第83話 虐待弁当って知ってる?

 キャラ弁ブームの切っ掛けは『虐待弁当』であると知っているだろうか?

 可愛いキャラで溢れるお弁当を、思春期真っ盛りの男子高校生に持たせることで、虐待であると自ら公表し、その虐待弁当が一躍脚光を浴び、やがてキャラ弁へと昇華していったのである。


「ううっ、これ、どうしても食べなきゃダメ?」

「ダメ」

「無理よ! 可愛すぎて、食べるなんてとても残酷なことは出来ないわっ!」

「たべてね」


 チェリッシュとアマンダ姉さんが、俺の真心のこもったモーニングセットを前に、喜びではなく哀しみ嘆き苦しんでいた。

 俺としてはものすごーく、苦労した朝食なんだけどね。

 ここまで手の込んだモーニングセットなんて作ったことないし。


「だって、この、この可愛い、ひよこを崩して食べるなんて、そんな残酷なこと出来る訳ないじゃない!」

「くずしていいよー」

「どうしてこれは食べれるの? あっちのは食べれないのに!」


 チェリッシュがカウンターの後ろにある棚を指さす。そこには食品サンプルが飾られているのだが、イイ感じのインテリアに見えるよね。


「こっちは、ほんものだからねー」


 それにギガンとテオは諦めて、もそもそ食べてるじゃん。

 思春期の男子高校生(テオは高校生ではないけど)へ持たせるべく作られた本来の意味での虐待弁当―――ではなく、虐待モーニングセットを。


「可愛いが、そこまで悪かぁねぇだろ。うめぇし」

「俺のは何の生き物なんすかね?」

「わんこだよ」

「へぇ~可愛い子犬ってことっすか?」

「そだよー」


 ギガンはクマちゃんである。でもデフォルメされているので、本物の熊とは似ているようで違う。日本のkawaii文化である、ゆるキャラマスコットは独特だからな。

 なのでアマンダ姉さんとチェリッシュは、デフォルメされていても可愛いと一目で判る『ひよこ』と『シマエナガ』である。シマエナガがこの世界に生息しているかはともかくとして。見た目の可愛さは飛び抜けてると思うんだよ。


 立体的にごはんを動物に象った、アニマルフェイス・モーニングセットだからね。

 頑張って可愛く盛り付けてみたよ。

 ゆで卵はひよこが殻からひょこっと顔を出してるように飾り切りしたし、お花の形に切ったウインナーに、茹で野菜を花畑に見立ててお皿の周りに彩を加えたのだ。

 Siryiに協力してもらいながら、俺の記憶にあるコラボカフェメニューの盛り付け方を参考にして作りました。

 アマンダ姉さんやチェリッシュにはホワイトソース、テオにはブラウンソース、ギガンにはカレーだよ。それらとアニマルライスを混ぜて食べてねー。

 この努力の成果を食べないと泣くぞ。


「お前らも諦めろ。ちゃんとドロップ品を回収しなかったのが悪ぃんだから」

「俺は全部持って帰ろうって言ったんすよ? でも二人が気持ち悪いし、汚いから拾うなって騒ぐから……」

「だって、のドロップ品なんだよ!? そんなに重要な物だってわかんなかったんだもん!」

「もしあの中身を開けて、大量のアレが出てきたらと思うと、流石にゾッとしないわ……!」


 だから今までドロップアイテムである『液玉』の謎が解けなかったんだよ。

 他の冒険者も似たような感じで、捨てて行ったんだろうと推測される。

 誰か一人でも開けてみるぐらいの好奇心があってもいいのにね~? 危険な魔物は斃す癖に、そういうところには勇気がないんだから。

 開けたところで謎の液体しか出て来ないから、捨てちゃうんだろうけど。

 そういや蝶の蛹とかも、中身は液体だったな。もしかしたら、魔昆虫類のドロップ品に液玉が多いのって、それらに関係しているのだろうか?


「無理よ……無理……これは、飾るべき可愛さなのよ……食べ物ではないわ……」


 アマンダ姉さんがブツブツ言いだしちゃった。

 特に可愛いもの好きだからね~。サン〇オキャラとか好きそうだもん。

 本人は似合わないと思って、表面上は子供が好きそうよね~と言いながら、こっそり買って部屋中に飾るタイプだと思われ。

 俺が持ってるサン〇オ商品って、はんぎょ〇んぐらいなので、アマンダ姉さんにはあげられない。おそらくkawaiiの基準が違う。

 だがシナ〇ンのぬいぐるみをゲーセンで獲ったことがあるし、それならいいかな? 取れそうだなと思ったら、欲しくなくてもチャレンジすることってあるよね。(そしてゲットするが持てあますのだ)

 他にも何かあったような気がするから、後でリュックを探ってみよう。


「デミドラゴンのステーキ丼、うまいな」

「うん」


 そしてディエゴだけ、朝っぱらからデミドラゴンのステーキ丼を食べていた。

 可愛さにやられていないテオやギガンは、ディエゴだけ高級お肉であるデミドラゴンのステーキ丼を食べることによって、彼らへのお仕置きが完成するのである。

 そもそも君らが全部のドロップアイテムを回収しなかったから、こんなことになってるんだからな!

 朝食抜きとかにしないだけマシだと思ってね。手の込んだモーニングセットを作る俺だって大変だったんだから、ちゃんと綺麗に食べるように!

 お残しは赦さないぞ!




「そんじゃぁ、これからその液玉を、全部拾ってくるぜ」

「ううっ、黒いアイツを中心に、頑張ってきますぅ~」

「……お昼のお弁当は、可愛くしてないわよね?」

「ふつーだよ」


 サンドイッチとその他のおかず各種にしたけど、見た目は普通である。

 反省をしたようなので、これにてお仕置きは終了だ。

 物凄くしょげているアマンダ姉さんがちょっと可哀そうだから、部屋にこっそりと可愛い系のぬいぐるみを置いておいてあげよう。ゲーセンの商品だけど。

 十分反省をしたらよしよししてあげなきゃね。俺の爺さんも、反省してたらちゃんとよしよししてくれたし。(でもまたやらかす)


「シケーダは取りあえずチェリッシュだな。矢で射抜けば高い木の上に居ても斃せるだろう?」

「はぁ~い。でもシケーダって気配に敏感だし、逃げる時におしっこ掛けてくるから嫌なんだよねぇ~……」


 セミは樹液を吸うからね。でもその成分はほぼ水だから有害ではないし、アイツらは膀胱の締まりがないから、木に止まっていても実はおしっこをしている。

 飛ぶ時は膀胱が緩んでいるせいで、おしっこをしながら逃げるんだよね。

 でもうんこじゃないだけマシだろう。

 儚い生き物みたいに言われてるけど、セミは地上に出て一週間では死なない。自然環境下であれば一ヶ月以上は生きる。人間が育てようとすると、一週間ほどで餓死するから、寿命が一週間だと思われているだけだ。


「逃げられないようにちゃんと狙えばいいだろうが」

「そうなんだけどぉ、気配が上手く消せないんだもん……」


 的中率アップとして、視力が良くなるブルーベリーを食べさせていたのだから、腕は確実に上がっている。だが問題は獲物に気付かれることなく、気配を消せるかどうかなので、頑張れチェリッシュ!


 セミは明け方のまだ薄暗い早朝に行けば、地中から出てきたところを簡単に捕まえられる(子供の身長でも捕まえられる低い位置にいるからね)って爺さんが言ってたし、実際そうだった。

 子供の頃その話を聞いて、朝の五時に俺がセミ取りに山に出かけて、行方不明になったって大騒ぎされたことは本当に申し訳ない思い出である。(三~四歳児の頃だったので、マジで誘拐されたのかと思って警察に通報されかけていた)

 でもここはダンジョンだから、簡単に獲れるものではないだろう。一応ダンジョン内の昼夜の間隔は、外界と同じように流れているそうだけどね。地中から幼虫が這い出てくるような出現リポップの仕方はないと思われ。


「周辺の警戒はテオがやれよ」

「ういっす! ブラックビートルは、全部倒す気でやるっす!」

「そんでアマンダと俺はドロップ品の回収だな」

「はぁ……。まだ精神的に辛いわ……。それでも、やるしかないんでしょうけど」


 近々四ツ星エリアに挑戦するために、テオとチェリッシュには三ツ星エリアの魔物を全て斃せる実力を付けさせたいんだって。

 アマンダ姉さんとギガンはその見守り役と、ドロップ品の回収である。

 そういや俺も含めてだけど、若手のランクは三ツ星半だった。

 強制指名依頼を受けたのもあるし、ディエゴ以外はみんな☆半分ランクが上がってたんだよな。だから四ツ星へのレベルアップも時間の問題なのだ。


 そして昨日の夕方、ジェリーさんのおばあさんが、「孫がもうちょっと待っててくれっていってたよぉ」と、散歩ついでに知らせに来てくれた。

 どうやら他にもアクセサリーの装飾に使える魔昆虫の素材があるらしく、その効果を確認しながら作成しているそうだ。

 それまでに四ツ星に昇格できるかどうかは判んないけど、タリスマンのテスターを引き受けたのもあるし、俺のタリスマンのバフ効果の余韻(?)とやらがあるので、タリスマン無しの実力勝負でのドロップ率を若手に学ばせたいらしい。

 俺も着いて行きたいところなんだけど、屋台のおじさんたちと醤油を使った各屋台秘伝のタレの調合を約束しちゃったからね。今回は行かないことにした。

 そのうちのんびりと魔昆虫の観察をしに、フル装備で行こうと思う。


「それじゃ行ってくるっす~!」

「がんばってねー!」


 テオだけは相変わらず元気である。意気揚々とダンジョンの入り口に向かう姿に頼もしさを感じるようになった。

 どんどん逞しくなっているので、俺の盾の強化計画も順調だな。

 そしてディエゴはというと、昨夜せっせとギルドに提出する書類の作成をしていたので、それも含めて俺と居残りである。(その報告書もまだ完成ではない)

 いつものことと言えば、いつものことだけどね~。

 さてと、それじゃ俺は人気のない爬虫類のお肉屋台へ向かうことにしよう。


 午前中の予定は屋台のおじさんとの秘伝のタレの開発で、午後からはオネーサンに頼まれたスパイスの配合や万能調味料の開発をすることにした。

 そんなこんなで、俺の夏休みの自由研究はまだまだ終わりそうにないのである。






~余談・妖精の静かな怒り~



 シケーダはともかくとして、ブラックビートルのドロップ品を回収してこなかったのは流石に拙かった。

 買い物から戻ってきたリオンが、何故それらのドロップ品がないのかと問いかけてきた際に、アマンダとチェリッシュが、どう見てもGの卵にしか見えなくて、触れるのさえ憚られるという理由で持って帰らなかったことを白状した。

 一緒について行っていたギガンやテオも、彼女たちがあまりに気持ち悪がるので、触ると自分たちまで汚物扱いされるとして持って帰らなかったのである。

 これらの理由ともつかない言い訳を聞いた後、リオンは怒りを露にするでもなく、「そっかー」と一言呟いて、己の巣であるロフトへと肩を落としながらトボトボと力なく上がって行った。

 それを見送りながら、悪いことをしたような気がして、翌日謝ろうとしたのだ。


 そして翌朝、妖精の静かな怒りが爆発したのか、暴力的なまでに可愛い(アマンダ談)モーニングメニューがカウンターに並んでいた。

 テオやギガンはそこまでの衝撃は無かったモノの、ディエゴだけ朝食にデミドラゴンのステーキ丼を渡されているのを見て、改めてショックを受けたのである。


「悪戯が可愛いうちはって、前に言っていたけど……。可愛くても、精神的に暴力を振るうことってできるのね……」

「アタシも、まさか自分であんな可愛いモノを、食べるために壊さなきゃいけないなんて、ショックだった……」

「ずっと眺めていたかったわ……」

「どうしてあんな残酷なことをさせるのかなぁ?」


 それがお仕置きだからである。

 しかも彼女たちがここで反省をしなければ、更なる虐待メニューが待っていたのだが、アマンダがポロポロ涙を流し、チェリッシュが手を震わせながら食べているのを見て満足したのか、リオンの怒りは治まったのである。


 女性が泣いていても動じない、リオンはある意味凄いと思わざるを得ない。

 ギガンやテオは内心ハラハラしていたのだが「気持ちの昂りを落ち着けようとする、体の自然な反応だそうだ。気にすることでもないと言っていた」と、ディエゴがリオンの言葉を伝えてきて唖然とした。

 相手が泣くからと言って、慰めるでも申し訳ないと思うこともない。ディエゴはそういう奴であるが、リオンまでそうだったなんて、こちらの方が衝撃的だった。


「男女平等パンチとかも言っていたぞ?」


 女性に対するサービスは手を抜かないのに、怒りをぶつける時は容赦しないのが、リオンである。流石は妖精。性別で差別しないのは、尊敬に値する。

 しかも何が一番相手にとって有効な打撃となるのか、よく考えられたお仕置きの仕方だった。

 まるで妖精が人間の欲望を知り尽くし誘い込む、ダンジョンに仕掛けられた巧妙な罠のようだ。


「俺らも気を付けような?」

「妖精ファーストっすか?」

「ばっかおめぇ、怒りを買うなってことで、そういうことじゃねぇよ」

「よくわかんねぇっすけど、気を付けるっす」


 こうして彼らは、今後は約束したことは必ず守ろうと決意したのである。

 約束を反故にしたのは自分たちなので、悪いのはこちら側なのだ。いくら理由があって言い訳をしても、妖精との約束は守らねばならない。確かそういう教訓めいたおとぎ話があったように記憶している。

 魔昆虫のドロップ品は頼まれたモノ以外も、「全部拾ってくる」と言ったの自分たちだったのだから。

 だからこそ次はどんな怒りが待っているのか判らない、妙な怖さがあった。


「もしかして、ボガート一歩手前だったのかも知んねぇな」

「ヤバかったっすね」

「最近調子に乗ってたから、良い引き締めになったと思おうぜ」

「そうっすね……」


 せめてリオンの機嫌を悪化させないよう、頑張ってドロップ品を回収しよう。

 リオンの気紛れに見える行動や言動は、実際は何一つ無駄な物がない。必ず何らかの意味があり、そして結果が付いて来ることばかりなのだから。

 それを痛いほどに実感しておきながら、忘れていたのは失態である。

 妖精と共に暮らすのならば、それを肝に銘じておかなければと、改めて彼らは覚悟するように誓い合うのだった。

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