第82話 アントネストのギルマスの悩み
アントネストのギルマスになって、どれくらいの年月が経っただろうか?
最初は新しいダンジョンの出現に沸いていた街だが、調べていく内にランク毎のエリアの難易度だけでなく、ドロップするアイテムに格差があることが判明した。
低ランクダンジョンはそこまで稼げずとも、危険度が低いのでアタックし易いという利点がある。
出現する魔物も他のダンジョンでは見られない、珍しい昆虫型の魔物が多く生息するという。もしかしたら、珍しいアイテムがドロップするかもしれない―――そんな期待を抱いていただけに、魔昆虫類の見た目の気持ち悪さと、斃した時にドロップするアイテムのしょっぱさを知った時の落胆は酷かった。
低ランクでもアタックできる二ツ星エリアであるにも拘らず、価値のないモノばかりがドロップすることが発覚した途端、誰も見向きしなくなったのである。
だがまぁ、それはいいだろう。他にも巣穴はあるのだ。
アントネストは一つの入り口から徐々に難易度の上がる階層に進むのではなく、蟻の巣の部屋のように枝分かれしているので、自分のランクに合った部屋に入ることができる。そこが唯一の利点ではあった。
だからドロップ品に価値のない部屋にはわざわざ入らなくてもいい。
階層の攻略に時間を費やす必要がなく、日帰りできるダンジョンとして、冒険者の負担にはならない。そんな珍しいダンジョンだった。
だがしかし。アントネストはもう一つ厄介な問題を抱えていた。
調べても調べても、巨大な魔昆虫や爬虫類系の魔物しか出現しないのだ。
二ツ星エリアはスルー対象となっても仕方がないとして、三ツ星エリアには嫌われ者の昆虫代表がやたらと出没するし、耳障りな騒音をまき散らす魔昆虫があちこちで冒険者の集中力を削いでいく。ダンジョンなので季節など関係ないのだ。
爬虫類系の魔物の皮革は需要があるとしても、ドロップ率が高い訳でもない。
皮革より肉のドロップ率が高く、しかも三ツ星エリアの爬虫類の魔物の肉は、あまり人気がある方ではなかった。
実際に価値のあるドロップ品を手に出来るのは、四ツ星エリアからになる。
出現する魔昆虫も現実に実在していて、ゴミアイテムをドロップさせることなく、素材として利用価値の高いドロップ品を落とし始める。
だが冒険者の半数以上は二ツ星や三ツ星ばかりだ。四ツ星以上にランクを上げるには、かなりの実力を身に着ける必要があった。
そもそも三ツ星以上となると途端に危険度が増し、命を落とす冒険者が増えるので、ランクアップする前に死ぬか、諦めるかの二択になるからだ。
努力だけではどうにもならない壁というものが、三ツ星と四ツ星の間にはある。
生存するための判断力やサバイバル術を身に着けてこそ、賢く生き残れる一流の冒険者となれるのだ。
若者の多くが冒険者になりたがるが、適性がなければダンジョンに入れない。
一般人の多くが魔素耐性がないことからも伺えるように、誰もがダンジョンで稼ぐ実力を身に着けられるほど甘くはないのである。
爬虫類系の魔物からドロップする素材の関係上、屈強な冒険者でなければ稼ぐことが出来ず、エリア関係なく出没する魔昆虫類の多さに女性の冒険者からは忌避されるようになっていくのも時間の問題だった。
虫は小さくても嫌悪感があるのに、それが巨大であれば尚更だろう。
そして徐々にアントネストの活気が失われ始めた頃に、問題を解決することなく定年を決め込んだ先代からギルマスを押し付けられたのである。
今更どうしろというのか。街からはどんどん住人が別の街へ移動して行っているし、女性が見向きもしないので定住者も減っている。
様々な対策を領主と講じているが、いまいち効果がない。
他のダンジョンのある町は、活気に沸いているというのに。
ダンジョンがあっても、寧ろそのダンジョンのせいで、人口が減りつつあるのだ。
周辺の街に移動する若者や女性たち。この街に集まってくるのは屈強な冒険者野郎ばかりなので、親も子供が女の子であれば他所に移住することを選ぶようになった。
しかも素材の買い付けにやって来た商人と街の娘が恋仲になって、数少ない女性を連れ去っていくのである。正に踏んだり蹴ったりだ。
アントネストの冒険者は野蛮。言われなくとも判っている。これが主な原因だということも。
彼らが好き勝手に汚れうろついていても、それを注意するような女性が居ないのだから、改善されることがないのだ。
自分は少なくとも野蛮ではないと自負している。ただ魔昆虫は嫌いではなく、寧ろ人よりも少しだけ爬虫類や昆虫類が好きなだけだ。
ここを拠点に活動をし始めたのも、アントネストでしか見られない魔昆虫の魅力がそうさせたのもある。
だがそれとは別の話で、それらの魅力を語ると女性は逃げるし、同じ趣味だった同世代からは、いい加減子供っぽい趣味をどうにかしろとバカにされ始めた。
たまには童心に帰るのもいいじゃないか。そうやってカッコつけて、好きな物も好きだと言えなくなる大人になるよりはマシだ。なんて開き直ってみても意味はない。
そうして月日は流れ、同じ趣味を持った冒険者が現れて、このダンジョンで活動してくれないだろうかと考えるようになった。
同じ虫好きとして、別視点から良い案が浮かばないだろうか? と。
他力本願ではあれど、ギルマスであってもそこまで賢い方ではないので、誰かに頼るしか方法がないのだ。
だがアントネストにやってくる冒険者はみな、自分同様脳筋ばかりだった。
「どうにかならないものだろうか?」
ギルマスはいつもの口癖を呟いた。
低ランクのエリアに生息する魔昆虫は、訳の判らない『液玉』や『ガラス玉』しか落とさないし、高ランクエリアの魔昆虫はやたらと強い分、高価な素材を落とすがドロップ率が低い。
人気の爬虫類系の皮革素材や、強い魔物の高級肉は需要があるのだが、それ以外は安価でしか取引されない。はっきり言って両極端である。
低ランクのエリアの魔物が、もう少し価値あるドロップ品を落とすようであれば、ここまで状況は悪化しなかったのに。
ダンジョンのランクと、ドロップ品の格差が激しすぎて、今や四ツ星以上のランクの冒険者でなければ、アントネストでは活動できなくなっている。
二ツ星や三ツ星の女性の冒険者は多いのだが、四ツ星以上となると極端に減るのだ。ランクが上がる前に、彼女たちは結婚して家庭に納まってしまうからだろう。
冒険しながらダンジョンでの出会いを求めているのだろうか? これが噂の婚活というやつなのか。だがアントネストでの婚活はお勧めできない。
数少ない高ランクの女性冒険者たちは魔昆虫を嫌う傾向にあるので、アントネストに全くやってこないのである。
お陰様でアントネストの街はむさ苦しい野郎で溢れてしまった。
四ツ星ランク辺りになると、稼ぎが良いので態度に余裕がある。だからイキがって誰彼構わず喧嘩を売るチンピラのような愚行を働かなくなるので、そこだけが救いと言えるのだけれど。
稼ぎの良いランクの高い冒険者が居ても、結局のところ周りに女性が居ないので、やがてアントネストから去ってしまうのだ。
やはり彼らもダンジョンで出会いを求めているのだろう。お前らのせいで女性が逃げているというのに、問題だけ残して立ち去るなと言いたいが。
「マスター、そういえば、聞きました?」
「……何をだ?」
素材ごとの依頼書を仕分けしていると、サブマスである青年から声をかけられ、ギルマスは興味なさそうに肘をついた。
街の人口は減っていくのに、素材の売買や依頼だけはやたらと多いのだ。
品物さえ手に入ればそれでいいのか。いや、いいのだろう。それ以外に魅力も興味もないのだから。だがここで働く人間の気持ちを考えて欲しいと思わなくもない。
「コロポックルの森では、今や大勢の観光客や冒険者が集まっているそうですよ」
「……あのド田舎にある、薬草採取専用の森のことか?」
「ええそうです。あのド田舎にある、潰れかけのギルドが所有しているコロポックルが住むと言われている森ですね。いえ、潰れかけていたが正解です。今現在は持ち直して、活気に溢れているそうですよ」
「……なにがあった?」
コロポックルが住むという胡散臭い噂を流し、妖精があたかも住んでいると思わせて客を呼び込もうとしたのだろう。だがそんな妖精はいない。
子供の読むおとぎ話に出てくる、収穫をした食べ物や獲物などを人間にこっそり分け与えてくれる、そんな親切な妖精はもう存在していないのだ。
気が付けば悪意を持って攻撃してくる魔物が溢れ、妖精たちはいつの間にか居なくなった。そしてダンジョンなんてものが出来たのである。
ダンジョンはそれら妖精が転変して、ボガードになったことで出現したと言うのが通説である。
特に人間に友好的だったブラウニーを怒らせ、その怒りに触れた人間へ罠を仕掛けて誘い込んでいるのだとか。そういう話を聞いたことがある。
だがそれもどうかよく判らない。自分はただひたすらに強くなりたくて、がむしゃらに冒険者として稼いできただけなので。ダンジョンの仕組みがどうとかを知る必要もないのだ。何せダンジョンには魅力あるドロップ品が溢れているのだから。
それにいくら自分が子供じみた趣味である爬虫類や昆虫類が好きだからと言って、おとぎ話に出てくる人間に友好的な妖精なんていないのだと、既に大人になったので知っている。だって見たことすらないのだから、信じることが出来ないのだ。
魔昆虫は存在しているのに、何も齎さないけれど。
「どうやらコロポックルの森で、『キャリュフ』が採れることが判明したそうです」
「はぁ?!」
「発見者は子供だそうで。あちらのギルマスからは、コロポックルと呼ばれているみたいですね」
「どういうことだ?」
「ああそうそう、その子供のジョブはアルケミストだそうです。珍しいですよね。あの引き籠りジョブのアルケミストが、冒険者をやっているんですよ?」
「いや、そういうのを聞いたんじゃない。何故キャリュフが発見されたんだ?!」
キャリュフが高級キノコであり、貴族が長い間独占栽培しているという話は知っている。だがそんな高級品が、ただの森で収穫できるだなんて聞いたことがなかった。
「そこにあったからでしょう? 聞くところによれば、ある条件が整えばキャリュフが共生できる環境になるそうですので」
「ある条件だと?」
「こちらでは無理ですね。今更ブラナの木を植えたところで、成長するまでに時間がかかりますから。どこもルーンベアやボア対策で、それらを伐採してますからね」
アントネストの森林エリアにはキャリュフがないことは既に確認済みですと、サブマスがしれっと口にした。
何時の間にそんな確認をしたのか。それよりも、いつ潰れるか時間の問題だった、あのド田舎ギルドが、息を吹き返したことが信じられない。
「それから、ド田舎のギルマスから伝言がありました」
「な、なんだと!?」
冒険者ギルド共通の伝達魔道具からわざわざメッセージを送ってくるとは、同じ人気のない冒険者ギルドを運営している間柄として、一抜けしたことを自慢でもしたいのだろうか?
「そちらにコロポックルが向かっているので、よろしくだそうです」
「はぁ?!」
「引き籠りのアルケミストらしく、とても恥ずかしがり屋なので、驚かさないように。ともおっしゃってましたよ」
「ど、どういう意味だ?」
「適当に遊ばせてあげて欲しいとも言ってましたね」
「遊ばせる……?」
「魔昆虫に興味がおありだそうで。アントネストに来るのを、とても楽しみにしているってことじゃないですかね?」
「そ、そんな、アルケミストがいるもんか!」
「いるんじゃないですか? わざわざ伝達魔道具を使って、こちらに情報を流してくれているんですから。揶揄っているような感じではありませんでしたしね」
寧ろ幸運のおすそ分けをするかのようなメッセージだったそうだ。
高級キノコの共生条件から、野生の獣であるボア肉の熟成方法、旅の必須アイテムとなりつつあるホットサンドメーカーという便利な調理器具に至るまで、サブマスが調べ上げたコロポックルこと、恥ずかしがり屋のアルケミストの巻き起こした奇跡の数々を聞かされ、信じられない思いと、だが現実にそれらが流通するまでに至っていることを知った。
これがもし魔塔が研究の末に公表したというのであれば、少し疑わしいけれど。
何せヤツラは危険なモノでも平然と研究しているからだ。
しかしアルケミストとなると、信頼度はぐんと上がる。多少噂が誇張されているとしても、事実は曲げることが出来ないのだから。
「……本当なんだな?」
「全て事実ですね」
信じられないが本当だ。たった一人のアルケミストが、ド田舎の冒険者ギルドと、その田舎町に幸運をもたらしたのである。
詳しく話を聞けば聞くほどに、まるでおとぎ話に出てくる妖精のように、善良な人間には幸福を、そして害のある人間には罰を与えているようだ。全ては偶然の産物とのことだが、それにしても妖精じみた不思議さである。
「なるほど。コロポックルか。言い得て妙だな」
「アルケミストですからね。彼らは引き籠りではありますが、ある種妖精じみていると専らの噂ですし。魔塔の頭が良すぎて狂っている連中とは違って、賢者の塔のアルケミストは滅多に人前に現れませんし、静かで謎に満ちているので、妖精扱いされるるのも納得してしまいますよね」
「同じ天才連中とはいえ、魔塔の連中はアグレッシブだからなぁ」
そしてあちらこちらで騒ぎを起こすので、天才とはいえ迷惑な存在でもある。
「目立って成果を出しているのは魔塔ですが、賢者の塔は被害を巻き散らかさないのもありますが、彼らは安全だと確信しなければ研究内容を発表しませんからね」
別に魔塔と賢者の塔が互いに敵対視している訳ではなく、単純にアルケミストが引き籠り体質で、やたらと慎重なだけである。
アグレッシブでお金持ち集団なのが天才魔法使いが所属する魔塔で、引き籠りで興味のないことには見向きもしない真理の探究者である
賢者の塔もそれなりに研究を発表すると資金が入り込むので、金銭的に困ってはいない。派手に使わないというだけだ。(マッチポンプもしない)
ただ噂によると面白いモノを差し出すと、喜んで飛びついてくるということだが、その面白いモノの基準が判らないのである。
「とにかく、静かに果報を待て。だそうです」
「話しかけるなってことか?」
ダンジョンの調査をするには、冒険者ギルドから依頼が出されるのだが。高ランクの冒険者や、ダンジョンを所有する領主関係者が中心だ。
そこに魔塔の魔法使いや、賢者の塔のアルケミストに依頼を出すこともある。だが彼らの興味や好奇心に引っ掛からなければ、調査などしてくれないのだ。
今までその中の誰一人も、アントネストに興味を示してはくれなかった。
だが初めて、アントネストに興味を示すアルケミストが現れた。
依頼ではなく、それも自主的にである。
「放っておく方が、宜しいかと。アルケミストだけに」
「扱いが難しいな。こりゃ、本当に妖精じみてるわ」
「向こうから何か行動を起こすまでは、こちらからは何もしない方がいいみたいですね。彼の仲間に探りを入れることもしないようにしましょう。とても大事にされているそうですので」
疑われて危険視されると、せっかくの幸運が逃げそうだ。
「判った。その話が事実なら、幸運の妖精が現れたってことで、好きにさせよう」
「賢明な判断です」
その後次々と報告される、
話題の人物が『液玉』や『ガラス玉』の謎を突き止め、意気揚々と冒険者ギルドへ報告に来るまで、ギルマスとサブマスはじっと耐え続けるのであった。
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