の所得ってどうなってんだよ。税金関係のことは全く判んないんだが。
そしてSiryiも知らないらしく『その質問にはお答えできません』だった。
俺がサンプル品作りに集中している時に、ディエゴがたまに一人でぶらっと外出してたようだけど。その時に高級車から戦闘機に変更したのかな? いや、魔動車から魔動船だったわ。
そんなことを考えていると、ディエゴの謎の資金源の話題になった。
「アースドラゴンの素材が、漸く売れたんだ」
「え? マジでか?!」
「あの時のアースドラゴンの素材が売れたのっ!?」
「値段のつけようがねぇって、死蔵扱いだったあの素材が、やっと売れたのか……」
「まぁ、それで、魔動船に変更できたんだ」
あの時って何だろうか?
『その質問にはお答えできません』
いやそりゃそうだろうけど。まぁいいや。暫くはみんなの話に耳を傾けるべく、俺はSiryiをそっとカウンターに置いた。
最近Siryiに依存気味だったので、ちょっと手放すこともしなきゃね。
そして若手がこそこそと耳打ちしている話にも耳を傾ける。
「アースドラゴンって、伝説級の魔物だよね?」
「確か、ギガンさんやアマンダ姉さんが、ディエゴさんと知り合う切っ掛けになったとかいう、アースドラゴン討伐のレイド戦っすよね?」
「それでディエゴさんが、七ツ星にランクアップしたって話だったっけ?」
「それっす!」
俺の知らないエピソードだが、ここに来て明かされる、魔法使いのあたおかサイコパスなディエゴと、まともそうなギガンやアマンダ姉さんたちが知り合う切っ掛けの話らしい。
興味がないので聞いてなかったが、最近はそうでもないんだよね。相変わらず人の過去についてはどうでもいいんだけど。
とはいえなんか色々あって、三人がパーティを組むことになったってことだけは判る。そこにテオやチェリッシュも加わったみたいだが、俺が加わる切っ掛けが切っ掛けなので、単純にギガンたちがお人好しなだけだと思う。
「砂漠地域のとある王族が購入者だが、アホみたいな価格で落札してくれたぞ」
「ああ~、あそこなら、お金を持ってるわね」
「魔晶石で荒稼ぎしてっからな」
以前魔晶石についてSiryiに尋ねたところ、地中から掘り起こされる鉱石に、魔晶石が大量に含まれているのだそうだ。
ダンジョンで手に入れるか、魔晶石をドロップする魔物が居ると思っていたが、どうやら違うらしい。この世界では、魔晶石が石油的なエネルギー資源のようだ。
他の国でも魔晶石は掘れるらしいけど、砂漠のある国が一番魔晶石が掘り起こせるんだってさ。化石燃料の石油じゃなくて、魔晶石になるのは意味が判んないね。
「アンタが最終的にアースドラゴンを斃したから、功績として爵位を与えるって言う話だったのに、それを断ったからややこしくなっちゃったのよねぇ」
「爵位と領地を貰ったところで、面倒なだけだろう?」
「それはそうだけど」
「結局はアースドラゴンの素材を貰う形で、場を収めたんだったよな」
「アタシたちは討伐の依頼料とランクアップ報酬で十分だったしね。そんなに役立ってなかったし」
「でも誰もその価値が判んねぇから、売ろうにも売れなくて、ギルドの倉庫で死蔵されてたんだろ? 本当に売れたのか?」
「肉や皮は丸焦げだし、残ったのが骨だけだったものねぇ。それもかなり損傷が激しかったし、誰も価値を見出せなかったのに……」
どんだけ激しい戦いだったのか。丸焦げで素材をダメにしたんだ。骨だけ残ったとしても、強い魔物ならその骨にも価値がありそうだよね。
ダンジョンではどれだけやらかしても素材がドロップする(しない時もある)だけに、リアルな討伐となるとそういう問題があるんだな。
「賢者の塔で素材を調べてもらったんだが、その調査結果として、治療薬として価値があると実証されたそうだ」
「ああ、賢者の塔ね。そこの調査結果なら信頼度も高いし、どんな効能があるかだけでなく、副作用があるかもキッチリ調べてくれそうだわ」
「魔塔じゃなくて、賢者の塔だからな。信頼度がちげぇよ」
魔塔出身者を前にして、二人とも言いたい放題である。
そしてまた出て来たよ、賢者の塔。引き籠り
俺のジョブは一応アルケミストだけど、別に引き籠りじゃないよ? アントネストに来てから随分と社交的になったもん。以前とは違うのだよ、以前とはな!
「どんな効果があったのかしら?」
「組織の再生とか言っていたな」
「組織の再生?」
「アースドラゴン自体が自己再生能力が高く、長期戦だと人間側に不利だったことから、素材を失っても構わんというから、俺が丸焦げにしたわけだが……」
「あの時はね。もうそれしか方法が残されてなかったし……」
「バカボンボンがやたらと素材を残すことに拘ってやがったが、全滅するぐらいなら討伐を優先させるのが当然だろう」
そしてディエゴが丸焦げにしたと。本気を出せばスゴイんだろうなー。従魔も必要ないぐらいに。でも召喚士なんだよね。実は寂しがり屋とかで、自分を裏切らないだろう従魔に癒されたかったのかな? (多分違う)
「その自己再生能力が骨にもあるのではないかという推測から、アースドラゴンの骨に興味を持ったアルケミストが調査して、薬効成分を抽出してくれたそうだ。実際に他の生き物で実験して何度か成功したことから、最終的に人間で治験をしたところ、皮膚組織や失った肉体の欠損部位が再生したらしい」
え? それって凄いじゃん。まるで某生体組織に成長できる万能な細胞を発見したことで、ノーベル賞を取った人の話みたいなことになってるぞ?
でもそんな身体組織細胞の再生能力促進薬があれば、数百億出しても少しも惜しくない気がする。お金持ちだったらの話だけど。
魔塔って確かエリクサー探しにダンジョンアタックする連中がいるんだよね? 魔塔より先に、賢者の塔がその万能薬を作っちゃったんだ。うわぁ。
そして永遠にグッバイ。アクータートルの万能治療薬よ……。お前はこの世に存在してはいけないアイテムだったのだ。
「そりゃ、スゲェな……」
「まるで伝説のエリクサーみたいね……」
「いや、再生できるのはあくまでも肉体の組織部分のみらしい。万病に効くわけではないそうだ」
万病に効果がないのなら、まだアクータートルの甲羅はグッバイじゃないのか?
う~ん、でもコイツは使いどころが難しいんだよなぁ……。
俺も何かで実験しなきゃならないのだろうか?
「治療薬として生成するには賢者の塔の協力が必要だが、それでも素材の買取価格として、魔動船を購入することができる費用が手に入ったという訳だ」
「そういうことなのね……。まぁ、素材だけあっても、どうしようもないものねぇ」
「薬学分野は、魔塔よりゃ賢者の塔だしな」
「住み分けができてるわよねぇ」
しかも自分が賢者の塔に協力してもらって治療薬を販売するのではなく、素材を王族に売りつけることで面倒から逃れるとは。流石ディエゴ。俺でもそうするけど。
「どうせあれだろ? この話が広まれば、魔塔の連中はアースドラゴン探しを始めんだろ?」
「目に見えるようだわぁ……」
「無駄にアグレッシブだからな、アイツらは」
「でも体力がない連中ばかりだから、山や森で遭難するのよねぇ」
「徘徊老人より目的がはっきりしてっから、余計に性質が悪ぃんだよなぁ」
その度に捜索依頼を冒険者ギルドに出すと。
その話は前にも聞いた。ギガンが魔塔の連中を徘徊老人レベルだと思っていたのは今知ったけど。
「討伐にはディエゴしか参加してくれなかったのも、体力不足のせいだもの」
「それを切っ掛けに、お前は魔塔を見限っちまったしな」
「あれはまぁ、成り行き上そうならざるを得なかったし、そろそろ抜け出したかったしな。お前たちとパーティを組んだことを、後悔はしていない」
寧ろ今が十分楽しいので、これはこれで良かったのだと、ディエゴは満足そうに笑っていた。
その笑顔を見た二人とも、ホッコリと微笑んでいた。
若手の二人も、大人組の懐かしエピソードを聞いて、いいなぁ~なんて呟いてる。
良い雰囲気だねぇ。
なんてことで俺は騙されないからな。
ところでそのエピソードより、魔動船のことはどうなったんだ。
二人とも個人で魔動船を所有すると悪目立ちするから反対してたり、維持費がやたらかかるって言ってたんだけど?
懐かしの出会いエピソードでうやむやになってない?
勝手に予定を変更して、高価なお買い物(数百億)をしちゃったんだよ!
もしかして、コレがディエゴの作戦なのか?
これじゃもう、魔動船について文句を言える雰囲気じゃなくなってるじゃん!
流石ディエゴ。サイコパスってるだけあって、誤魔化し方が巧妙だな。
俺じゃなきゃスルーしてるところだぞ!
まぁ、魔動船購入について反対はしないので、あえてのスルーをするけどね。
そしてふと思ったんだけど。
もしかしたら俺がこの世界に来た時に聞いた、爵位を貰って貴族に返り咲いた云々の話って、ディエゴとギガンたちのエピソードが、いつの間にか歪んだ形で伝わったなんてそんなことは……ないよね?
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