第84話 爬虫類のお肉四獣士

「先生に言われた通り、ネギやショウガを漬け込んだタレです」

「俺っちの方は、ニンニクとショウガだな。こいつぁ、マジでうめぇぜ!」

「作ってみて判ったが、この万能タレってぇのは、このまんまでもうめぇんだなぁ。流石アルケミスト先生だ!」


 焼き鳥のタレやから揚げのタレとは別に、万能タレとなる、『醤油:味醂:油:酢=3:1:1:1』の配合で、しゃぶしゃぶのタレも前日に教えていた。

 そこに一手間というか、オリジナル要素となる工夫をして欲しいと伝えていたのであるがしかし。流石にそこまで思いつかないのが現実である。

 みんな言われた通りのレシピでしかタレを作ってはいなかった。

 そして俺を先生と呼ぶのは止めろ。ジェリーさんから師匠と呼ばれるのも違和感しかないってのに、何時の間にやらこの屋台のおじさんたちから、先生扱いされるようになっていたのだ。

 俺は見た目が子供(悔しい)なのに、ジョブがアルケミストなので、やたらと尊敬されているようなのだ。

 この世界の錬金術師アルケミストって、本当にどういう扱いなんだよ。


「この油をオリーブオイルに変えてもいいし、ごま油にしてもいいそうだ」

「ほほう。確かに風味が変わるなぁ」

「ん? ああ、野菜も加えると、よりヘルシーになるそうだ」

「ヘルシー? なんでぇ、そりゃぁ?」

「けんこうにいい」

「健康にいいってぇと、どうなるんですかい?」

「げんきになる」

「なるほど!」


 通訳のディエゴから説明を受け、俺が合間に返答すると、おじさんたちもうんうんと頷いている。

 だが屋台のおじさんたちも男性客向けの味付けというより、女性客へのアピールが全然ダメな人たちだった。 

 女性客がいないから仕方がないんだろうけど。


 ここのB級グルメ肉フェス会場(だから違う)にて、爬虫類系のお肉を取り扱っている屋台は全部で四軒しかない。しかも、トカゲ肉の焼き鳥風屋台、ヘビ肉のから揚げ屋台、カエル肉の塩茹で屋台、そしてワニ肉の鉄板焼き屋台である。

 ワニの肉を食べたことのある俺だが、この世界のワニ肉は一味違った。

 なんと白身魚のような食感なのである!

 俺の知るワニ肉は、鶏肉と白身魚の中間でさっぱりしているのだけれど、この世界のワニ肉は食感がまるで白身魚なんだよね。凄く柔らかいのだ。

 だからこれもアピールポイントになるので、是非ともワニ肉料理の幅を広げたい。

 焼くと食感がまるで白身魚なので、ムニエルっぽい味付けでも良いと思うんだが、さてどうしたものか。

 ワニ肉なんて、俺の世界じゃかなりの高級食材なのに、ここアントネストでは安価な食材として扱われていて可哀想なんだよな……。


 というか爬虫類系のお肉は俺の感覚だと全部高級肉なんだけど、こんなに地位が低い扱いなのが不思議でならない。高タンパク、低脂肪、低カロリー、と三拍子揃ったお肉四獣士なのにねー?

 少なくともアントネストでは、ダンジョンで簡単にドロップするからなんだろうけど……。いや、実際は簡単ではないんだけど、乱獲しても生態系に影響がないってところが、希少性を損なわせているのかもしれない。


『こちらのワニ肉は、免疫力を高めるビタミンB6、貧血予防と疲労回復効果のあるビタミンB12、そして美肌に効果のあるコラーゲンを豊富に含んでおります』


 しかもめっちゃ女性向けの良いお肉じゃん!

 これはもう、アマンダ姉さんやチェリッシュ、オネーサンやロベルタさんにもお勧めしたい。オネーサンは特に、爬虫類のお肉料理に拘ってるしね。強い魔物ばかりの良いお肉で高級志向だけど。そうせざるを得ない事情も分かる。

 美味しいお肉だって知ってもらいたいから、高級なお肉と味付けに拘るのだろう。それはそれで間違っちゃいないんだけど、アントネストって、客層が野蛮な冒険者中心だよ?

 商人さんもいるだろうけど、オネーサンのお店って、女性をデートに誘うような洒落たレストランっていう位置付けなんだよね。もっと女性がこの街に来なきゃ、繁盛しそうもないのが残念なんだよな。


『アントネストでドロップする爬虫類系の魔物肉は、全てこれらの成分を含んでおります。野生の魔物とは違い、特に美肌効果のあるビタミンやコラーゲン等、女性に必要な栄養素が豊富なのです』


 であるにも拘らず、女性が客層に居ないってことなんだよね。


『残念なことです』


 全くだよ!

 美と健康のために、是非とも女性にはこれら爬虫類系の魔物肉(アントネスト限定)を食して頂きたい。勿論、マッチョのお肉を育てるのにも効果的である。

 もっと爬虫類系のお肉の良さを伝える宣伝方法ってないのかな?


『申し訳ございませんマスター。思いつきません……』


 Siryiが申し訳なく思うことないよ? お肉の栄養素を鑑定できるだけで、十分役に立ってるから!

 Siryiが思いつかないってことは、俺の知識不足も関係しているからな。


『ありがとうござます』


 そうして俺たちは醤油と味醂を配合した秘伝のタレ作りに精を出し、そしてそれらに合うお肉料理を考えながら午前中を過ごした。

 人気のない爬虫類のお肉屋台だから、あんまり人が来ないんだよね。

 でもそろそろシャバーニさんたちが昼食を取りに来る頃だな~と思っていたら、何故かオネーサンとロベルタさんも付いてきた。

 お誘い合わせなのか、シャバーニさんたちが今日ここに俺たちが居ることを教えたみたいだね。彼らは俺たちに手を振りながら、爽やかな笑顔で近付いてきた。

 ねぇねぇディエゴお兄ちゃん、ここにテーブルとイスを出していい?


「どんなのだ?」


 問われたので、屋外用のガーデンテーブルセットの映像を念波で送る。


「まぁ、良いんじゃないか? 素材は木だから、おかしくはない」

「そっかー。じゃぁだすねー」


 立ち食いを前提とした屋台ではあれど、肉フェス会場にはテーブルと椅子が用意されているモノである。それにお疲れだろうので、休憩場所を提供することにした。

 ガーデンテーブルセット ベンチ タイプである。これならみんな座れるしね。

 これで爺さんと一緒によく庭で食事をしたもんだ。

 二人だけなのに、何故かこんなデカイテーブルセットを購入したんだよな。

 多分二人とも何も考えてなかったんだけど。

 それをリュックから取り出していると、おじさんたちが驚いたように尋ねてきた。


「せ、先生? そりゃ、一体どうしたんです?」

「きゅーけいばしょー」

「きゅうけい?」

「座って食事ができるように、これらがあるといいだろう?」


 俺の取り出したテーブルセットを不思議に思っているおじさんたちに、ディエゴが補足してくれた。


「そんなもんすかね?」

「たくさんちゅーもんするからねー」

「座れる場所があった方が良いそうだ」

「ああ、そういやそうですね。テーブルとベンチか。なるほどなぁ……」

「流石は先生、至れり尽くせりってやつですね」


 狂戦士は沢山食べるからね。あちこちで注文しても、立ち食いだと食べ終わらないと他の料理が受け取れないのだ。まぁ、食べる速度の方が上回るだろうが。その他のお客さんはそうでもないしね。

 そして女性がいる場合、腰を落ち着けてゆっくり食べれるとあれば、見た目を気にすることもない。と思われ。

 今のところ俺は、女性で蓮っ葉な態度の人を見たことがない。男らしく振る舞う、男勝りの女性って案外いないもんだね。妙に媚びを売る女性はいたけど。


「じゃーみんなー、かいてんだよー!」

「よっしゃ! 俺らの腕の見せ所だぜ!」

「先生のお陰でうめぇタレも出来たし、今日は稼ぐぞ!」


 ロベルタさんもいるので、おそらくいつもの二倍は稼げると思うよ。


「はりきってこー!」

「「おうっ!」」


 研究の成果をお披露目するべく、おじさんたちは自分の屋台へと走って行った。

 そうしている間に、シャバーニさんたちがやって来たので、にこやかに出迎える。


「本当にリオン君たちが居るわ~」

「こ、こんにちは!」

「おつかれさまー」


 オネーサンとロベルタさんが声を掛けて来たので挨拶をするが、ふとした違和感があった。

 彼女たちの格好を見ると、なんかどこかで見たような服装なんだけど?

 なんだったっけ?


『拳法着ですね。功夫着にも非常に似ています。オネーサンは三節昆をお持ちのようですので、棒術使いかと思われます』


 サンキューSiryi! そっか~オネーサンって、棒術使いなんだ。あの長い棒が三節昆になるってことかな? でもこれでオネーサンのジョブの謎が一つ解けた。

 三節昆っていうと、爺さんのコレクションの一つにあった、古い少林寺映画で見たことあるよ。道理で見覚えがあると思った。

 チャイナ服とはまた一味違って、拳法着ってスタイリッシュでカッコイイなぁ。

 俺も子供の頃は道着姿に憧れて、爺さんに武道を習いたいと駄々をこねた記憶がよみがえってしまった……。

 しかもロベルタさんも、いつの間にかオネーサンと同じスタイルになっている。同じパーティだから、服もお揃いにしたのかな?

 格闘ゲームではセクシーなチャイナ服をよく見るけど、女性の着こなす拳法着もカッコいいね。ロベルタさんもすっごく格闘家っぽいや。狂戦士だけど。


「そのふく、すてきだねー。にあってるよー」

「やっだぁ~! もう、リオン君ったら、お・ま・せ・さんっ!」


 俺のオデコをチョンと突いて、オネーサンは照れた。


「うむ。我々も見習って、同じ服を注文しているのだ!」

「え」

「デザインは少々違うが、 この拳法着とやらは、動きやすそうなところが良い!」

「へぇ……?」

「ふふっ。この拳法着はね、アントネストに生息している魔物の繭の糸から作った特殊素材なの。魔獣の皮革に比べて、とっても滑らかなのに丈夫なのよ~」

「き、着心地も、最高ですっ!」


 確かに何となくシルクっぽい光沢がある。どんな魔物のドロップ品なんだろ?


『蚕に似た巨大蛾のドロップする繭の糸で作られております。五ツ星エリアにて手に入りますが、魔物の強さ、そして素材のドロップ率の低さから、高級シルク以上の価格で取引されてますね。しかも防刃防弾に優れた耐火耐熱素材なので、主に高位貴族が愛用しており、冒険者が着用するには少々高価な素材ではあります』


 そうなんだ。よく聞けばドロップ品の買取価格はかなり高く、素材も高級品扱いなので、一着作るのに相当な費用が掛かるそうだ。(後で知ったけど、ドレスにすると一着数百万~数千万程するので、そもそも貴族向けの高級素材なのである)

 でもオネーサンは自力で巨大蛾を斃したドロップ品なので、実質無料だって。(だが服にするには費用が掛かる)そしてロベルタさんは、オネーサンの予備の拳法着を弟子として譲り受けたらしい。

 それを見たGGGさんが羨ましがって、自分たちも同じ素材の拳法着を注文したそうだ。勿論自力で巨大蛾を斃しまくって、繭をドロップしたのは言うまでもない。

 この短期間でどんだけ数を熟せば全員分の素材をゲットできるんだって話だけど。


「リオン君のお陰で、最近は益々調子が良いのだ!」

「うむ。筋肉がとても喜んでいるぞ!」

「今までの倍はスタミナが付いたような気がしている!」

「プロテインのお陰だな!」

「全くだ!」


 ワハハハハと爽やかに笑っているけど、俺、もしかして、とんでもない化け物を育てちゃったとかじゃないよね? GGGさんたちがおかしいだけだよね?


『その質問にはお答えできません』

「……」


 でもGGGさんとオネーサンたちが同じ拳法着で立ち並んでいるのを想像したら、強者の風格を醸し出してそうな気がした。

 カンフー映画の主要キャストって感じだな。今でも十分強そうだけどねー。

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