第80話 もしや、これは※※!?

 お昼時らしく、大勢の冒険者たちがダンジョンから一時的に出てお昼休憩をしているのは判る。

 肉フェス会場(違う)には、そんなダンジョンから三々五々と出て来た冒険者が増えたのか、各屋台も客の対応で忙しそうに肉を焼いていた。

 一方で、爬虫類のお肉で勝負をしている屋台の一角では、GGGのみなさんが一軒の屋台の前に立ち並んでいるのだけれど。

 しかも屋台のおじさんが頭を下げて謝っているという、一見すると輩に絡まれてショバ代を請求されているような雰囲気だった。


「どしたのー?」


 普段であれば知り合いであっても、用もないのに見かけたからと言って声を掛けたりしない俺である。逆に自分が声を掛けられても、知らない人から声を掛けられたと思って、驚いて走って逃げる(後で怒られる)―――のだが、何を血迷ったのか、思わず声を掛けてしまった。


「おお、リオン君と、ディエゴ氏ではないか!」

「そちらも、この屋台の肉を食べに来たのか?」

「ん?」


 振り返ったGGGのみなさんは、相変わらずの爽やかな良い笑顔だった。

 怒っている訳でもないのに、どうしておじさんは謝っているのかな?


『どうやら材料が足りなくなっているようです』


 おっと、みんなから理由を聞く前にSiryiが答えちゃったんだぜ。

 便利だけど、そういうのはいいよ。話が続かなくなるから。でもありがとねー。

 疑っていたわけではないんだけど、GGGのみなさんが屋台のおじさんにいちゃもんつけて、絡んでいる訳じゃないみたいで安心した。

 確かに屋台では何も作られていないようで、売り切れたとかなのだろうか?


「申し訳ありません! ご注文の予約を受けた量ですが、途中で調味料が足りなくなって、お作りすることが出来なくなってしまったんです!」

「先程ダンジョンに入った息子さんが、その調味料とやらの材料の調達をしているそうだな? 待たせてもらっても構わないのだが」

「間に合うかと思ったのですが、まだドロップしないようで……いつお出しできるかお約束できないんです」


 なるほどね~。って。ダンジョンで調味料を調達ってどういうことだろう?


「それで待っている状態ということか?」

「そうなのだ!」

「うむ!」

「ここの屋台の肉は、とても良い味付けなのでな!」

「リオン君の作る特殊なタレに似ているのだ!」

「ん?」


 そう言えば俺って、香ばしくて懐かしい(そうでもない)匂いに釣られてこっちに来たんだった。

 屋台の焼き場の周辺をクンクンと嗅げば、確かに俺の良く知る匂いがした。

 もしやこれは……?


『醤油、味醂、それらを混ぜて作られたタレの匂いですね』

「…………っ!?」

『あなたの知る、黄金比ではありませんが』

「?」

『醤油:味醂:砂糖:酒=2:2:1:1で作られる、焼き鳥のタレに似ています』


 なんだと? この世界にも、醤油や味醂が存在しているってこと?


『ダンジョンでドロップします』


 醬油や味醂が?


『三ツ星の森林エリアにて、とある魔昆虫を倒せば一定の確率でドロップします』


 マジで?


『マジです』


「はわっ!?」

「どうした、リオン?」

「はわわわっ」

「だから、どうした?」

「しょしょしょーゆ!」

「しょっ? トイレか!?」

「ちがーう!」


 突然壊れた俺にディエゴが慌てふためく。脳内電波じゃない、念波も上手く伝えられず、めちゃくちゃな映像を送り付けられて、ディエゴを混乱させてしまった。

 そして俺はトイレに行く必要がないから、おしっこしたい訳じゃないよ!!

 ションベンはちょっとお下品な表現なので、ディエゴは口に出さないようにお願いします。


「すまないオヤジ! やっとゲットした――――あ、もしかして……間に合わなかった……のか?」


 俺とディエゴがわちゃわちゃしているところへ、今度は屋台のおじさんをオヤジと呼ぶ青年が駆け込んできた。

 思わず振り返ると、その手には黒く俵型の何かの形に似ているモノと、薄黄色い液玉のような物を抱えていた。何だそれ?


「ばっ、おめぇ、直接手に持ってくるんじゃねぇっ!!」

「うわっ!」


 おじさんに怒られて、青年は慌ててそれらを後ろに隠す。でもみんな見ちゃったので、隠しても今更であった。

 それに俺は知ってしまったのだ。

 おじさんの息子さんだろう青年の、手にしていたブツが何であるかを。

 Siryiがバッチリ鑑定しちゃったんだぜ。


『薄黄色の液玉の中身は味醂であり、シケーダのドロップ品です。黒い俵型の中身は醤油であり、ブラックビートルからのドロップ品ですね』


 シケーダってことは、セミだよね? ブラックビートルとは、黒いカブトムシ――――そう、黒いGヤツの別の呼び名である。

 コックローチじゃなくて、ブラックビートルって名前の方がカッコイイね。

 逆にカブトムシがGヤツと似てるようなもんだと思われてるってことだけど。

 あれ? でもギガンたちから貰ったドロップ品には、そんなのなかったんだけど?


『その質問にはお答えできません』


 そりゃ、Siryiが知ってる訳ないよ。俺だって知らないし。

 どういうことだ……? ドロップ品は全部回収するようにお願いしていた筈なのだが、そんな物は受け取っていない。

 運気上昇効果のタリスマンを持っていたのだから、ドロップ率は確実に上がっていたと思う。ならばセミとゴキブリに遭遇しなかったのか? まさかね。


 聞くところによると、奴らは森林エリアでは厄介な魔物としてある意味有名だ。

 セミは探すまでもなく煩いので見つけやすいし、ゴキブリはいきなり現れて襲い掛かってくるっていうしね。

 見つかると逃げる癖に、ゴキブリってたまに向かってくるし、フライングアタックしてくるヤツだっている危険なヤツだ。


 コロポックルの森でテオとチェリッシュは、軽自動車サイズのゴキブリの魔昆虫を倒せるよう、熊の魔獣を単独討伐して三ツ星にランクアップしたんだから、斃していない筈はないんだよね。

 実際はルーンベアの方が強いらしいんだけど、ダンジョンのゴキブリはやたらとエンカウントする。その対応に追われることを考えれば、熊よりも巨大ゴキブリの方が脅威だろう。

 ゴキブリは一匹見つけたら百匹はいると思わないといけない。だからやたらと居たはずなんだ。(科学的なデータはないけど、放置してると確実に増えている)

 だが今はその謎は置いておく。とにかくこの世界にも醤油や味醂があるのだ!

 その事実を知ったということが大事なのである。


「そのちょーみりょー、みせてー」


 俺は子供のふりをして、無邪気さを装いながらおじさんにお願いすることにした。

 屋台のおじさんと息子さんが物凄く怯えているけど、俺が怖い訳じゃないよね?

 もしかしてそのドロップ品って、知られたら困るブツなのかな~?

 

「ご、後生ですから、勘弁してください!」

「ひでんの、ちょーみりょー?」

「そうです!」

「そっか~」


 ならば仕方あるまい。

 わざわざ教えてもらわなくても、Siryiのお陰でおじさん秘伝の調味料がドロップする魔昆虫の種類を知れたからいいや。

 おじさんが必死に隠そうとしている理由もなんとなく察したし。

 だからお兄ちゃん、俺のお願い聞いて~!


「これからいこー」

「どこに?」

「くろいカブトムシを、つかまえに~!」

「三ツ星エリアに行きたいのか?」

「うん」


 三ツ星エリアなら俺だって入れるしね。

 ディエゴとシルバにノワルという強い味方もいるので、安全な場所からドロップ品を回収することもできるのである。それに運気上昇効果のタリスマンは持っているので、そんなに数を熟さなくてもドロップするだろう。

 俺自身は戦えないんだけどね。そこはシルバとノワルに護ってもらうことにする。

 最悪の場合は、一撃必殺のタリスマンを使えばいいし。

 なんてことを考えていると―――。


「ダメだオヤジ……っ、もう、バレてる!!」


 俺がくるりと屋台から背を向け、ダンジョンへ向かう(ふり)のを見て、息子さんの方が先に観念した。

 そしておじさんは、膝から頽れながら項垂れることとなった。


 あのねぇ、俺は別に虐めるつもりで、聞き出そうとしたんじゃないからね?

 ブラックビートルゴキブリのドロップ品を使用した調味料だからって、汚物扱いするような脳筋と一緒にしないで欲しいんだけど。

 そもそも魔物は、魔力で保護されているから寄生虫や細菌が発生しない。魔素で溢れているダンジョンだったら、もっとクリーンだと思うんだよ。

 だからそんな絶望した表情をしないでよ~。

 ディエゴお兄ちゃ~ん! おじさんたちにちゃんと説明してあげて~!



 俺たち(おじさんとその息子さん)が深刻な状況に陥っているその一方で。


「ところで、我々はいつになったら、肉が食べられるのだろうか?」

「なんでもいいから、あのタレとやらで肉が食べたいのだが?」

「ここの店の味付けは、美味いからな!」

「しかも値段が安い!」

「満足度は高いがな!」


 ワッハッハッハ! と、朗らかに笑う暢気なGGGのみなさんは、今か今かとおじさんがお肉を焼いてくれるのを待っていた。

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