第63話 ダンジョンデビュー


 埃っぽいので、掃除をしてから休もうということになった。


「掃除か……どうする?」

「向こうの部屋にはベッドがあるが、こっちにゃないんだよな」

「床にそのまま寝袋っすか?」


 ファミリー向けの店舗だったのだろう。元々の住人はもう一つの方を使っていたらしく、こっちは物置としても使われていなかった。

 しかし元住人は男性一人だったらしいので、小さい方の部屋を使っていたと思われる。なんか勿体ないね。


「掃除道具とか、下の階にあったすかねぇ?」

「あったとしても、アマンダたちが先に使うだろうしな」

「いいのがあるよー」


 これだけ何もないと、逆に使える掃除道具があったと、俺はリュックからあるものを取り出した。


「おまっ―――いや、なんだそれは?」

「黒くて丸い、円盤?」

「ルンボ」

「ルンボ?」


 説明するより動かした方が判りやすいので、早速ルンボを床に置いたところ、勝手に動き出した。


「あれ?」


 いつもは割とうるさいルンボだが、意外なことに静かに部屋の掃除を始めた。

 自宅でのコイツは、何かといえば俺を追いかけまわし吸い込もうとしていたのだが、この世界の妙な魔素とかで変化したのか、めっちゃ大人しくなっていた。

 いや、これが本来のあるべき姿なのかな?

 もしかしたら自宅でのコイツは、アレクサの手先だったのかもしれない。

 その魔の手から逃れたので、普通に掃除をするロボットになったのだろう。


「なんだ……こりゃぁ」

「そうじどうぐ?」


 自分でも自信がないけど、確かそういうロボットだったはずだ。

 カーペットをハゲにしたり、俺や虫を追いかけて吸い込もうとしたりと、お掃除ロボットなのにおかしな動きしかしていなかったけれど。

 なんだろうか。俺の持ち物の殆どが、この世界ではやたら頑丈になったり、優秀になったりするのだが。気になるけれど、気にしちゃいけない気もする。


「えーっと、俺たちは何もしなくてもいいんすかね?」

「いいんじゃねぇか?」

「確かに床が奇麗になってるな」

「……」


 だんだん俺の持ち物のおかしさに慣れてきているメンバーである。

 逆に俺の方が慣れないのだが。元の性能を知っているだけに。

 そうして。静かにルンボが掃除を終えたので、俺はそっとリュックに仕舞った。

 後でロフトの方も掃除して貰おう。


「―――寝袋、出すか?」

「そうっすね」

「おふとんあるよー」

「おふとんってなんだ?」

「ふかふか~」


 こうなりゃヤケだと、いっそのこと便利な物は出してしまおう。

 長い間我慢していたのだ。

 久しぶりにふかふかのお布団で寝たい俺は、リュックから布団を人数分引きずり出すことにした。

 女性用は―――まぁ、あちらはベッドがあるのでいいだろう。お願いされれば出すつもりだけど、部屋を勝手に覗くのも憚られるしね。それにロベルタさんもいるので、今日は遠慮しておく。

 ズルズルと引き摺り出されれる敷布団を見て、ギガンがぽかんと口を開けている。


「いや……もう、驚かねぇぞ」


 部屋に並べられる布団を見るとテンションの上がる子供のように、テオが布団へとダイブする。やるよね~。わかるわかる。


「うわぁ~ふかふかっすね!」

「これが、ふとんか?」

「うん」


 暑くなっているし、敷布団だけで良いかな。掛け布団はタオルケットでいいや。

 それを人数分取り出す。俺の分は、ルンボに掃除させた後にロフトに敷いた。

 静かだけど、埃を吸い込むだけでなく、妙に床が奇麗になっていることに違和感が拭えない。ルンボって、こんなに優秀だっただろうか?


「んじゃぁ、久しぶりに、アレに着替えるか」

「そうだな」

「涼しいっすよね~」

「うん」


 季節的に甚兵衛は丁度良い恰好だ。

 なので俺たちは、久しぶりに甚兵衛を着て寝ることにした。

 あ、ちゃんと濡れタオルで身体は拭いたよ!





 翌日、俺たちは早速観光案内所に行って、正式に貸店舗の宿泊契約をした。

 予想以上にお安いお値段で借りることができたので、宿屋に泊まるよりリーズナブルだった。

 基本的に宿だと食事付きだしね。それらのサービスがないので、素泊まり扱いのようだ。

 そしてロベルタさんは、何故か食事処のオネーサンと共にダンジョンへ向かうというので、俺たちとはここで別れることとなった。

 アマンダ姉さんやチェリッシュが「がんばってね!」と励ましていたので、相談でも受けたのだろうか? それに対してロベルタさんも力強く頷いていたので、何かしらの心情の変化があったのだろう。


「契約は取りあえず、一月ひとつきにしとくか?」

「そうねぇ。テオやチェリッシュの実力も確認したいし、どれくらいでリオンが満足するか判らないものね」

「殆どが日帰りできる程度のダンジョンだしな」

「予定が伸びれば、その時また契約すればいいだろう」

「俺の予想では、伸びる気がするっす」


 そんなわけで、日帰りダンジョンツアーをすることにした。

 アントネストは蟻の巣のようになっているとはいえ、全てが繋がっているものではなく、夫々の部屋が独立しているものも多い。


「まずは、二ツ星のエリアにするか」

「そうだな」

「昆虫の魔物しか出ないから、今は誰も入ることがないらしいわ」

「ギルドでもお勧めされなかったもんね~」


 入り口で監視役の人に冒険者証を呈示すると、あっさりと通された。

 遊園地のフリーパスのように、冒険者証を提示すると入れるので、ダンジョンというよりアトラクションのような気がしてくる。

 俺の方をちらっと見て何か言いたそうにしていたけれど、三ツ星なので見逃されたのだろう。身長によっては入れないとかじゃないよね?


 と、言う訳で。

 初の異世界ダンジョンデビューである。

 洞窟のような入り口を通り抜けると、確かにそこは異世界が広がっていた。

 異世界にきて異世界に行くというゲシュタルト崩壊のような表現だけど、確かにそこは異世界だった。

 というより、異空間とでも言えばいいだろうか。


「ほわ」


 思わず間抜けな声が出た。

 抜けるような青空に、白い雲が浮かんでいる。

 どこかで見たような風景だ。

 心象風景にある理想郷のような―――どこか懐かしいと感じる景色に似ていた。


「これがダンジョンっすか……」

「な、なんか、怖くない?」


 俺と同じく、初ダンジョンデビューであるテオとチェリッシュも、この異空間に驚いてポカンとしていた。

 ゲームの仮想現実の世界のように、洞窟内とは思えないパノラマのような空間が広がっている。これが一つの部屋であり、他にもまだいくつもの部屋があるというのだから驚きだ。


「このダンジョンが発見された当時は、まだ未開の巣穴が沢山あったらしいが、今じゃ出てくる魔物の殆どが昆虫と爬虫類だって判明して、人気が徐々になくなったんだよな」

「せめて魔獣でも出れば、ここまで寂れなかったと思うわ」

「出現する魔物が強い割に、ドロップがしょぼいからなぁ」


 高値で売り買いされる爬虫類系の皮も、運が良くなければ手に入れられない。だからこそ高値で取引されるのだろうが、アントネストを拠点にして活動する冒険者は年々減っているそうだ。

 特に昆虫しか生息していない草原エリアは、大きさや強さの割にドロップがしょぼいらしいので、俺たち以外の冒険者は誰もいなかった。


 だが俺にはそんなの関係ないのである。

 とりあえず、鑑定虫メガネの性能を確かめられればいいので。

 この虫眼鏡で何が判るのか。図鑑と変わらない表示なのか、それとももっと詳しく確認できるのか。それが知りたいのだ。


「ここは飛行型の昆虫がメインね。草原エリアだし、バッタとかトンボ系の魔昆虫類が多いみたいよ?」

「おっと、そうこう言ってる間に、巨大なトンボが来たぜ」


 まだ距離があるとはいえ、遠目で見ても確かに大きい。なので早速虫眼鏡で鑑定してみよう。


『ドラゴンフライ:体長3メートル

         飛行速度は時速100km/h以上

         4枚の翅を巧みに使い、急発進や急停止 

         バック、ホバリングすることができる

         天敵がいないのでエリア内最強の肉食魔昆虫

         姿が見えるだけで他の虫は寄ってこない  』


 うん。あの大きさじゃ、俺の捕虫網では捕獲できそうにないや。

 というか見た目もだけど、説明がオニヤンマそのものだね。図鑑に記載されている内容とほぼ変わらずだ。

 なので早々に俺はシルバの背に乗って退避することにした。


「取りあえず、見とけよ?」

「当たりか外れか、どっちかしらねぇ」


 そう言うとギガンは、襲いかかってくるドラゴンフライの首をあっさり撥ねた。

 ころりと転がるオニヤンマドラゴンフライの首。そしてその巨体は、首を切られたことに気付いていないのか、暫く翅を動かして飛び回っていたが、やがて落ちた首と共にキラキラ光りながら消えて行った。


「うわぁ……きもちわるぅぃ」


 サッカーボールぐらいの大きさの頭部を見て、チェリッシュが腕を摩った。

 でも直ぐに消えるので、それほどグロくはない。


「コイツが出てくる間は、ほぼ他の魔昆虫は出て来ねぇと思え」

「普通は、弱い魔物から出てくるんじゃないんすか……?」

「そういう常識は、このダンジョンでは通用しねぇ」


 ギガンの説明にテオが問い掛けるも一蹴される。

 

「自然界とあまり変わらないそうよ」

「他のダンジョンは、徐々に出てくる魔物が強くなるがな。アントネストは弱い魔物は基本的に隠れている」


 ディエゴの説明によると、最初から強い魔物とエンカウントするのが、このアントネストの特徴なのだとか。

 ギガンのようにレベルが高ければ難なく斃せても、レベルの低い者では100キロで突っ込んでくる巨大なトンボの首を撥ねるのは至難の業。であるにも拘らず、ドロップするモノがしょっぱい。故に人気がないという。

 もし普通のサイズだったら、俺なら喜んで捕まえるんだけどな。いかんせんダンジョンの魔昆虫は大きすぎるので、流石に捕獲を諦めることにした。


「ふーむ」


 なのでシルバの背に乗って安全を確保しているのだが。先程ギガンが斃したオニヤンマドラゴンフライ落とし物ドロップ品を虫眼鏡で見ていた。

 でも誰もこのドロップ品を気にしていない。というか、気付いていないようだ。


「これー」


 なので、ディエゴに見せてみた。魔晶石とかではないのだろうか?


「ああ、ガラス玉か……」

「ガラスだま? いらない?」

「この小ささではな……」


 そっか、魔晶石ではないのか。キラキラしてて、模様が入っているから、良いものだと思ったんだけどね。でも一応、鑑定虫メガネで確認する。

 確かに小さいけれど、綺麗なガラス玉―――いや、俺の鑑定虫メガネでは【トンボ玉】と表示されている。それは俺の知っているトンボ玉と同じなのか、『集めると良いことがある』と表示されていた。

 でも誰も集めないのか、集めても何をどうすればいいか判らないから放置されたままなのか。


「う~ん?」


 良いことが何なのか。集めてどうするのか判らないけれど。

 もしかして、沢山集めると願いの叶う☆の入った龍の珠のような効果があるのか。

 それを調べるべく俺は、暫く出てくるトンボの魔昆虫を相手に右往左往するテオやチェリッシュ、そして指導しているギガンやアマンダ姉さんの足元に転がる【トンボ玉】を集めることにした。


 因みにディエゴは俺と一緒にドロップ品の回収を手伝ってくれたのだけど、これは多分サボっているに違いない。

 まぁ、本人が強すぎて、仲間の成長の邪魔になるからだろう―――ということにしておく。

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