第92話 デスマーチがやって来た(ギルマス視点)
「報告内容と、情報があり過ぎて、どうしたらいいのか判らん!」
「これだけ丁寧で正確な報告書なんですから、情けないことを言わないで下さい」
「俺たち二人で処理するには多すぎるだろうが……」
「恥を忍んで、商業ギルドから事務作業員を派遣してもらいますか?」
「それも検討しなけりゃならんのか? 向こうの良いようにされそうで嫌なんだが」
ギルマスとサブマスは、手渡された報告書と、丁寧に梱包された液玉とその中身のサンプルを前にして、感動と混乱に襲われていた。
現在これらドロップ品の正体が判明したため、その価値を各所に問い合わせながら査定中ではあるのだが、量の豊富さに少々参ってしまいそうだ。
魔昆虫に限らず、アントネストのダンジョンに生息する生物に最も詳しいのはギルマスと、鑑定の出来るサブマスしかいない。
依頼内容と必要な素材を振り分ける作業などの書類仕事の殆どが、この二人によってなされていると言っても過言ではなかった。
ぶっちゃけると、まともな事務作業の出来るギルド職員がいないからである。
文字が読めて書ければマシな方で、学のある者が非常に少ないのだ。
そもそもこういった事務作業の出来る人材は、商業ギルドや薬師ギルドの方へ集中するのもあるだろう。給料面で優遇しようにも、肝が据わっていればいいといった最低条件をクリアするだけでも難儀する。
優秀な人材を育てたいと思えど、アントネストでギルド職員になろうとする者自体が珍しいので、贅沢も言っていられない部分があり、多少難があっても採用するしかないのであった。
そんな理由から、他の職員に任せてしまうと、かなりのミスが連発する。よって常にギルドに缶詰状態なのに、更に送られて来た新たな魔昆虫の名称とドロップ品の仕分け作業が加わったのだ。参らない方がおかしい。
まさかこんなに貴重なドロップ品のある、宝の山だったとは気付かなかった。
だが多すぎるのだ。これ程とは思わなかっただけに、もろ手を挙げて喜ぶほど単純なものでもなかっただけに。
「アルケミストと魔法使いに調査を依頼すると、こうなるのか?」
「さて? 彼らに依頼をしても調査をしてくれたことがありませんし、どうなんでしょうかね?」
アントネストの調査をして欲しいと、過去に何度か魔塔と賢者の塔に依頼を出したが、一度も引き受けてもらったことがないので判らない。
冒険者ギルドのように、強制依頼制度がないからでもあるが、興味を引けないと断られる上に、依頼料もべらぼうに高いのである。
「魔昆虫の研究をしているアルケミストも魔法使いもいませんから」
「魔獣や薬草類の研究はしているって話だったな」
「断る理由も、それ以外の物には興味がない―――でしたからね」
「その断りの理由を聞いて、悔しすぎて寝られなかったのを思い出したじゃないか」
「でもこうして、魔昆虫のドロップ品の謎を解き明かしてくれた、アルケミストが現れたじゃありませんか」
喜びましょう、この幸運にと、サブマスはギルマスを宥めた。
「本当に、魔昆虫に興味があったんだな……」
「お仲間が出来て良かったじゃないですか」
「そういうことじゃぁ―――いや、それもあるが、ド田舎のギルマスが言ってたことが本当だったんだなと、今更実感してるよ」
「静かに果報を待て。でしたか?」
「とんでもない量の情報と報告書に圧し潰されそうだがな」
「嬉しい悲鳴じゃないですか」
「いや全く、どれだけあるんだか……」
ドロップ品の正体だけでなく、魔昆虫の種類まで調べ上げてくれたなんて、感謝と感動以外の何者でもない。ギルマスですら正式な名称を知らなかった魔昆虫も多かっただけに、新たな知識が更新されて嬉しくもあるといったところだ。
引き籠っていたようなのに、何故これだけのことを調べることができたのか。相変わらず謎ではあるけれど。
余程の昆虫好きでなければ、ここまで詳しい情報を持つはずがないのだ。
アントネストではギルマスぐらいであろう。シケーダやブラックビートルに、違いや種類があると理解している冒険者は。それを語るとドン引かれるので、あまり口にしなくなったが。
そのせいもあって、ドロップする『液玉』がただのゲロや汚物として処理されてしまったのだろう。そして自分も同じように、多数の意見を受け入れてしまった。
数の暴力にはギルマスと言えども屈するのだ。
しかしアルケミストの意見なら聞き入れるのだから、どうかしていると思わずにはいられない。自分含め華麗なる掌返しだなと呆れるがしかし。
「まさか、タリスマンが作れる、本物のアイテムだとはな……」
トンボ玉を手に取り、ギルマスは光に翳してみた。何の変哲もないただのガラス玉だったドロップ品が、人間の手で作り出せる価値あるタリスマンになることまで突き止めてしまうだなんて、信じられないが、本当なのだろう。
実際に作られたサンプル品がここにあるのだから。(※ジェリー初期作)
「アルケミストの知識の正確性や信頼度が高いのは判っていたつもりだが、ここまで調べ上げてしまうとは恐れ入るな」
「お陰様で私の鑑定眼鏡も情報が更新されまして、その効果を目の当たりにして驚きましたよ」
実感はまだですがと、サブマスは苦笑した。
ダンジョン産のドロップ品に偽装アイテムがあることは知っていても、見破れなければ価値がないモノのままである。そうして謎を謎のままにして、ドロップしたアイテムを捨てる冒険者も多いのだ。
運よく捨てられずにギルドに持って来て査定をしても、鑑定できる者は多くはない。過去の事例から当てはめて推理するぐらいが関の山なのである。
鑑定とは推理に似ていて、己の経験や知識から、それらを読み解いていく。
鉱物あたりだと簡単なのだが、アイテムとなると一気に解読が難しくなるのだ。
なにせ素材によっては成分や原材料が何かまで読み解けなければ、はっきりとした表示がされないのである。
アルケミストが正確に素材や成分まで調べ上げてくれたからこそ、サブマスの鑑定眼鏡には正しく情報が更新され表示されるようになったのだ。
偽りや思い込みだと、情報は共有されないのが、この鑑定眼鏡というものだった。
便利だが厄介なのが、ダンジョン産のアイテムを鑑定するメガネだ。
不思議なアイテムであればあるほど謎解きが困難になるので、既に謎の解けたアイテムの情報を取り込むしかない。
だから魔塔や賢者の塔に、アイテムの謎を解く依頼を出すのだ。彼らの知的好奇心を刺激しなければ、それらの依頼は受けてくれないのだけれど。
因みにそのデータを鑑定眼鏡に取り込むには、知的財産扱いとして情報料を支払うことになっている。
このような形で、いきなり情報を提供されることはないのだ。
「やはり情報料を支払わなければなりませんね。いくらになるかも判りませんが」
「それを含めて現在査定中なんだろうが」
「これだけあるといつ終わるか判りませんよ?」
「彼らの機嫌を損なわないよう、なるべく早く終わらせたいところだがな……」
「友好的な関係を維持すべく、慎重にならなければなりませんねぇ」
ある意味不可侵領域のような存在なのが、魔塔と賢者の塔だった。
王族や貴族ですら彼らへは手出ししない。いや、出来ないとも言うが。抱え込むには彼らが優秀過ぎるというのもあるし(バカは相手にされない)、そもそもが金持ち集団なので、契約金で縛り付けようもなかった。(奴隷奉公など以ての外)
集団で活動しているのもあり、もし彼らの機嫌を損ねでもすれば、ありとあらゆる報復が待っているという、実しやかな噂もあったからだ。
本当かどうかは判らないが、過去にアルケミストの一人を脅しつけ、抱え込もうとした高位貴族が爵位を取り上げられ、お家断絶にまで追い詰められた―――という噂が流れて来たことがあった。
何がどうしてそうなったのかが判らないので、噂として聞き流したのだが、本当に妖精のような存在だと思ったものである。
魔塔の魔法使いたちは普段からヤバイので、賢者の塔とは違う意味で扱いを間違えると破滅すると言われていた。
アルケミストには『障らぬ妖精に怒り無し』、魔法使いには『近寄るな危険』というのが暗黙の了解だった。
「ところで、この報告書を提出した本人たちに礼を言いたいのだが……」
ギルドカウンターで受付に報告書とサンプル品を渡した後、他にも用事があると忙しそうに出て行ったというのは聞いている。
相変わらずギルド職員はハンコで押したような対応しかしていなかったので、引き留めることもしなかったのが悔やまれる。切実にまともな人材が欲しい。
「先程、商業ギルドに現れたそうです」
「商業ギルド?」
「なんでも、特許の申請をするそうで」
「特許?」
「ドロップ品で何か作ったようですね。商業ギルドから、魔昆虫のドロップ品について確認があったそうです」
「タリスマンのようなもんか?」
「それとは別件です」
冒険者ギルドには魔昆虫の種類とそのドロップ品の内容物の報告書が提出されたが、商業ギルドには特許の申請をしに行ったという。
「いや、確かに液玉の内容物を見る限り、何かに使えそうな物はあるが……。既に何かを作ったってことか?」
「商業ギルドのギルマスから、嬉しい悲鳴の連絡があったそうです。是非ともこれらのドロップ品の買取り依頼をしたいとのことで」
「まだこっちだって情報を公開しとらんのだぞ。冒険者だって魔昆虫の種類も、ドロップ品の見分けも出来る訳ないだろうに」
依頼表を貼り出すにしても、どの魔昆虫から何がドロップするかを情報として公開しなければならない。買取価格もそうだが、情報を理解した者が己のランクと照らし合わせて依頼を引き受けるのだ。
だがまだその段階ではないのである。
「闇雲にドロップ品を搔き集められたところで、鑑定が出来るのは今のところお前だけだろうが」
「それはまぁ、そうでしょうねぇ。ですが査定となると、価格帯を調べている段階なので無理ですね」
「ほらな。依頼なんぞ受けてる場合じゃないだろうが」
「……確かに」
気が逸るのは判るが、何をそんなに急いているのか。液玉の種類の多さもあるが、買取価格を決めるにはもう少し時間がかかりそうな物ばかりだ。
特に調味料が入っている液玉の価格がよく判らない。なにせ今まで見たことも聞いたこともないのだから。
だが自分たちもアルケミストがプロデュースした(と言う情報が新たに入った)屋台の肉を食べてみたが、確かに美味であった。
それらを使った調味料であれば、慎重に買取価格を設定せねばならないだろう。
自分たちのよく知るモノとは違い、全く世に出回っていないからだ。
「もう少し待ってもらえ。こっちはこの調味料と、香料やスパイスの市場価格を調べている段階だってな」
「いえ、それも含めてなのですが、どうも調味料関連のドロップ品を早急に手に入れたいとのことなのです」
そう言いながらサブマスは、サンプルとして細かく区切った箱に入れてある、昆虫名と内容物の表記されたドロップ品を指さした。
まるで箱に収めた昆虫標本のような纏め方である。そして報告書に目を落とすと、学のない者でも判りやすく内容物の成分や使用方法が記載されている。
「ミリン? とやらに、ショウユ? とかいう液体か?」
「らしいです」
「まだどういった料理に使えるかも判らない調味料だろう?」
「それが判らないから現在絶賛確認中なのですがね。とにかくその液玉を手に入れたいので、さっさと買取価格を決めろとのことです」
「無茶言うな! つい数時間前に俺たちだってその存在を知ったばっかりだぞ!」
まだこれらを調査してくれたアルケミストにお礼も言えていないのに、商業ギルドの要求に応えている暇などないのだ。
「お忙しいところ失礼します! 薬師ギルドから、早急に薬品関係のドロップ品の依頼をしたいとのご連絡がありました!」
ノックもせずいきなり執務室に入ってきた職員を叱る前に、ギルマスとサブマスはお互いの顔を見合わせた。
「薬師ギルドまで行ったみたいですね」
「そのようだな……」
二人で処理するには多すぎる書類を前に、思わず天を仰ぐ。他のギルド職員では、問い合わせの対応しか処理できない。
相談できる相手が、心の底から欲しかった。
「早々に人材を派遣してもらうべきでは?」
「貸してもらえると思うか?」
「処理が滞ると言えば、借りれそうな気はしますが……」
「信頼できんのがな、問題なんだ」
「あちらに有利な状況に持って行かれそうですからねぇ」
「領主に連絡は―――いや、あっちも自分勝手にやらかしそうで怖いな」
「どうしましょうか……?」
情報を手に入れた途端、急かしているということは、混乱に乗じて低価格で取引させようと考えている気がしてならない。そして領主も信用できない。
こちらは冒険者の生活も考えて、査定をしなければならないのだ。だが商業ギルドや薬師ギルドはそうではない。己の利益しか考えていないからだ。
領主だって適当な対策しかせず今まで放置していたダンジョンである。冒険者ギルドに一任していると言えば聞こえはいいが、今まで責任逃れをしていて、宝の山だと知った途端に出しゃばられては腹が立つどころではないだろう。
それらをひっくるめて、互いの利益を考慮した落としどころを考えるだけで頭が痛かった。
その後。
中々査定の終わらないことに焦れたそれらのギルマスたちが、冒険者ギルドに押し寄せてくることになるのだが。
冒険者へ魔昆虫の情報を公開して、ドロップ品の買取価格が決まるまで、冒険者ギルド職員ら(ギルマス&サブマス)のデスマーチは続くのであった。
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