第51話 わんこステーキ


 どうやらこの世界の狂戦士バーサーカーは、発狂して自我を失って狂ったように戦うのではなく、強化能力を使うその対価としてカロリーを消費するため、めちゃくちゃお腹が空くジョブのようだった。


「おいしい?」

「ふぁいっ!んぐっ。噛み締める度に、このエリュマントスの肉の旨味が口の中に広がって、とても幸せな気持ちになります!」


 気になる吃音もなく、料理の美味さを語るその言葉はよどみなく流れる。

 しかも見ていて気持ちのいい程の食べっぷりである。

 これはアレだ。フードファイター配信者の、大食いチャレンジ動画だ。

 食べ方も奇麗だし、一口一口は大きいのに、どこにも下品さがない。

 するすると吸い込まれていく食べ物も、とても美味しそうに飲み込まれていく。

 表情のどこにも辛そうなものはなく、笑顔を絶やさないので、見ていてスゴク楽しい気分になるね!


「ねぇディエゴ。アンタ、アレ、放っておいていいの?」

「リオンの興味が、あの狂戦士バーサーカーに向かってねぇか?」

「まさかだけど、乗り換えられるんじゃない?」

「いや、アレはただ楽しんでいるだけだ」


 大食漢のお姉さんは名前をロベルタと言って、ジョブは狂戦士バーサーカーだった。

 その彼女が捕獲して倒し、ギガンが首を刈ったので、獲物を半分受け取ってもらうことになったのだけれど。(物凄く恐縮していた)


 丁度昼時ということもあり、警邏隊の到着まで待つことにした俺たちは、せっかく手に入れたエリュマントスの肉をお昼ご飯にすることにした。

 解体は俺とディエゴとシルバの合わせ技でぱぱっと終了させて、現在はエリュマントスステーキの大盤振る舞い中という訳だ。

 流石は魔獣の肉だね。寄生虫もいないし熟成の過程を経なくても、解体して直ぐに食べられるとは。

 実際に魔獣の肉を解体して分かったけれど、これじゃ面倒な手順が必要な、普通の獣の肉に需要がないのも頷けるというものだ。

 それでもイベリコボアのお肉も、ちゃんと処理をしたら美味しいんだけどね。


 スプリガンのメンバーも美味しい肉に舌鼓を打っているけれど、俺の手はホットサンドメーカーを引っ繰り返すので大忙しだ。

 しかしこれがまた面白楽しい。焼けた肉はすぐさま、ロベルタさんのお皿へと移していく。


「はい、じゃんじゃん」

「んぐ。このタレが、また食欲をそそりますね。さっぱりしているのに、濃厚な風味の肉の旨味を引き立てています! このタレって、なんの調味料でしょうか?」

「はい、どんどん」

「ああっ、この味付けもたまりません! 味変することによって、肉の脂がリセットされたようにしつこくなくなって、喉越しもスッキリになりました! まだまだ食べられますよ!」

「はい、まだまだ~」


 ヤバイ面白すぎる。

 うっかりわんこそばの掛け声を口にしてしまうほどに。

 俺の手持ちのホットサンドメーカーが全て取り出され、フル回転で肉を焼き続けている。その勢いに負けず、ロベルタさんの口は吸いこむようにステーキを平らげて行くのだけれど――――ステーキって、飲み物だったっけ?

 どこにこれらの大量の肉が収容されているのだろうか?

 フードファイターの人の多くは、腸内に痩せ菌(ビフィズス菌やバクテロイデスといった善玉菌の総称)を沢山持っていて、普通の人より消化の速度が早いそうなのだが、狂戦士バーサーカーの場合はどうなっているんだろうね?

 これは要研究対象なのではなかろうか。


「遊んでるな……」

「……何となくだけど、理由が判ったわ」

「楽しんでいるだけだろう?」

「だな」

「そうね」


 そうして俺は、せっせと肉を焼きつつ、さり気なく味を変えていく。

 味の変化に素早く気付き、食レポを的確にしながら、楽しく美味しく綺麗にエリュマントスのステーキをペロッと平らげるロベルタさんを眺めていると、自分もお腹いっぱいな気持ちになったのであった。





「じゃぁ、角と牙はこちらで引き受けるわね」

「は、はい。お。お願い、し、しますっ」

「毛皮もこっちで貰って構わねぇのか? こいつもかなりの値段になると思うんだが?」

「か、かまい、ませんっ!」

「おにくはたべてねー」

「はいっ!」

「さんしょくおにくだよ?」

「む、むしろっ、よ、よろこんで!」


 言質とったよ?ロベルタさんには、これからアントネストに行くまでの間、俺の実験ひまつぶしに付き合って貰うからね?


「あっ、あのっ、い、いいんで、しょう、か?」

「構わん構わん。リオンが楽しそうだから、寧ろ付き合ってくれてこっちも感謝してんだよ」

「リオンが積極的に、他人と関わるのは珍しいからな」

「そっすよね。リオリオの目に光が灯ってるのって、滅多にないんすよ?」

「いつもは死んでるもんね~」


 おいこらそこ! 誰の目がいつもは死んでるだと?!

 でも否定できない! 悔しい!!


「じゃぁ、暫くの間、リオンの料理研究に付き合ってあげてね」

「アルケミストだが、おかしな物は作らねぇから安心してくれ」

「リオリオの料理は全部美味しいっすからね!」

「は、はいっ! こ、こちらこそ、よ、よろしく、お願い、します!」


 エリュマントスのお肉はまだまだ一杯あるからね。これがどれだけの間に消化吸収されるのか、とても興味があるのだ。

 なんせピックアップトラック一台分もある。お昼に消化したのは、そのほんの一部だった。

 俺たちも多少食べたとはいえ、ロベルタさんの食べた量の半分も消費できなかったのだ。六人VS一人で、ロベルタさんの圧勝である。


 シュテルさん含む商人さんも肉を欲しがったけれど、俺はそれを断固拒否した。

 エリュマントスの牙や角と毛皮は売ってもいいけれど、お肉は俺の実験材料であり、その実験台がロベルタさんなので。

 それにエリュマントスの剥ぎ取り素材の受け取りを辞退したのもあって、お肉の取り分はロベルタさんにあるし、彼女はかなりの大食漢なので、食費が浮いたと喜んでいた。(それを売り渡すなど出来ぬ)

 良かったね~。普段はどうやって飢えを凌いでいるのか気になるところだけど。


 それにしても。

 彼女の所属している女性だけのパーティの他のメンバーが、やたらとこちらを睨みつけてくるのが気になる。

 今朝は同じように見られたくないと言って、暫く近寄るな宣言をしたのに、何故か今は近寄りたそうにしているんだよな。

 まぁ、大体その狙いは判るような気はする。ディエゴって、黙っていると(何も考えていないことの方が多い)かなり男前だもんな。最近は見た目を裏切る残念な部分が目立つようになっているが。賢いけどサイコパスってるしね。

 アマンダ姉さんみたいな美魔女もいるし、近付きにくいってのもあるんだけれど。


 護衛依頼自体、この集団の中に居ればいいらしいが、やはりパーティとの連携も必要なこともあるだろう。

 どうにかして仲直りできないもんかな? っていうか。ロベルタさん自身、あのパーティ内での扱いに納得しているのだろうか? いくら大食いとはいえ、それを理解した上でパーティを組んだと思うんだけどね。


 俺の私見のみではあるが、ロベルタさん自身は凄く強いと思われ。

 ギガンやアマンダ姉さんも、それには同意してくれるだろう。あの見事なタックルは、霊長類最強女子と呼ばれた、レスリング界の女王のようだった。

 少なくともルーンベア程度なら、ぶつかり稽古感覚で軽くいなしそうだし。☆三つ以上のレベルなんじゃないかな。

 身一つで魔物を斃すので、武器のメンテナンスをしなくていい分、彼女には更に身体を強化するような食事をして貰いたい。狂戦士バーサーカーとは一体どういうジョブなのかを、他のメンバーによく聞いておくとしよう。


 その結果。


「リオリオが、女性に興味を持ってるっす……」

「ねぇリオっち。アタシたちのパーティから、出て行くつもりじゃないよね?」


 顔を蒼褪めさせ、アホなことを言い出すテオとチェリッシュ。

 なんでそんな心配をしてるのか判んないんだが。

 俺が知りたいのは狂戦士バーサーカーのことなんだって!

 直ぐにそういう方面に思考が向かうのは、良くないことだと思います!

 ゲスの勘繰りっていうんだぞと、後でディエゴに叱っておいて貰おう。

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