第50話 だってそこに落とし穴があったから


 警邏隊は遅くとも昼頃には駆けつけるそうで、ノワルの誘導によってこちらに向かっているとのことだった。

 任務が終わったら、ノワルの好きな魔牛ジャーキーを沢山あげよう。


「見張りを代わってくるか?」

「そうね」

「そだね~」


 暇なので俺も交代要員としてついて行くことにする。ディエゴとテオとチェリッシュは、何故か枝豆をプチプチする作業に没頭しているし放っておこう。

 それに回収したつもりの仕掛けたくくり罠の数が合わないので、もしかしたら残っている可能性もあり、それの回収がてらギガンとアマンダ姉さんたちについて行くことにした。

 すると背後から、遠慮がちに声を掛けられた。


「あ、あの、わたしも、つ、着いて行って、い、いいですか?」

「いいよー」

「リオンがいいなら、別に構わないわよ」

「珍しいこともあるもんだな?」


 先程の大量の枝豆を確保した女性から、自ら見張りを申し出てくれたので了承する。ギガンは訝しそうだけど、この人を連れてくと良いような気がしたから承諾しただけなんだけど?他意はないよ。ホントダヨ。




「あの、さ、さきほどは、そのっ、エダマメを、た、沢山いただいて、あり、ありがとう、ございます!」

「どういたしましてー」


 もしかして、改めてお礼が言いたかったのかな?


「まだあるけど、いる?」

「えっ?あ、あのっ、わたし、そっ、そんな、つもりじゃぁっ!」

「良いから貰っておけ」

「そうよ~。どれだけ収穫したか判らないけど、遠慮するだけ無駄よ~」

「どうせまだあるんだろう?」

「うん」


 内心は「妖精からの好意を拒否るな」って言いたいんだろうけどね。

 まぁ、別に拒否されたからって泣かないよ! 寧ろ日本人としては一度断るぐらいの遠慮を見たい。


「そ、それじゃぁ、そのっ、あ、あとで、いただけたら……」

「うん、あとでねー」


 遠慮がちで恥ずかしそうな顔だったけど、彼女は嬉しそうに笑った。

 大食漢って言われてたし、少しでもお腹の足しになればいいねぇ。




 巨大な落とし穴に辿り着き、見張り番をしていた冒険者さんたちに声を掛ける。

 彼らはまだ食事をとっていないので、きっとお腹が空いているだろう。俺たちが交代を申し出ると、すごく喜んでいた。


「そんじゃぁ、交代よろしくな~」

「坊主もありがとよ!今回は誰も怪我せず、楽に賊が片付いて助かったぜ!」

「エダマメっての?それ、俺らにもくれるのかい?」

「いいよー。たくさんあるからねー」


 寧ろあの量を減らすのを手伝って欲しい。欲張って収穫し過ぎたのだ。

 この世界のソイと呼ばれる大豆は、畑でもない場所でもよく育つそうで、たまに鳥などに運ばれたのか、おかしな場所に異常繁殖しているらしい。

 しかし誰も採りに行かない場所だったりするので、放置されっ放しだった。


「まだ鍋で茹でてるから、混ぜてもらうといいわ」

「そうするぜっ!」

「じゃぁな!」


 爽やかな笑顔で手を振って野営地に戻る冒険者さんたち。枝豆はまだ残ってたし、他の人も昼まで暇なので、きっとプチプチ作業をしている事だろう。その仲間に入れて貰えばいいと思うよ。

 そうして俺たちは、賊が嵌っている穴を見下ろした。

 巨大な落とし穴の中の賊は、既に息も絶え絶えといった感じだ。

 這い上る気力すらないのか、泣きながら許しを乞うている姿は、何とも憐れな有様である。


「ゆるさないけどねー」

「お前は……時々怖いことを言うよな?」

「そう?」

「白い悪魔の時も、よね?」

「そうかな?」


 どっちも自業自得だと思うんだけどね。

 だって誰かの命を奪うなら、自分も奪われる覚悟が必要だっていうじゃん?

 覚悟もなく野蛮な行為をする人間は、みんな天誅を食らえばいいと思うのだ。


「ところで、仕掛けた罠の数が足りないんだって?」

「うん」

「幾つかしら?」

「たぶん、いっこ」


 仕掛けたくくり罠の塩ビ管の数が、どう数えても一つ足りなかった。

 そのままにしておけば誰かが踏んで、罠にかかる恐れがある。獣であれば良いのだが、人間だと洒落にならない。(賊であれば問題はないが)

 なのでその回収にきたのだけれど、さてどこに仕掛けたのやら。俺は昨夜この辺りに仕掛けまくった罠を探索することにした。


「あああのっ、わ、わたしも、ご一緒、して、いいでしょうか?」

「うん?」

「あ~そいつぁ遠慮してもらおうかな?」

「シルバもいるし、あなたが付いて行かなくても良いと思うわ」

「それに、罠にかかると困るしな?」

「そうだねー」


 なんていう会話をしているところに、地響きのような振動が伝わってきた。

 そういえば、さっきからシルバの耳がぴくぴくしていたような気がする。何かを察知したのだろうか?


「ん?」

「なんだ?」


 しかもバキバキと何かをへし折る音もする。シルバが威嚇するように、俺を守るべくその振動と騒音の原因へ向かってぶわりと毛を逆立てた。


「げ。ありゃ、エリュマントスじゃねぇか!?」

「エリュマントス?」

「魔獣のボアよ!ボアとは違って、こっちは魔物なの!」

「あ~そういえば」


 魔獣図鑑にあったね。エリュマントスは、サーベルタイガーみたいな牙があって、闘牛みたいな立派な角まで生えている。そのお肉は猪というより牛に近く、サシが入っていて旨いのだそうだ。

 だがルーンベアのように大きな猪の魔獣なので、あの勢いで衝突されると確実に死ねる。ただのボアですら俺にとっては巨大なので。

 アマンダ姉さんとギガンが身構えるのを見た俺は、慌ててシルバの背に飛び乗ると、距離を取るように後退して貰った。

 だがそんな俺たちとは違い、もう一人いた女性は重心を低くすると、エリュマントスの正面に立ち塞がった。


「行きますっ!」

「え? ちょっ」

「おいっ!?」


 待てという言葉を出す前に、大食漢の女性が飛び出す。あの細い身体で、エリュマントスに立ち向かうなんてどれだけ勇気があるのだろうか?

 俺なんかビビッてシルバの背中に飛び乗って退避しているというのに。情けないけど、怪我をして心配させるわけにはいかないので仕方がないのだ。


「―――どっ、っせいっ!!」


 まるで相撲のがぶり寄りのように、反動をつけ、差し手から煽るように、エリュマントスにゆさぶり組みかかる。

 え?  武器はどこ?  なんで素手なの??


「―――彼女は、狂戦士バーサーカーだったか」

「そうみたいねぇ」

「バーサーカー?」

「身体強化系のジョブだ」

「なるほど?」


 よく判らんけれど、この女性はかなり強いみたい。

 相撲なのかレスリングなのか判断できないけれど。がぶり寄りからの低姿勢の切り替えしが見事である。そこからエリュマントスの角攻撃を受けないよう、素早く回り込んで連続攻撃のように後ろ足にタックルをかけて引き倒した。

 ドスンという音と共に、エリュマントスがひっくり返る。

 なんとも見事で華麗なる技だ。


「おお~」

「見事なもんだな」

「それより、あんたも黙って見てないで手伝いなさいよっ!」

「あ、そうだった!」


 賞賛すべき華麗なる技を見て感心していた俺たちに、アマンダ姉さんが呆れたようにギガンをどついた。

 慌てて自前の武器を手に取り、加勢に駆けつけて行くギガン。彼女がエリュマントスの抑え込みに入っているところへ、一刀両断とばかりにその首を斧でぶった切った。


「う~わ~……」

「ギガンの一撃は凄いけど、こういうところが嫌なのよね……」

「うっせぇな! お前だって、火魔法で丸焦げにするじゃねぇか!」

「だから加勢しなかったんじゃない」

「えらそーにすんなっ!」


 何やら言い合いをしているけれど、これはいつものことなので放っておこう。

 喧嘩するほど仲が良いって言うしねぇ。


「シルバー、おねがいー」


 迸る血飛沫に、俺はシルバに頼んでその血を風魔法で回収して貰うことにした。

 ディエゴがいたら同じことを頼んだけれど、自由人で残念なお兄ちゃんは、ただいま枝豆のプチプチ作業に没頭しているのだ。


「シルバ、ありがとねー」


 お礼を言うと、どういたしましてと念が送られて来た。そのついでに、回収した血の後始末先として、落とし穴に放り込むように頼む。

 途端に大袈裟に叫び声が上がり、悲鳴と共に更に許しを請う声が大きくなった。


「いや……お前さんを怒らすと、マジでヤベェってことに気が付いちまったよ」

「私も……改めてそう思うわ」

「?」


 丁度いい捨て場所おとしあながあったから、そこに捨てただけなんだけど?


「えっと、おねーさん? も、ありがとう」

「えっ、いやっ、あのっ、そ、そんな大したことは、して、な、ないですぅっ!」


 謙遜するけれど、かなりすごいと思うんだよね。

 俺だったら死んでた。確実に踏み潰されるか、轢き殺されるかのどっちかだよ。

 ピックアップトラックぐらいの大きさの魔獣に挑む勇気と、そしてそれを抑え込むだけの剛力は感嘆に値する。

 スピード的には80キロぐらいあったんじゃなかろうか? 普通に立ち向かえば、跳ねられて死ぬよね。(そして異世界へ―――)


「お、こいつぁ、最後のくくり罠に引っ掛かったようだぜ?」


 エリュマントスの見分をしていたギガンが、その足首に巻き付いているワイヤーを発見して声をかけて来た。

 流石は魔物である。ワイヤーを仕掛けた木を根こそぎ引っこ抜いて、逃げ出してきたようだ。


「それでもワイヤーが切れてないのが、逆にスゲェんだけどな?」

「そうねぇ。コレが走ってきた方向に、塩ビ? とやらの筒も埋まってるんじゃないかしら?」

「じゃぁ、かいしゅーしてくるー」

「気を付けて行ってらっしゃいねぇ」

「はぁい!」


 シルバの背に乗ったまま、俺はエリュマントスの走ってきた方へ向かうことにした。

 道標のようになぎ倒された木々が、残りの罠の場所を教えてくれるだろう。



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